君 が 笑う ただ それだけ で。 『君は月夜に光り輝く』著者・佐野徹夜が語る、純文学と娯楽大作のあわい 「今の自分に戸惑っている」|Real Sound|リアルサウンド ブック

君の応援団団長は君自身だ! 【第1回定期テスト対策時間割】

君 が 笑う ただ それだけ で

あらすじ [ ] 誠人は、成長したある女性と再会するためにニューヨーク・ブルックリン橋の側で立っていた。 大学生の誠人には大きなコンプレックスがあった。 誠人は子供のころから腹部に病気を抱えていてずっと塗り薬を使っていた。 その塗り薬の匂いは無臭にも関わらず、誠人は臭い匂いがすると勘違いしていた。 それが原因で誠人は他人と接することができないでいた。 ある日、誠は静流と出会う。 静流は信号のない横断歩道を渡ろうとして佇んでいた。 静流は片手を高くあげて渡る意思を表していたが、車はなかなか止まってくれない。 そんな姿を見かねた誠人が静流に話しかけてこう言った。 「もうちょと先に押しボタン式の信号があるよ」と。 静流は不思議そうな顔をして誠人を見つめた。 静流の不思議な行動が気になった誠人は思わずカメラのシャッターを切った。 これが誠人と静流の最初の出会いだった。 静流も、誠人といつもいっしょにいたい気持ちから、カメラを手にするようになる。 そんな二人は毎日のように森へ写真撮影に出掛けていく。 しかし、誠人は同級生のみゆきに想いを寄せていた。 いつも一緒にいるのに静流のことは女の子として見ていない誠人。 そして、静流は「誕生日」プレゼントの代わりとして、誠人に「キスして」とお願いをする。 それは「生涯ただ一度のキス、ただ一度の恋」になる事を静流は分かっていた。 概要 [ ] 同じ市川拓司原作である『』に興行成績では及ばなかったが、作品の完成度や観客の満足度は高い評価を受けている。 特に登場から結末までの成長と変化を演じきったの演技は評価が高く、原作者の市川拓司も「宮﨑あおいさんには、自分の脳を探られたんじゃないかと思った。 それか私が、宮﨑あおいが演じている姿を予知して小説にしたんじゃないかと思った。 」と絶賛している。 宮﨑自身もこの作品の原作を読んで、すぐに静流がどんな人間なのか頭に浮かんだと語っている。 企画当初は「 天国の森で君を想う」という仮題であったが、主題歌「恋愛写真」のサビの歌詞をヒントとして「ただ、君を愛してる」という題名となったと関係者は語っている。 本編公開当時に発売されたナビゲートDVDは、「天国の森の恋物語」という副題となっており、部分的に原題が復活している。 ) キャスト [ ]• 瀬川誠人 -• 里中静流 -• 関口恭平 -• 井上早樹 -• 白浜亮 -• 矢口由香 -• 薬屋の主人 -• 葛西修 -• 富山みゆき - スタッフ [ ]• 監督 - 新城毅彦• 製作者 - 、坂上順、千葉龍平、、渡辺純一• 脚本 -坂東賢治• 撮影 -小宮山充• 音楽 -• 主題歌 - 『』()• 製作委員会 - 、、、、、、SWANフィルムパートナーズ• 支援 -• 製作賛助 - インディペンデント・フィルム・ファンド• 特機 - NK特機• 配給 - 東映 ロケ地 [ ]• - 誠人達が通う明京大学。 - 静流が渡ろうと試みる横断歩道。 - 「天国の森」に通じる入口(実際にも私有地で立入禁止)。 - 「天国の森」。 - 誠人やみゆき達が行った海水浴場。 - 誠人が静流を駅まで送る通り道。 - 誠人の通学途中にある橋。 - 誠人と静流の通学路。 - 誠人の自宅周辺の道。 - 誠人とみゆきが行ったウェディング展会場。 - 誠人が入院した病院。 誠人と静流が初めて自己紹介しあう食堂。 - 誠人とみゆきが2年ぶりに再会する場所。 - 静流とみゆきが住んでいた場所。 - 誠人がニューヨークで写真を撮った場所。 ブルックリン橋 その他 [ ]• 誠人が使用するカメラは、。 静流が使用していたカメラは。 劇中で重要なアイテムとして登場する「ドーナツビスケット」はスタッフによる手作りである。 設定としては「小麦で作った直径3センチぐらいのドーナツにシロップがついている感じ。 さくっとした食感で、甘くておいしい」(松橋プロデューサー談)としてある。 上映当時、「」で知られるとして限定発売された。 2008年8月にの朝番組「」番組サイト内の投票サイト「めざましランキングシアター」の「 思いっきり泣ける映画」部門において本作が「」 2位)「」(3位)を抑えランキング1位となった。 ネットを通じた投票で「 上位にランキングされた映画を映画館(「ユナイテッド・シネマ豊洲」)で15日間限定で上映する」という旨が当初の発表であったが、「思いっきり泣ける映画」として実際に上映されたのは3位の「ニュー・シネマ・パラダイス」であった。 コミカライズ [ ]• 作画:• 2006年10月20日初版発行• 映画シナリオを基に漫画化。 「」8・9月号付録として掲載後、同社プチコミフラワーコミックススペシャルより単行本化。 脚注 [ ] [].

