世界 の 中心 で 愛 を 叫ぶ 映画。 世界の中心で、愛をさけぶの上映スケジュール・映画情報|映画の時間

世界の中心で、愛をさけぶ : 作品情報

世界 の 中心 で 愛 を 叫ぶ 映画

【映画のあらすじ】 2003年。 松本朔太郎(大沢たかお)の婚約者である律子(柴咲コウ)。 引越しの準備を進める彼女が、荷物の中から見つけたカセットテープを持ち失踪した。 律子はテープに録音された少女の声を聞くと、喧騒の中で涙を流した。 一方、律子の行方を捜す朔太郎は、台風を報道するニュース番組の中で、偶然に映りこんでいた律子を見つける。 そこは朔太郎の生まれ故郷である、四国の木庭子町。 そしてその町は、高校時代の初恋の人・廣瀬亜紀(長澤まさみ)過ごした思い出の町だった…。 1986年。 陸上部に所属する亜紀は、学校のアイドル的存在だった。 帰宅部だった朔太郎(森山未來)も、亜紀の大ファンだった。 そんな二人が、あるラジオ番組やウォークマンの話題を通して急接近。 さらに、朔太郎が作り話を書いたハガキを投稿したことで、二人はカセットテープによる交換日記を始めた。 ところが亜紀は白血病で倒れ、辛くて長い闘病生活を強いられてしまう。 そして、時間と共に衰弱していく亜紀を見守ることしか出来ない朔太郎は、彼女が憧れる場所、オーストラリアのウルルへ連れて行こうと決意する。 ところが…!? 2003年。 朔太郎と亜紀の思い出の写真館から、朔太郎に電話を掛ける律子。 彼女は亜紀から最後のカセットテープを託されていたのだった。 全てを知った律子は空港へと向かっていた。 そして…!? 【ラブストーリーの名言】 「あなたはあなたの今を生きて。 」by 廣瀬亜紀 これは亜紀が残した最後のメッセージの文末にある言葉。 高校時代にこんな恋愛を体験した朔太郎は、このメッセージで今を生きようと再確認したんだろうね。 強いな、女子は。 追伸:高校2年の頃の夏休みを、もう一度体験してみたい。 いつの世も、女子たちは、こんな男子とこんな映画を待っているのだ。

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世界 の 中心 で 愛 を 叫ぶ 映画

「世界の中心で愛をさけぶ」の概要 朝、起きると泣いている・・・。 17年が過ぎた今でも、彼女は心の中で生きている。 17年前、初めて抱いた恋心、楽しくて、恋しくて居ても立ってもいられない衝動に駆られる。 なのに・・・、運命のいたずらは突然やってきて二人の愛を引き裂く。 白血病、それが彼女の病気の名前だった。 衝撃を受けつつ必死に生きようとする二人。 最期の想いは世界の中心「ウルル(オーストラリア・エアーズロック)」へ二人で行くことだったが、台風29号がその夢をも打ち砕く。 静かに去って行った彼女。 後片付けしなきゃ・・・。 現実を受け入れられず生きてきた今、改めて最期のお別れをする時が来た。 17年の想いに終止符を打つ為に、彼女の骨を風に撒く・・・。 スポンサーリンク ・ 映画版、ドラマ版のキャストと役柄 松本朔太郎(さくたろう) 映画版(大沢たかお/森下未來) 大人の朔太郎を演じるのは大沢たかお、高校生役が森下未來。 大沢たかおの朔太郎は素朴でどこか暗いイメージで、思いつめた表情が彼女(アキ)への深い想いを暗に物語っている。 他の作品ではクールで知的なイメージが多いけど、この作品では心に蓋をしてしまっている役柄を見事に演じています。 その彼が体育館でアキの幻想に出会った時、重じぃの写真館で律子から真実を聞かされた時、胸につかえてた想いを吐き出して泣き崩れるシーンは号泣ものです。 