サザンオールスターズ。 サザンオールスターズの名曲ランキング

Video Clip Show ベストヒットUSAS(ウルトラ・サザンオールスターズ) : サザンオールスターズ

サザンオールスターズ

概要 メンバーはの学生らで結成されから断続的に活動が始まり、1978年に「」でデビュー。 に「」が大ヒットし、には 「」「」などがヒット。 になると「」「」「」「」の4作がとなり、には「」がダブルミリオンを記録。 その後「」や「」「」などもヒットし、に入ると「」「」などがヒットした。 大半の曲はのが作詞・作曲・歌唱を担当している。 バンド名の由来 バンド名の由来は、桑田が地元の友人であるにバンドの名前を考えてほしいとお願いし、宮治がの『』をBGMにしてポスターを製作中、一息入れるために風呂でラジオを聴いていた際に の来日コンサートの宣伝が流れ、風呂から上がった際につけっぱなしのレコードからニール・ヤングの「 サザン・マン」が流れていて、これを組み合わせた際の響きが良い事と、当時桑田の家が茅ヶ崎市南湖にあった事に掛け 、「サザンオールスターズ」という名前を考え出した。 メンバー• プロフィールは公式サイトの内容に従う。 名前 よみ 生年月日と年齢 血液型 出身地 担当 くわた けいすけ 1956-02-26 (64歳) A型 せきぐち かずゆき 1955-12-21 (64歳) O型 まつだ ひろし 1956-04-04 (64歳) O型 はら ゆうこ 1956-12-11 (63歳) B型 神奈川県 のざわ ひでゆき 1954-10-19 (65歳) A型 元メンバー 名前 よみ 生年月日と年齢 血液型 出身地 担当 備考 おおもり たかし 1956-12-12 (63歳) A型 ギター 付で独立 音楽性 は一般的には夏をイメージしたポップスや、ロック色の強いもの、などが知られているが、他にも・・・・・・まで幅広い要素を取り入れた楽曲があり、題材は・・郷土愛・・・・社会・など多岐にわたり、こうした様々な要素を意欲的に取り入れている。 当然、夏以外の季節をイメージした楽曲も多く発表されている。 ちなみに、桑田は日本の四季の中では春が一番好きである事を公言している。 影響 桑田は、、、、、、からの影響を語っている。 楽曲制作・レコーディング 桑田はメロディやサウンドを鳴らしたいという動機で作曲・演奏を始めたため、主に""で楽曲を制作している。 そのため、初期の頃は「歌詞の意味はどうでもいい」と捉え「料理でいうお皿のようなもの」という感覚だったと述べていた。 その後はファンの反応や 、サポートミュージシャンを務めた・といった桑田曰く「詞の事をとても気にする人達」の影響で洗練されたものが多くなっていった。 1990年代からは用語やが少しずつ登場するようになり 、2010年代からは英語を意識的に減らしていくようになり日本語の歌詞を重視して書かれることが多くなった。 サザンの大半の楽曲のレコーディング形式としてはまず桑田が曲やポイントとなる言葉の一部分を作り、スタジオでメンバー・サポートミュージシャン・スタッフ・エンジニアなどにそれを伝え、全員がアイディアを出し合いながらイメージを膨らませ仮歌やオケを録音する。 それと並行して桑田が作詞の作業に取り掛かり、一通り作詞して歌入れを始める。 これ以降アレンジなどの細かな修正を繰り返して楽曲が完成するというものである。 また、「曲によって異なったニュアンスを出すため」という理由でベースなどを桑田が担当メンバーに代わって演奏することも時折ある。 桑田は作詞をする際に入念な下調べを行っており、さまざまな情報をくまなくチェック・インプットをし、それが曲のアイデアに繋がっていると野沢は述べており、「週刊誌なんかは、ぜんぶ読んでるんじゃないか」といった推測もしている。 歌詞はほとんど想像で書くこともあれば 、楽曲のテーマに関係する人物あるいはそれに詳しい周囲の人物やスタッフへの取材をもとに書かれることもある。 歌詞の中で桑田自身と異なる歌手像やペルソナが設定されていることも多い。 桑田が制作した楽曲の歌詞には前述の理由からメロディや符割りを優先する故に文法として正しくないものや 、勘違いして書いてしまった歌詞がそのまま使われたりする事もあり 、スタッフが訂正を促すこともあるが、歌いやすさなどを理由とした桑田の意向で大抵はそのまま残されている。 近年ではライブなどで演奏することを想定して制作したものも多くなった。 過去の作品には制作したものの、作り込み過ぎたが故にライブでの再現ができなかった楽曲が何曲も存在すると桑田は述べている。 サザンの楽曲は前述のとおり大半を桑田が制作・歌唱しているが、野沢を除き他のメンバーも一部の楽曲を制作・歌唱している。 なお、メンバー全員で制作した曲は「」「」、個々のメンバー同士の共作は「」「」のみである。 バンドとしてのスタンス 前述の通りバンド活動に集中する時期と各メンバーがソロ活動に集中する時期があるため、関口は「良くも悪くも、何かしら口実を設けないと動きにくいバンド」と表現している。 桑田は「大本営発表がある方が動き易いというか、先に流れをパーッと決める方がみんな楽だから。 そういうバンドなんですよ 笑 」と語っている。 バンド仲について桑田は「やっぱりお互い若い時分には険がありましたよ。 だけどもう、これこそ何度かバンドを休ませたりしているうちに、角が取れてきたというか 中略 互いの光る部分を見出し易くなった。 今更無理難題を投げ合うくらいなら、その分できる事をたくさん頑張る方がいいもんね」と述べている。 また、関口はサザンが長く続いた秘訣として「『休み休みやることかな』としか答えようがない」と述べている。 桑田はサザンは5人だけではなく、スタッフを含めた総力戦であると述べている。 また、桑田はサザンをディレクションする点で最も重きを置いている点として「自分を含めたメンバー全員のバンドマンとしての気概とプライド」を挙げており 、メンバー全員は陰ながら努力を重ねていると述べている。 2020年にが流行して、芸能イベントや音楽ライブが中止となり大打撃を受けた。 ~」を開催した。 医療関係者だけでなく、400人のスタッフ達への感謝を込めてで通常のライブと同様に大規模なステージを作り、ライブが行われた。 楽曲の世界観 和洋折衷 やのようにコード進行やメロディなどを「和洋折衷」と評す者も多い。 歌詞についてはでのが「日本語の可能性を最大限に広げている」と評しており、桑田がたびたび行う 二重読み についても「こうした表現はやの時代によく見られる表現なんですね 中略 ひらがなは私たちの身体にスッと入っているもの、漢字は理知的で、頭のほうに入って来るものですのでこうして表現をする事によって、頭と身体の両方から掴む効果も生んでいると思います」と評価している。 また、との混在も桑田の歌詞の大きな特色であるとしている。 桑田は日本語の情緒を「ある面でサザンがやっている事と合うと思う」と考えており、「言葉の意味そのものよりも、古来から日本語の持つ情緒、"粋さ"みたいなもんで自分の感性をダイレクトに出したい」「ビートルズとか外国の文化にもろに影響を受けてるけど、やっぱり日本のの感覚っていうのを、もっと音楽に出していきたい」と述べている。 初期の楽曲に登場した「ちょいと」などのフレーズに関しては、やなどの語感に影響を受けたものであると述べている。 「」「」「」などのように古語を取り入れた歌詞をロック調のメロディに乗せた楽曲も存在する。 松田はこうした和洋折衷な路線を「自分たちなりの和モノ路線というか、洋楽と和モノの折衷を、俺たちはかっこ悪いものとしてとらえていないから」と述べており、桑田の楽曲に対するバランスのとり方を高く評価している。 亀田誠治は、桑田の事を「『である 』っていうことを最大の武器にして音楽を作られてる方だと思いますね」と評し、上述する和洋折衷な歌詞を「すごく日本っぽいキーワードをたくさん使ってる」「日本っていう国が持つ文化とか日本民族の歴史みたいなものを、桑田さんはごく自然に音楽の歌詞としてまとめあげてるんじゃないかっていう気がするんですね」などと高く評価している。 主に初期作品での英詞の監修を手掛けていたは和洋折衷な表現をする桑田の事を「日本人の洋楽コンプレックスを解放してくれた男」「明治や大正の文豪に連なる人」と評価している。 楽曲だけでなくライブの演出やグッズ・DVDなどにも要素を取り入れることも多い。 異国情緒的なモチーフを取り入れることについては、桑田が監督を務めた映画『』の制作時に「 劇中でで歌唱する楽曲が流れたり、文字が書かれた看板やが登場する事について ミスマッチの仕方が、多少定番とズレている方が面白い」といった持論を語っている。 また、 がきっかけでに関するデマが流れた事もある。 「」「」「」などのようなを意識した楽曲も制作されている。 エロティック エロティックな曲を制作する理由について桑田は「音楽って、やっぱりセックスがないとダメだと思うのね。 (中略)そういう事の方が素直に歌詞にしやすいわけ。 これは性格だと思うんだけど」と述べている。 齋藤孝は桑田のエロティックな表現について「日本人が明らかに性を謳歌していたの文学作品に通じるものがある」と評している。 亀田誠治は、桑田の妻である原由子の存在が桑田のエロティックな表現の品格を上げていると評価しており、「「桑田さんのエロは、かわいいエロなんですよ。 ゆるしてあげてね、みんなでパーティー楽しもうね!」といった空気を、原由子さんの存在が醸し出してくれている」と述べている。 は桑田の事を「本当にいいやつ。 心が素晴らしいから、あんなスケベな曲が作れるんだよ」と述べている。 社会風刺・反戦歌 やなどの楽曲については5thアルバム「」の頃から制作されている。 こうしたテーマの楽曲を作ることについて桑田は「光を描こうとすれば、どうしてもその対極にある忘れてはならないことも描かなければならない」 「明るいだけの歌はあまり面白くない」「大人でいれば辛いことがたくさんある」「世の中が不穏で歪んでいれば、歌だって自ずと歪むと思うんです」 「僕だって自分の日常がありますから、全ての問題について毎日思い続けていられるわけじゃない。 (中略)ただ、それでもおかしいことはおかしいと思うものだし、たまたまそれがきっかけで音楽が生まれたのなら、それを歌えない空気も、そこで歌えない自分も僕は嫌なんです」 といった考えを述べている。 一方で、インタビューでは「難しいことはよく分からない」 「政治も疎い」 といった事も述べている。 事実、桑田が風刺や反戦をテーマにして制作した楽曲は、単に世相を批判したり、後ろ向きな事柄を描くだけでなく、曲によっては後ろ向きな事柄を描いた上で前向きな歌詞を書いたり 、日本国民に寄り添いエールを送ったり 、平和ボケをしている自分たちへの自戒を込めたり 、解釈を聞き手にゆだねるものも存在する など、趣向を凝らしている事も特徴である。 なお、かつてはこういったテーマの曲で歌詞に過激なフレーズを入れた事も何度かあったが 、後年にはそうしたフレーズへの興味はなくなっており、「やっぱり流れが良くないと、尖った言葉ばっかりの羅列だと、やっぱりポップミュージックとしてはね。 僕はあまり好きじゃないんですよね。 メロディも大事だし」 「僕だってこう見えて、コンプライアンスだのなんだのと昔と比べたら相当気を配っているんです」 といった発言をしている。 反戦歌を作ることについては「戦争はなかなか無くならないことも、平和を訴えるうえでのある種の虚しさも、大人ですから薄々は気付いています。 でも言うだけでも言わなきゃ夢が持てない。 僕は夢のない世の中が一番怖いと思っています」と述べている。 桑田の反戦を訴える姿勢は祖母や父の影響によるものであり、特に父からはからのだったこともあって、満州での話や「品格とは真逆の、人間が究極の状態に追い込まれた時の様子」などの話をよく聞かされていた事を述べている。 また、反戦歌の面ではやがきっかけで戦争や平和を意識した事と 、社会風刺の面ではの漫談やが出演していた『』が好きだった旨を語っている。 は、桑田がこうしたテーマで制作した楽曲を「自分の言葉のメッセージで社会を変えよう、政治に物申すっていうのではなくて、桑田佳祐もも、歌にした動機はひとつ、歌いたいからだったと思うんですよね」と評しており、桑田本人もこの主張に賛同している。 2015年のインタビューでは「メインストリームで風刺やを歌うアーティストが少ない現代で寂しさや使命感、もしくは矜持のような感情を抱くことはありますか? 」といった質問をされ、桑田は「全くありません。 そこは人それぞれですから。 作品としての歌って、本来は衝動的な叫びみたいなものじゃないですか」と答えている。 タイアップ先への気配り CMソングや映画主題歌などの場合はタイアップのコンセプトや内容に合わせて制作することもあり、桑田がそういったイメージを曲より先に言葉にしてメンバーやスタッフに伝えるケースも存在している。 これについては桑田自身も「ぜーんぜん関係ない曲が『タイアップ決まりました』って言われても、あんまり楽しくないからね」と語っている。 は「いや、そこがまたすごい。 そして、やっぱり正しい、ポップミュージシャンとして」 、は「桑田さんが台本をもらって曲を書くと、ものすごいものができる」 、は「心を震わせるって、こういうことだね。 桑田さんの曲って、心を震わせたり、踊らせたりーー耳で聴くっていうより、心に聴かせるという感じ。 桑田さん自身がそういう人間だからなんだろうな」 とこういった桑田の姿勢を高く評価している。 メンバー、スタッフ、ファンへの感謝 楽曲の中にはメンバー、スタッフ、ファンへの感謝が込められているものも存在している。 パフォーマンス ライブではその時点でリリースした新曲から、初期の頃の楽曲まで幅広く選曲がされており、年々演奏曲が増えていくようになり 、現在では曲数はアンコールを含め30曲を超えることが多く、公演時間も長い場合で約3時間半に及ぶ。 楽曲によっては世界観を表現するためにバックモニターに楽曲のテーマにちなんだ映像が投影されたりダンサーが登場したりすることがある。 また、激しい楽曲に乗せて桑田が観客をあおったり 、女性ダンサーと絡んだり、野外ライブでは客席に水を撒く事も特徴である。 桑田はよく歌詞や段取りを間違えてしまうことがあり 、それが全国放送されてしまうこともある。 それが2014年の年越しライブ「」の時のように一連の騒動を誘発する結果になった事もある。 音楽番組やライブでは、桑田が率先して近況・時事ネタ・下ネタ・ジョーク、メンバーやスタッフへのいじり・内輪ネタ・自虐ネタを交えてのトーク 、会場の状況に合わせた演出 、小道具やコスプレなどで観客や視聴者を笑わせることが多いが 、それらの意図が曲解されたり、度が過ぎたことで大きな問題になり、謝罪することになった事が何度かある。 また、ライブでは他のメンバーもその時々の流行や会場に合わせたネタをしたり、ものまねや内輪ネタ・自虐ネタ・メンバーいじりなどをして観客を笑わせている。 近年のライブではエンディングで桑田が観客やファンに対して感謝の念を述べるとともに「みんな死ぬなよ! 」「頑張ろうな! 」と呼びかけてステージを退場することが多くなった。 別名義での活動 アルバム『』は同名映画のサウンドトラックという性格上、収録されている楽曲により演奏者などのメンバーが異なる。 このため、アルバムの名義は「 サザンオールスターズアンドオールスターズ( SOUTHERN ALL STARS and ALL STARS)」とされている。 ちなみに、個々の楽曲でこの名義が使われたのは「稲村ジェーン」「美しい砂のテーマ」「LOVE POTION NO. 特に、多くのアルバムに収録されている「」は「稲村オーケストラ」のものであり、『』()においても同名義で出演し、披露された。 また、その他のユニットなどでは松田・野沢・大森を中心メンバーとする「 S. 来歴 各メンバーのソロ活動については個々のページ参照。 出会いから結成まで(アマチュア時代) 1972年、 のバンドにドラマーがいなかったことから、バンドメンバーの友人にドラムを借りることになり、そのドラムを貸してくれたのが であった。 時が変わり1974年、に入学した と は、フォークソング・サークルで知り合い、ロックバンド「温泉あんまももひきバンド」を結成した。 翌年の1975年には青山学院大学に大森と が入学し、同じく桑田や関口と同じサークルに入部した。 一方桑田のバンドは「温泉あんまももひきバンド」、「ピストン桑田とシリンダーズ」と改名を行い、この頃から大森は桑田のバンドに興味を持つようになり、練習現場にしばしば現れるようになった。 桑田は原を迎え、「青学ドミノス」「脳卒中」「桑田佳祐とヒッチコック劇場」とバンド名を変えた後に「サザンオールスターズ」に改名した。 桑田が望んでいた「サザンオールスターズ」は長く続かず、再びメンバーが頻繁に入れ替わっていた。 大森は桑田に松田を紹介したりして、1977年3月に桑田、大森、原、松田、天野和平(後に)による「サザンオールスターズ」で主催の音楽コンテスト「」に申し込んだ。 しかし、予選のテープ審査の時期に天野が脱退し、入れ替わりで関口が加入した。 本選では入賞を果たし、桑田がベストボーカル賞を獲得した。 この直後に大森がバイト先で知り合ったセミプロの を大森の勧誘を受ける形でなし崩し的に加入した。 レコード会社は早々にビクターに決まったものの、事務所がなかなか決まらなかった。 ビクターのディレクターの高垣健が「女呼んでブギ」のカセット(前述のEastWestで披露した曲であり、当時の代表曲的存在)を持って事務所周りをしていた際、当時新興事務所のの社長が興味を持ち、練習スタジオを訪問する。 この際に「」を披露し、大里が「この男をテレビに出したら面白い」と考えたことから契約が決まる。 