怖い歌。 いろは歌の本当の意味が怖い!実は作者不明の「呪いの歌」だった

「てるてる坊主の歌」が怖すぎる? 削除された1番の歌詞とは(ces.massrelevance.comサプリ 2015年05月14日)

怖い歌

概要 [ ] は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回る。 歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ(つまり後ろの正面)に誰がいるのかを当てる。 各地方で異なった歌詞が伝わっていたが、初期にによって記録されたの歌が全国へと伝わり現在に至った。 野田市が発祥地といわれることから、のの前に「かごめの唄の碑」が建立されている。 を扱っている歌だとされるため、東京では放送できるが大阪では放送できず排除される形となっている。 歌詞 [ ] 地方により歌詞が異なる。 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀 と滑った 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀 が滑った 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が統べった 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に つるつる滑った 鍋の鍋の底抜け 底抜いてたもれ• かごめかごめ 籠の中の鳥は いつもかつもお鳴きゃぁる(お鳴きやる) 八日の晩に 鶴と亀が滑ったとさ、ひと山 ふた山 み山 越えて ヤイトを すえて やれ 熱つ や(お灸を据えて、やれ熱や)• 籠目籠目 加護の中の鳥居は いついつ出会う 夜明けの番人 つるっと亀が滑った 後ろの少年だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの番人 鶴と亀が滑った 後ろの少年だあれ? なお、文献では、このかごめかごめは中期以降に現れる。 『後ろの正面』という表現は、末期以前の文献では確認されていない。 さらに、『鶴と亀』『滑った』についても、明治以前の文献で確認されていない。 現存する文献 [ ] 「竹堂随筆」 竹堂随筆 ちくどうずいしゅう :3年()頃に編纂 浅草覚吽院に住した修験僧「行智」の編んだ童謡集で、・年間( - )頃に収録された童謡集 「かァごめかごめ。 かーごのなかの鳥は。 いついつでやる。 夜あけのばんに。 つるつるつっぺぇつた。 なべのなべのそこぬけ。 そこぬいてーたーァもれ。 」 「戻橋背御摂」 戻橋背御摂(もどりばしせなのごひいき :10年()、江戸市村座で初演された芝居 鶴屋南北の作で、芝居に取り入れた子供の遊び唄。 戻橋背御摂に関しては大南北全集 春陽堂 、鶴屋南北全集 三一書房 などで確認できる。 「かごめかごめ籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つるつるつっはいた」(大南北全集) 「かご目かご目篭の中の鳥はいついつ出やる、夜明けの晩につるつるつるはいつた」(鶴屋南北全集) 「月花茲友鳥」 月花茲友鳥 つきとはなここにともどり :文政6年()、市村座で初演された浄瑠璃。 清元全集 日本音曲全集刊行會 、日本歌謡集成 春秋社 などで確認できる。 「かごめかごめ籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つるつるつるつゝぱつた」 「幼稚遊昔雛形」 幼稚遊昔雛形 おさなあそびむかしのひながた :15年()に刊行された万亭応賀編の童謡童遊集 「かごめ かごめ かごのなかへ(の)とりは いついつねやる よあけのまえに つるつるつッペッた なべの なべの そこぬけ そこぬけたらどんかちこ そこいれてたもれ(孫引き)」 「俚謡集拾遺」 俚謡集拾遺 りようしゅうしゅうい :(4年)刊行 (38年)、文部省により各都道府県から集められ、(大正3年)に刊行された「俚謡集」に収録されなかったものを集めたのが俚謡集拾遺である。 