高校2年生の役を演じた森山未來、純情でオドオドした感じや高校生らしく我儘を言ったり、感情を爆発させるシーンでは、感情を表情で上手に表現していて素晴らしい演技でした。 ドラマ版(緒形直人/山田孝之) どんな作品も後から製作された方は、前作のイメージと比較されるのでかなり難しいですが、緒形直人の不器用だけど誠実そうな人柄が、亡くなった彼女への想いを上手く引き出していると思います。 高校生役の山田孝之は、ドラマ版のキャストの中では一番光った存在でした。 くっきりした目鼻立ちの彼だから、一層悲しみや怒りの表現にギャップがあって役にはまったのかも知れませんね。 今でこそ『闇金ウシジマくん』などの強面の役柄やコメディタッチのドラマ等も卒なくこなす俳優に成長した彼ですが、この頃の初々しさがとっても良かったです。 廣瀬亜紀(アキ) 映画版(長澤まさみ) 成績優秀でスポーツも万能で何でもできる、みんなのアイドル的な存在がはまり役でしたね。 愛らしい笑顔、清楚なイメージで魅力がいっぱいでした。 次第に病んでいく彼女のか細い声は、観る人の心にも残る切なさを立派に表現してましたが、それも自ら坊主頭になることを志願した彼女の熱意の表れでしょう。 この作品で、史上最年少の日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得したのも頷けます。 『10月28日、どうしてかなぁ・・・、眠れないの。 明日が来るのが怖くて眠れないの。 私、もうすぐ死ぬと思う・・・』 開始6分早々のこのセリフ、一度観たことのある人なら、これを聞いただけで涙が出てきませんか? ドラマ版(綾瀬はるか) 綾瀬はるかもこのドラマでブレイクした女優です。 坊主頭になる事を避けた石原さとみの代役として臨んだドラマ出演ですが、このドラマが終わったら引退して地元・広島に帰る覚悟をしていたそうです。 覚悟を決めた人の力って凄いですよね。 彼女の熱演振りもそんな覚悟から来ていたんだなと後から知りました。 藤村律子/小林明希 現在を生きる朔太郎の恋人役という設定は同じですが、ストーリーへの関与の仕方は大きく異なっています。 映画版 藤村律子(柴咲コウ・菅野莉央) 映画版は律子が朔太郎と同居する為に引越し準備をしているシーンから大きく動き出します。 映画版のストーリーの全てを鍵を握る存在。 白血病で入院してからの亜紀と朔太郎を橋渡しする律子、でも亜紀から朔太郎への最後の交換日記(カセットテープ)を交通事故に遭い渡せなかった。 亜紀が死んだことも知らずに、亜紀の愛する人への最期の日記を17年もの間渡せなかった。 その自責の念から、一人高松へ飛び立つ。 亜紀の愛した人が朔太郎であった事も知らずに・・・。 映画内での出番こそ多くはなかったけれど、感極まるシーンでは必ず映っている彼女。 亜紀の想い、朔太郎の想い、そして律子の想い。 この3人の想いが映画版の柱になっている事は間違いありません。 幼少期の律子役は、菅野莉央。 彼女もまた物語の重要な役割を立派に勤めてましたね。 亜紀と朔太郎の架け橋となり、そして渡せなかった最期のカセットテープ・・・。 ドラマ版 小林明希(桜井幸子) ドラマ版では朔太郎の現在の恋人役として登場しますが、ストーリーへの関与の仕方は映画版に比べるとあまりありません。 現在の朔太郎を傍でそっと支える存在であり、悩める朔太郎を度々励ます役回り。 美しい彼女の優しい言葉が朔太郎の心を次第に溶かしていく。 同じ大学の同級生であり親友、保険外交員の仕事をしながら頑張って生きるシングルマザーと言う設定ですが、その役どころは少しぼんやりしているのが残念なところです。 亜紀と明希、同じ読み方の名前にした割に、朔太郎がその事について触れることも無く・・・。 重蔵(シゲじぃ) 映画版(山崎勉) 「雨平写真館」を営む、口数少なく、寡黙なお爺さん役。 