カトリック と は。 カトリック (概念)

カトリック教会の性的虐待事件

カトリック と は

詳細は「」を参照 カトリック教会自身による定義は、 Lumen Gentium にみられる「の後継者(ローマ教皇)と使徒の後継者たち()によって治められる唯一、聖、カトリック、使徒的な教会」という表現に最もよく表されている。 教会の教えによれば、教会とは単なる人間的な組織ではなく、20世紀前にパレスティナで誕生した伝統を継続する人々の集まりでもなく、教会は、人間から成立っているが、神から来るものである。 名称 [ ] (および)と区別するため、カトリック教会と教会を総称して と呼ぶ場合もある。 その中で、最近はあまり見かけないが、日本語表記においてプロテスタント教会を「 新教」とも呼ぶことがあるのに対してカトリック教会を「 旧教」と呼ぶ例もあった。 日本で出版された歴史の本などにも「旧教」という言葉が使われていたことがあるが、カトリック教会の側が「旧教」を自称したことはない。 別の名称としては、日本ではかつて 天主公教会(てんしゅこうきょうかい)と称していた。 これはかつて神のことを「天主」と呼んで教えていたためで、・などの名称はこれに由来するものである。 また「公教」の使用例としては「」「長崎公教神学校(現・)」などがあったが、現在ではほとんどない。 現在ではが公式表記としていないので、日本のカトリック教会側が「カソリック」という表記・呼称を使用することは通常はない。 「カトリック」という名称 [ ] の成立の概略を表す樹形図。 さらに細かい分類方法と経緯があり、この図はあくまで概略である。 のによる以前の教会で、・およびを信仰する教会(やの対義語という意味。 ともいう)を指して「 」と呼ぶこともある。 この場合は現在のカトリック教会とを含む。 ただしこれはカトリック教会側の見方であって、正教会は東西教会分裂以前の教会を指して「正教会」と呼ぶ。 カトリック教会も東方正教会も、東西教会の分裂以前の教会の直接の正統な後継者を自認していること、そして「カトリック」(普遍性)も「オーソドックス」(正しい讃美)もいずれもが東西教会分裂以前の教会においても重要な概念であったためにいずれの見解も誤りではなく、自らの重視する概念に由来する教会名の方を過去の教会名にも当てはめるために、このような事象が必然的に生じている。 現在のカトリック教会・正教会のいずれもが自らの「カトリック」(普遍性)・「オーソドックス」(正しい讃美)を自覚しておりこの2つは排他的概念ではないことには注意が必要である。 また、狭義の「カトリック教会」には、ローマ教皇を中心としながらも伝統的な独自の東方典礼を維持するの諸教会があるほか、冒頭文にもあるように「カトリック」を自称・自認する教派は他にも、、、などの諸教会があり、これらと区別する意味で ローマ・カトリック教会とも呼ばれる。 しかし広義の「カトリック」であると自称する他のキリスト教の教派と区別する場合や、・・など他の教派の信者・教徒からは、「ローマ・カトリック教会」と呼ばれることも多い。 カトリック教会のメッセージ [ ] を参照 カトリック教会のメッセージはイエス・キリストの宣教によって成り立っている。 神から人類に対する啓示がによって満たされ完結したことを教えている。 「時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法のもとに生まれた者としてお遣わしになりました。 それは、律法の支配下にある者を購い出して、わたしたちを神の子となさるためでした」(ガラテヤ4,4-5)。 イエスは神がいかなるお方であるかをまったく新しい方法で、それまでのイスラエル人の理解をより深く掘り下げて示したのである。 イエスは神を自分の父として示した。 それは、「わたしと父は一つである」とまで言える唯一で特異な関係なのである。 使徒たちの教えに基づき、教会は、イエス・キリストは神の御子であり、父なる神と同じ本性を有する神であると宣言する。 キリスト教のメッセージはイエス・キリストが宣教した教えを伝えている。 それは、「神の国」の教えである(マルコ1,15)。 イエスはこの象徴的な表現を豊かな内容で満たした。 「神の国」は、人間の歴史の中に、そして歴史の終りにおいても神が現存なさることを教えている。 また、「神の国」は、神が人間と一つになってくださることも教えている。 イエスは、自らが人々と共にいることによって、また、悪魔の力と悪から人間を解放することによって、すでに神の国が始まっていることを宣言した(マタイ12,28)。 イエス・キリストのこの現存と行動は、聖霊の力により教会の中で引き継がれている。 教会は、人間の歴史において、神の国の芽生えであり種子というべきもので、歴史の終焉におけるキリストの再臨をもって栄光ある完成を迎えるのである。 その完成を待つ間、人は教会において洗礼を受け、神との新たな関係を獲得するのである。 つまり、イエス・キリストと一致し、神との父子関係を獲得する。 この関係は、死後の最終的な復活によって完成されるのである。 キリストは現実に教会に現存している。 また、7つの秘跡(特に、ミサにおいて)現存している。 また、神の恩恵の効果的なしるしである秘跡において働き続けている。 キリスト者が愛徳に生きるならば、その行動を通して全ての人に対する神の愛が明らかにされる。 以上全てがキリストのメッセージに含まれているものである。 「人をキリスト信者とするのは、倫理的な選択や高邁な思想ではなく、ある出来事との出会い、ある人格との出会いです。 この出会いが、人生に新しい展望と決定的な方向付けを与えるからです。 ヨハネによる福音書はこの出来事を次のことばで述べています。 『神は、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。 ひとり子を信じる者が(・・・)永遠のいのちを得るためである』」(ヨハネ3,16)」」(教皇世回勅『神は愛』1) 教説・教義 [ ] カトリック教会の教説(教え)は「と」という言葉であらわされるように、、およびとの教えに由来し、たちによって研鑽され、多くの議論を経てなどによって確立されてきたものである。 およびを信条としている。 特に以降、においてカトリック教会の教義が整理され、再確認された。 さらに現代ではでも現代に生きる教会として教義の意味を見直した。 これらの教義はに『』 CCC としてにより編纂され、順次各国語に翻訳されている。 これは、いわゆるローマ・カトリック教会だけでなくの規範にもなっている。 なお、、などはローマ・カトリック教会の組織内部のであり、教義()については同じであるため、「イエズス会派」「フランシスコ教団」などと呼んだりプロテスタントの各教派と同列に扱うのは誤りである。 公会議 [ ] カトリック教会では21の公会議に特別な権威を付与している。 21の公会議とは年代順に、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、そしてである。 