「籠目かごめ、籠の中の鳥は、いついつでやる、夜明けの晩に、ツルツル辷(つ)ウベッた。 」 東京 「籠目かごめ、籠の中のますは、何時何時出やる、十日の晩に、鶴亀ひきこめひきこめ。 」 長野県 「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やる、よあけの晩げつゝらつゥ」 新潟県 「かごめかごめ」に関する俗説 [ ] この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2011年8月) この歌の歌詞が表現する一風変わった(ある意味神秘的な)光景に関しては、その意味を巡って様々な解釈がある。 ただ、『鶴と亀』以降の表現は明治期以降に成立したと思われるため、それらの解釈に古い起源などを求めることは困難である。 また、この歌の発祥の地についても不詳である。 姑によって後ろから突き飛ばされ流産する妊婦や、監視された環境から抜け出せない、の所在を謡ったものとする俗説などがある。 歌詞の解釈 [ ] 解釈に際しては、歌詞を文節毎に区切り、それぞれを何かの例えであると推定し、その後で全体像を論じる形をとっているものが多い。 以下に一部を紹介する。 「かごめ」 [ ]• 籠目、すなわち竹で編まれた籠の編み目を表す。 「囲め」が訛ったもの。 つまり、かごめ遊びをする際に、皆で「囲め、囲め」と呼び合っている。 「屈め」が訛ったもの。 つまり、かごめ遊びをする際に、オニに対して「屈め、屈め」と言っている。 籠目の形、すなわち六角形のことである。 籠目の形、すなわちのことである。 「籠女」と書き、見た目が籠を抱いているような女性、すなわち妊婦のことである。 「カーゴ(Cargo)」に乗る役目。 処刑場を囲んだ竹垣を表している。 「かごめ」は「神具女」(かぐめ)若しくは「神宮女」(かぐめ)である。 即ち、神の雰囲気を具える女、日本で古くから厚く信仰されていた祈祷を行う「巫女」 ミコ、預言者 や「斎宮」の意味である。 「かごのなかのとり」 [ ]• 「籠の中の鳥」であり、当時の風俗から考えて鳥は鶏である。 かごめ遊びの中で、オニとなった人を「籠の中の鳥」に喩えている。 「籠の中の鳥居」と解釈し、籠に囲まれた小さな鳥居、もしくは竹垣に囲まれた神社を表している。 ある点を籠目の形(六角形または五芒星)に結んで出来た図形の中心に存在する物を指している。 籠目の形をした空間の中心に存在する物を指している。 籠女(妊婦)の中にいるもの、つまり胎児のことを指す。 子供のことである。 「とり」=トリをとる人。 祭り等で、最後の締めをやる人。 最後尾に就いて、取り溢しが無いように皆を追い上げて、締めをする人。 「いついつでやる」 [ ]• 「何時、何時、出会う」であり、「何時になったら出会うの?」「いつになったら出て来るの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行くの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行けるの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「いつ、出現するか?」「いつ、出て来るのか?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出やる」であり、「何時になったら出るのかな?」と疑問を投げかけるのであるが、「出やる」の「やる」は西日本で、目下の者や愛玩動物に対して親しみを込めて使う敬語的語彙であり、共通語で的確な訳語がないが、「出やがる」に親しみのニュアンスを持たせたとでも云うべき意味を持つ。 「よあけのばんに」 [ ]• 「夜明けの晩」つまり「夜明け=夜の終り、朝の始まり」「晩=夕暮れ、夜」であり、「真夜中過ぎ」を指している。 「夜明けの番人」であり、籠の中の鳥、つまり鶏のことである。 「夜明けの晩に」は「夜明けから晩に至るまで」という意味であり、「朝早くから夜遅くまで」という時間の経過を表している。 