ルイブライユ について。 ルイ・ブライユ

東大生も知らない小学生検索ワード1位の「ルイ・ブライユ」って知ってる? (2015年5月19日)

ルイブライユ について

スポンサーリンク ルイブライユはなぜ点字を作ったのか ルイ・ブライユ(1809~1852)は、フランス北部のクヴレ村に馬具職人の子として生まれました。 3歳の時に自宅工房で遊んでいるときに誤って事故によって左目を失明し、その後5歳の時には交感性眼炎により右目も失明してしまいました。 でも家族の協力もあり知識や生活能力を身に着け、村の学校で一般の生徒と同じ教育を受けることができ、優秀な成績を収めるまでになりました。 その後、周囲の援助や本人の希望もあり、さらに進んだ教育を受けるため、1819年に10歳で王立盲学校へ奨学生として入学しました。 ブライユが王立盲学校に入学した頃に、フランス軍人の シャルル・バルビエが考案したアルファベットを12の点の配列で表す、 軍用の夜間文字(ソノグラフイ)と呼ばれる暗号に出会ったのです。 その夜間文字は1821年には、王立盲学校で採用されました。 しかし、ルイブライユはこの12点文字を習得しますが、バルビエが考案した12点文字には欠点があるので、改善する必要があると考えました。 そして、ブライユはこの12点文字を基礎にして、改善した6点式の点字を考案したのです。 よほど使いにくかったのでしょうね。 ルイブライユが点字を作ったきっかけは ルイブライユが点字を作るきっかけとなったのは、12点文字に次の欠点があったからでした。 アルファベット1文字を表すのに、12マスの中の点の配置が必要。 その12点の配置を指で触れて判読するのは難しい。 点の数が多いので組み合わせが複雑になり、読み書きが困難。 12点文字は音を表すだけで、句読、アクセント、数字、記号などの設定が無い。 視覚障がい者であるブライユは、これらの欠点を特定したことをきっかけに、自分自身で自由に読み書きできる点字を新しく作ろうと考えたのでした。 スポンサーリンク 点字の歴史はルイブライユから世界へ ルイ・ブライユは、アルファベット、アクセント、句読、数字を表す63の組み合わせを、横2点縦3点の6点で表すことができる6点点字を考案し、 1829年に正式に発表しました。 この6点点字の登場により、視覚障がい者の読み書きが便利になったのです。 しかし、点字の使用が視覚障がい者と健常者を区別するなどの主張により、フランスでも正式採用されたのは1854年と29年もかかってしまいました。 でも6点点字が、視覚障がい者の読み書きに最善の方法ということが認められ、やがて世界に広まりました。 日本にもブライユの6点点字が伝わり、それを石川倉次が日本語に表記することに成功し、現在多くの場所に使われています。 日本人の石川倉次が日本語の点字を作るまでのエピソードはこちらです。