公会議の位置付けはキリスト教各教派によって異なっており、東方()では最初の7つの公会議のみを認めており、のうちでは最初の3つのみを認めている。 さらにの諸教会(など)は最初の2つしか認めていない。 特には、現代のカトリック教会の方向性を大きく変えた重要な公会議だったといえる。 この公会議を機にカトリック教会は典礼の改革を行い、の推進を目標に掲げた。 カトリック教会は、この第2バチカン公会議において「本人の側に落ち度がないままに、キリストの福音と教会を知らずにいて、なおかつ、誠実な心を持って神を求め、良心の命令を通して認め られる神の意志を、恩恵の働きのもとに、行動をもって実践しようと努めている人は、永遠の救いに達することができる」という従来とは異なる見解を示した。 教典 [ ] カトリック教会においては、以来何度となく改訂されてきたとよばれる後期訳が公式な聖書とされてきた。 現在は各国語に翻訳されている。 カトリック教会で聖書に含まれる諸文書を最終的に決定した公会議はである。 カトリック教会が正典とするには、には含まれていたがのに含まれていない文書がある。 それらはという語で指される場合もあるが、正典に含めている。 においても、かつてカトリック教会と諸派では異なる翻訳による聖書を用いてきた。 しかし、第2バチカン公会議以降の世界でのカトリックとプロテスタントによる聖書の共同翻訳という流れを受けて、日本でも両者による共同翻訳作業が始められた。 その成果が初めて形になったのが『』であり、表記などの問題点を改善したものが、現在日本のカトリック教会で公式に用いられている『』である。 なお、『新共同訳聖書』では、上記旧約聖書の第二正典の部分を、これを正典に含めないプロテスタントなど他教派へ配慮して「旧約聖書続編」という名称で掲載している。 現代のカトリック教会のの中では、( )と教会祝日には、朗読と福音以外の聖書朗読が二つの合わせて三つが朗読される。 それ以外の平日のミサでは、福音書朗読と福音以外の聖書箇所の二つが朗読される。 秘跡 [ ] カトリック教会は伝統的に7つの()を認めている。 秘跡とは、を実際にもたらす感覚的しるしで、イエス・キリストによって制定され、教会にゆだねられたものである。 CCC1213-1284• CCC1285-1321• CCC1322-1419• CCC1422-1498• CCC1499-1532• CCC1536-1600• CCC1601-1666 数字は『』 CCC において説明がある箇所の項目番号を表すもので、詳細に関しては各項目の記述あるいは『カトリック教会のカテキズム』の該当箇所を参考のこと。 教義についての他教派との関係 [ ] カトリック教会では、のとの分裂や、それよりもはるかに古いやにおける分裂であっても、実際に分裂の直接の原因となったのは、本質的なことではなく些細な教義論争であると捉えている。 それをよく示すのは、11月に発布された『キリスト理解におけるカトリック教会とアッシリア東方教会の共同宣言 () 』である。 これはカトリック教会のとの ()の間で調印された。 アッシリア東方教会とカトリック教会の分裂は、のエフェソ公会議で争われた「」というの称号をめぐる論争が原因となっている。 これは「神の母」と「キリストの母」という称号のどちらが正しいかということが論議となったものである。 『共同宣言』では、「どちらの呼び方も同じ信仰を表明したものであり、両教会は互いの典礼と信心を尊重する」と述べている。 さらに難しいのは正教会との合同問題である。 カトリック教会側では、カトリック教会と正教会が合同するためには、教義の問題よりも互いの伝統に関する問題が大きな障害となっていると考えている。 たとえば、の首位権をどう評価するかという問題や、互いの典礼や信心における差異をどう尊重しあうかという問題になっているとする。 一方、正教会の側からは、対立はという基本的教義の不一致にあり、首位権や不可謬権の問題もたんなる伝統の問題ではなく教義上の問題と捉えている(アメリカ正教会の研究版新約聖書では、一致の主な障害を、フィリオクエ問題と教皇不可謬権であると指摘している)。 また東方側からは問題や東方布教などのカトリックからの姿勢に対する反発もある。 カトリック教会で用いられる「教導権」という言葉は、信徒を教え導く権威のことを示している。 この権威はのものではなく、司教たちのものである。 カトリックの理解では、人々がある教えを自分勝手に理解すると必ず矛盾や対立が生じることになると考える。 の教育において、指導者がを声に出して読みながら、覚えさせるという伝統があるが、これはの文章は母音が表記されていないため、さまざまな読み方が可能であったためだが、そこにおいては口伝が文章を確定させる。 これがカトリック教会が聖書と同様に聖伝(聖なる伝承)を尊重することのたとえとして用いられる。 カトリック教会との諸教会との間での教義的な差異は、東方教会よりさらに大きい。 プロテスタントは、カトリック教会が使徒本来の教えをゆがめてきたと考えてきた。 一方カトリック教会側は、の「」において「16世紀のから生まれたキリスト教共同体()は、による職のを欠くため、カトリックの教えによれば、固有の意味で『教会』と呼ぶことはできない」としている。 他方、(教会合同運動)の進展が皆無というわけではなく、たとえばによってに刊行された『』は、日本におけるカトリック関係者とプロテスタント諸派の関係者らの共同作業によって翻訳され編集されたものである(ただし新共同訳聖書には参加していない)。 またでは、2月15日からと同じ「」の翻訳が使用されている。 奇蹟 [ ] カトリック教会の公認、未公認、または非公認のあらゆる奇蹟がある。 ブラジルでのミサにおける教皇 カトリック教会の信仰生活の中心にあるのは、聖体祭儀の である。 ミサの中で信者はの秘跡を受ける()。 と守るべき祝日にミサにあずかることは、信徒としての務めであるとされている。 ミサ以外の重要な典礼行為として、「」があげられ、修道院などで必ず行われている。 これは本来「時課の祈り」という意味で、一日の各時間を祈りをささげることで聖化することが目的である。 日課の中で特に重要なのは、ラウズとヴェスパ(ヴェスペレ)と呼ばれる朝の祈りと晩の祈りである。 これらに加えていくつかの祈りが一日の中で行われる(かつて九時課、六時課、三時課と呼ばれた)。 それ以外に読書課という祈りもあり、そこでは祈りと共に、聖書朗読と聖人伝や古典的な著作が読まれる。 聖務日課の中心となるのは旧約聖書の詩篇である。 聖職者と組織 [ ] ローマ教皇と枢機卿団 [ ] 前ローマ教皇(現名誉教皇) カトリック教会が他のキリスト教諸教派と比べて特徴的な点として、まずあげられるのはと信徒の位置付けである。 ローマ教皇とは、カトリック教会の総代表者で、全カトリック教会の裁治権と統治権を持つものである(では「法王」と呼ばれることも多いが、カトリック教会での正式名称は「教皇」であり、「法王」という言い方は日本国にとってのの首長を表す外交用語でしかない)。 ローマ教皇はによるの後継者であり、現在はに居住する。 なお、「使徒座」という言葉はバチカン市国の行政組織を指す場合もあり、その用法においてはとも呼ばれる。 