君が代。 『君が代』が海外で大絶賛! 「世界で最も美しい国歌」「心の奥底に響く」「日本は素晴らしい国」

国歌「君が代」歌詞から意味を徹底解説!意外と知らなかった君が代の意味と背景

君が代

この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2011年6月) 前掲のとおり、君が代が日本の国歌にふさわしいという世論調査の一方で、君が代の歌詞への反対意見はしばしば取り上げられる。 主にや傘下の教職員労働組合による、教育現場での「君が代伴奏」「君が代斉唱」反対運動も存在する。 肯定的意見• 事実上の国歌として歌われてきた明治以来の伝統を重視すべき• 政治的背景とは無関係に日本的な曲であって、国歌に最もふさわしい• 国民はを持つことが望ましく、「君が代」を歌うことで、その意識を高めることができる• に「君が代」は、国家平安を祈願する歌であり、そもそもの歌詞の意味合いが「祝福を受ける人の寿命」を歌うであり、政治的意図は後付けである。 否定的意見• 時代の国歌であり、歌詞は崇拝の意味合いが強い。 (「天皇の治世」という意味の国歌は)天皇が絶対的権力者だったには相応と言えても、主権在民のにはふさわしくない。 著名人の意見 [ ]• (平成11年)には「日の丸は好きだけれど、君が代って歌は嫌いなんだ、個人的には。 歌詞だって、あれは一種のみたいな内容だ。 新しい国歌を作ったらいいじゃないか」と答えている。 (平成11年)には「を務めていたときはのや、のセレモニーに招かれたときにも歌った。 」と、歌うことについては肯定的な一方で、君が代そのものに対しては「もう少し明るい歌でもいい。 歌詞も(解釈が)わかりにくい部分があり、1回議論してみるのは良いことだと思う」と述べた。 (平成16年)、東京・元赤坂ので28日に開催された秋ので、当時の天皇・がとの会話の中で、学校現場での日の丸掲揚と君が代斉唱について「強制になるということでないことが望ましいですね」と発言した。 国際スポーツ競技 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2011年6月) (昭和26年)に(サンフランシスコ講和条約)が成立し正式に日本が独立国に復帰して以降、(NHK)の放送で連日放送終了後にによる「君が代」の演奏が始まった。 テレビではNHKが開局した(昭和33年)の時点ではなかったが、同年9月からやはり放送終了時に演奏されるようになった。 しかし、近年になりNHKが24時間放送を積極的に行うようになったため、現在は毎日の録音演奏はとNHK教育テレビ 現 それぞれの終了時のみで流れる。 ただしNHK Eテレは24時間放送を行っていた(平成12年)から(平成18年)4月までは放送休止を行う時(毎月第2・4・5週の日曜深夜の放送終了時とそれが明けた月曜5時前)に流れていた。 では各放送局の・放送休止明け(歌詞についてはテロップ表示される局とされない局がある)に流れる(放送局管内の一部地域での休止の場合は流れないこともある)。 またのでも以前は毎日演奏()を放送していたが、(平成10年)4月より毎週月曜日の放送開始時と土曜日の5時前に限って放送している。 なおAFNでは君が代に引き続いてアメリカ国歌も演奏されていた。 217chで間借り放送をしているでは、間借り放送開始時と終わりの時に、と共に「君が代」の演奏が流れる。 で放送されたの女子フリーで(平成19年)・(平成20年)・(平成22年)と日本人選手が優勝したにも関わらず、国旗(日章旗)掲揚及び国歌(君が代)演奏・斉唱がカットされた一方、(平成21年)に韓国人の選手が優勝した際に韓国の国旗掲揚・国歌斉唱が放送され、放送局の姿勢と合わせて批判されたこともある。 この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2016年12月) 「君が代」の教育現場での扱いについては一部で議論になることが多いテーマである。 (平成10年)頃から現場において、の指導で(日の丸)の掲揚と同時に「君が代」の斉唱の通達が強化される。 などの反対派は、が保障するに反するとして、 旗の掲揚並びに「君が代」斉唱は行わないと主張した [ ]。 (平成11年)には、で卒業式当日に校長がし、「君が代」斉唱や日章旗掲揚の文部省通達と、それに反対する現場の日教組教職員との板挟みになっていたことが一因であった。 これを一つのきっかけとして「」が成立、は「国旗国歌の強制にはならない」としたが、日教組側は実際には法を根拠とした強制が教育現場でされていると指摘、斉唱・掲揚を推進する教育行政並びに、これを支持する保守派との対立は続いてきた。 