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ただ、君を愛してる

君 が 笑う ただ それだけ で

こんな歌詞を書ける人、地球上のどこを探してもしかいないと思う。 『8823』の二番のサビに突然ぶち込まれるこのフレーズ。 「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」 曲がりなりにも趣味で作詞をやっている私ならおそらく、「君を幸せにできるのは宇宙でただ一人だけ」と書くところを、ボーカルは「幸せ」と「不幸」を思い切りひっくり返して書いた。 初めてこの曲を聴いたとき、このフレーズが頭に焼き付いて離れなかった。 今回は私の大好きなバンドであるの一曲であり、今でもライブの定番曲である『8823』 読みは「」 の歌詞について考察したい。 同曲の冒頭はこのような歌詞で始まっている。 さよならできるか 隣り近所の心 思い出ひとかけ 内ポケットに入れて あの塀の向こう側 何もないと聞かされ それでも感じる 赤い炎の誘惑 自分が今まで過ごしてきた場所から旅立とうとしている、そんな心情に関して歌っているようだ。 今過ごしている場所も結構居心地の良い場所なのだけど、新しい場所へ踏み込みたいと思っている。 そうやって居心地のいい場所から抜け出して心の障壁 あの塀 を乗り越えたところで、何もないと聞かされてはいるものの、本当は燃えるように輝いた世界が待っているのではないかという期待が消えない。 旅立ちの名残惜しさを「隣り近所の心」と言い、思い出を「内ポケットに入れる」と言うような表現から既に印象に残る。 このフレーズのあと、メロディは疾走感が加わり一気にサビに突入する。 誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け 君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ このサビを聴いているときは本当に走り抜けたくなってしまうが、ここにいきなり「絶望」という単語をぶち込んでいる。 しかも「LOVE」という単語と並立させることでストが極まっている。 の歌詞に英語はほとんど登場しない。 つまりわざわざ英語で「LOVE」と表現したことから、ここで表されているのはいわゆる「ラブ」とは別物である、つくりものっぽい「愛」だという印象を受けた。 薄っぺらい「愛みたいなもの」や「絶望」を超えた先に届けと歌っている。 そこからの、「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」。 今まで自身が直面してきた「LOVE」に苦しめられ続けた「君」を救うことが出来るのは、宇宙で「君」一人しかいないという意味であろうか。 このような、若干ひねくれながら背中を押してくれるような歌詞は、の大きな魅力の一つである。 二番に入る。 一番までの歌詞を読むと、この曲の語り手が「君」に対して語りかけていると思っていたが、二番の歌詞中では突然、「裸の胸が触れ合」う相手の存在が示唆される。 相手の正体としてもちろん考えつくのは、この歌詞の語り手である人物である。 これを踏まえると、一番の歌詞の主人公はてっきり「君」だと思っていたが、実は「語り手」の一人称描写だったのではないかという説も浮上してくる。 そうすると、「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」という歌詞の意味も少し怖くなってくる。 もしかして自由にできるただ一人の正体は語り手の方だったのか?語り手と「君」との関係性について、何やらアヤシイ空気が流れてくる。 このような可能性を念頭に置きつつ、さらに歌詞を読み進めていく。 荒れ狂う波に揺られて 二人 の街を目指せ 君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ ついに冒頭に紹介したフレーズが登場する。 の街とは何ぞや?となるが、「」というカのゲームがカリブの島国を舞台としているように、常夏の島、楽園という意味をここでは持たせていると考えられる。 世間の荒波に揉まれながら懸命に楽園を目指そうと言っているが、ここでついに主語が「二人」と明示されている。 一番の歌詞の主人公が「君」なのか「語り手」なのか疑問が残っていたが、おそらくどちらも正解なのだと思う。 