バチカン市国はに成立した独立国であるが、カトリック教会が政治的に特定の国に組み入れられることなく、独立していることを示す意味がある。 『』第882項は、『教会憲章 Lumen Gentium 』を引用して次のように述べている。 「『教皇が、ローマのにしてペトロの後継者である』ことが、変わらず目にみることのできる信仰の源泉にして基礎である。 」 教皇首位権はペトロに由来する立場と権能によって行使されるを含む。 これは「信仰と道徳に関して、教皇が教会の頭として使徒座 Ex Cathedra から荘厳に宣言する」場合に関して、教皇は誤り得ないという教義である。 これはあくまで非常に限定された場合であり 、通常の理解ではその首位権というのは、全司教の中におけるローマ司教の優位権のことを指している。 教皇選挙に関する最新の規定は、の「ウニベルシ・ドミニ・グレギス Universi Dominici Gregis 」に示されている。 そこで定められているのは、教皇選挙においては選挙者たる枢機卿団は外界との連絡から隔離され、において議論と投票を繰り返すということである。 この選挙を「」という。 新教皇の決定にいたるためには投票者の3分の2以上の票を集める必要がある。 また慣例によって、教皇選挙に参加できるのは80歳未満のに限られる。 の規定によって、教皇は自主的に退位することが可能であり、歴史的にも教皇が退位したことは何度かある。 に退位したは、の『』の中で「教皇位退位の咎」により地獄で責め苦を受けるさまを描かれているが、これはあくまでダンテの解釈であり、カトリック教会からはにされている。 にの終息のために退位に同意した以後約600年にわたって教皇退位は行われず、教皇は事実上の終身制ともみなされていたが、2月にが健康問題を理由に退位を表明した ()。 枢機卿団は、教皇庁で働く高位聖職者や世界の重要なの司教たちの中から教皇によって任命される。 教皇選挙に参加できるのは80歳未満の枢機卿であるという慣例を逆手にとって、80歳以上の聖職者で教会に大きな貢献をしたものが名誉職的に枢機卿に挙げられることもよく行われる。 そのような枢機卿の中には、神学者やなどで、政府によって長期にわたって投獄されていたような司教も含まれる。 枢機卿制は、に教皇選挙権がローマとその郊外に在住する聖職者に限定されたことに由来する。 これは枢機卿団の本来の目的が教皇の顧問団であったことを示している。 枢機卿を表すのcardinal という言葉はのカルド(蝶番)に由来している。 やがて、ローマ以外の聖職者でも教皇に任命されることで枢機卿団に加わり、ローマで働くという制度が確立してゆく。 司教 [ ] は使徒たちの後継者であり、教え、聖化し、統治する務めを与えられた者である。 ローマ教皇もまた、司教の一人であるが、使徒ペトロの権能を引き継いでいるとみなされ、司教団の中における特別な地位を認められている。 なお、()の一部では「」がいて、教会の首長となっている。 司教の本来の職務は、の責任者として教区内の教会を統治することで、キリストの代理者として、・の協力を得て司牧の務めを果たすものとされている。 通常の司教(教区司教)のほかに、(など職務の多い)司教を補佐するために「協働司教」や「」が任命されることがある。 司教座(教区司教)が何らかの事情で空位となった場合、協働司教は直ちに教区司教に着任して職務を引き継ぐことになるが、補佐司教はそのような継承権を持たない。 また、特定の教区を管轄していなくても、教皇庁における職務に就くために司教に任命されるケースもある。 司教は、と祈りによって司祭・助祭にのを授ける権能を与えられるが、司教もまた叙階の秘跡によってその地位を受けるものである(ただし司教叙階の場合は、教皇から委任された司教だけが司教叙階を執行することができ、少なくとも2名の共同聖別司教が必要である、と教会法で規定されている)。 叙階の秘跡の効果は生涯消えることはないため、高齢等によって司教の実質的な職務を引退した後や、司教の職務を停止された場合でも司教の権能・称号は終生保たれる。 なお、司教の中には「大司教」や「総大司教」といった地位に上げられるものもいるが、これらは叙階の秘跡による位階ではなく、教区の規模に応じて定められた教会行政上の職掌を表すものである(例えば、司祭が司教に叙階されることはあっても、司教が大司教に叙階されることはない)。 地域の司教たちは定期的に会合を開いて、さまざまな問題について討議する。 これを司教会議()という。 シノドスでは典礼などの問題に関しては決議することが出来るが、特定の司教の処遇に関してなどの決議のためには、有資格司教の3分の2以上の同意と教皇庁の裁可が必要とされている。 司祭と助祭 [ ] は、とによってその職務を補助されている。 カトリック教会の聖職者(司教・司祭・助祭)は、のに限られ、叙階の秘跡を受けることで選ばれる。 司祭には、に属する(かつて「在俗司祭」とも呼ばれた)と、に属する修道司祭とがあり、どちらにも属さないフリーの司祭というものは存在しない。 歴史的には使徒たちの多くや初期の聖職者たちは既婚者であったが、においては古代教会から司祭の独身制は推奨されており、出身のによる以降、上級聖職者(司教、司祭、助祭)のが徹底されてきた。 ただ例外として、を行う教会()やなどからの改宗者の場合は既婚者が例外的に認められる事がある。 また、以降、(司祭となる事を前提としない助祭)の制度が再興され、この場合のみ既婚男性の叙階が認められている。 しかし、どちらにしても叙階後のや既婚者の妻が亡くなった場合の再婚は認められていない。 また、教皇の時代まで、守門、読師、祓魔師、侍祭という下級聖職(下級品級)およびという聖職位階が存在したが、8月15日に発布された自発教令「ミニステリア・クエダム」によってに廃止され、現代ではとの2つの「奉仕職」に改められて、かつてのような聖職位階として扱われることはなくなった。 今も日本の歴史書や歴史教科書にそのように書かれることがあるが、かつてのカトリック教会においては教皇を頂点に、司教、司祭、信徒がいるというピラミッド型のヒエラルキー構造が強調される傾向があった。 しかしこれは以降に見直され、現代では従来の聖職者至上主義の修正が図られていて、「神の民の教会論」により、すべての信徒がキリストの祭司職にあずかっていて教会の宣教活動、典礼活動、司牧活動を遂行する者であるとしている。 この信徒の使命は「信徒使徒職」と呼ばれている。 信徒の役割 [ ] 神は全てのキリスト者に対して聖性に向かうようにとお呼びかけになった。 聖性とは何にもまして神を愛し、神ゆえに人々を愛し、人々に仕えることである。 聖パウロは、エフェソの初代のキリスト者(鍛冶屋や店主、家事従業員や料理人、労働者からなる人々など)に、神は「天地創造の前から、私たちを愛され、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと」(1,4)、キリストにおいて私たちをお選びになったと保証している。 で、「どのような身分と地位にあっても、全てのキリスト者がキリスト教的生活の完成と完全な愛に至るように召されている」(バチカン公会議、『教会憲章』40)と述べられた。 