「夜明けの晩」つまりは光を見る前であり、胎児からの視点では臨月に当たる。 「夜明け」は夜が明けたときで、「晩」は夜のこと。 つまり「夜明けの晩」とは「存在しない時間」のこと。 「夜明けの晩」つまり「夜明け」の「晩=終り(朝が始まりなら晩は終り)」であり、「夜が明ける終りの部分」つまり「日の出=日光を見る(日光東照宮の方向を見る)」を指している。 「夜明けの晩」つまり「夜明けとも言える晩」であり、午前4時前後の時間帯を指している。 「つるとかめがすべった」 [ ]• 「鶴と亀が滑った」であり、縁起の良い象徴の2つが滑るということで、吉兆(もしくは凶兆)を表している。 「鶴と亀が統べた」であり、鶴および亀に象徴される為政者(または建造物)を表している。 「鶴と亀が統べった」であり、鶴および亀に象徴される為政者が、「統治した」と「滑った」を掛けてある。 京都に伝わる童謡の歌詞「つるつる つっぱいた」が変化したもので、「ずるずると引っ張った」という意味である。 の「月花茲友鳥」より、「つるつるつるつっぱいた」が変化したもので、「するすると突っ込んで入っていった」という意味である。 「鶴と亀が滑った」であり、長寿の象徴である2つが滑るということで、死を表している。 とを統べるでが統治。 「鶴と亀」とは、日光東照宮御宝塔(御墓所)の真前に(側近くに)置かれている「鶴(飛ぶ=天)」と「亀(泳ぐ=海)」のことであり、徳川家康の側近つまりが「統治する(陰で操る)」という意味である。 「うしろのしょうめん だあれ」 [ ]• 「後ろの正面」は、真後ろを表し、「真後ろにいるのは誰?」と問うている。 「後ろの正面」は「鬼」の背面(背中側)を指す。 「後ろの正面、誰?」は、「後ろを向いた時に正面に居る人は誰?」との意味。 転じて、逆の存在・影の指揮者・取り憑いていた存在等を表す。 江戸時代、京都で「正面」と言えば大仏殿を指し、正面の後ろに葬られた人物()を連想させている。 された首が転がって、体は正面を向いているけれど首が後ろを向いて、「私を殺したのは誰?」と問うている。 または、死んだことに気付かず目の前の首がない体は誰のものだろうと疑問に思っている様子を表している。 ただし、この「しょうめん」の部分の歌詞は、一部の地域では「しょうねん 少年 」とする場合もある。 の出身地 から の方向を向くと、「後ろの正面」はちょうど、日本で唯一、明智光秀のを所蔵している がある()になる。 歌全体の解釈 [ ] 「かごめかごめ」はその歌詞の、論理のおかしさ、普通ではなく合理的でない所が、人間の類推の能力に働きかけ、聞く人を楽しませる、面白味のある言葉遊びの歌として日本中に流行したとする説。 主に女児の遊ぶ「かごめかごめ」は、歌の冒頭で一人の目の見えない状態の女児を複数の女児が取り囲み「かごめ かごめ」と囃し立てるところから始まる。 ここでの「かごめ」は、「囲め」と「籠のなかの女」と「格子状で隙間のある」等の複数の意味を持つとなっている。 次に「かごのなかのとりは」で、冒頭の「かごめ」の意味を「鳥類のかもめ」 の意味へ一転させ、取り囲まれた女児を「鳥が囲まれている(とりかこまれている)」「籠の中の鳥」等と意味付けている。 次に「いついつでやる」で、「鳥はいつ籠から出ていくのか」「答え合わせはいつだろう」という期待感を持たせると同時に「鳥が誰かと会う」ことをし、多義性を持たせている。 次に「よあけのばんに」で「夜が明けた晩」という、「朝と夜の順序が逆」というを用い、疑問と混乱を誘うおかしみを出している。 そして「つるとかめがすべった」で、「鳥は鶴だった」と「かもめ」から一転させ、「鳥が出会ったのは亀であった」という拍子抜けを誘い、「縁起の良い鶴と亀が滑って転んだ」という失敗へのを持たせ、最後に「うしろのしょうめんだあれ」で「後ろなのに正面」という、「誰が真後ろにいるかを当てて頂戴」という多義性を持たせている。 後ろの正面は誰?」と解釈する。 ただし「鶴と亀がすべった」の部分については「語呂やリズムを合わせる為」と曖昧にしているものが多い。 