から職務命令が発せられていること自体は事実で、職務命令の服従を拒否した結果を受け、懲戒処分の取消を求めるも頻発している。 しかし近年、国民の大多数に受け入れられている現実から、日教組の姿勢も軟化し、入学式や卒業式での国旗掲揚国歌斉唱の実施率は上昇している。 は、「日の丸・君が代」を拒否している [ ]が、「君が代」に代わる新しい国歌の制定を主張していない。 ただし、独自に新たな「国民歌」を公募したことがある。 君が代に代わる国歌制定運動 [ ] 後の初頭、「君が代」に代わる新たな「」を作ろうと、と壽屋(現:)がそれぞれ募集し、別々に「新国民歌」を選定し公表した。 日本教職員組合が「」、壽屋が「」というをそれぞれ選出したが、その後、これらの曲は、いずれも定着までには至らなかった。 起立斉唱問題 [ ] 「 第6章 第3の3 」を法的根拠として、国歌斉唱時に起立するよう指導するかしばしば問題になっている。 ただし学習指導要領自体は法律ではなく「」という形式であり、どの程度のがあるのかまでは判断されていない。 (平成19年)2月27日の最高裁判決()、(平成23年)5月30日の最高裁第2小法廷判決(裁判長) 、(平成23年)6月6日の最高裁第1小法廷判決(裁判長) 、(平成23年)6月14日の最高裁第3小法廷判決(裁判長) 、(平成23年)6月21日の最高裁第3小法廷判決(裁判長) のいずれも「校長の職務命令は思想及び良心の自由を保障した 憲法19条に違反しない」と合憲の判断を下し、 最高裁の全小法廷が合憲で一致した。 「 思想・良心の自由の間接的な制約となる面がある」と認定する一方、命令が教育上の行事にふさわしい秩序を確保し、式典の円滑な進行を図るという目的から「 制約には必要性、合理性がある」とし、 起立・斉唱の職務命令の正当性を幅広く認めた。 は「教育現場における「憲法論争」は決着した」と報道した。 は一部裁判官の補足意見(少数意見)を紹介。 「を伴うは教育現場を萎縮させるので、できる限り謙抑的であるべきだ」(裁判官)、「司法が決着させることが、必ずしもこの問題を解決に導くことになるとはいえない。 国旗・国歌が強制的にではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが何よりも重要だ」(裁判官)など。 は「(合憲で決着の)司法判断だけに頼らない議論が求められる」と報道した。 最高裁判決への識者の評価 [ ]• ・教授• 判決は起立命令がに対する制約となり、合理性・必要性がなければ許されないことを明らかにした。 そこが不明確だったピアノ伴奏判決よりも理論的には進化したが、どんな合理性・必要性があったのかは必ずしも明らかではない。 「公務員として生徒に模範を示すべきだ」と判決が指摘したことは、生徒ら一般国民に起立義務が及ばないと考える根拠にはなる。 だが、この命令が、上への忠誠よりも個人の信条が優先すると教えようとする教師を排除する「踏み絵」だった事実は最高裁に伝わっていない。 ・名誉教授• 3人の補足意見を見ると「起立命令の合憲性はぎりぎりだ」という悲鳴が聞こえてくるようだ。 結論はピアノ訴訟と同じだが、裁判官たちの判断の経緯に苦労がうかがえ、実質的に違憲判決に近くなった印象を受ける。 ・教育評論家、元教育長• 1審判決は、ひとたび少数派が「内心の自由が侵された」と叫べばどんな主張もまかり通るようなおかしな内容だった。 国旗・国歌をめぐる訴訟では原告教師らがメディアに出ては、行政当局や校長がはじめから教員を処分する悪意を持っていたかのように断罪をする。 しかし、実態はそうではない。 はじめにあったのは国旗と国歌に対する彼らの執拗かつ陰湿な妨害行為であって、これを正すために職務命令が持ち出されたにすぎない。 教育基本法改正で法的に問題は決着しており、後は学校現場が学びにふさわしい環境と秩序を取り戻すことだ。 ・教授• 妥当な判決。 学習指導要領に基づいて生徒を指導すべき教師が職務命令に違反した以上、厳しい処分はやむを得ない。 この判決で、国歌斉唱時の起立を巡る混乱が収束することを期待する。 大阪府・大阪市における条例 [ ] 詳細は「」を参照 の地域政党『』の主導により、大阪府と大阪市で公立小中高校の教職員を対象に斉唱時に起立することを義務付けするが成立した。 国旗国歌についての議論 [ ] 国旗国歌を擁護する意見は、主に保守派から主張されることが多い。 しかし、論者によってニュアンスの違う意見がいくつかある。 例えば、明治以来の伝統を重視しているもので、戦後も広く国民の間に親しまれ定着しているという意見などがある。 一方では著書の中で、戦後思想を排除したはずの日本がの即位の日という架空の日を「建国」の日と定めたことから、基本的に戦前の、と変わらないと批判している。 