この聖性への普遍的な召し出しの一部として、キリスト者は誰でも、人々に仕え、人々をキリストに近づけるために呼ばれている。 いわゆる「霊的」な仕事に従事している人たちばかりでなく、あらゆる真っ当な世の中の仕事と活動に従事している人たちが、キリストの教えを自らの模範と言葉で広げていくように呼ばれているのです。 神はすべてのキリスト者が「教会の使命の証人、生きる道具となるよう」(『教会憲章』33)招いておられるのである。 「全ての信者は神の救いの計画がどんな時代にも、あらゆる国々のあらゆる人々にまで届くよう働くべき」(『教会憲章』33)であることを、全てのカトリック信者は知るべきである。 「自分の毎日の活動を、神との一致の機会、御旨の到達の機会、人々への奉仕の機会、キリストにおける神との交わりに人々を導く機会と見なすよう」(『信徒の召命と使命』17)、神は信徒である男女をお呼びになっている。 現代の聖人たちは信徒の信仰生活や使命に関しては次のように語っている:「あなたがキリストを尋ね、キリストに出会い、キリストを愛するように」(聖『道』382)。 同様、 教皇によると、「信徒は聖性への召し出しに気づき、何よりも拒むことのできない義務としてそれを生きなければ」ならない(『信徒の召命と使命』17)。 カトリック信徒の分布 [ ] 人口に占めるカトリック信徒の比率 色が濃くなるほど比率が高い 全世界に存在する(洗礼を受けた)カトリック信徒の総数は12億人に上るとみられている。 カトリック信徒は世界中に存在しているが、特に多いのはとである。 度の統計では、南北アメリカに5億2000万人、ヨーロッパに2億8000万人、に1億3000万人、に1億700万人、に800万人である。 ヨーロッパでカトリック信徒の多い国は、ラテン諸国といわれる国で、、、、、、、非ラテン諸国では、、、、、、、、、、、、である。 、、およびはカトリックとプロテスタントがほぼ同数である。 アメリカ大陸では特にに信徒が多く、特に多いのは、、、、である。 アジアではスペイン、ポルトガルのであった歴史的背景から、にカトリック信徒が多い。 日本におけるカトリック教会 [ ] 詳細は「」を参照 カトリック教会への批判・論争、事件など [ ] 以来、から、教皇の首位権・使徒継承性に対して「『聖書』の曲解、根拠なき伝承()に基づくもの」と批判されている。 同様にプロテスタントが『聖書』に根拠を持たないと主張する「」や「・ 」について批判を受ける。 歴史的には、カトリック教会が封建領主として君臨したこと、によって、崇敬・(免罪符)発行を批判されたが、によって中止された。 一方、改革の中で的姿勢が強まって「」の作成がなされたが、このような動きはやを求めると衝突を招いた。 者にとっては、カトリック教会による社会生活の支配は克服すべき課題であった。 ではが宗教を廃止し、「」(あるいは、「最高存在」)に対する崇拝をそれまでの宗教に代わるものと位置付けた。 このような過程を経て、カトリック教会は寛容政策に転換し、信徒や聖職者が他宗教の祭祀・儀式に列席することも認められるようになった。 しかし、においても(プロテスタントの的な教会同様に)も含めた、かけがえのないを尊重するという崇高な理念に基づきや、、 ただし、同性愛的行為は禁じられるが、同性愛的性志向自体は否定されない 、研究への反対姿勢は変えておらず、この点を批判されることがある(ただしこれらについては他教派やの関係者にも賛成する者がおり、賛成者とカトリック教会が連携することもある。 一例としてを参照)。 「妊娠中絶の支持者には聖体の秘跡の授与を制限すべきだ」という教会関係者の発言が物議を醸しており、一種の""とも揶揄されている [ ]。 教義上、聖職者になれるのは男性信者に限られている。 はこれに対する批判を行う者もいるが、カトリック教会側はあくまでも教義に基づく制度であるから「女性蔑視」ではないと説明している。 また、聖職者には世俗の権力は一切存在しないので「」とは言いがたい、との説明もあるが、国や地域、組織によっては、聖職者が世俗的な権力行使に関わったり、その言動が世俗の権力に大きな影響を及ぼす例もあり、至当とは言えない。 また、かつては女性助祭や旧約時代の女性預言者も存在したこともあり、この制度が復活することがないとは言えない。 また、近年一部のが児童に対してをしていた事実が判明し、カトリック教会の一大スキャンダルに発展している。 八木谷涼子 『なんでもわかるキリスト教大事典』p58• 小高毅 よくわかるカトリック-その信仰と魅力 教文館 2002. May p. The Holy See(バチカン公式サイト)• 2018年4月10日閲覧。 小高毅 よくわかるカトリック-その信仰と魅力 教文館 2002. May p. 2018年4月6日閲覧。 『』194,195 p65• 2014年10月31日閲覧。 (『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』137頁、カトリック中央協議会 )• 2018年4月6日閲覧。 The Holy See(バチカン公式サイト)• カトリック中央協議会• 多くの神学者の見解では、教皇不可謬権が行使されたのはの「(聖母の)」との「」の2例だけである。 詳細はを参照。 2013年2月11日. 2013年4月17日閲覧。 [ ]• 『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』175頁• 『カトリック教会の教え』231頁(日本カトリック司教協議会 監修・カトリック中央協議会 発行)• 『カトリック教会の教え』251-254頁• 『カトリック教会の教え』252頁• 2018年4月6日閲覧。 2015年9月4日閲覧。 カトリック教会では、聖母マリアや諸聖人を神として敬っているわけではないため、「マリア崇拝」等と称するのは誤りである。 関連文献 [ ]• フランシスコ・マルナス、『日本キリスト教復活史』、、• 監修、『第2バチカン公会議公文書全集』、、• エチェバリーア『Itinerario de vida cristiana』• 日本カトリック司教協議会監修、『カトリック教会のカテキズム』、、• カトリック中央協議会『カトリック教会・情報ハンドブック 2010』- 発行• Tausch, Arno, Global Catholicism in the Age of Mass Migration and the Rise of Populism: Comparative Analyses, Based on Recent World Values Survey and European Social Survey Data November 24, 2016. 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 (フランス語) (英語) (イタリア語) (ポルトガル語) (スペイン語) (ドイツ語) (アラビア語) (中国語) (ラテン語)• (日本語)• (日本語)• (日本語).