何十年も彼女(冒頭で亡くなった校長先生)の事を思い続けてきた「想い」の重みを 見事に演じてます。 映画版でのシゲじぃは、ストーリーを方向付ける一番重要な役目で、特に最後のセリフは人生の重みを感じます。 「人が死ぬってぇのは、えらいこった。 思い出、おもかげ、楽しかった時間は、シミのように残る。 天国っていうのは生き残った人間が発明したもんだ。 そこにあの人がいる。 いつかきっとまた会える。 そう思いてぇんだ。 俺なんかお前、未だにこの世に未練があって、 未練引きずりながら生き残っている。 残された者にできるのは、後片付けだけだよ、朔太郎」 このシゲじぃの言葉をきっかけに物語りはエンディングに向かっていきます。 ドラマ版(仲代達矢) 基本的な設定は、映画版と同じ写真館を営むお爺さんだが、映画版と違うのは朔太郎の実の祖父という設定で、第2話で早々に亡くなってしまいます。 映画版ほど寡黙なイメージはなく、どちらかと言うと元気なお爺さんに見えました(自転車で走り去ろうとする朔を両手で引き止める力は、死ぬ間際のお爺さんには無いですからね)。 その元気なお爺さんが唐突に亡くなってしまうストーリー展開は、個人的にはドラマ版のマイナスポイントではないかと思います。 映画とドラマ、あらすじの違い 同じ2004年に公開された映画とドラマでしたが、映画の方は限られた放映時間の中で最後の最後で判明する事実に驚かされ、涙を誘うよりドラマチックな展開でした。 一方のドラマ版では、基本的な流れは同じものの、亜紀と朔太郎の高校生時代により重点を置いた展開になっています。 ストーリー展開上の主な違いをピックアップしました。 現在の朔太郎の想い 映画版の朔太郎(大沢たかお)は、仕事で徹夜明けのシーンから始まりますが、その時点では亜紀の事が忘れられないと言った暗いイメージは無く、律子が一人高松へ向かった事から次第に亜紀への想いが呼び起こされて行くといった展開です。 それに対し、ドラマ版の朔太郎(緒形直人)は、目が覚めた時に泣いているシーンで始まり、17年間亜紀の遺骨を入れた小瓶をポケットに入れたまま、片時も亜紀の事が頭から離れないという設定。 強い想いを表現したかったのでしょうが、さすがにここまでは・・・。 物語を盛り上げた登場人物(大木龍之介) ドラマ版では、朔太郎の高校時代によりスポットを当てた作品になっていて、映画版には登場しない友人達とのエピソードが追加されています。 「おまえさん」。 この言葉でしっかりと観た人の脳裏に焼きついています。 特に最終話で自分の子供に「まぁ何やっても良いけどよぉ、おまえさん。 惚れた女と夢島だけは行くなよ」と言った船の上に亜紀と朔太郎の写真が飾ってあるシーンでは、再び涙が出たのではないでしょうか? 亜紀の白血病発症 映画版の亜紀は、朔太郎と付き合う前から既に薬を飲むシーンがあり、白血病であることは本人も分かっていた。 だから朔太郎がラジオ番組に嘘の投稿をした時に激怒して朔太郎を責めた。 ただ、それにも関わらず、陸上部で走っていたのは少し無理があるように思います。 ドラマ版での亜紀は陸上の選手で、走るシーンが一杯ある。 より活発なイメージを前面に押し出していて、それはそれで清々しく思う。 亜紀の白血病は物語の途中で判明し、次第に亜紀を蝕んでいく設定。 この点については、ドラマ版の方が自然な展開です。 物語を盛り上げた登場人物(亜紀の父親) 亜紀の父親役(映画版:杉本哲太、ドラマ版:三浦友和)も映画版では亜紀が倒れた後に朔太郎を殴るシーン、病院で朔太郎に「あの子に何もしてやれないんだよ・・・」と涙を流すシーン以外はそれほど登場機会はありません。 