また、そうしたそもそも「日本」とはという議論がなされる前に政府与党が法案を押し通したことを批判している。 サッカーのやなど、国際競技大会での『君が代』演奏の機会があるスポーツ分野では、日本を代表するスポーツ選手と自国への応援として自発的に(日の丸)が振られ、勝利の感慨の中で『君が代』が歌われる光景は古くから見られる。 は国旗・国歌への態度は、市民の基本的な権利や自由であり、も保障していた権利であるとして国旗・国歌は必要ないという考えに対する批判を行っている。 [ ] 賛成派は教育行政が学校の教員に国旗・国歌の指導を強制することは日本国憲法第19条が定める「思想・良心の自由」と矛盾するものではないと主張し、反対派は憲法違反であると主張する。 このような事情から、次の項目にあるように裁判で争われることがある。 [ ] 公立学校と国旗国歌について [ ] 国歌()の「起立・斉唱」に関連した最高裁判所判決すべて「校長の職務命令は思想及び良心の自由を保障したに違反しない(合憲)」という判断を示した。 また、「起立・斉唱」命令や「起立」命令は「思想及び良心の自由を間接的に制約したとしても合憲」という命令の正当性が幅広く認められた。 最高裁の全が合憲で一致。 職務命令違反による処分の基準に関しては、戒告処分は裁量権の範囲内で妥当とするものの、それより重い減給や停職に関しては慎重な扱いを求めた。 職務命令と関連判決 [ ] 確定判決 [ ] 平成19年2月27日最高裁判所判決 詳細は「」を参照 の市立の入学式で4月に国歌(君が代)のするようもとめる職務命令を拒否した教師が、それを理由とする処分が違法であり取り消すように東京都教育委員会を訴えた裁判の判決が、2月27日に第3小法廷で下された。 それによると、「校長の職務命令は思想及び良心の自由を保障した憲法19条に違反しない」、その職務命令は「特定の思想を持つことを強制したり、特定の思想の有無を告白することを強要したりするものではなく、児童に一方的な思想を教え込むことを強制することにもならない」とされ、教師側の敗訴が確定した。 判例 事件名 再雇用拒否処分取消等請求事件 事件番号 (行ツ)第54号 5月30日 判例集 民集 第65巻4号1780頁 裁判要旨 公立高等学校の校長が教諭に対し卒業式における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命じた職務命令は、次の1. など判示の事情の下では、当該教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するということはできない。 上記の起立斉唱行為は、学校の儀式的行事における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり、「日の丸」や「君が代」が戦前の軍国主義等との関係で一定の役割を果たしたとする当該教諭の歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものではなく、上記職務命令は、その歴史観ないし世界観それ自体を否定するものとはいえない。 上記の起立斉唱行為は、学校の儀式的行事における慣例上の儀礼的な所作として外部からも認識されるものであって、特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり、上記職務命令は、当該教諭に特定の思想を持つことを強制したり、これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものともいえない。 上記の起立斉唱行為は、国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であり、上記1. の歴史観ないし世界観を有する者がこれを求められることはその歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなる面があるところ、他方、上記職務命令は、教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義、在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い、かつ、地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で、生徒等への配慮を含め、教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものである。 