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カトリックとは

カトリック と は

概要 [ ] 問題の性質上、長きにわたって明るみに出ていなかったが、にのメディアが大々的にとりあげたことをきっかけに多くの報道が行われ、一部は訴訟に発展した。 この種の事件が起こっていたのはや学校、などや、施設関係者と子供たちが共同生活を送る施設であることが多かった。 なお、メディアでは「児童への性的虐待」と報道されても、多くの場合は児童ではなく、成人である神学生のような人への虐待である。 アメリカに続いて、、、といった国々でも訴訟が起き、、、、、、においても行われてきた性的虐待が問題となっている。 アメリカやアイルランド、では教区が引責辞任に追い込まれるという異例の事態となった。 これら一連の騒動により、アメリカなどでは一度でも児童への性的虐待が発覚した聖職者は再任することができなくなったが、職場を追われた神父らが、メディアなどの監視が行き届かないなど発展途上国で同様に聖職に就き、同様の事件を起こしていることがわかり、新たな問題になっている。 「」も参照 経緯と影響 [ ] 教会の上層部が不祥事の発覚を恐れ、事件を起こした人物を異動させるなどで問題を隠蔽してきたことが判明すると、の対応が厳しく批判された。 これにより、には、今後同様の問題が起きた場合は厳正に処断すると宣言。 このような罪を犯すことはもちろん宗教的・社会的にも許されない上に、隠すことも大きな罪になるとはっきり述べた。 しかし、その後の教皇・カトリック教会による対応に批判は止まなかった。 3月、が、ベネディクト16世自身が在任時代にの虐待事件をもみ消していたという疑惑を報じたことにつき教皇側が強く反発したことから、同年にはで教皇の退位を要求する抗議デモが行われ 、には、アメリカ合衆国の弁護士が、教皇がによる性的虐待を知りながら事件を隠匿したとして、教皇を証人として出廷させるよう裁判所に要請した。 2010年、教皇ベネディクト16世は、訪問先のにおいて、虐待被害者たちと会談。 涙をながして「遺憾と悲しみ」の意を表明し、祈りをささげるとともに、教会が全力で疑惑の調査を行っている事を説明し、虐待の責任者を処罰するまで調査を続け未来の若者達を守る方策を実施すると約束した。 同年、教皇ベネディクト16世は当該問題につき「教会内で生まれた罪により教会が脅威にさらされている」とし、教会の責任に初めて言及した。 しかし、これは訪問の際の機中で記者団に語った発言であり、屋外ミサにおける説教では特に言及はされなかった。 ベネディクト16世に代わり、2013年3月13日に新たに教皇となったは、2013年4月5日にこの問題に関して「断固とした対応をとる」という声明を発表した。 性的虐待が原因で2011〜2012両年に教会から解任処分などを受けた聖職者は384人に達した。 アメリカ合衆国 [ ] 2008年4月18日、で演説するに対し、性的虐待について抗議するの信者たち で最初にこの件に世間の注目を集めたのは紙であった。 、同紙はボストンの教区 ()神父が、六つのに携わった30年にわたる司祭生活の中で、延べ130人もの児童に対する性的虐待を行って訴訟を起こされたこと、またカトリック教会はゲーガンに対しなんら効果的な処分を行わず他の教会へ異動させただけで、それが事態を悪化させてきたと、特集を組んで報道した。 ゲーガンはの虐待事件に関して起訴され、に聖職停止(司祭としての職務の剥奪)処分を受けていた。 その後ゲーガンは2002年に禁錮9 - 10年の実刑判決を受けたが、にソーザ・バラノフスキー矯正センターで他の収容者にされて死亡した。 ボストン ()は、自身の教区に属するゲーガンへの対応に関して、世論の厳しい批判を受け、2002年に辞任に追い込まれた。 ロー枢機卿はゲーガン神父の問題行動に関しての報告をたびたび受けていたにも拘らず、効果的な対応を行わなかったとされる。 ロー枢機卿の後任となったショーン・オマリー司教は被害者への賠償金の支払いなどの1200万ドルともいわれる多額の裁判費用の捻出のため、教区資産の売却を余儀なくされた。 教区の責任者としてロー枢機卿が厳しい批判を受けることになったのは、同教区でこのような問題が起こったのはゲーガンが初めてではなかったからである。 かつて同教区の司祭であった ()が - に、少なくとも125人の子どもへの性的虐待を繰り返して教区内で問題になり、本人も自身の性的嗜好の問題に苦悩して長上に相談し、さらには逮捕までされているにも関わらず、なんら実効的な対処が行わず、教区内を転々とさせるだけであったということが明らかになったのだ。 ポーター自身はに司祭職を離れて結婚生活を送るようになったが、にかつての被害者が名乗り出たことから、マスコミが彼の過去を次々に暴きだすことになった(ポーターは家庭生活を送っていたになってもベビーシッターの少女への性的虐待を行ったとされている)。 、ポーターは多くの性的虐待の罪で懲役18 - 20年の実刑判決を受け、にガンのため獄中で死去した。 この不祥事が発覚した後、には250人が解任されるという事態となったが、聖職は剥奪されなかった。 そのため、アメリカ国民はこの「温情ある方針」に激怒した。 米紙(電子版)は2003年、過去60年間で米国カトリック教会の1200人を超える聖職者が4000人以上の子供に性的虐待を加えたと報じた。 さらにには米CNNテレビでからにかけての52年間で、神父4450人が疑いがあると報道し、件数は約11000件に上ると報じた。 約11000件中立証できたのは6700件、立証できなかったのは1000件、神父が死亡したなどの原因で調査不可能になってしまったものが3300件であった。 しかも被害者団体はこれに対しても「司祭らは長年にわたり(性的虐待を)隠そうとしてきた。 すべての真実を示すものではない」と批判した。 に、のカトリック教会は、の性的虐待を防ぐを市内の学校に配布した。 この塗り絵には、を務める少年に対して、密室でと二人きりにならないようが教える絵などが描かれている。 聖職者の性的虐待を調査する機関「 Bishop Accountability(の責任)」によると、2007年までの段階で、全米4万2000人の司祭のうち、約3000人が性的虐待の疑いで弾劾され、捜査当局の調査対象となった者、有罪判決を受けた司祭もいたとされる。 、は訪米時に被害者達に面会して直接謝罪した 一方で、聖職者の児童虐待は「アメリカ社会の堕落にも責任」があると言及した。 