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ルイ・ブライユ

ルイブライユ について

Contents• どんなことをした人なの? いまから約200年以上前、日本はまだ江戸時代、徳川第11代将軍家斉(いえなり)のころで、二宮尊徳(金次郎)が生きていた時代。 フランスで生まれ、目の見えない人が自分たちの文字を手に入れたといえる、6点点字を考案した人なんだ。 当時には目の見えない人にとって、簡単に読み書きできる文字はなかった。 本をよみたくても読んでもらわなきゃならない、手紙を書きたくてもかけない。 そんな人にとっては画期的な発明だったんだ。 いまや彼の考案した点字は全世界に広まり、各国のことばにあわせて改良され、目が見えない人の生活を豊かにするきっかけになっているんだ。 点字のことを英語やフランス語ではブライユ(braille)っていうくらいなんだ。 そのスケールをおおきくして、専門分野だけじゃなくいっぱん的につかわれる言葉になってるんだ。 名前がそのまま点字そのものの意味を表すなんてスゴイよね。 ルイブライユの生い立ち〜失明 ルイブライユは1809年にパリから40キロほどはなれた人口2700人のほど小さな田舎村で、4人兄弟(姉が2人、兄が1人)の末っ子として生まれ、かわいがられていたんだ。 父は馬具や革靴などを作るすぐれた腕前の職人で、家のなかにその仕事場があったんだ。 ところが3才のとき、きっと末っ子だからいたずら好きだったんだね、 親のいない留守に仕事場にはいって遊んでいるうち、父のつかっているキリで左目を突き刺してしまい失明してしまったんだ。 その後そのケガがもとで感染症になり、5才のときには右目も失いついに全盲(まったく目が見えない)になっちゃたんだ。 10才で親元をはなれ盲学校へ 当初は目のみえる人といっしょに村の学校に通っていて、成績も優秀だったんだけど、しょせん目がみえる人向けの教育なので限界がある。 勉強熱心だったルイにもっと教育を受けさせたいと思う親の愛情のおかげで、パリにある王立盲学校に入学することができたんだ。 このパリ王立盲学校というのは世界初の盲学校、この学校に出会えたってことはものすごくラッキーなことだよね。 しかし田舎村からパリまで通うには遠すぎるので、10才のおさないルイはたった一人で親元をはなれ、寄宿舎で寝泊まりをしながら盲学校に通うことになったんだ。 軍事暗号用の12点文字との出会い この盲学校で教育につかわれていた文字は、学校の創設者バランタン・アユイが考案した線文字が使われていたんだ。 線文字は、アルファベットの形を浮き出させたものを指で読み取る方法なので、すらすら読むことはむずかしく、盲人が書くことなんてとってもできないしろものだったんだ。 ルイが12才のころ、シャルル・バルビエという人が、じぶんが開発した12点字が盲人の教育につかえないかとこの学校にもちこんできた。 これがルイブライユにとって点字というものに出会った最初なんだね。 この点字はもともと盲人用に開発されたものじゃなく、フランス軍が暗い場所で暗号をつたえる手段として開発されたもの。 それでもいままでの線文字にくらべればかなり分かりやすくなったけど、まだまだ種類がおおく複雑で、数字や音楽を表現できないという欠点があり不十分だったんだ。 ルイブライユが提案した3つの改良点 そこでルイはもっと使いやすい点字にできないかと思って、シャルル・バルビエにつぎの3つの提案をしたんだ。 これは余談なんだけど、当時の目の見えない人は普通の教育を受けられることはまれで、道ばたで楽器を演奏するなど音楽で生活を送っている人が多かったんだ。 日本でもむかしは盲目の琵琶法師(びわほうし)などが道で弾がたりをしていたように、 いまでいえば路上ライブなんだけど、当時では生活のためにしかたなくやっていてカッコイイものじゃなかったと思う。 ちなみにルイも音楽の才能があり、ピアノはプロなみにうまかったようだよ。 しかし盲人には楽譜をよんだり書いたりすることはできなく、耳できくしかなかったんだ。 それでルイは点字で楽譜がかければ、どんなに助けになるかとおもったんだと思う。 しかし残念ながら、この3つの提案は聞き入れてもらえなかったんだ。 6点式点字の誕生 そこでこんどは自力で改良しようと学校の授業の合間のじかんに、クラスメートと議論しながら色々とためしながら研究をかさねたすえ、 ついに6つの点から構成される点字方式を考案したんだ。 このときルイはまだ16才。 想像してみてごらん、16才っていえば今の日本では中学3年か高校1年生だよ。 その若さでつくりだしたなんて「おどろき、もものき、さんしょのき」だよ。 こうして今や世界の140カ国以上で使われているブライユ点字が誕生したんだ。 盲学校卒業〜晩年 盲学校を卒業したルイブライユは教員として学校に残り、17才のときには年少の生徒に、数学・文法・地理を教え、 18才でフランス語文法の本を6点式点字に訳し、19才で点字の楽譜を考案し、音楽も教えるようになったんだ。 20才のときに『点を使ってことば、楽譜、簡単な歌を書く方法~盲人のために作られた盲人が使う本~』という本を出版。 28才のときに現在のようなかたちを完成させたと伝えられているんだ。 この点字はアルファベットはもちろん、数字、アクセント記号、音楽を表現できるから、 目の見えない人々にとって、文学活動をおこなう手段や、音楽を楽譜として書きとめる方法を手に入れたこととなり、 また目のみえる人とのコミュニケーションの手段もふくらみ、それまでの盲人の生活を豊かにする画期的な発明となったんだ。 そのご教員をつづけながら、晩年には音楽の才能を活かして、教会でオルガンも弾いていたんだ。 ざんねんながらあまり身体が丈夫でなかったルイブライユは、肺結核にかかり43才という若さでこの世を去ってしまった。 フランス政府がルイブライユの点字を公式に採用したのはその2年後。 かれの生まれ育った家は、いまは点字博物館になっているんだって。 まとめ ここまでルイブライユの人物と歴史をはなしてきました。 偉大な発明や功績をのこしたひとっていうのは、 ハンディーをのりこえようとする、おなじハンディーをかかえるひとを助けたい、と思うきもちから生まれるような気がするんだ。 もしあなたが何らかのハンディーを感じているなら、このはなしをバネにして人生を歩んでいくことを願って、おわりにしたいと思います。 画像引用.

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ルイ・ブライユが点字を作ったきっかけは?その人生についても調べてみた!

ルイブライユ について

【内容情報】(出版社より) 【低・中学年から楽しく読める伝記シリーズ】 今から200年ほど前のフランス。 3歳のときの事故で視力を失い、15歳の若さで、目が見えない人のための文字「点字」の基礎を発明した、ルイ・ブライユの伝記。 【この本の特長】 子どもたちが、夢中で読めるしかけが満載! 1. カラーイラストがいっぱい! 沢山のカラーイラストが、ルイ・ブライユについて、またルイが生きた時代について理解を深める手助けをします。 ひとめでわかる「人物ガイド」 巻頭に図解ぺージつき。 本文に登場する人物や、当時の時代のようす、点字表、点字の打ち方などの紹介によって、ルイ・ブライユやその背景のイメージがわきます。 ひみつがいっぱいの「ルイ・ブライユ新聞」! ルイ・ブライユがもっと好きになる、情報満載のとじこみ新聞つき。 【内容情報】(「BOOK」データベースより) 今も使われる「点字」を15歳で発明した努力家!フランスの小さな村に生まれたルイは、3歳のときのじこで、目が見えなくなってしまいます。 そして、目が見えない人のための文字、「点字」のきそを15歳で発明します。 点字は、やがて世界じゅうに広まり使われるようになるのですー。 人物ガイド&とじこみ新聞つき! 【目次】(「BOOK」データベースより) ぼく、かわいそうじゃないよ!/馬具職人の末っ子/パリュイ神父/村の学校/パリの盲学校に進む/親友を見つける/点字への道/ルイ、「ブライユ点字」を発明する/ルイ、大いそがし/不運つづき/こんなんに負けず/対決/新しい校舎、新しい時代/しずかな死/フランスの英ゆうに 【著者情報】(「BOOK」データベースより) 岡田好惠(オカダヨシエ) 静岡県熱海市生まれ。 青山学院大学フランス文学科卒。 児童書の著書多数 坂本コウ(サカモトコウ) 漫画家。 東本昌平氏に師事し、漫画を学ぶ。 2008年、「Flex Comixブラッド」にて『かげおに』でデビュー 金子昭(カネコアキラ) 1940年北海道生まれ。 日本点字委員会副会長および学識経験委員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです).

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