そうすると、「君」の背中を押しているように見えていた歌詞は、「二人」の 駆け落ちを表しているのではないかという説が出てくる。 主語が「二人」だとすると、問題の「君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ」の「ただ一人」とは誰なのか。 考察する前に一旦、最後まで歌詞を読んでいきたい。 簡単なやり方でいいよ じゃなくてもいいよ 愚かなことだって風が言う だけど 突然の「」。 「簡単な」と韻を踏むために選ばれたのもあるのだろう。 は美術でも有名な、現在の辺りに栄えた古代王国である。 日本のバンド、の代表曲に「」という曲があるが、この曲の中では「理想郷」という意味で用いられているという。 今回出てきた「」も同じような意味だと捉えて良いだろう。 簡単なやり方で、The理想郷じゃなくても、自分なりのやり方で自由になればいい。 それは愚かなことだと風 ここでは周りの声などだろうか が言うかもしれないが、気にせず進んでいこうよ。 やはり駆け落ちの説もある。 駆け落ちなんてやめておけという周りの声も気にせず、自分達なりの幸せを掴みに行こうという決意が感じられる。 そして曲は一番のサビをもう一度繰り返した後、最後のサビに入る。 今は振り向かず8823 クズと呼ばれても笑う そして 君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ 今は振り向かず君と… 「クズと呼ばれても笑う」と言っているように、やはり周りに批判されることを覚悟しているようなので、駆け落ち説が濃厚だろうか。 「今は振り向かず君と…」という歌詞で曲が終わる。 では、いよいよこの曲のキラーフレーズ「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」に関する解釈。 私は二つの解釈があると考える。 世間から後ろ指を指されても二人で理想郷を探しに行くけど、「君」は本当に自分についていく覚悟があるのか、それでいいのか、と語り手が君に聞いている。 最初、一番の歌詞は「君」に語りかけていると思っていたが、それも当然、この曲は語り手が「君」の意思を確認している歌なのだと考えられるから。 君を自由にできるのも、幸せにできるのも、不幸にできるのも、君が選べることだ」という説である。 そして私はおそらくこちらだと思っている。 語り手はもう、壁や荒波を乗り越えながら理想郷を探しに行く決意が出来ている。 最後のサビの部分、「今は振り向かず8823 クズと呼ばれても笑う」と「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」の間が「そして」で結ばれていることが意外に重要な意味を持っていると考える。 つまり、前者の主語は「語り手」で、後者の主語は「君」なのではないか。 今までのしがらみから自由になれるのは「君」の選択次第なんだよ、と語り手が歌っていることが分かる。 結局どちらの説にしても、語り手は「君」の選択を問うていることがわかる。 やはり、「幸せにできる」ではなく、あえて「不幸にできる」という言葉を選んだの才覚には脱帽する。 「不幸にできる」というネガティブな言葉をあえて使うことで、バッドエンドすらも「君」が選ぶことになるという、真の「自由」が感じられる。 ここで、「幸せにできる」というハッピーエンドを選べると言われても、「自由」の立体感、緊迫感、現実感が薄まってしまうと思われる。 相手次第でいくらでも揺さぶられ、変わってしまうからである。 「不幸」という自由さを感じられない単語をあえて置くことで、ネガティブな結末すらを自分で選べる、つまり相手に依存しない、真の「自由」が君にはあるということを逆説的に表現している。 「自由」という単語を何度も使ってきたが、実際にこの曲の収録されているアルバム『』は、世間からのイメージと自分たちのやりたいロックバンドとしての方向性の乖離に悩んだが、自分たちのやりたいことをやったという経緯がある。 こうした背景を踏まえると、この曲の疾走感がさらに力強く感じられるように思う。 私がを好きになったとき、今まで自分が持っていたイメージとの違いに驚いた。 そうしたロックバンドとしてののカラーを色濃く表す『8823』は、これからも彼らの「代表」曲であり続けるだろう。