アメリカ合衆国での騒動はその後も収まらず、には教皇ベネディクト16世自身が教理省長官たる在任時に、虐待をしていた司祭の処分を見送っていた疑惑がニューヨーク・タイムズによって報道された。 これに対し教皇は「つまらぬゴシップ」と切り捨て、周辺の司教らは一連の性的虐待事件について「一部の者の過ち」とし続けており、「性的虐待はカトリックだけの問題ではない」「何者かのだ」と逆に反発を強めている。 現バチカン教理省長官を務めるウィリアム・レヴェイダは同年、ニューヨーク・タイムズの当該記事に対し「いかなる適正な公平性の基準にも達していない」と非難した。 は、2010年3月31日号での問題を指摘した。 同年には、で、被害者がバチカン(教皇庁)と教皇を提訴するに至った。 、のバーリントン(Burlington)司教区は、神父による性的虐待被害者に対し2000万ドル以上の慰謝料を支払うことに合意した。 費用捻出の一部には不動産売却代金が含まれる見込み。 ドイツ [ ] 300人以上もの被害者が報告されているにおける事件では、がであったの南部ミュンヘン司教区においても被害者が存在すること、教皇の実兄が指揮者を務めたレーゲンスブルク聖歌隊においても虐待があったこと、さらに性的虐待に関与した神父の教会施設受け入れを認めたと報道されている。 この時、教皇はこの事実を知っていたのではないか、という疑惑が挙がってきており「教皇は性的虐待を黙殺したのではないのか?」と疑念が持たれている。 この節のが望まれています。 アイルランド [ ] アメリカ国外で起こった同種の事件としては、のノルベルト修道会士ブレンダン・スミスのケースがある。 彼はからにかけて、自らが関わっていた数百人の子どもたちに対して性的虐待を繰り返していたとされる。 アイルランドでは前述のスミスだけでなく、同様の罪が問題とされたファーンズ司教区のジム・グレナンや、児童への暴行容疑で裁判を受けることになったが開廷前に自殺したショーン・フォーチューン神父などの事件が続けて明るみにでた。 この問題を受けてファーンズ教区のブレンダン・コミスキーが引責辞任し、ダブリンのコンネルも進退を問われる事態となった。 2010年3月までで、合わせて4人の司教が引責辞任している。 には、から性的、肉体的、精神的な虐待が児童に対し広く行われていたとの調査報告が政府の調査機関から発表され、同年には、関係機関が誠実に被害者に対して対応を行っていなかったことにつき、教会と政府が謝罪した。 に教皇ベネディクト16世は、アイルランドでの性的虐待問題につきアイルランドのローマカトリック教会に対して送った教書を公表。 反省と謝罪を行い、信頼回復を誓った。 この教書の中で、教皇は神への痛悔を行うとともに、犯罪行為に対して法の裁きを受けるよう求めた。 今後、バチカンも児童虐待につき公式に調査し、教皇が被害者と直接面会して癒やしを祈るとした。 ただしもみ消しに関与したとされるブレイディー枢機卿らの辞任は求められていない。 被害者の一人が教書の内容に対し「被害者への言及が少なく、失望した」と述べたとは報じている。 肉体的・精神的被害について賠償を求める動きが一部で出ている。 イギリス [ ] キース・オブライエン枢機卿が職を辞職する当日、集まった報道陣 でもカトリック聖職者による児童虐待が問題となっている。 2000年半ばころから、各地のカトリック系の学校で、教師でもある聖職者から性的な虐待を受けたという過去の事例が次々と明るみに出、いくつかの訴訟で有罪判決が下された。 なかでも、イギリスのカトリックの最高位にあったが教区長時代の1970年代に、生徒の親から訴えがあった性的虐待に対して緘口令を出していたことが報じられ、大きな騒ぎとなった。 は2010年から4日間、にがローマ教会と袂を分かって以後の歴代教皇では初めてを公式訪問した(非公式訪問はが既に行っている)。 教皇の訪問に際し、当該問題に対するデモなどが複数計画されていた。 ベネディクト16世は英国での児童虐待被害者のうち女性4人、男性1人に面会し、18日のにおいてはこれまでで最も明確な文言(「言葉で表せないほどの罪を恥ずかしく思う」)で謝罪の意を表明した。 しかし、英国の虐待被害者のための全国組織である NAPAC National Association for People Abused in Childhood のピーター・サンダース会長はこの謝罪に対し、教皇は立場的に追い込まれて謝罪発言に至ったとして、厳しい評価を下している。 イギリス・の ()は、男子学生や同僚の司祭たちへの性的虐待で告発されており、2013年2月にはの職を辞している。 オブライエンは当初、3月の自身の誕生日にあわせて辞任する考えだったが、より即時辞任を求められたという。 オブライエンは、今後、一切の宗教的行事から身を引くとしている。 メキシコ [ ] では、「キリストの兵士」という修道会をに創設した ()神父が元神学生への性的虐待容疑で訴えられた。 マシエル神父は自らと修道会の名誉を傷つけようとする陰謀であると主張し、容疑を否定した。 事件はメキシコの司法当局で調査されただけでなく、教皇庁も教皇直属の委員会を招集して直接の調査に乗り出す事態になった。 委員会による審議は、教皇ヨハネ・パウロ2世の死期が迫ったことで中断されていたが、12月にヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿(元教皇ベネディクト16世)が教皇に代わって委員会による迅速な審議を指示。 同じころ、マシエル神父は修道会の総長職を退いたが、委員会の調査とは無関係であるとコメントしている。 、教皇ベネディクト16世は86歳のマシエル神父に対し、一切の職務を退き、以後「祈りと痛悔」の日々を送るよう命じた。 バチカンは声明の中で、「調査委員会への喚問も検討したが、高齢と健康不安を理由にこれは断念した」とも述べた。 このような声明が教皇自身の名前で出されることはかつてなかったことであり、同種の問題に対する対応が甘いと批判された前教皇ヨハネ・パウロ2世の方針とははっきりと一線を画すものであると見られている。 ベネディクト16世はこのようなスキャンダルに対する「断固とした対処」を繰り返し訴えている。 ()は、その後米国に移住し、2008年に死去。 本人による公式な謝罪はなかったが、本人の死後に、後任者がこの件について謝罪した。 