アミューズはの個人事務所的存在として1977年に設立された会社だったが、大里が解散直前ののプロデュースに専念し事務所の仕事から離れていた時期に、ロック志向を強めていた原田がテレビ的な売り出し方を嫌うようになり、大里が事務所の仕事に復帰した直後に移籍してしまったという。 サザンとの出会いはこの事件の2週間後であり、もし原田が移籍してなかったらサザンオールスターズをやる余裕はなかったという。 デビューに向けて着々と準備が進む中、メンバー全員が他のレコード会社の契約書にサインしてしまうという事件があったが、ビクター関係者が出向いて話を収めた。 この時期はまだ学生バンドの思い出作り的な意識があったという。 メジャーデビュー 1978年6月25日にシングル「」でビクター音楽産業(現・)からメジャーデビューを果たした。 同年8月31日に音楽番組『』のスポットライトのコーナーで初出演した。 この際に桑田の「目立ちたがり屋のです」発言が飛び出し、この発言でイメージに拍車がかかった。 この発言はのちに「台本によるもの」と明かしている。 「勝手にシンドバッド」はテレビ番組で披露されたこともあり、大ヒットとなった。 当時、桑田の日本語を英語っぽく発音してロックに乗せるいわゆる「巻き舌唱法」は 、音楽ファンや関係者の間で賛否両論となった。 なお、桑田はこの歌唱法や後述の作詞・作曲法をアマチュア時代からしていたため、歌唱法が批判されたりしたことを意外に思っていたという。 「勝手にシンドバッド」の発売から5ヶ月後に2枚目シングルとなる「」を発売。 更に4ヶ月後となる1979年3月に3枚目シングル「」、同年4月5日、2枚目アルバム『』を発売した。 特に「いとしのエリー」は、出荷枚数が125万枚を記録し、「勝手にシンドバッド」での一発屋として終わらずに作品力で回避した。 『10ナンバーズ・からっと』を製作していた期間は「いとしのエリー」のヒットもあり、並行して雑誌の取材やテレビ出演、CM撮影、ライブ活動、年末にはに「いとしのエリー」で初出場するほどの多忙な日々を送っており 、精神的にも落ち込んでいたという。 1980年に入ってすぐに「テレビ番組などに一切出ず、楽曲製作やに集中する」「5ヶ月の中で毎月1枚ずつシングルを出す」という宣言をして、FIVE ROCK SHOWと銘打った計画を開始した。 その後、3枚目アルバム『』を発売し、自身の作品初となる1位を獲得した。 特にアルバムに収録されていた「」は原がボーカルを務め、評判となった。 その評判を受け、翌年1981年にサザンのメンバーの中で最初に原が「」でソロデビューした。 デビューのプロデュースは桑田が担当した。 同年、サザンとしては、4枚目アルバム『』が7月に発売され、7枚目アルバム『』までは毎年7月に発売された。 1982年に入り、14枚目シングル「」が「いとしのエリー」以来のヒットとなり、2度目のに出場した。 同年には5枚目アルバム『』が発売され、に迫る売上枚数を記録した。 1983年に入り、音楽業界にによるデジタルの波が来たことで、同年発売の17枚目シングル「」辺りからサザンも原がシンセサイザーを使用するようになった。 6枚目アルバム『』から本格的に使用したサウンド作りとなり、翌年1984年発売の『人気者で行こう』でも活用されている。 なお、先行シングルとして発売された20枚目の「」は発売当時絶大な人気と評価を集めた。 1985年に、サザンとしては初の2枚組となった8枚目アルバム『』を発売した。 シンセサイザーをより本格的に使用したサウンドとなり、5ヶ月間制作に打ち込んでいた。 また、製作時期に原が産休に入り、1986年にはサザンとしての活動も一旦活動を休止した。 桑田や松田はとしての活動、他のメンバーもそれぞれソロ活動に入った。 この活動休止は、桑田が「全員がソロ活動をやって、一つ一つが別個性として出てくれば理想的だね」と持ち掛けたところ、全員がそれを受け入れたことや、「あのままだとサザンはパンク寸前だった」「俯瞰で自分やサザンを見直した方がいいんじゃないか」というムードがメンバー全員にあった事が語られている。 10周年での活動再開、小林武史との制作 デビュー10周年を迎えた1988年6月25日に24枚目シングル「」を発売し、3年ぶりにサザンとしての活動を再開した。 加えてこのシングルからのが、プロデュース業を共に行うようになった。 7月に全国の球場9か所でライブ『』を開催した。 11月から9枚目アルバムとなる『』と、桑田が監督を務めた映画作品のサウンドトラックでもあり、自身の10枚目アルバムにもなる『』の制作に入った。 1989年6月に発売した26枚目シングル「」がオリコン週間ランキングで1位を獲得し、デビュー11年目にして初の首位獲得となった。 7月には数量限定のベスト・アルバム『』が発売され、こちらは予約だけで完売した。 1990年に入り、1月にアルバム『Southern All Stars』を発売した。 売上は120万枚近く記録し、自身の作品としては初となるとなった。 直後にアルバムを引っ提げ、全国ツアー『』が開催された。 7月には桑田の監督映画『』の主題歌で28枚目シングルとなる「」を発売した。 85万枚を記録するヒットとなり、自身の代表作になった。 そして、9月にはアルバム『稲村ジェーン』を発売。 こちらも130万枚を超えて、アルバム2作連続でミリオンセラーとなった。 1991年前半は原がソロで活動しており、7月にサザンとして活動を始め、29枚目シングル「」を発売した。 8月に全国ツアー、12月に年越しライブを開催。 1992年7月に30枚目シングル「」、31枚目シングル「」を2枚同時に発売した。 オリコン週間ランキングで2週連続1、2位を獲得し、「涙のキッス」は系列『』の主題歌に使用され、初登場から7週連続1位を記録。 155万枚を売り上げて、自身のシングルとしては初のミリオンセラーとなった。 9月にには・でライブを行い、初の海外公演となった。 直後に前述のシングル2枚を収録した11枚目アルバム『』を発売。 アルバムは180万枚に迫る売上を記録した。 には、32枚目シングル「」、33枚目シングル「」を2枚同時に発売した。 「エロティカ・セブン」は系列ドラマ『』の主題歌となり、170万枚を超えるヒットとなった。 12月には年越しライブを開催し、1994年からは桑田がソロ活動を始めた。 セルフプロデュースへ、そして20周年 小林武史が34枚目シングル「」を最後にサザン(桑田ソロ含め)との共同作業から離れた。 これについて桑田は小林のアレンジャーやミュージシャンとしての才能を存分に評価しつつも、サザンの正規のメンバーを差し置いて小林に頼りすぎてしまうという意味で「(小林は)危ないヤツと分かった」という風に語っている。 これ以降の作品は自身によるプロデュースとアレンジで発売するようになった。 1995年に関口が休養から復帰し、5月に35枚目シングル「」で活動を再開。 6月に限定販売アルバム『』は2日間で70万枚が完売した。 7月にドラマの主題歌として使用された36枚目シングル「」が発売され、「エロティカ・セブン」以来のミリオンセラーとなった。 1996年5月に37枚目シングル「」を発売し、155万枚のヒットを記録。 7月にはクラシック・ロック・テイストを取り入れた12枚目アルバム『』が発売された。 アルバムは250万枚近く売り上げ、オリジナルアルバムとしては最大ヒットとなった。 アルバム発売直後に全国ツアー、12月には年越しライブを開催。 1997年には直ぐに13枚目アルバム『』の製作に着手し、当時のデジタルのロックの融合にトライし、現代的な要素を盛り込んだ作品となった。 また、この年には39枚目・40枚目シングル「」「」を発売した。 1998年に入り、2月には41枚目シングル「」を発売し、デビュー20周年を迎えた6月25日にはベストアルバム『』を発売した。 アルバムの売上が480万枚を記録する大ヒットとなり、自身最大売上作品となった。 8月にはアルバムを引っ提げ2日間のみのライブ『』を開催。 10月にはアルバム『さくら』を発売し、120万枚を記録した。 1999年3月に43枚目シングル「」を発売し、初のアリーナ・ドームツアー『Se O no Luja na Quites 〜素敵な春の逢瀬〜』が開催、12月は年越しライブも開催された。 シングル「TSUNAMI」のヒット、大森の脱退 2000年1月に44枚目シングル「」を発売。 この楽曲は当時放送されていたTBS系列バラエティ番組『』のコーナー『』のテーマソングとして使用され、300万枚近く売り上げ「エロティカ・セブン」で記録した最高売上を更新した。 当時のオリコン歴代シングルランキングで3位にランクインし 、この年のもこの楽曲で受賞した。 8月には桑田の地元である茅ヶ崎市の地元住民の署名運動によって、2日間の野外ライブ『』を開催した。 ライブに合わせて製作された45枚目シングル「」を発売し、80万枚を超えるヒットとなった。 