第二小法廷 裁判長 陪席裁判官 意見 多数意見 全員一致 意見 竹内行夫 須藤正彦 千葉勝美 反対意見 なし 参照法条 憲法15条2項、憲法19条、地方公務員法30条、地方公務員法32条、学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)18条2号、学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)28条3項、学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)36条1号、学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)42条1号、学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)51条、国旗及び国歌に関する法律1条1項、国旗及び国歌に関する法律2条1項、高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。 平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの)第4章第2C 1 、高等学校(平成11年文部省告示第58号。 平成21年告示第38号による特例の適用前のもの)第4章第3の3 平成23年5月30日最高裁判所判決 の卒業式で、国歌(君が代)斉唱時の起立を命じた校長の職務命令が「思想・良心の自由」を保障したに違反しないかが争点となった訴訟の上告審判決。 最高裁第2小法廷が「憲法に違反しない(合憲)」と判断し、教師側の敗訴が確定した。 「起立」を命じた職務命令について最高裁が初めての合憲判断。 また、「都が戒告処分を理由に再雇用拒否したのは裁量権の範囲内」とした二審・東京高裁判決を支持、損害賠償請求も棄却し、原告全面敗訴となった。 国歌斉唱の起立命令に対する合憲判断としては初• 卒業式などでの国歌斉唱の起立は「慣例上の儀礼的な所作」と定義した• 起立を命じた職務命令は「個人の歴史観や世界観を否定しない。 特定の思想の強制や禁止、告白の強要ともいえず、思想、良心を直ちに制約するものとは認められない」と指摘 平成23年6月6日最高裁判所判決 の卒業式などで国歌(君が代)斉唱時に教諭を起立させる校長の職務命令をめぐる訴訟の上告審判決。 最高裁第1小法廷は、「思想・良心の自由」を保障した憲法19条には違反しない(合憲)との判断を示した。 そのうえで、損害賠償などを求めた元教職員らの上告を棄却。 元教職員側の敗訴が確定した。 5月30日の最高裁判決に続く「起立」に関する合憲判断。 平成23年6月14日最高裁判所判決 学校行事で教職員に国旗(日の丸)へ向かって起立し、国歌(君が代)を斉唱するよう指示した校長の職務命令が、憲法19条の保障する思想・良心の自由に反し違憲かどうかが争われた訴訟の上告審判決。 最高裁第3小法廷は、「思想・良心の自由」を保障した憲法19条には違反しない(合憲)との判断を示した。 そのうえで、戒告処分取り消しなどを求めた現・元教職員らの上告を棄却。 現・元教職員側の敗訴が確定した。 第1、第2小法廷も既に合憲の判決を出しており、最高裁の全小法廷が合憲で一致した。 平成23年6月21日最高裁判所判決 入学式などで国歌(君が代)斉唱時に起立しなかったとして戒告処分を受けた広島県立高校の教職員と遺族ら45人が、県教委に「命令は違憲で処分は懲戒権の逸脱、乱用だ」として処分取り消しを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷は21日、請求を退けた一、二審判決を支持したうえ、「起立命令は合憲」と判断、上告を棄却。 教職員らの全面敗訴が確定した。 以外の件では初めての最高裁判決であり、『』制定のきっかけとなった1999年(平成11年)の「広島県立校長自殺事件」から12年目の年に、その広島県の件で最高裁が「起立命令は合憲」という判断を示した意味は大きい。 最高裁判所 平成23年6月21日決定 式典で国旗に向かって起立し、国歌斉唱を強制されるのは思想、良心の自由を侵害しているとして、神奈川県立高などの教職員ら130人が県を相手取り、起立斉唱の義務がないことの確認を求めた訴訟で、最高裁第3小法廷は上告を退けるをした。 「訴え自体に理由がない」と却下した2審東京高裁判決が確定した。 平成23年7月4日最高裁判所判決 卒業式で国歌(君が代)斉唱時に起立を命じた校長の職務命令をめぐる2件の訴訟で、最高裁第二小法廷は4日、「命令は思想・良心の自由を保障した憲法に違反しない(合憲)」との判断を示し、再雇用不合格や戒告処分の取り消しを求めていた東京都内にある学校の教諭らの上告を棄却する判決を言い渡した。 先行した4件の最高裁判決と同じ判断で、同種の訴訟での敗訴確定は5、6例目となる。 