オーストラリア [ ] オーストラリアで行われた聖職者による性的虐待については、教会による事実隠蔽の疑惑が渦巻く中、被害者両親から教皇に対し謝罪要求が行われていたが 、オーストラリアを訪問した教皇ベネディクト16世は、で行われたにおいて、オーストラリアで発生した聖職者による未成年者への性的虐待事件につき、全面的に謝罪、聖職者によるケアを指示し、犯罪者に対する厳正な法による処罰を求めた。 2018年5月、メルボルンの治安判事裁判所にはローマ法王庁の財務長官を務める George Pell 枢機卿を複数の性的暴行容疑について陪審裁判にかける判断を下した。 2020年4月7日、オーストラリアの最高裁判所は有罪判決を覆し、全会一致で無罪判決を下した。 ペル枢機卿はオーストラリアのカトリック教会で最高位、法王庁でも3番目の地位にある。 ギリシャ [ ] もこの問題について言及している。 であるアテネの側近であるディミトリオスは、カトリック教会のの、および「純潔を優越とみなす思想」の問題を指摘している。 においては司祭の妻帯は、前段階であるに叙聖される前に結婚するのであれば許される。 一連の事件は特殊な性愛傾向をもつ司祭に問題があるとするバチカンの見解に対し、ディミトリオス神父は司祭の独身維持という制度が問題の根源にあるとし、未成年者に性的虐待が向かうのは司祭個々人の性愛傾向が原因ではなく、また口封じが容易であることも要因として指摘している。 日本 [ ] 日本カトリック司教協議会は国内でも性的虐待があったことについて、に「子どもへの性的虐待に関する司教メッセージ」として発表。 2019年4月4日、全国にある16司教区を通じた性的虐待に関する調査実施の方針を決定した。 では、男性(公表当時62歳)が実名での性的虐待被害を告発した。 「東京サレジオ学園」に在園していた小4の時に元園長のトマス・マンハルド神父から1年間にわたって性的虐待を受けたという。 2020年6月、国内の被害者たちが長崎市内で集会を開き、被害者の会の設立を宣言した。 脚注 [ ]• (2010年03月17日 22:29 AFPBB News)• (2010年04月08日 12:11 AFPBB News)• PRI,September 18, 2015• (2010年03月29日 12:27 )• (2010年04月19日 18:58 AFPBB News)• (2010年05月13日 13:13 AFPBB News)• ニコニコニュース. 2013年4月5日. 2013年4月6日閲覧。 CNN, 2014. (2007年12月05日 15:02 AFPBB News)• (2008年04月18日 09:22 AFPBB News)• (2008年04月17日 11:58 AFPBB News)• (2010年04月23日 17:04 AFPBB News)• (2010年05月14日 10:35 AFPBB News)• MSN産経ニュース. 2010年4月2日. [ ] 2010年4月13日閲覧。 (2009年11月27日 11:16 AFPBB News)• (2010年09月16日 21:00 AFPBB News)• (2010年09月19日 18:57 AFPBB News)• 2013年3月4日. 2013年3月4日閲覧。 James Pheby 2013年3月4日. 2013年3月4日閲覧。 (2008年07月18日 07:43 AFPBB News)• bbc. com. 2020年4月7日. 2020年4月7日閲覧。 vaticannews. 2020年4月7日. 2020年4月8日閲覧。 vaticannews. 2020年4月7日. 2020年4月8日閲覧。 広野真嗣 2019年2月19日. 文春オンライン. 2019年4月28日閲覧。 長崎新聞社. 2020年6月22日. 2020年6月27日閲覧。 関連項目 [ ]• - 神父の性的虐待による悲劇を描いた映画作品。 - ボストン・グローブ紙による取材活動を描いた映画作品。 ・ - キリスト教系養護施設を経験したによる神父の性的虐待に触れた小説。 外部リンク [ ]• (日本カトリック司教協議会)• などしてくださる()。

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消えたカトリック教会の献金3億円。投資先は「アラブの石油プロジェクト」だった!

カトリック と は

なぜ悲劇が繰り返されるのか? 6月18日 のAFPのニュース報道によれば、フランスのカトリック教会で1950年以降、少なくとも3000人の子どもたちが性的虐待の被害を受けたとする推計結果が、17日に司教らの要請に応じて設立された調査委員会から公表された。 実際の被害者数は、これよりはるかに多い可能性があるという。 司教の要請に応じて設置された調査委員会だから、被害を少なく見積もることはあっても、多く見積もることはないであろう。 いったいどれほどの被害が広がっているのか、考えるだけでも恐ろしい。 photo by Gettyimages カトリック教会の聖職者による児童への性的虐待は、もしかしたら、カトリック教会設立以来一千数百年以上も続けられてきたのかもしれないが、事の性質やこれまでカトリック教会が絶大な力を振るってきたことから、歴史の闇に葬られた形だ。 カトリック教会聖職者による悪行が明るみに出始めたのは、2002年に米国のメディアが大々的に報道して以降ここ20年ほどのことにしか過ぎないが、過去の卑劣な行為が次々と明らかになっている。 このような事件が起こっていたのは、孤児院や学校、神学校など司祭や修道者あるいは施設関係者と子供たちが共同生活を送る施設であることが多かったとのことだ。 か弱い子供たちに、耐えがたい苦痛を与えた聖職者には、米国だけではなく、アイルランド、メキシコ、オーストリアなどで訴訟が起きている。 もしも彼らが主張するように神が存在するのなら(私の宗教観は6月10日の記事「コロナ、暴動に満ちた今こそ『苦しいときの神頼み』の効用を見直そう」を参照)、ぜひ天罰も与えてほしいものである。 最近、「黒人の命は大事だ」ということが叫ばれているが、もちろん日本人などの有色人種や白人を含む「非黒人」や、人種を問わず一般市民の安全を命がけで(特に米国の場合は……)守る警官の命も大事だ。 どのような人にとっても命が大切なことは言うまでもない。 しかし、か弱い子供たちに与えられた卑劣な性的虐待は「死」を上回る苦痛かもしれないし、死ぬまでその傷に苦しむことになる。 