遊女説(提唱者不明) 一日中(夜明けの晩に)男性の相手をさせられ(鶴と亀が滑った)、いつここから抜け出せるのだろう(いついつ出やる)と嘆いているうちにもう次の相手の顔(後ろの正面だあれ)が見え隠れしている、という自由のない遊女(籠の中の鳥)の悲哀を表している。 説(提唱者不明。 埋蔵金と結びつけてテレビ番組等で紹介されている) 日光東照宮の三神庫と呼ばれる建築物群や奥院には鶴と亀が対になって飾られている所があり、歌詞中の「鶴と亀が統べった」はこの彫刻を指しているとしている。 豊國廟説(など) 正面とは京都の周辺(現在の正面通り)を指し、を神格化する際に邪魔となった豊臣秀吉を神の座から引き摺り降ろす為に行われた、豊国神社の打ち壊しと、秀吉の棺を掘り返して庶民と同じ屈葬にして埋め直した事件を表したものである。 埋蔵金説(提唱者不明) 「鶴と亀」はそれぞれ芦名家の城の別名であり、埋蔵金の隠し場所を示している。 陰謀説(提唱者不明) 「かごめ」は 籠女と書いてお腹に籠を抱いているような女=妊婦を示し、「かごの中の鳥」とはお腹の中にいる子供を示す。 その妊婦の家は相続争いで争っている最中で、1人でも相続人の候補が増えることに快く思わないものもいた。 出産予定日もそろそろというある夜明けの晩、階段を降りようとした妊婦は誰かに背中を押されて落ちてしてしまった。 自分を落とし子供を殺したのは誰だという母親の恨みの歌という説である。 囚人説(提唱者不明) かごめは、籠つまり牢屋を指していて「籠め籠め」と牢屋に聞いている様。 籠の中の鳥=オニは囚人である。 鶴と亀が滑った=縁起の良くないこと、つまり脱走や死刑を表す。 後ろの正面だあれ=死刑囚を呼びにきた監視、又は脱獄の手助けをするもの。 いったい誰が来るのか? どんな運命になるのか? という説である。 明智光秀・南光坊天海同一人物説() の正体が、に敗れた後も生き延びたであることを示唆しているとする説。 鶴と亀には、日光東照宮の彫刻の他にとの意味もあるとする。 ただし前述のように、「鶴と亀」の部分が明治期以前に存在していたことを示す文献は確認されていない。 神示説(提唱者不明) 「かごの中の鳥」は「肉体に自己同化し、肉体に閉じ込められた人」、「いついつ出やる」は「いつになったら肉体が自分でないことに気づくのか」、「鶴と亀がすべった」は「陰と陽が統べった」即ち「目覚めた」ときに、「うしろの正面だあれ?」=「自分」とは誰なのでしょう?という意味の、人の精神的目覚め・開悟を歌っているとする説。 歌詞解釈以外の俗説 [ ] 降霊術説 「カゴの中の鳥は」と歌っているところで円の中に人がいなければ霊を呼び出すという、と同様のに使われる歌であるという説もある。 呪術説 真ん中の子供に神様を宿らせるまじないであったとする説。 遊戯説 影の支配者を当てる遊戯。 関連項目 [ ]• 「」 - 著の児童文学作品• 「」 - の楽曲(作詞:将/作曲:アリス九號)。 「うしろの正面だあれ」 - の楽曲。 アルバム『』収録。 「」 - の楽曲(作詞:/作曲:)。 曲中に引用。 「カゴノトリ」 - ("橙色特別室"名義)による『』『』の楽曲。 曲中に引用。 - ヤングカジュアル婦人服を中心とした企画・製造・販売会社。 CMに「かごめかごめ」の替え歌が使用されている。 出典・脚注 [ ] []• 『-第五版』、。 『民間伝承論』共立社、1934年、181頁。 『放送禁止歌』知恵の森文庫、2003年 30、231頁。 原書は活字に起こされ『続日本歌謡集成』((36年) - (昭和39年))にて出版。 この説をとるものとして、例えば、柳田國男「こども風土記」がある(定本柳田國男全集21巻8頁)。 日光の慈眼堂には天海の廟所がある。 もと貝塚市鳥羽にあった海雲寺が、岸和田藩主の命で現地に移され、寺号も本徳寺と改められた。 『陰謀と暗号の歴史ミステリー』2008年4月15日発行 SAKURA MOOK33 編集発行人 西塚裕一 発行所 株式会社• 国土交通省北陸地方整備局. 2015年11月12日閲覧。 2006年10月7日時点の [ ]をアーカイブ。 参考文献 [ ].