この日の判決も、職務命令について間接的に思想と良心の自由の制約になり得るものの、「教育上の行事を円滑に進行する命令の目的や内容などを総合的に比較すれば、制約を許容できる必要性、合理性がある」と過去の判決を踏襲した。 判決は4人の裁判官全員一致の意見。 平成23年7月7日最高裁判所判決 3月、の卒業式で、国歌斉唱の命令に反対し、保護者に不起立を呼びかけて式典を妨害したとして、威力業務妨害罪に問われた元同校教諭、藤田勝久被告(70)の上告審判決で、最高裁第1小法廷は7日、被告側の上告を棄却した。 罰金20万円とした1審東京地裁、2審東京高裁判決が確定する。 5人の裁判官全員一致の結論。 同小法廷は「表現の自由は重要な権利として尊重されるべきだが、憲法も絶対無制限には保障しておらず、公共の福祉のため必要、合理的な制限は認められる」と指摘。 その上で「被告の行為は、静穏な雰囲気の中で執り行われるべき卒業式の円滑な遂行に看過し得ない支障を生じさせ、社会通念上許されない」とした。 平成23年7月14日最高裁判所判決 卒業式などで国歌(君が代)斉唱時に起立を命じた校長の職務命令をめぐり、東京都と北九州市の教職員らが起こした3件の訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷は14日、いずれも「職務命令は思想・良心の自由を保障した憲法に違反しない(合憲)」との判断を示した。 先行した6件の最高裁判決と同様の判断で、教職員らの上告を棄却した。 教諭側の敗訴が確定したのは計9件となった。 定年後の再雇用を取り消されたり、戒告などの処分を受けた教職員らが地位確認や処分の取り消し、慰謝料の支払いなどを求めていたものの、それらをすべて棄却する教職員らの全面敗訴。 平成24年1月16日最高裁判所判決 入学式や卒業式で国旗(日の丸)に向かって起立して国歌(君が代)を斉唱しなかったため懲戒処分を受けた東京都立学校の教職員が処分取り消しを求めた3件の訴訟の上告審判決で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は16日、「職務命令違反に対し、学校の規律や秩序保持の見地から重すぎない範囲で懲戒処分をすることは裁量権の範囲内」との初判断を示し、1度の不起立行為であっても戒告処分は妥当とした。 一方、不起立を繰り返して処分が重くなる点は「給与など直接の不利益が及ぶ減給や停職には、過去の処分歴や態度から慎重な考慮が必要」と判断。 戒告を取り消した2件の2審判決を破棄して教職員の逆転敗訴とする一方、停職となった教職員2人の内1人の処分を重すぎるとして取り消した(もう1人に関しては過去の処分歴などから取り消しを認めなかった)。 最高裁は今回初めて曖昧だった処分の基準を明確にした。 本件に関しては、元教諭が「精神的苦痛を受けた」として損害賠償を求めた訴訟でも、2013年7月12日、最高裁は都に慰謝料30万円の支払いを命じた東京高裁判決を支持し、東京都の賠償責任を認めた。 係争中 [ ] (都教委)は10月、「での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する職務命令」として、「国旗は壇上向かって左側に掲げる」「式次第に国歌斉唱の題目を入れる」「国歌はピアノ伴奏をし、教職員は起立して国旗に向かって起立し斉唱する」などという項目を作成し、違反した場合は服務上の責任を問われるという、「国旗掲揚・国歌斉唱の義務」を各都立高校に通達した。 だが、職務命令に従わない教職員がいたことから、都教委は従わなかった教職員に対し処分を行った。 平成23年1月28日東京高等裁判所判決 処分された教職員のうち401人は、「国歌斉唱の起立・強制は、憲法で保障されたを犯している」として、都と都教委を相手取り、1月から順次「強制される必要はないことの確認」と「処分を撤回する」ことを求めに提訴した。 9月21日にでた東京地裁判決では、教職員1人につき3万円の慰謝料支払いを都に命じた。 この判決を不服として都教委は平成18年9月29日、に控訴した。 控訴審判決が平成23年1月28日に東京高裁であり、一審・東京地裁判決を全面的に取り消し、教職員ら原告側逆転敗訴の判決を言い渡した。 国旗の掲揚や国歌の斉唱は、従来、全国の公立高校の式典で広く実施されている。 入学式などの出席者にとって、通常想定されかつ期待されるものである。 スポーツ観戦では自国ないし他国の国旗掲揚や国歌斉唱に、観衆が起立することは一般的である。 教職員らが日の丸に向かって起立し、君が代を歌ったとしても、特定の思想を持っていることを外に向けて表明することにはならず、思想・良心の自由を侵害したとはいえない。 式典の国旗掲揚、国歌斉唱を指導すると定めた学習指導要領に基づいている。 