過去に起こったことは、神からも含めた「裁き」が下るにしても、新たな被害をこれ以上増やしてはならない。 そのためにはどうすれば良いのであろうか? 親が子供に信仰を強制するのは間違い 著書「利己的な遺伝子」で「人間を含めた生物は遺伝子の単なる乗り物に過ぎない」という新しい生命観を主張し、世界中の人々の度肝を抜いたリチャード・ドーキンスは、「神は妄想である 宗教との決別」という著書も出版した世界的に有名な無神論者である。 彼が強く主張する宗教の問題の1つに「親が子供に特定の宗教を強制する」ことがある。 例えばカトリック(キリスト教)では、生まれてすぐに「洗礼」を行って本人の意思とは無関係に信者にしてしまう。 これは親によるとんでもない横暴であると述べるが、私も全く同感である。 まだ判断能力が無い子供時代に、1つの考えだけを押し付けて洗脳してしまうなどと言うのは許しがたいことだ。 成人するまでに色々な宗教のことを学んで、判断能力が備わった大人になってから、「自分自身の意思で自分の信仰を決めるべき」であると思う。 もちろん、家族で宗教が異なることは「悲劇」の原因にもなる。 特に一神教では、「異教徒」は原則的に排斥すべき存在だ。 だからこそ、十字軍や宗教裁判のような惨劇が起こった。 それに対して「日本教」とでもいうべき緩やかな宗教観が「悲劇を未然に防いでいる」ことは、前述の「コロナ、暴動に満ちた今こそ『苦しいときの神頼み』の効用を見直そう」記事中で詳しく述べた。 要するに、家族の信仰が異なっているせいで問題が起こるのなら、そもそも宗教とは「人間を不幸に陥れる存在」ということになってしまうのだ。 一神教では、「正しいことは1つ」が原則だから、自称聖職者(神のブローカー)が、これは「神の御心だ」といえば、幼くか弱い子供たちはそれに従わなければならない。 反論の余地がないのだ。 もちろん、個人の信仰は自由であるし、社会に危害を加えない限り他人が干渉すべきものでもない。 しかし、だとしたら、「洗礼」などで、親が子に信仰を強制する行為も絶対に許すべきではないはずだ。 子供には子供の独立した人格が存在する。 産めよ増やせよ政策のおかげ ユダヤ教もそうだが、この宗教がルーツとなっているキリスト教(カトリック)なども「産めよ増やせよ」戦略をとっている。 ユダヤ教が同性愛を嫌い、カトリック(キリスト教)にもその伝統が受け継がれたのは、同性愛では子供を生むことができず、次世代の信者が減少するということによる部分が大きいと考えられる。 また、婚外セックスで子供が生まれてしまえば、次世代の「信徒」の養育がおざなりになる。 人工妊娠中絶に反対し、過激な人物が中絶医を撃ち殺したりするもの同じ問題が背景にある。 かつては、欧州の植民地主義の先兵として、世界中に広がったカトリック(日本は賢明にも鎖国によってその難から逃れた……)だが、現在、植民地主義は姿を消しつつある。 しかし、今でもカトリックが一大勢力であるのは、ブラジルをはじめとする南米などの貧しい子だくさんの国々に信仰が広がっているからだ。 たとえカトリックという信仰に魅力を感じて改宗する人々が少なくても、信徒が子供をたくさん作れば、前述の「親による子供への信仰の強制」によって、自動的に信者が増えるというわけだ。 先進国では幸いにして、20年ほど前から卑劣な行為が公になり、今後の被害の拡大が少しは抑制されるであろう(期待する……)。 しかし、先進国で糾弾され居場所が無くなった卑劣な聖職者たちが、告発が行われていない発展途上国で「聖職者」を続けているとの話も伝え聞く。 一般的にも性犯罪者の再犯率は高く、特定の前歴者にGPSの取り付けを義務付ける制度がある国は米国(半分以上の州)、韓国、英国、フランス、ドイツ、カナダ、スウェーデンなどがあり、日本でも導入の是非が議論されている。 卑劣な行為を行った聖職者がGPSをつけずに海外にわたり、野放しにされているとしたら大問題だ。 カトリック教会は、まず、このような問題に自ら対処すべきではないであろうか? もっとも、密室で一緒にいることが当たり前の聖職者と信徒では、GPSそのものの意味が無いのかもしれないが…… 反省しないことが再発の原因 カトリック教会の様々な問題点は12月13日の記事「ローマ教皇に言いたい、バチカンこそが難民を受けいれるべきです!」で詳しく述べたが、根本的な問題は、自らの過ちを真摯に反省せず「おまゆう発言」を繰り返していることにある。 例えば、十字軍での2000万人ともいわれる虐殺や、宗教裁判(魔女裁判)で無実の罪(もちろん魔女や悪魔は現実には存在しない)をなすりつけられた犠牲者をクリスマスに弔うなどということは一度も聞いたことがない。 自らの悪行に対して素知らぬ顔をしているのに、他人に対してはあれこれ注文を付けるようなことをすれば、組織が腐敗するのは必然だ。 カトリックの「懺悔」というシステムも笑止千万だ。 信徒に「懺悔」させるのに自称聖職者たちは、神をも恐れぬ行為を平気で働いている。 もしかしたら、子供たちが「懺悔」した内容を口封じの道具に使っていたのではないかとも考えられる。 一体総数で何名になるのかわからない子供たちの心の痛みを考えると、いたたまれない。 「神のブローカー」は偉くない ブッダの生前および死後間もなくの時期、天竺五精舎(5寺院)が存在し、自身が説法を行った祇園精舎(平家物語にも登場)はあまりにも有名だ。 したがって、寺院を通じて教えを広めるというのは、ブッダ自身の考えであったとも言える。 しかし、ジーザス(イエス・キリスト)は教会をつくって布教しなさいなどということは一言も言っていない。 実際、「ローマカトリック」という名前が示す通り、ローマ帝国の権力と結びついて、死後数百年経ってから生まれたカトリック教会は、ジーザスの意思とは全く関係がないと言ってよいであろう。 また、仏教の影響を受けたともいわれる(アフガニスタンのカンダハルにあるアショーカ王の碑文にはジーザスが話したとされるアラム語も記載されており、文化的な交流はあったものと推察される)シーザスの教えの中心部分は「人間は神の基にすべて平等である」である。 人間である聖職者が特別偉いとは言っていないし、そもそも聖職者なる存在さえ想定していなかったはずだ。 ところが、ローマのバチカンは敬虔な信徒の寄付による資金を使って集めた金銀財宝であふれ、法皇は豪華絢爛な衣装をまとって信者の前でふんぞり返っている。 このような態度を改めない限り、「悲劇は繰り返される」と危惧している。 外部サイト.

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