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怖い怖い歌ってどんなのがある?

怖い歌

Contents• 童謡には本当はこわい秘密が隠されていた きっと小さいころから誰もが童謡を聞いて育ってきたと思います。 あなたも、親が歌ってくれたり、幼稚園で歌ったりしていませんでしたか? そんな多くの人に古くから親しまれてきた童謡ですが、 中には 本当はとても怖い秘密が隠されていたということはご存知でしょうか。 今回は都市伝説や社会現象となった童謡の怖い話をまとめたのでご紹介していきたいと思います。 かごめかごめ 子ども遊びの歌としても知られ、 かごめかごめを謳いながら、真ん中にいる目を隠した鬼を輪になって囲んで、 歌の最後に誰が鬼の後ろにいるのかを当てるといった遊技。 よく知られる歌詞の一説はこんな感じ。 この歌に隠された秘密は実は沢山ありました。 遊女説 遊女の悲しみを歌ったものという説です。 その遊女は一日中男性の相手をさせられ、 「籠の中の鳥はいついつ出やる」は 遊女がいつここから抜け出せるのだろうと嘆いている状況。 「鶴と亀と滑った」は男性に挿入されたという意味で、 最後の「後ろの正面だあれ?」は次の相手の顔が見え隠れしている、という遊女の悲哀だそうです。 埋蔵金説 また、 かごめかごめは徳川埋蔵金のありかを表しているという説も。 実は徳川が関東で建てた神社や仏閣を線で結ぶと、六芒星の形になるそう。 その六芒星の中心にあるのは「日光東照宮」で周囲には鶴と亀の像も。 そして近くには実は徳川家康の墓が。 その後ろに埋蔵金が埋まっているのではと言われていますが、 なんと 地質学上の調査でも99. 9%の確率で土や石以外の物が埋まっているようです…。 世界遺産なので掘り起こせないそうですが…。 通りゃんせ 以前は横断歩道での音響信号機にも採用されていた童謡「通りゃんせ」。 通りゃんせも異質な感じのする同様の一つですね。 しかし、なんとも怖い都市伝説がありました…。 生贄説 通りゃんせは不作や天変地異を起こす天神様の怒りを鎮めるために、 子どもを生贄として捧げていた歌という説です。 この歌の発祥の地は、埼玉県川越市にある川越城の天神様を祭っている三芳野神社。 川越城は沼地であり、地盤が悪く、 建設した当時は子どもを天神様の生贄に捧げていたようです。 歌詞にある「行きはよいよい 帰りはこわい」の歌詞は、 いいことがあると言われて生贄の子どもは連れてこられたが、 人柱として殺されて、二度と帰っては来ないと云う意味。 日本には八百万の神がいるといわれているので、 良い神様もいればおそろしい神様もいるかもしれませんね。 「しゃぼん玉」や「赤いくつ」を作詞した作詞家の野口雨情さんが、 千葉県・木更津市の證誠寺を訪れた時に作成した歌だそう。 しかしこの歌には悲しい逸話があるのです。 昔、證誠寺の住職が夜中に物音で目を覚ますと、 庭にはたぬきが大勢、輪になってそれぞれの腹を叩きながら踊っていたのです。 それを見た住職も面白くなって輪に参加。 毎日のようにたぬきたちと踊っていたんだとか。 しかし、ある夜、 親玉の大たぬきが腹を叩き割って亡くなりました。 悲しんだ住職が作ったのがたぬき塚といわれており、今でも証城寺にあります。 シャボン玉 柔らかいメロディーで、シャボン玉がゆるりと飛んでいくところがイメージできる優しい歌。 しかし、この歌にも悲しい秘密が隠されていました。 実はこの歌はある悲しい経験をした男性の話だそう。 一説によると、この歌の中に出てくる 「シャボン玉」はその男性の病気で弱っている娘のことだそう。 「屋根まで飛んで、壊れて消えた」という部分は、「屋根(成人)」まで育ったが、 壊れて「消えた(死んでしまった)」と意味。 しかし、さらにその男性には悲劇が襲い掛かります。 