一方的な観念を子供に植え付ける教育を強制するものではない。 教職員は全体の奉仕者である地方公務員であり、法令等や上司の職務命令に従わなければいけない立場である。 一律に起立、斉唱するよう求めた都教育長通達には合理性があり、教育基本法が禁じる『不当な支配』にも当たらない として、入学式や卒業式で日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するよう義務付けた東京都教育委員会の通達は合憲と判断した。 逆転敗訴に対し原告側は上告。 関連項目 [ ]• 度の卒業式では、中村正彦・都教育長の指導「卒業式の来賓は慎重に検討し、適切に人選せよ」を受けた各校長が、君が代斉唱を拒否した経験のある元職員・担任を式から締め出した。 3月4日、日高支部において国旗国歌をやから排除するため「『日の丸君が代』強制に反対するとりくみについて」という闘争マニュアルを配布していたことが発覚。 同問題が国会で取り上げられは「から国旗国歌を大事にと指導しており、と連携して指導する」と述べた。 10月15日の大阪府議会でが、で日章旗掲揚・君が代斉唱をしていない事を問題にし、これを受けて大阪私立中学校高等学校連合会は会長名で『「入学式・卒業式等における国旗掲揚・国歌斉唱」について(配慮方お願い)』とする文書を発出した。 ちなみに府には条例「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」が存在する。 各界の反応 [ ] 明仁天皇 当時 [ ] のは委員だった秋のに招待された際、に対し「日本中の学校において国旗を掲げ国歌を斉唱させることが、私の仕事でございます。 」と発言した。 米長のこの発言に対し、天皇は「やはり、強制になるということでないことが望ましいですね。 」と述べた。 記者会見で「昨年の秋には天皇陛下ご自身が国歌斉唱と国旗掲揚についてご発言を述べられました。 学校でこれらのことを強制的にさせることはどうお考えでしょうか」という質問に対し、「世界の国々が国旗、国歌を持っており、国旗、国歌を重んじることを学校で教えることは大切なことだと思います。 国旗、国歌は国を象徴するものと考えられ、それらに対する国民の気持ちが大事にされなければなりません。 オリンピックでは優勝選手が日章旗を持ってをする姿が見られます。 選手の喜びの表情の中には、強制された姿はありません。 国旗、国歌については、国民一人一人の中で考えられていくことが望ましいと考えます」と応えている。 その他著名人など [ ] 平成18年9月21日の地裁判決について、原告側は「画期的な判決」と評価した。 一方、のは「この裁判官は教育現場を何にも分かっていない」と批判した。 また、議員の(当時)は、10月24日に判決を言い渡した裁判官の罷免を求める集会を主宰した。 国旗・国歌法の制定時にを務めていたは「「起立せなんだら処罰する」なんてやり方は権力者のおごり。 教職員を処分してまで従わせようというのは、国旗・国歌法の制定に尽力した者として残念です」と述べている。 でを支持していることでも知られるは、2007 平成19 年の著作の中で、近年の「日の丸・君が代」に関連する改正を、憲法の「思想及び良心の自由」「」や、の第14条第1項の「締約国は、思想、良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する」という規定などと相容れない、と批判している。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• プレスリリース , ・, 1974年 , 2010年7月31日閲覧。 ((平成11年)付)のインタビュー)• 1999年号より• 日経電子版• ガジェット通信• 文部科学省ホームページ• 2011年5月30日付• 朝日新聞 2011年6月6日• 産経新聞 2011年6月14日• 読売新聞 2011年6月21日• 2011年5月30日付• 朝日新聞2011年5月31日• 朝日新聞2011年5月31日• 毎日新聞2011年5月31日• MSN産経2011年5月30日• 毎日新聞2011年5月31日• 2011年6月3日. 2011年6月4日閲覧。 , pp. 19-24. 2013年6月15日. の2013年6月19日時点におけるアーカイブ。 最高裁判所第三小法廷判決 2007 平成19 年7月7日 、、『戒告処分取消請求事件』。 最高裁判所第二小法廷判決 2011 平成23 年5月30日 、、『再雇用拒否処分取消等請求事件』。 朝日新聞. 2011年5月30日. の2011年5月31日時点におけるアーカイブ。 