11月に46枚目シングル「」とベストアルバム『』が発売された。 その直後に大森が休養を発表し、2001年には正式に独立を発表しメンバーから脱退した。 脱退に合わせ、他のメンバー5人はソロ活動を開始させた。 25周年での活動再開、『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム発表 2003年6月25日にデビューから25周年を迎え、それを記念してデビューシングルの復刻盤CD「」を発売し、25年越しにオリコン週間ランキングで1位を獲得した。 同年7月23日に47枚目シングル「」を発売、直後に大規模な野外・スタジアムツアーを開催し、サザンでの活動が本格的に始まった。 2004年には、シングル3作発売して全てオリコン1位を獲得するなどヒットし、12月には年越しライブを開催した。 2005年6月にデビューシングル「勝手にシンドバッド」から「TSUNAMI」までのシングル44作を12cmCD化して再発売された。 同年10月には『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバムで14枚目アルバムとなる『』を発売、同時に2度目のドームツアーが開催された。 2006年には52枚目シングル「」を発売し、サザンとして『』に出演した。 2007年には桑田はシングル発売やツアーの開催、原が映画主題歌を書き下ろすなど、メンバーが個人で活動した。 30周年、活動無期限休止 2008年1月にメンバーは「サザンという看板に頼らないで、サザンの活動だけをあてにしないで視野を広げていこう」という方針を決め、5月19日に30周年に伴う53枚目シングル「I AM YOUR SINGER」の発売やライブなどの活動・プロモーションの発表と同時に、2009年以降メンバー個々の自由な発想による音楽活動を展開するべくサザンオールスターズとしての活動を無期限休止にすることも発表した(2006年のTHE 夢人島 Fes. を最後に実質的にサザンとしての活動は行われていなかったものの、この間を活動休止期間と定めていない)。 この活動休止については、発表の当日にNHKの『おはよう日本』がこの活動休止についてを報じた他、民放各局で、報道や特集が大々的になされた。 また、直前の2008年5月12日の紙上で「サザン解散か」などといった誤った報道がなされたこともあり、ファン及び世間に動揺を与えることとなってしまい、桑田はその事への反省の弁を自身のラジオで述べ、活動休止の理由をつまびらかに語り、前述の騒ぎに対する謝罪や無期限休止への理解を求める発言をし、「(サザンの)解散は絶対にない」と断言した。 2009年から各自がソロ活動を行う。 このソロ期間は、桑田の食道がんによる休養と闘病、の復興支援のための「」結成や「」の開催など、「これまでにない濃密な5年間」と振り返っている。 2012年12月に、桑田とスタッフの間で35周年を迎えるにあたっての話が持ち上がったことがきっかけで、「ファンをはじめとした多くの人たちと、楽しめるときに大いに楽しもうじゃないか」とメンバー5人の気持ちが合致した。 35周年での活動再開 デビュー35周年の2013年6月25日に活動再開を発表。 同年8月に54枚目シングル「」を発売し、オリコンで首位獲得したことでシングルとして1980年代〜2010年代の4年代で首位獲得。 国内グループとしては史上初の快挙となった。 同年8月10日から9月22日にかけて全国ツアー『』を開始した。 12月はツアーを映像化した作品を発売し、映像作としても史上初の4年代首位獲得を記録した。 2014年9月には55枚目シングル「」発売した。 12月にはサザンの楽曲266曲がでの配信を解禁され、日本を含む111カ国で配信を開始した。 同時にでも配信が開始された にはシークレットゲストとして31年ぶりに出演した。 2015年3月には『』以来約10年振りとなる15枚目アルバム『』を発売。 アルバムでも4年代の首位達成し、同年4月から8月にかけて全国ライブツアー『』を開催した。 2017年には自身が初めてコマーシャルに出演した、アサヒ飲料『三ツ矢サイダー』にメンバー全員で再び出演した。 こちらは2018年まで自身の楽曲が使用された内容が複数のバージョンで放送された。 40周年を迎え、アルバム『海のOh, Yeah!! 』リリース 2018年に入り、6月15日にアルバム『葡萄』以来の新曲「」が自身初の配信シングルとしてリリースされた。 そしてデビュー40周年を迎えた2018年6月25日に、1998年発売の『海のYeah!! 』の続編ベスト・アルバム『』の発売が発表された。 このアルバムがオリコン週間ランキングで首位獲得したことにより、国内グループでデビュー40年を超えての首位獲得は史上初の快挙となった。 そして同年のに特別枠として「究極の大トリ」で出演した。 「勝手にシンドバッド」「希望の轍」を披露し、平成最後の紅白歌合戦を締め括った。 歌手別瞬間最高視聴率が45. 2019年3月から6月にかけて、6大ドームを含む全11ヶ所22公演の全国ツアー『』を開催した。 12月にはサザンの楽曲やソロ5人の楽曲も含め、全972曲のによる配信が解禁された。 2020年に入り、デビュー42周年を迎える6月25日に横浜アリーナにて、無観客配信ライブを開催した。 年表 1970年代• アマチュアバンドのコンクールである『 』に出場し、桑田がベストボーカル賞を獲得。 なおこの時の様子は他の出場者の曲と共にで発売され、その内サザンのナンバーは「」が収録された。 6月25日、ビクター音楽産業(現)からシングル「」でデビュー。 8月25日、1stアルバム『』発売。 8月31日、TBS系『』にスポットライトでより中継で初登場、「勝手にシンドバッド」を演奏。 桑田の大学の後輩を多数集めてどんちゃん騒ぎをさせ視聴者に強烈な印象を残す。 11月9日、「勝手にシンドバッド」が『ザ・ベストテン』10位にランキングされスタジオに初登場。 11月25日、2ndシングル「」発売。 12月10日、初のライブツアー『』スタート。 3月20日、ライブツアー『春五十番コンサート』スタート。 3月25日、3rdシングル「」発売。 4月5日、2ndアルバム『』発売。 7月25日、4thシングル「」発売。 8月4日・5日、で行われた『JAPAN JAM』に出演。 出演者はサザン以外は全員外国人アーティストで、その中には桑田の音楽性に大きな影響を与えたもいた。 桑田本人はこのイベントに出演したことに関して「外国人客には何をやってもうけず、いちばん盛り上がったのは、『』のイントロ部分だった」と回想している。 9月22日、ライブツアー『』スタート。 10月25日、5thシングル「」発売。 11月25日、企画アルバム『』発売。 12月31日、「いとしのエリー」で()に初出場。 1980年代• 楽曲製作に重きを置くためテレビ出演を控えるようになる。 その流れで「」と銘打ち、シングルを5ヶ月連続毎月リリースする計画を発表した。 2月21日、6thシングル「」発売。 3月21日、7thシングル「」、3rdアルバム『』を同時発売。 アルバムは自身初のオリコンチャート1位獲得となった• 5月21日、8thシングル「」発売。 6月21日、9thシングル「」発売。 7月5日、企画アルバム『』発売。 7月19日、ライブツアー『』スタート。 7月21日、10thシングル「」発売。 11月21日、11thシングル「」発売。 12月5日、企画アルバム『』発売。 12月10日、コンサートツアー『』スタート。 初の公演を行う。 4月、原のソロシングル「I Love Youはひとりごと」が歌詞が卑猥であるとして放送禁止になり、ビル屋上で抗議のを行う。 のを意識した行動である。 また、原宿でもメンバーとスタッフの男性陣が女装をして抗議デモを行った。 6月21日、12thシングル「」発売。 7月4日、ライブツアー『』スタート。 このツアーで桑田の故郷・にある茅ヶ崎市民会館で初の地元公演を行う。 7月21日、4thアルバム『』発売。 9月21日、13thシングル「」発売。 映画『モーニングムーンは粗雑に』の音楽監督をサザンオールスターズとして務め、「」「」「」などが使用される。 10月25日、企画アルバム『』発売。 後に『BEST ONE '82』としてジャケットのみ若干変更し発売されたが、内容は同一。 12月31日、『ステレオ太陽族』で '81 アルバムベスト10受賞。 1月9日、ライブツアー『愛で金魚が救えるか? サザンオールスターズ Paa Pooツアー '82』スタート。 1月19日、上記ツアーの公演で、桑田と原がを発表する。 1月21日、14thシングル「」発売。 5月1日、企画アルバム『』発売。 5月21日、15thシングル「」発売。 7月21日、5thアルバム『』発売。 9月8日、ライブビデオ『武道館コンサート』発売。 同年1月26日に行われたでのコンサートを収録。 