注目していただきたいのは2番の歌詞。 「飛ばずに消えた。 産まれてすぐに、壊れて消えた」 これは男性の2人目の子どもが産まれてすぐに、死んでしまったのです。 なんとも悲しい歌だったのですね…。 さっちゃん 童謡の怖い話で一番有名なのが「さっちゃん」にまつわるお話。 「さっちゃんはね~」というかわいい曲で、 作者の方が「子供の頃一緒に遊んでいた少女がモデルになっている」と言っている通り、 さっちゃんという女の子について歌われている童謡です。 さっちゃんは3番まで歌詞があるのですが、 「4番」の歌があるという都市伝説が。 その歌詞がこちら。 「さっちゃんはね、足を無くした本当だよ。 だからお前の足を奪っていくからね。 すぐ行くよ、覚悟しろ」 これは北海道で起きた踏切事故がきっかけで、 被害にあった子のクラスメートが替え歌して広まったのだとか。 ちょっと酷いですよね…。 むすんでひらいて 「むすんでひらいて」も日本ではお馴染みの童謡ですね。 しかしこの歌、 実は日本の歌ではないんです。 フランスの哲学者であるルソーが作曲した歌で、 「パントミム」という題名が原曲です。 それが時を経て、日本に伝わってきました。 明治時代初期は賛美歌に使われていましたが、 戦争がはじまると以下のような歌詞の 軍歌「戦闘歌」になったのです。 歌詞はこちら。 戦争の歌だったということにはビックリですね…。 赤い靴 「赤い靴」は哀し気な歌詞とメロディーが印象的な歌。 歌詞はこちら。 この歌に出てくる「女の子」は1902年静岡県生まれの「岩崎きみ」さんという女の子。 きみさんの母親は再婚した男性の住む北海道にきみさんを連れて行きますが、 生きていくのにとても厳しい環境であったため、幸せに暮らして欲しいと思いアメリカ人宣教師夫妻の養女にすることに。 ここが 「異人さんにつれられて 行っちゃった」の部分ですね。 しかし 本当は海外には行っていなかったそうです。 なぜなら、きみさんは結核に侵されおり、 海外に行く前に、アメリカ人宣教師夫妻によって孤児院に預けられたままわずか9歳で亡くなったのです。 きみさんの母親はそれを知らず、 自分が死ぬまで娘は元気にアメリカで暮らしているのだと思っていました。 とても悲しい話ですね。 ずいずいずっころばし こちらも遊び歌になっている童謡ですね。 歌詞がこちら。 この歌の意味は胡麻味噌を摩っていると、お茶壺道中が来ると言う歌。 お茶壷道中とは権威の高いもので、幕府が将軍御用の宇治茶を茶壺に入れて運ぶ行事。 茶壺が通行する際には、大名でも駕籠を降りなければならず、 街道沿いの村々には街道の掃除が命じられ、とても忙しかったと言います。 粗相のないようにかなり気を使わなければいけないので、 仕事で忙しい時に通られると町民はとてもピリピリしそうですね…。 なので、家の中に入り戸をピシャリと閉めて(=トッピンシャン)やり過ごそうという歌。 しかし、国語学者などの中には、この歌に性的な意味が含まれていると言う方もいるそうで、 「ずいずいずっころばし」、「ごまみそずい」、「俵のねずみが米食ってちゅう」も性的な意味があると言われています。 皆さんも雨の日はテルテル坊主を作って、明日晴れるようにいのりませんでしたか。 そんなテルテル坊主にも怖い話が。 これは、お経を唱えて、雨がこれ以上降らないようにできるお坊さんを歌った歌なのだそう。 お坊さんは、お殿様の命令で雨がふらないようにお経を唱えましたが、 失敗していまい、その罰として首をはねられてしまったのです。 そのお坊さんのはねられた首を真っ白い布でくるみ吊るすと、 翌日はなんと嘘のように快晴になったというとてもこわいお話。 はないちもんめ 遊び歌として知られる「はないちもんめ」もとても怖い意味があります。 はないちもんめは花を買おうか悩んでいる女の子について歌った歌と言われますが、 都市伝説では『人身売買』を歌った歌なのではと言われております。 