産経新聞. 2011年5月30日. の2011年5月31日時点におけるアーカイブ。 最高裁判所第一小法廷判決 2011 平成23 年6月6日 、、『損害賠償請求事件』。 最高裁判所第三小法廷判決 2011 平成23 年6月14日 、、『戒告処分取消等、裁決取消請求事件』。 最高裁判所第三小法廷判決 2011 平成23 年6月21日 、、『戒告処分取消請求事件』。 産経新聞. 2011年6月22日. の2011年6月25日時点におけるアーカイブ。 2012年1月18日閲覧。 朝日新聞. 2011年7月4日. の2011年7月5日時点におけるアーカイブ。 産経新聞. 2011年7月4日. の2011年11月15日時点におけるアーカイブ。 最高裁判所第一小法廷判決 2011 平成23 年7月7日 、、『威力業務妨害被告事件』。 朝日新聞. 2011年7月14日. の2011年7月16日時点におけるアーカイブ。 読売新聞. 2011年7月14日. の2011年7月18日時点におけるアーカイブ。 毎日新聞. 2012年1月16日. の2012年1月19日時点におけるアーカイブ。 2012年1月18日閲覧。 共同通信 2013年7月12日. 2013年7月13日閲覧。 朝日新聞. 2007年3月10日. の2007年3月12日時点におけるアーカイブ。 産経新聞. 2010年3月4日. の2010年3月6日時点におけるアーカイブ。 2010年3月7日閲覧。 産経新聞. 2010年3月5日. の2010年3月8日時点におけるアーカイブ。 2010年3月7日閲覧。 クリスチャン新聞(2013年2月3日号). 2013年1月28日. の2013年5月3日時点におけるアーカイブ。 朝日新聞. 2004年10月28日. 2014年8月29日閲覧。 共同通信. 2004年10月28日. 2014年8月29日閲覧。 日刊スポーツ. 2004年10月28日. の2004年10月28日時点におけるアーカイブ。 2014年8月29日閲覧。 宮内庁. 2014年8月29日閲覧。 読売新聞. 2007年2月21日. の2007年2月23日時点におけるアーカイブ。 朝日新聞 朝刊 オピニオン1面: p. 2011年6月28日 (2014年8月29日、聞蔵IIビジュアルで閲覧)• , p. 148. , p. 214. 参考文献 [ ]• 『』〈日本の歴史 第00巻〉、2000年10月24日。 『』日本の歴史 00、〈 1900〉、2008年11月10日。 - の文庫版。 July 2007. Client State: Japan in America's Embrace. Verso Books. 246. 『』 訳、、2008年8月15日、333頁。 - の邦訳。 関連項目 [ ]• - が、金メダルを取ったの選手・の写真から日章旗を消去したことで、から発行停止の処分を受けた。 - 1999年(平成11年)、アレンジした「君が代」収録のアルバムがポリドールから発売予定だったが、同年制定の「」を巡る議論に巻き込まれることを危惧した同社が発売を拒否、後に別レーベルから発売された。

次の

教師がよく「君が代」を歌わない理由は?

君が代

日本の国歌である「君が代」は、誰もが幼いころから幾度となくその歌詞を口ずさみ、親しんできた歌です。 「君が代」は、古くからさまざまなお祭りの行事でも歌われるようになり、舟唄や祭り唄としても広まりました。 今日では、特にオリンピック競技や日本代表のサッカー試合などにおいて、若者の間でも自国に誇りを持ち、国歌を斉唱する姿は、今や決して珍しいことではありません。 その国歌として位置づけについては、戦争責任の観点などから異論を唱える向きもありますが、それはごく少数派の意見にすぎません。 昔から今に至るまで「君が代」は、多くの人々に日本人であることの誇りと感動を思い起こさせる名曲と言えるでしょう。 君が代のメロディは、明治維新の開国とともに、イギリス軍の楽長より、国歌の必要性を指摘されたことを発端とし、それから10年あまりの月日を経て、最終的には宮内省雅楽課にて曲が定められました。 その際、日本人の音感に馴染みやすい雅楽という日本固有の音楽に基づいて作曲されたメロディが選ばれました。 また歌詞については「蓬莱山」と呼ばれる琵琶歌に含まれる「君が代」が選定されました。 その歌詞の歴史は平安時代中期に編纂された「古今和歌集」の巻七賀歌 がのうた 巻頭歌や、歌人藤原公任によって編纂された「和漢朗詠集」にある長い詩の一部を抜粋したものに由来しています。 当時の和歌の多くは漢詩文から成り立っていることからしても、歌の歌詞やその背景が大陸文化の影響を多大に受けていることがわかります。 