9月21日、ライブツアー『青年サザンのふらちな社会学 ツアー THE NUDE MAN』スタート。 アルバムタイトルを冠したタイトル。 初めて年を跨いでのツアーで、現在でも最多の全57公演の長丁場であった。 10月2日、16thシングル「」発売。 12月5日、初のバラードベスト『』発売。 「チャコの海岸物語」で第16回最多リクエスト曲賞受賞。 グループとしても最多リクエスト歌手賞を受賞する。 『NUDE MAN』で ベスト・アルバム賞、'82 アルバムベスト10を受賞。 12月31日、「チャコの海岸物語」で2度目の紅白出場。 その中での桑田のパフォーマンスが物議を醸す。 1月26日、ビデオ『Southern All Stars THE BEST』『匂艶 THE NIGHT CLUB』発売。 3月5日、17thシングル「」発売。 自主レーベル「」設立(原による命名)。 「いとしのエリー」がドラマ『』(系)のとなり人気再燃。 またその他の曲も同番組のに使用された。 7月5日、18thシングル「」、6thアルバム『』を同時発売。 最後は「」「」をセッションした。 7月29日、にてとジョイントライブを行う。 10月24日、ライブツアー『』スタート。 年を跨いでの公演。 11月5日、19thシングル「」発売。 12月6日、企画アルバム『』発売。 『綺麗』で ベスト・アルバム賞、'83 アルバムベスト10を受賞。 12月31日、「東京シャッフル」で3度目の紅白出場。 6月25日、20thシングル「」発売。 7月7日、7thアルバム『』発売。 7月20日、ライブツアー『』スタート。 サザン初の野外ツアー。 (前座)として現在はサポートメンバーとしても知られると、斎藤のサポートを務めた・片山敦夫・今野多久郎・角田俊介らの在籍するバンドが出演。 河内・片山・角田はこの時期に桑田と面識が出来たという。 9月、シングル「」のレコーディング・ビデオ撮影を兼ねて、約1ヶ月間へ渡る。 10月21日、21stシングル「」発売。 10月25日、ライブツアー『』スタート。 タイトル通り翌年2月までのロングツアー。 12月21日、ビデオ『サ吉のみやげ話』発売。 『人気者で行こう』で 優秀アルバム賞受賞。 12月31日、初の年越しカウントダウンライブ『』をにて開催。 ライブには、、らも出演。 5月26日、22ndシングル「」発売。 6月15日、「」に出演し、と共に演奏を行った。 その中で桑田が佐野の指示した段取りを忘れ、立ち位置や歌の順番を間違えるハプニングを起こしている。 なお、桑田と佐野の親交が途絶えることはなく、これ以降も手紙のやり取りをしたり 、お互いの才能を認め合ったりしている。 8月21日、23rdシングル「」発売。 9月14日、8thアルバム『』発売。 9月21日、ライブツアー『KAMAKURA TO SENEGAL サザンオールスターズAVECトゥレ・クンダ』スタート。 アルバム発売から1週間後、『KAMAKURA』を引っさげてのツアー。 『KAMAKURA』で 優秀アルバム賞受賞。 原の産休のため一時活動休止。 その間は各個人ソロ活動を行う。 桑田と松田はとして1年限定の活動を開始。 6月21日、4年半ぶりのバラッド第2弾、『』発売。 6月25日、24thシングル「みんなのうた」発売。 7月26日、サザンとして3年ぶりのデビュー10周年を記念する野外ライブツアー『』スタート。 4月12日、25thシングル「」と「Oh! クラウディア」「みんなのうた」のを収録したビデオを同時発売。 6月7日、26thシングル「」発売。 シングル初のオリコンチャート1位を獲得する。 7月21日、初のベスト・アルバム『』を限定発売。 11月21日、27thシングル「」発売。 12月31日、『縁起者で行こう』以来のカウントダウンライブ『いっちゃえ'89 サザンde'90』をで開催。 1990年代• 1月13日、9thアルバム『』発売。 初回限定盤と通常版を合算してアルバムでは初のとなる。 第4回アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。 2月28日、5年振りの全国アリーナ(屋内)ツアー『』スタート。 7月25日、28thシングル「」発売。 ミリオンセラーを記録。 12月31日、年越しライブ『歌うサザンに福来たる』開催。 TBS系にて全国ネットで生放送。 サポートキーボードとして当時のアレンジャーであるも参加。 「真夏の果実」で ・部門 ロック・ゴールド・ディスク賞、最優秀ロック・ボーカル賞、作曲賞を受賞。 『Southern All Stars』でポップス・ロック部門 優秀アルバム賞受賞。 第5回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。 7月10日、29thシングル「」発売。 8月14日、東名阪の野外スタジアムツアー『』スタート。 この時期から関口が体調不良による休養でサザンの活動から一時離れる。 12月29日 - 31日、年越しライブ『闘魂! ブラディ・ファイト年越しライブ』開催。 7月18日、30thシングル「」、31stシングル「」を同時発売し、オリコン史上初の初登場で1,2位を独占する。 「」がシングルで初のミリオンセラー達成。 9月12日・13日、コンサート『南天群星 北京で会いましょう』開催。 2日間に渡り・で公演。 9月26日、11thアルバム『』発売。 10月14日、全国アリーナツアー『歌う日本シリーズ 1992〜1993』スタート。 12月31日、「涙のキッス」で ポップス・ロック部門 ゴールド・ディスク賞を受賞。 『世に万葉の花が咲くなり』でポップス・ロック部門 アルバム大賞受賞。 TBS系『』にて年越しのカウントダウンを挟み、デビューからの歴史を振り返る『』が放送。 第7回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。 更に『涙のキッス』でベスト5・シングル賞を受賞。 3月27日、ライブビデオ『歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec. 1992』発売。 1982年に発売された『武道館コンサート』は一部抜粋のみの編集だった為、サザンとしては初めてほぼ全編を収録したライブビデオとなった。 7月21日、32ndシングル「」、33rdシングル「」を同時発売。 「エロティカ・セブン」が系ドラマ『』の主題歌になり、シングルでは2作目のミリオンとなる。 9月8日、名義でサザンの曲をリミックスしたアルバム(オリコンなどではシングル扱い)『』を発売。 11月20日、34thシングル「」発売。 12月11日、年末コンサート『』スタート。 会場はのみで31日のカウントダウンまで全12公演の予定であったが、中盤の4公演が松田の体調不良の為年明けの1月2日 - 5日に順延となった。 2度目の活動休止期間に入り、桑田のみがソロ活動を行う。 12月のにサザンとして出演。 休養中だった関口も登場し久々に6人揃った。 5月22日、35thシングル「」発売と同時に本格的に活動再開。 バンドから長期離脱していた関口が正式に復帰する。 6月24日、ベスト・アルバム『』発売。 完全予約限定生産の作品で、70万セットが即日完売した。 7月17日、36thシングル「」発売。 シングルでは3作目のミリオンセラーとなる。 8月5日・6日、サザン復活を記念する野外イベント『』横浜にて開催。 12月2日、ライブビデオ『ホタル・カリフォルニア HOTARU CALIFORNIA 』発売。 5月20日、37thシングル「」発売。 シングル4作目のミリオンセラーとなる。 6月25日、38thシングル「」発売。 7月20日、12thアルバム『』発売。 ダブルミリオンを達成し、オリジナル・アルバムでは最高の売上を記録。 8月4日、野外ライブツアー『ザ・ガールズ万座ビーチ』スタート。 9月22日の公演が台風のため延期となり、10月12日に順延となった。 12月28日 - 31日、年越しライブ『牛』開催。 3月5日、ビデオ『平和の琉歌 〜Stadium Tour 1996 "ザ・ガールズ万座ビーチ" in 沖縄〜』発売。 「平和の琉歌」のPV、ライブツアーのドキュメント、ボーナストラックとして前年末の年越しライブで唄われた「平和の牛歌」が収録された。 8月21日、39thシングル「」発売。 特番『01 MESSEAGE』放送。 11月6日、40thシングル「」発売。 12月27日 - 31日、年越しライブ『』開催。 2月11日、41stシングル「」発売。 6月25日、デビュー20周年を記念してベスト・アルバム『』発売。 各会場と電話をつないでのイベント・レポートが行われ、リクエストに応える形で「勝手にシンドバッド」を即席でアコースティック演奏し、スタジオと各イベント会場を盛り上げた。 7月29日、42ndシングル「」発売。 