ドラマ版では、厳しい父親役、そして白血病の娘を想う父親役として痛々しい心情を語っており、ウルルへ行って亜紀の遺骨を風に撒くシーンがドラマ版の設定になっています。 それより、最後に現在の朔太郎に向かい 「よく頑張ったなぁ、朔。 生死を扱う仕事は、辛かっただろう・・・。 もう充分だ・・・、ありがとう・・・」と言うシーンはとても切なく、ドラマ版の締めくくりの一場面として重要な位置づけでした。 朔太郎に後片付けを決心させた人 映画版では明らかにシゲじぃ(山崎勉)です。 「残された者にできるのは、後片付けだけだよ、朔太郎」 この映画が伝えたいメッセージがこの言葉に凝縮されている様に思います。 一方のドラマ版では、明確なセリフは見当たらず、亜紀の両親と行ったウルルから持ち帰ってしまった遺骨。 亜紀の遺言どおりに遺骨を風に撒くことができず、17年も小瓶の中に閉じ込めて来てしまった。 それを再び風に撒く事を決心させたのは、亜紀が書いた『ソラノウタ』という絵日記だと思います。 「生きていくあなたへ・・・」 「お前は最後に聞く、隣のあの子はどこに行ったの?」 「すると私は答えるだろう」 「もう見えないよ。 なぜならおまえの中にいるからさ」 「おまえの脚はあの子の脚だ」 「がんばれ」。 亜紀の遺骨を遺言のとおりウルルではなく、高校のグランドに撒く事を決めたのも、この絵日記に書かれた「脚」という言葉が、亜紀の走りたいと言う想いだと悟ったからだろう。 ロケ地の違い、高松市庵治町は純愛の聖地に 片山恭一の青春恋愛小説が原作だが、原作の舞台は愛媛県宇和島、映画の舞台は香川県高松市の庵治町、ドラマの舞台は静岡県賀茂郡松崎町となっていて、雰囲気的には映画の方が原作に近いです。 映画でロケ地として使用した高校のグランドは、愛媛県の伊予高校だから余計にそう感じるのだと思います。 雨平写真館(純愛の聖地・庵治観光交流館). セカチュー映画とドラマの違いまとめ 映画版とドラマ版、両方とも素晴らしい作品でした。 泣きたい時に観たら、あっという間に号泣できますよ(笑) 個人的には、映画版が好きです。 言葉少なく過去を振り返る朔太郎(大沢たかお)。 現在の朔太郎が高校へ行き、亜紀からのカセットを聞きながら、亜紀からの愛のメッセージを受け取るシーンは感動的です。 そして、大好きだった亜紀姉ちゃんの愛した人に最後のカセットを渡す為、高松へ一人旅立ち、そしてそれが自分の恋人だと知った律子(柴咲コウ)。 最後の最後で、あのカセットテープを渡してくれた小さな女の子が、現在の律子だったと気が付かされる展開が、涙のクライマックスでした。 追記 私の大切な人は、お兄さんを白血病で亡くしています。 だからその人とはこの映画を一緒に観ることはできません。 その人が骨髄移植をしたにも関わらず無念にもこの世を去ってしまった事で、今でも自分を許していないからです。 どうか、少しでも多くの患者さんに適合する骨髄が見つかりますように。

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世界 の 中心 で 愛 を 叫ぶ 映画

解説 高校時代に死別した恋人との想い出を引きずり続ける青年が、過去を辿る旅を経て、やがて現在の恋人と共に生きていこうとする姿を描いた恋愛ドラマ。 監督は「きょうのできごと a day on the planet」の行定勲。 片山恭一による同名小説を基に、「ユーリ」の坂元裕二と「Seventh Anniversary」の伊藤ちひろ、行定監督が共同で脚色。 2004年製作/138分/日本 配給:東宝 ストーリー 婚約者である律子が、引っ越しの荷物の中から偶然見つけた1の古いカセットテープを持って、突然失踪した。 