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♪君がいる ただそれだけで

君 が 笑う ただ それだけ で

こんな歌詞を書ける人、地球上のどこを探してもしかいないと思う。 『8823』の二番のサビに突然ぶち込まれるこのフレーズ。 「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」 曲がりなりにも趣味で作詞をやっている私ならおそらく、「君を幸せにできるのは宇宙でただ一人だけ」と書くところを、ボーカルは「幸せ」と「不幸」を思い切りひっくり返して書いた。 初めてこの曲を聴いたとき、このフレーズが頭に焼き付いて離れなかった。 今回は私の大好きなバンドであるの一曲であり、今でもライブの定番曲である『8823』 読みは「」 の歌詞について考察したい。 同曲の冒頭はこのような歌詞で始まっている。 さよならできるか 隣り近所の心 思い出ひとかけ 内ポケットに入れて あの塀の向こう側 何もないと聞かされ それでも感じる 赤い炎の誘惑 自分が今まで過ごしてきた場所から旅立とうとしている、そんな心情に関して歌っているようだ。 今過ごしている場所も結構居心地の良い場所なのだけど、新しい場所へ踏み込みたいと思っている。 そうやって居心地のいい場所から抜け出して心の障壁 あの塀 を乗り越えたところで、何もないと聞かされてはいるものの、本当は燃えるように輝いた世界が待っているのではないかという期待が消えない。 旅立ちの名残惜しさを「隣り近所の心」と言い、思い出を「内ポケットに入れる」と言うような表現から既に印象に残る。 このフレーズのあと、メロディは疾走感が加わり一気にサビに突入する。 誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け 君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ このサビを聴いているときは本当に走り抜けたくなってしまうが、ここにいきなり「絶望」という単語をぶち込んでいる。 しかも「LOVE」という単語と並立させることでストが極まっている。 の歌詞に英語はほとんど登場しない。 つまりわざわざ英語で「LOVE」と表現したことから、ここで表されているのはいわゆる「ラブ」とは別物である、つくりものっぽい「愛」だという印象を受けた。 薄っぺらい「愛みたいなもの」や「絶望」を超えた先に届けと歌っている。 そこからの、「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」。 今まで自身が直面してきた「LOVE」に苦しめられ続けた「君」を救うことが出来るのは、宇宙で「君」一人しかいないという意味であろうか。 このような、若干ひねくれながら背中を押してくれるような歌詞は、の大きな魅力の一つである。 二番に入る。 一番までの歌詞を読むと、この曲の語り手が「君」に対して語りかけていると思っていたが、二番の歌詞中では突然、「裸の胸が触れ合」う相手の存在が示唆される。 相手の正体としてもちろん考えつくのは、この歌詞の語り手である人物である。 これを踏まえると、一番の歌詞の主人公はてっきり「君」だと思っていたが、実は「語り手」の一人称描写だったのではないかという説も浮上してくる。 そうすると、「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」という歌詞の意味も少し怖くなってくる。 もしかして自由にできるただ一人の正体は語り手の方だったのか?語り手と「君」との関係性について、何やらアヤシイ空気が流れてくる。 このような可能性を念頭に置きつつ、さらに歌詞を読み進めていく。 荒れ狂う波に揺られて 二人 の街を目指せ 君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ ついに冒頭に紹介したフレーズが登場する。 の街とは何ぞや?となるが、「」というカのゲームがカリブの島国を舞台としているように、常夏の島、楽園という意味をここでは持たせていると考えられる。 世間の荒波に揉まれながら懸命に楽園を目指そうと言っているが、ここでついに主語が「二人」と明示されている。 一番の歌詞の主人公が「君」なのか「語り手」なのか疑問が残っていたが、おそらくどちらも正解なのだと思う。 