7月31日、TBS系『』内にて『サザン20周年緊急特番 バカさわぎの腰つき!! 』放送。 8月8日・9日、20周年記念野外ライブ『』、・畔「」にて開催。 9月23日、発足5周年を記念して、「サザンを通じて人と音楽の素晴らしい関係を表現したい」というテーマで企画、制作された特別「JFL 5TH ANNIVERSARY SPECIAL 三菱電機モバイル BLOW IN THE SOUTHERN WIND」が放送された。 はが務め、ゲストとしてメンバー全員が出演、ミニライブも披露した。 10月21日、13thアルバム『』発売。 12月12日、ライブビデオ『』発売。 『海のYeah!! 』と『さくら』の2作品で、第13回日本ゴールドディスク大賞・ロックアルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。 3月24日、『』スタート。 初の4大公演を含めた大規模なツアーとなる。 3月25日、43rdシングル「」発売。 9月26日・27日、ファンクラブ限定ライブ『』開催。 12月10日、『』発売。 12月27日 - 31日、年越しライブ『晴れ着 DE ポン』開催。 2000年代• 1月26日、44thシングル「」発売。 シングルでは自己最高セールスを記録し、自身最大のヒット曲を記録。 2月26日、ライブビデオ『シークレットライブ'99 SAS 事件簿 in 歌舞伎町』発売。 3月15日、「TSUNAMI」で第14回でソング・オブ・ザ・イヤー受賞。 7月19日、45thシングル「」発売。 8月19日・20日、地元住民の署名活動 が実り1981年のツアー以来19年ぶりに茅ヶ崎の茅ヶ崎公園野球場で2日間の『』を行う。 18日にはファンクラブ会員と地元市民を客席に招き公開ゲネプロ(本番同様のリハーサル)も行い、実質3公演とも言えるライブであった。 なお、年末に大森がサザンとしての活動を休止する発表をしたためこれが6人編成での最後のライブとなった。 11月1日、46thシングル「」発売。 11月22日、13年ぶりのバラッド第3弾『』発売。 アルバムでは自身最高の初動売上を記録。 12月27日 - 31日、年越しライブ『』開催。 これが事実上5人編成での最初のライブとなった。 12月31日、「TSUNAMI」でを初受賞。 3度目の活動休止期間に入る。 各メンバーソロ活動を開始。 『バラッド3 〜the album of LOVE〜』で第15回日本ゴールドディスク大賞・ロックアルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。 「TSUNAMI」が2001年賞金賞、カラオケ分配額最高位を獲得。 8月11日、8月7日付で大森が正式に独立したことを『』内で発表。 13日には大森とメンバー全員によるコメントが発表された。 サザンオールスターズとしての活動なし。 各個人精力的にソロ活動をこなす。 6月25日、デビュー25周年を記念し、25万セット限定でデビューシングル「」を再発。 翌週にはオリコンチャートで発売から25年経過してのオリコン1位獲得という記録。 6月28日、ファンクラブ限定ライブ『』開催。 この模様は系『』内の『』の企画として放送された。 7月23日、47thシングル「」発売。 本格的に活動を再開する。 野沢が持病ののためサザンの活動を欠席。 8月16日、25周年野外ライブツアー『』スタート。 ・でのファンクラブ限定ライブハウス公演と・・での本公演の他、特別公演としてでも開かれた。 8月30日、初のイメージビデオ『』発売。 11月30日、が発表した『』の第1位に選ばれる。 なお、桑田個人としても同チャートの12位に選出された。 12月17日、ライブビデオ『』発売。 「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」が第18回日本ゴールドディスク大賞・ソング・オブ・ザ・イヤー受賞。 4月14日、48thシングル「」発売。 7月21日、49thシングル「」発売。 11月24日、50thシングル「」発売。 12月15日、初の集『』発売。 12月27日 - 31日、年越しライブ『暮れのサナカ』開催。 更にDVD『ベストヒットUSAS Ultra Southern All Stars 』で・オブ・ザ・イヤーを受賞。 3月31日、「愛と欲望の日々」で ・BEST ART DIRECTION VIDEOを受賞。 6月25日、「勝手にシンドバッド」から「TSUNAMI」までのシングル作品44枚を再リリース。 野沢がヘルニアのためサザンの活動を再度欠席。 7月20日、51stシングル「」発売。 8月7日、で行われた「 」にバンドとしては初出演。 10月5日、14thアルバム『』発売。 10月13日、6年ぶりの全国ツアー『』がからスタートし、12月31日に横浜アリーナでの恒例年越し公演まで5大ドームツアーを含めた全21公演を行った。 8月9日、52ndシングル「」発売。 8月26・27日、桑田の呼びかけでサザンオールスターズを中心にの人気アーティストや、桑田と親交の深いアーティストがゲストとして挙って出演した野外フェスティバル『』を行う。 サザン及び桑田が主催するフェスティバルの開催は初。 1月、ビクターエンタテインメントとアミューズがサザンの楽曲管理・配信などを行う合弁会社「タイシタレーベルミュージック」を設立。 4月、桑田のソロ活動決定が発表され、再びバンドでの活動が休止。 5月19日、デビュー30周年を迎えるにあたり、作品リリースやライブ開催など活動再開に関わる報告と同時に、翌2009年以降無期限でのバンド活動休止が発表された。 6月24日、8月に行われる『真夏の大感謝祭』の演奏曲リクエスト投票(リクエスト結果については)、オリジナル壁紙、サザンケータイの発売などを発表。 8月6日、53rdシングル「」発売。 8月16日・17日、23・24日、約2年半ぶりとなる単独コンサート「サザンオールスターズ 『真夏の大感謝祭』 30周年記念LIVE」をのにて開催。 野沢がヘルニアのため後半部分のみの参加となった。 11月、サザンの楽曲の中から抜粋した33曲を、各10分毎計33話(最終話のみ60分)楽曲を基に構成した『』が系にて放送。 1週間にわたり毎日不定期に放送した斬新な企画であり、メンバーの関口と野沢もドラマに出演した。 12月3日、ライブDVD『』発売。 同時に、『キラーストリート』までのオリジナルアルバムと『稲村ジェーン』をリマスタリングして再発。 12月17日、『真夏の大感謝祭 LIVE』版発売。 サザンオールスターズとしては初のBlu-rayでのライブビデオリリースとなる。 2010年代• 5月25日発売のチャリティシングル「」にメンバー全員がソロアーティストとして参加。 MV内の「勝手にシンドバッド」「LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜」の部分では、メンバー5人が揃った映像が見られる。 6月25日、デビュー35周年の日に活動再開を発表。 8月7日、54thシングル「」発売。 8月10日、ツアー『灼熱のマンピー!! 』を開始。 5年前の活動休止の地である日産スタジアムに始まり『茅ヶ崎ライブ』以来13年ぶりとなる茅ヶ崎でのライブを含めた5会場、全9公演を行う。 8月21日、過去全54枚のシングル音源の配信を一部の配信サイトで解禁。 10月、第61回を受賞。 11月30日 - 12月1日、12月3日 - 12月4日、『』に、メンバー全員がに扮してゲスト出演し、「チョットだけョ! 全員集合」「」「」を歌った。 12月31日、ライブDVD・Blu-ray『』発売。 6月25日、公式サイトにて、9月にニューシングルを発売すること、12月にサザンとしては9年ぶりとなる年越しライブを開催すること、オリジナルアルバム制作中であり年内完成であることを発表した。 当日のに全面広告で告知が掲載され、当時流行していた漫画「」をもじり「進撃のサザン」と銘打たれていた。 9月10日 55thシングル「」を発売。 4作連続1位を記録した。 12月17日、ライブ音源を除くシングル55作品、オリジナルアルバム14作品、企画盤アルバム4作品の全266曲のでの配信を解禁、日本を含む111カ国で配信を開始。 同時にmoraでも全アルバム配信を開始。 12月30日、「東京VICTORY」が優秀作品賞に選ばれた。 当日の授賞式にはライブのため参加していない。 12月27日・28日・30日・31日、10年ぶりとなる年越しライブ『』開催。 12月28日には、首相・夫人が来場した。 12月31日には、にシークレットゲストとして中継出演を果たした。 グループとしてのは31年ぶりとなる。 また、その日の終盤には2015年3月31日にオリジナルアルバムをリリースすることと、それに伴う全国ツアーが行われることを発表した。 