彼女の行き先が自分の故郷・四国の木庭子町であることを知った朔太郎は、彼女の後を追って故郷へと向かうが、そこで彼は高校時代のある記憶を辿り始める。 それは、初恋の人・亜紀と育んだ淡い恋の想い出。 しかし、その亜紀はやがて白血病で倒れ、辛い闘病生活を強いられてしまう。 そして、次第に弱っていく彼女を見て、自分の無力さを嘆くしかない朔太郎は、彼女の憧れの地であるオーストラリアへの旅行を決行するのだが、折からの台風に足止めをくらいふたりの願いは叶わず、空港で倒れた亜紀は、その後、還らぬ人となるのだった……。 そんなふたりの関係に、実は律子が関わっていた。 入院中、朔太郎と亜紀はカセットテープによる交換日記のやり取りをしていたのだが、その受け渡しを手伝っていたのが、亜紀と同じ病院に母親が入院していたまだ小学生の律子で、彼女の失踪もそれを自身で確かめる為だったのである。 それから数日後、約束の地・オーストラリアへと向かった朔太郎と律子は、最後のテープに録音されていた亜紀の遺志を叶えるべく、彼女の遺灰を風に飛ばした。 タイトルはよく耳にするが、ちゃんと観たことがないまま来てしまっていた。 意外やメディアがどこにも無く、Amazonプライムで視聴する事に。 16年前ですか、この作品。 その後、セカチューという言葉を知らない人がいないぐらい純愛、病死モノ映画の金字塔を打ち立てた。 今、フレッシュな気持ちで鑑賞してもどこに号泣ポイントがあるのか分からない。 でもお話として、また各俳優の名演に不満はない。 カセットテープの伝書鳩役だった子供の律子が、なぜ現在の朔と結婚するかしないかまでの関係になったか全く説明が無い。 事故に合わせた責任?? そのモヤモヤが残ってしまい締まらない。 だからだろう。 何が良かったって、病室で聞くラジオから流れた曲か美里の「君に会えて」の選曲。 最後に、 17歳の長澤まさみさん。 キラキラ感ハンパない🤣 今年から香川に単身赴任してるので、聖地巡礼でもしておくか〜 スマホもYouTubeも無かった時代。 誰かと待ち合わせしていて会えないもどかしさや、電話しても相手が不在で出ない、連絡が取れないなんて今では考えられない。 だからこそ、連絡が取れて会えた時の安心感や喜びはかけがえのない物だっただろう。 今、スマホが無くなったら生活出来るだろうか?とちょっと考えてしまった。 あんなに好きだった彼女で若くして亡くなってしまって もう誰もこんなに好きになれる相手はいないと思ってもやっぱりまた恋愛は出来るんだな。 でもやっぱり何処かで亡くなった彼女が忘れられず、引きずってしまっていて… でも生きている、生きて行くってそういう事だよね。 高校時代のサクが森山未来さんで大人になったサクは大沢たかおさん。 この配役が似ても似つかないという声もあるけど私は合ってると思った。 現代だったら、サクは菅田将暉君辺りがやるのかなー。 アキは誰が合うだろうか?浜辺美波ちゃんかな? 新しいセカチュー、観てみたい。 現在、訳の分からないウィルスが世界中に蔓延していて死亡者も多数出ている。 自分もいつ感染して突然死んでしまうか分からない。 この映画の公開当初には遠くにあった死が今は身近に迫って来ている。 ワクチンも特効薬は開発中、もしくは認可待ち。 気休めのマスクでさえ品薄で朝から並んでも買えるかどうかわからない。 このウィルスは指定感染症の為、家族でも死に目に立ち会えないし葬儀も出来ない。 直ぐに火葬しないといけないそうだ。 こう言っては身も蓋も無いが、死は特別な事じゃない、当たり前のことなのだ、と今更ながら思い知らされている。 …ってことで、少しずつ、断捨離を始めるとしよう。

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