地方によって多少違いますが歌詞はこちら。 この歌が作られた江戸時代、飢餓が多く、 農作物が実らなければ、農民は生きるのも大変でした。 そこで生きるために自分の小さな娘を売ったそうです。 女の子のことを「花」と読んでおり、「いちもんめ」は江戸時代のお金の単位の一匁。 一匁は花が購入できるくらいの価値。 そう、 女の子は花が買えるほど安くやり取りされていたんです…。 歌詞の中には「買って嬉しい、負けて悔しい」とありますが、 自分の小さな娘が安く売られたらとても悲しいという気持ちが隠されているようです。 「相談しよう、そうしよう」というフレーズもありますが、 ここには、生きるのに苦しくてもどうしても子どもを手放したくないという気持ちが隠されているんです。 なんだかとても悲しい話ですよね。 自分が子どもの頃に何気なく歌って遊んでいた童謡ですが、 こんなにも怖い秘密が隠されていたことに驚きを隠せません。 なんだか童謡のイメージが変わってしまいますね…。

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本当は怖い!?童謡『さっちゃん』 は呪いの歌だった!?

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ひな祭りとは? ひな祭りとは、 桃の節句とも呼ばれ 3月3日に 雛人形や 桃の花を飾り、 女の子の幸せや健やかな成長を願う伝統行事です。 雛人形を飾るのは、お雛様に 身代わりとして女の子の穢れ(死や疫病)など忌まわしく思われる不浄な状態を移して 厄災を引き受けてもらうためでもあります。 昔、節句に人の穢れを紙人形に移して川に流していた 「流し雛」という風習がありました。 それが転じて今の形になったと言われています。 ひな祭りには縁起のいい意味が込められた、ちらし寿司やはまぐりのお吸い物・菱餅や、ひなあられなど色とりどりで見た目にも楽しめる食べ物を食べます。 イベントって、こういう食べ物が楽しいですよね。 私はいつも意味はおいといてイベント事では食べ物の事しか考えてなかったのでちょっと反省です 笑。 ひな祭りの歌の歌詞。 ひな祭りの歌で一般的に有名なのは 「うれしいひなまつり」という歌です。 関連記事 右大臣 四段目に居るのは、 弓を持った二人の護衛。 しかし、左大臣はいまでいう内閣総理大臣で、右大臣はその補佐で左大臣が不在の時はその職務を務めます。 左大臣と右大臣が隋臣を兼用する事はなく、五人囃子の下にいる事や弓や刀を身に付けていることから四段目の二人は大臣ではなく隋臣。 なので右大臣と左大臣で広まっていますが、 実は大臣ではありません。 白酒 白酒とは甘酒とは別物です。 昔からひな祭りには 桃の花を酒に浸した桃花酒(とうかしゅ)を飲む風習がありその後、白酒が飲まれるようになりました。 アルコール度数は10%前後で、甘味が強いお酒です。 今でいうリキュールに該当します。 たまに甘酒と勘違いして家で作った事があるという人がいますが、白酒は家庭で作る事は法律上禁止されています。 5段目 ついでに説明すると5段目に居るのは、従者の三人組の仕丁(しちょう)です。 庶民出身の護衛・雑用係です。 君主が住民を無報酬で働かせる徭役(ようえき)という制度で1里50戸につき2人、3年交代で勤務しますが食糧などその全てが故郷の負担だった為かなり不評でした。 三人上戸ともいわれ、それぞれが泣き上戸・笑い上戸・怒り上戸の3種類となっています。 画像引用: ほんとだ。 怒ってるのがすぐ目について、ちょっと笑ってしまいました。 無報酬で働かせる制度自体に怒ってるのかなぁ。 歌のどこが怖いのか? 画像引用: 主にどこが怖く感じてしまうのかというと、二番のこの部分です。 