そうすると、「君」の背中を押しているように見えていた歌詞は、「二人」の 駆け落ちを表しているのではないかという説が出てくる。 主語が「二人」だとすると、問題の「君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ」の「ただ一人」とは誰なのか。 考察する前に一旦、最後まで歌詞を読んでいきたい。 簡単なやり方でいいよ じゃなくてもいいよ 愚かなことだって風が言う だけど 突然の「」。 「簡単な」と韻を踏むために選ばれたのもあるのだろう。 は美術でも有名な、現在の辺りに栄えた古代王国である。 日本のバンド、の代表曲に「」という曲があるが、この曲の中では「理想郷」という意味で用いられているという。 今回出てきた「」も同じような意味だと捉えて良いだろう。 簡単なやり方で、The理想郷じゃなくても、自分なりのやり方で自由になればいい。 それは愚かなことだと風 ここでは周りの声などだろうか が言うかもしれないが、気にせず進んでいこうよ。 やはり駆け落ちの説もある。 駆け落ちなんてやめておけという周りの声も気にせず、自分達なりの幸せを掴みに行こうという決意が感じられる。 そして曲は一番のサビをもう一度繰り返した後、最後のサビに入る。 今は振り向かず8823 クズと呼ばれても笑う そして 君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ 今は振り向かず君と… 「クズと呼ばれても笑う」と言っているように、やはり周りに批判されることを覚悟しているようなので、駆け落ち説が濃厚だろうか。 「今は振り向かず君と…」という歌詞で曲が終わる。 では、いよいよこの曲のキラーフレーズ「君を不幸にできるのは宇宙でただ一人だけ」に関する解釈。 私は二つの解釈があると考える。 世間から後ろ指を指されても二人で理想郷を探しに行くけど、「君」は本当に自分についていく覚悟があるのか、それでいいのか、と語り手が君に聞いている。 最初、一番の歌詞は「君」に語りかけていると思っていたが、それも当然、この曲は語り手が「君」の意思を確認している歌なのだと考えられるから。 君を自由にできるのも、幸せにできるのも、不幸にできるのも、君が選べることだ」という説である。 そして私はおそらくこちらだと思っている。 語り手はもう、壁や荒波を乗り越えながら理想郷を探しに行く決意が出来ている。 最後のサビの部分、「今は振り向かず8823 クズと呼ばれても笑う」と「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」の間が「そして」で結ばれていることが意外に重要な意味を持っていると考える。 つまり、前者の主語は「語り手」で、後者の主語は「君」なのではないか。 今までのしがらみから自由になれるのは「君」の選択次第なんだよ、と語り手が歌っていることが分かる。 結局どちらの説にしても、語り手は「君」の選択を問うていることがわかる。 やはり、「幸せにできる」ではなく、あえて「不幸にできる」という言葉を選んだの才覚には脱帽する。 「不幸にできる」というネガティブな言葉をあえて使うことで、バッドエンドすらも「君」が選ぶことになるという、真の「自由」が感じられる。 ここで、「幸せにできる」というハッピーエンドを選べると言われても、「自由」の立体感、緊迫感、現実感が薄まってしまうと思われる。 相手次第でいくらでも揺さぶられ、変わってしまうからである。 「不幸」という自由さを感じられない単語をあえて置くことで、ネガティブな結末すらを自分で選べる、つまり相手に依存しない、真の「自由」が君にはあるということを逆説的に表現している。 「自由」という単語を何度も使ってきたが、実際にこの曲の収録されているアルバム『』は、世間からのイメージと自分たちのやりたいロックバンドとしての方向性の乖離に悩んだが、自分たちのやりたいことをやったという経緯がある。 こうした背景を踏まえると、この曲の疾走感がさらに力強く感じられるように思う。 私がを好きになったとき、今まで自分が持っていたイメージとの違いに驚いた。 そうしたロックバンドとしてののカラーを色濃く表す『8823』は、これからも彼らの「代表」曲であり続けるだろう。

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