このライブ中に同年秋に桑田が受章した を披露した際の冗談・ハプニングと、紅白歌合戦出演時に着用した付け髭・2013年のライブツアーで映した社会情勢の映像などに対しての批判やデマが流れ、それらのシーンに対する抗議デモが起きたりするほどになった (騒動・謝罪の詳細については・・を参照)。 1月15日、所属事務所のアミューズが桑田との連名で前述の騒動に対する謝罪文を発表。 1月17日、桑田本人が自身のラジオ番組「」の冒頭で前述の騒動に対する謝罪・釈明と、ネット上で流れた批判への反論やデマの否定を行った。 3月31日、15thアルバム『』発売。 4月11日、10年ぶりの全国ツアー、『おいしい葡萄の旅』をより開始。 8月17日・18日のでの追加公演まで5大ドームを含む11会場・全23公演が行われた。 4月24日、『葡萄』の発売に合わせ、()、()、()、()、()の5誌との協力により「スペシャルマガジン 総力特集 サザンオールスターズ『葡萄』」が制作され、全国ので無料配布された。 収録曲を基に各編集部が自由な発想で記事を制作し 、や・夫妻からの称賛のコメントも掲載された。 かねてから週刊誌に度々目を通している桑田はこのパンフレットについて「面白い」という感想を残している。 12月30日、『葡萄』が 最優秀アルバム賞を受賞。 桑田がビデオメッセージによるコメントを寄せた。 1月6日、ライブDVD・Blu-ray『』発売。 7月17日、自身が初めて出演したCMである『』に38年ぶりにCMを担当することになった。 4月2日、2017年から続くアサヒ飲料『三ツ矢サイダー』のCMソングとして、「勝手にシンドバッド」「みんなのうた」「LOVE AFFAIR~秘密のデート」「I AM YOUR SINGER」が起用される方が発表された。 なお、これらの曲はデビューから10年ごとに発表された曲である。 4月4日、2017年4月から始まった桑田のスペシャルサイト『ROUND30』が完結され、サイトの動画で2018年にサザンの活動を再開することを発表し、意気込みをジョークを交えて語った。 6月15日、1st配信シングル「」発売。 オリコン週間デジタルシングルランキングで1位を獲得し、サザンとしてはシングル・アルバムを通して同チャート初首位獲得となった。 6月25日・26日、25日にデビュー40周年を迎えでワンマンライブ「キックオフライブ 2018『ちょっとエッチなラララのおじさん』」を開催。 7月23日、2nd配信シングル「」発売。 8月1日、ベストアルバム『』が発売。 8月12日、サザンとしては2005年以来13年ぶりとなる『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018』に出演。 10月11日、 2018にて、「SAS Lifetime Achievement Award Japan」を受賞。 VMAJでアーティスト名が入った賞を獲得するのは初の快挙となった。 なお、メンバー5人は出演しない。 11月29日・12月1日・2日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2018 平成三十年度! 第三回ひとり紅白歌合戦』に、第二回の時と同様にメンバー全員がに扮してゲスト出演し、「」()と「」(ザ・ドリフターズ)を振り付きで歌唱した。 12月31日、『』に特別枠としてから出場、平成最後の「究極の大トリ」という形で「希望の轍」と「勝手にシンドバッド」の2曲を歌唱した。 NHKホールでの披露は1983年ぶり以来35年ぶりとなった。 歌手別瞬間最高視聴率では45. ふざけるな!! 』を開催。 ライブ中には未発表のバラード新曲(後の「」 )を披露した。 6月25日、デビュー41周年を迎えるこの日に自身のディスコグラフィーや全ライブツアーデータ、バントヒストリー等収録した公式データブック『サザンオールスターズ公式データブック 1978 - 2019』発売。 8月12日、3rd配信シングル「愛はスローにちょっとずつ」発売。 11月27日、ライブ・ビデオ『』発売。 12月20日、全シングル曲・アルバム曲及び5人のソロ楽曲全て972曲のによる配信が解禁された。 12月31日、ミュージック・ビデオ集『』発売。 2020年代• 6月25日、デビュー42周年を迎えるこの日に横浜アリーナで無観客配信ライブ「サザンオールスターズ 特別ライブ 2020 『Keep Smilin' ~皆さん、ありがとうございます!! 〜』」を開催。 チケットはライブ当日まで販売しており、チケット購入人数は18万人、推定視聴者数は50万人ほどであった。 ライブの収益の一部はアミューズ募金を通じて、新型コロナウイルスの治療や研究開発にあたる医療機関に役立てられる。 また、サザンの楽曲で励まされ、心の支えにしている者も多いのも特徴の一つであり 、それゆえに「国民的バンド」と評されることもある。 『週刊文春』はこれについて「サザン・サウンドが国民的なのは、単に広い人気を誇るからだけではない。 多くの問題を孕みながらも何とか前を向こうとする、そんな「日本の今」の気分が、どの曲にも凝縮されているからだ」と評している。 サザンの世代ではない10代・20代はや自身の親が楽曲を聞いていたことからサザンを知り、ファンになった人が多い傾向がある。 楽曲だけでなくメンバーの人柄も評価されており、2014年にビクタースタジオを取材した『』はサザンを「日本一のおもてなしバンド」と評している。 ファンに対しての対応も評価されており、チーフマネージャーの話によると、サザンのメンバー全員はファンレターにはすべて目を通しており、返信ハガキが同封されたものは時間が許す限り返信を書いているという。 また、桑田は公式BBS やライブ後のアンケートの意見 にも目を通しており、それに対して共感したり 、ライブの演出の参考にする事もある。 サザンの幅広い音楽性やエンターテインメント性は幅広いミュージシャンからリスペクトされている。 また、 や などの外国人アーティストからも高い評価を得ている。 メンバーの人柄と上述した多様な作風やエンターテインメント性も相まって、性別や職業はもちろんの事、思想・主義主張や国籍・人種を問わず、多くの者から高い評価を得ているのも特徴である。 また、がサザンの曲を好んでいる事が理髪を担当していた人物の証言によって明かされている。 こういった高い評価を得ている一方で、一部楽曲やパフォーマンスに対しては毀誉褒貶・賛否両論となる事もある。 原は桑田の一部の楽曲やパフォーマンスが物議を醸したりすることに対して「『そんな時は一緒に怒られましょうね』という気持ちです 笑 」とコメントしている。 また、の影響でや曲解を怖れ「詞を書くときは気をつけなければ」と思うようになり、桑田に対して「変な曲解されませんように」と祈るようになった事や、騒動への謝罪の内容が正確に伝わるように伝えることの難しさをとの対談で明かしている。 は「サザンは、"大人の世界にはこんなお楽しみがあるんだぜ!! サザンの楽曲には桑田の出身地であるやその周辺都市が取り上げられる事も多く、市の関係者をはじめとして知名度や経済への貢献を評価する声も多い。 特別賞(1998年)• BEST ART DIRECTION VIDEO「」(2005年)• 音楽賞(2000年)• 金賞「」(2001年)• マエストロ賞 『』(2016年)• マエストロ賞『』(2019年)• SAS Lifetime Achievement Award Japan(2018年)• エンターテイメント部門 審査委員会推薦作品「」ミュージック・ビデオ (2019年) オリコン オリコンの記録については「」を参照• シングル・アルバム総売上:4897. 0万枚(歴代5位・2017年6月現在) シングル記録• シングル売上枚数:2535. 