「お嫁にいらした姉様に~よく似た官女の、 白い顔」 白い顔!ここ!この表現がなんとも怖く感じてしまうのです。 えっ?生きてる?生きてるよね?おばけの事?の様な感覚です。 ひな人形並べると、表情がなんとも言えず冷たく感じたりした事ないですか? そこに、この歌で「白い顔~」と言われるとちょっとゾっとするのです。 怖い歌詞の意味。 亡くなったお姉さんの事? 歌詞を作った、サトウハチローさんにはお姉さんがいました。 が、結核で亡くなられています。 しかも 結婚が決まった矢先に。 すごく可哀想ですね。 そんなお姉さんを想って作った歌詞だと言われています。 色白のお姉さんだったのか、病気で亡くなった時の白い顔なのか・・それはやっぱちょっと怖い気が。 画像引用: 美人の条件? もう一つ別の解釈があります。 この「うれしいひなまつり」という曲は、女の子を主人公として、その目線で作曲しています。 その女の子が官女の白い顔を見て、お嫁に行ったお姉さんを思い出しているのです。 「白い顔」と言えば少し怖いですが、 「色白」と言えば美人の条件でもありますよね。 そう聞くと、色白の綺麗なお姉さんだったのかなと思います。 表現一つで感じ方がだいぶ変わりますね。 地獄の三人官女 あと、しょうもない話で申し訳ないのですが三人官女で画像探しているとところどころにでてくるこの三人組がなんだか気になりました。 なんか似てない? 画像引用: 調べてみたら、五星戦隊ダイレンジャーの地獄の三人官女でした。 なるほど、似てたの納得。 この三人官女はやっぱり倒されたのかなぁ。 こんな事考えてたら、もう白い顔がこっちに思えてきて、ぜんぜん怖くなくなってきた。 むしろ面白い。 歌詞が間違ってる部分がある? 実は歌詞の中に二カ所間違っている部分があります。 「お内裏様とお雛様」 二番に 「お内裏様 だいりさま とお雛様 二人ならんで すまし顔」とあります。 お内裏様とは、男雛(おびな)と女雛(めびな)の事を指しています。 雛人形の最上段に飾られている男女一組を「お内裏様」と呼ぶのです。 「お雛様」とはひな人形全部の事を指す言葉です。 そう、お内裏様も五人囃子も三人官女もみんなひっくるめて雛人形の事を「お雛様」といいます。 「二人並んですまし顔。 」 歌を聴いている人はこの表現でお内裏様が男雛でお雛様が女雛かのような勘違いをしてしまいます。 この歌は誰しも一度は聞いたことがありますよね。 そう、広がり過ぎたことでこの勘違いは間違ったまま定着してしまっているようです。 「あかいお顔の 右大臣」 三番の 「赤いお顔の 右大臣」とあります。 画像引用: 先ほど左大臣の所で大臣という事自体も間違っていて、隋臣だと説明しましたがもう一つ大きな間違いが。 右大臣とは、左側の若者の事です。 左大臣が白いひげの長い年長者です。 そう、 赤いお顔は左大臣の方なのです。 逆、逆ー!という間違いですね。 これは作詞者のサトウハチローさんの勘違いで向かって右側に居る方を右大臣、左にいる方を左大臣と思ってしまった事が原因のようです。 ぱっと見はあってるように感じるのでややこしいですが、雛人形を並べる時に 雛人形と同じ方向を向いたらどちらが右でどちらが左になるかと考えてみると分かりやすいと思います。 この二つの間違いは、歌が発表された後に間違いを指摘し、訂正を求める声もありましたが歌が普及しすぎた為に訂正が追い付かずそのまま今に至るようです。 なので、作詞者のサトウハチローさんはこの曲を嫌っていたそうです。 そうですよね。 間違ってると思いつつ毎年ひな祭りの季節になるとスーパーでもどこでもこの曲が耳に入ってくるのでそう思うと嫌う気持ちもわかります。 間違ってても、この曲の事を知って私は好きになってきましたけどね。

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