我が君は 千代にやちよに さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで と歌われる君が代の歌詞の内容は、君主の長寿が全うされることを願うものです。 その歌詞の念頭に歌われ、題名にもなった「君が代」という言葉そのものは、朗詠集や和歌集においては「我が君は」と記載されています。 そして12世紀鎌倉初期、「和漢朗詠集」の巻下祝から「君が代」という言い回しが見られるようになったと一般的には言われています。 しかし、そのデータは国歌大観によるものであり、これは明治時代になってからの官用学者の要約版であることからしても、原本の和漢朗詠集・巻下でそのように記されていたのかどうかは不明です。 いずれにしても、「我が君は」の文字列の並びの方が「君が代」よりも言葉をよりスムースに解釈し、発音もしやすいことから、元来の原文に含まれていたのは「君が代」であり、それが何らかの理由で改竄されて「我が君は」となり、朗詠集および和歌集に収められたと解釈するのが妥当ではないでしょうか。 詩というものは、その表現が時を経てより滑らかになっていくものです。 それ故、「我が君は」という表現は、「君が代は」の後に普及した表現であり、最終的に元来の表現である「君が代は」に戻されたと考えられるのです。 つまるところ、「我が君は」と記載されている「和漢朗詠集」以前に、その原文となる歌が存在した可能性があります。

次の

日本における国旗国歌問題

君が代

君が代の2番の歌詞の作者、源頼政は平安時代末期の武将であり、歌人としても名高い人物です。 出典は「今撰和歌集」の「源頼政の歌」だとされています。 【歌詞】 君が代は 千尋(ちひろ)の底の さざれ石の 鵜のゐる磯と あらはるるまで 【現代語訳】 我が君の御代がいつまでも長く続きますように。 深い海の底の小石が波に打たれて集まり、鵜のいる浅瀬に磯となり現れるまで。 「さざれ石」は小さな石のことであり、「千尋」は非常に長いこと、極めて深いこと、という意味を持ちます。 磯(海)の場面を歌っているので、「千尋の底のさざれ石」は深い海の底の小石を指します。 途方もない長い年月を海底の小石が磯を形成することに例え、君の御代が長く続くことを願う歌です。 明治23年の「生徒用唱歌」以外にも、明治時代の教科書には君が代が掲載されています。 その中には前述の歌詞に加え、4番まであるものもありました。 4番の歌詞の作者は、平安時代後期の公家で儒学者の大江匡房であり、出典は「新古今和歌集」に収録されてる和歌です。 【歌詞】 君が代は 久しかるべし わたらひや いすゞの川の 流たえせで 【現代語訳】 わが君の御代は末永く続くに違いありません。 この伊勢の地にある五十鈴川の流れが絶えないのと同じように。 わたらひ(わたらい)は漢字では「渡会」と書き、伊勢地方の旧名です。 「いすゞの川」は伊勢神宮の境内を流れる五十鈴川を指します。 五十鈴川の流れが絶えないことと、君の御代が絶えないことを重ねて詠んでいます。 日本の国歌「君が代」は、明治2年(1869年)英国王子・エディンバラ公アルフレッドの来日に伴い急遽作成されました。 王子の来日が決まった際、イギリス公使館護衛隊の軍楽隊長ジョン・ウィリアム・フェントンは、儀礼式典での国歌吹奏が必要であると説明しました。 しかし、当時の日本には国歌の概念がなかったため、フェントン自らが作曲すると申し出ます。 そして薩摩琵琶歌の「蓬莱山」の一節である「君が代」を歌詞に選定し、フェントンが作曲した初代君が代が誕生しました。 ところが、フェントンの曲はあまり評判がよくなかったため、歌詞はそのままでメロディが改変されることになります。 明治13(1880)年、宮内省雅楽課がふたたび曲を作り、フランツ・エッケルトが編曲。 現在の君が代が完成しました。 蓬莱山 目出度やな 君が恵(めぐみ)は 久方の 光閑(のど)けき春の日に 不老門を立ち出でて 四方(よも)の景色を眺むるに 峯の小松に舞鶴棲みて 谷の小川に亀遊ぶ 君が代は 千代に 八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで 命ながらえて 雨(あめ)塊(つちくれ)を破らず 風枝を鳴らさじといへば また堯舜(ぎょうしゅん)の 御代も斯(か)くあらむ 斯ほどに治まる御代なれば 千草万木 花咲き実り 五穀成熟して 上には金殿楼閣 甍を並べ 下には民の竈を 厚うして 仁義正しき御代の春 蓬莱山とは是かとよ 君が代の千歳の松も 常磐色 かわらぬ御代の例には 天長地久と 国も豊かに治まりて 弓は袋に 剱は箱に蔵め置く 諫鼓(かんこ)苔深うして 鳥もなかなか驚くようぞ なかりける 引用元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』.

次の