2万枚(2019年9月現在)• シングル1位獲得数:16作品(歴代23位タイ・2018年9月現在)• シングルTOP10獲得数:45作品(歴代14位タイ・2017年10月現在)• 10位内獲得最多週数:253週(歴代1位・2014年現在)• トップ100同時滞在最多数:44作品(歴代1位・2005年7月4日付)• 最長キャリア首位獲得記録数:36年2ヶ月(グループ歴代1位・2014年現在)• 4つの年代(西暦)で首位獲得:1980年代 - 2010年代(歴代1位タイ)• 1980年代 「」• 1990年代 「」「」「」「」「」• 2000年代「」「 」「」「」「」「」「」「」• 2010年代「」「」• シングルミリオン獲得数:5作品 ミリオン・4作品/ダブルミリオン・1作品 (歴代5位タイ・2016年現在)• シングル歴代売上ランキング:4位「TSUNAMI」• CDシングル歴代売上ランキング:2位「TSUNAMI」 アルバム記録• アルバム1位獲得数:17作品(歴代5位タイ・2016年9月現在)• 最長キャリア首位獲得記録数:40年2ヶ月(国内グループ歴代1位)• 4つの年代(西暦)で首位獲得:1980年代 - 2010年代(歴代2位タイ・グループ歴代1位タイ)• 1980年代『』『』『』『』『』『』『』『』『』• 1990年代『』『』『』『』『』『』『』• 2000年代『』『』• 2010年代『』『』• 週間1位を獲得したアルバム作品の値段:『すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61SONGS』(税込1万円 、歴代1位)• アルバム歴代売上ランキング:8位『海のYeah!! アルバムミリオン獲得数:7作品 ミリオン・4作/ダブルミリオン・2作/トリプルミリオン・1作 (歴代7位) 映像作品記録• 最長キャリア首位獲得記録数:37年6ヶ月(歴代1位・2016年現在)• 4つの年代(西暦)で首位獲得:1980年代 - 2010年代(歴代1位・2014年現在)• 1980年代:『』• 1990年代:『歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec. 1992』• 2000年代:『』『』• 2010年代:『』『』 ザ・ベストテン• 1978年:• 1978年:• 1979年:• 1979年:• 1979年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1980年:• 1981年:• 1981年:• 1982年:• 1982年:• 1982年:• 1983年:• 1983年:• 1983年:• 1984年:• 1984年:• 1985年:• 1985年:• 1988年:• 1989年:• 1989年:• 1989年:• 1990年:• 1991年:• 1992年:• 1992年:• 1993年:• 1993年:• 1993年:• 1995年:• 1995年:• 1996年:• 1996年:• 1997年:• 1997年:• 1998年:• 1998年:• 1999年:• 2000年:• 2000年:• 2000年:• 2003年:• 2004年:• 2004年:• 2004年:• 2005年:• 2006年:• 2008年:• 2013年:• 2014年: 配信シングル 3月20日 平塚市民センター 3月21日 3月23日 立川市民会館 3月24日 新潟市公会堂 3月25日 3月27日 3月28日 3月29日 入間市市民会館 4月3日 栃木市民会館 4月4日 4月5日 大宮商工会館 4月6日 平塚市民センター 4月7日 4月9日 横須賀市文化会館 4月10日 4月12日 4月13日 4月14日 防府市公会堂 4月15日 4月16日 4月18日 4月19日 4月23日 4月24日 4月25日 4月26日 4月28日 4月29日 愛知県勤労会館 4月30日 刈谷市民会館 5月1日 5月4日 5月5日 5月6日 5月7日 石巻市民会館 5月8日 5月13日 長浜市民会館 5月14日 姫路市市民会館 5月16日 5月17日 京都勤労会館 5月19日 5月21日 5月22日 5月23日 5月24日 5月25日 5月30日 5月31日 北見市民会館 6月1日 帯広市民文化ホール 6月3日 6月6日 9月22日 9月23日 9月24日 9月26日 9月27日 山形県県民会館 9月28日 岩手県民会館 10月2日 大阪厚生年金会館 10月3日 大阪厚生年金会館 10月4日 10月17日 静岡市民文化会館 10月19日 10月22日 青森市民文化ホール 10月23日 八戸市民会館 10月25日 10月27日 10月28日 高知県立県民文化ホール 10月29日 松山市民会館 11月1日 桑名市民会館 11月2日 11月3日 11月4日 大垣市民会館 11月8日 11月9日 11月11日 11月12日 広島郵便貯金会館 11月13日 岡山市民会館 11月14日 福山市民会館 11月15日 島根県民会館 11月19日 11月20日 11月21日 11月23日 11月25日 11月27日 旭川市民文化会館 11月28日 室蘭市文化センター 11月29日 函館市民会館 12月3日 宮崎市民会館 12月4日 大分文化会館 12月5日 12月6日 電気ホール 12月8日 横浜文化体育館 12月12日 1980年 7月19日 7月20日 田園コロシアム 7月23日 北海道厚生年金会館 7月24日 旭川市民文化会館 7月27日 苫小牧市民会館 7月29日 宮城県民会館 7月30日 郡山市民文化センター 8月24日 新潟県民会館 8月25日 上越文化会館 8月27日 8月28日 金沢市観光会館 9月1日 鈴鹿市民会館 9月2日 名古屋市民会館 9月4日 9月5日 刈谷市民会館 9月7日 9月28日 和歌山県民文化会館 9月29日 姫路市文化センター 10月1日 10月16日 青森市民文化ホール 10月17日 岩手県民会館 10月22日 山形県県民会館 10月23日 秋田県民会館 10月25日 10月26日 10月27日 福山市民会館 10月29日 広島郵便貯金会館 10月30日 島根県民会館 11月1日 京都会館 11月5日 磐田市民文化会館 11月6日 清水市民会館 11月7日 11月11日 長岡市文化会館 11月12日 福井市文化会館 11月14日 上田市民会館 11月20日 宮崎市民会館 11月21日 11月23日 観音寺市民会館 11月24日 松山市民会館 11月25日 高知県立県民文化ホール 7月4日 茅ヶ崎市民文化会館 7月7日 小田原市民会館 7月8日 山梨県民会館 7月11日 熊谷会館 7月15日 高知県立県民文化ホール 7月16日 松山市民会館 7月18日 山口市民会館 7月19日 広島郵便貯金会館 7月20日 姫路市文化センター 7月25日 京都会館 7月27日 金沢市観光会館 7月28日 富山市公会堂 7月30日 新潟県民会館 7月31日 8月4日 田園コロシアム 8月5日 田園コロシアム 8月6日 田園コロシアム 8月8日 8月11日 8月12日 群馬県民会館 8月15日 8月18日 宮崎市民会館 8月19日 鹿児島県文化センター 8月22日 熊本市民会館 8月23日 8月25日 豊橋勤労福祉会館 8月26日 四日市市民ホール 8月29日 青森市民文化ホール 8月30日 秋田県民会館 9月1日 宮城県民会館 9月2日 岩手県民会館 9月4日 山形県県民会館 9月7日 和歌山県民文化会館 9月8日 9月10日 フェスティバルホール 9月12日 サンシティ越谷市民ホール 9月13日 千葉県文化会館 9月16日 横浜文化体育館 9月19日 釧路市民文化会館 9月21日 北海道厚生年金会館 1982年 愛で金魚が救えるか? サザンオールスターズ Paa Pooツアー '82 1982年 9月21日 静岡市民文化会館 9月24日 群馬県民会館 9月26日 宇都宮市文化会館 9月27日 茨城県立県民文化センター 10月5日 郡山市民文化センター 10月6日 宮城県民会館 10月7日 山形県県民会館 10月9日 秋田県民会館 10月11日 八戸市公会堂 10月19日 熊本市民会館 10月20日 佐世保市民会館 10月22日 宮崎市民会館 10月23日 佐賀県総合体育館 10月25日 小倉市民会館 10月27日 高知県立県民文化ホール 10月28日 松山市民会館 10月29日 高松市民会館 11月1日 岡山市民会館 11月2日 福山市民会館 11月8日 和歌山県民文化会館 11月10日 神戸国際会館 11月13日 島根県民会館 11月15日 防府市公会堂 11月16日 広島郵便貯金会館 11月18日 新潟県民会館 11月19日 上越文化会館 11月20日 長野市民会館 11月23日 11月25日 岐阜市民会館 11月26日 11月27日 豊橋勤労福祉会館 11月30日 福井市文化会館 12月1日 富山市公会堂 12月6日 鹿児島県文化センター 12月7日 大分文化会館 12月8日 長崎市公会堂 12月10日 京都会館 12月14日 千葉県文化会館 12月15日 12月18日 横浜文化体育館 12月21日 福島県文化センター 12月22日 岩手県民会館 1983年 1月6日 北海道厚生年金会館 1月7日 北海道厚生年金会館 1月13日 名古屋市民会館 1月14日 名古屋市民会館 1月16日 福岡サンパレス 1月17日 福岡サンパレス 1月18日 福岡サンパレス 1月20日 フェスティバルホール 1月21日 フェスティバルホール 1月23日 フェスティバルホール 1月28日 金沢市観光会館 1月29日 金沢市観光会館 2月2日 2月3日 東京厚生年金会館 2月4日 東京厚生年金会館 1983 - 84年 1983年 10月24日 10月25日 神奈川県民ホール 10月27日 北海道厚生年金会館 10月28日 北海道厚生年金会館 10月29日 室蘭新日鉄体育館 10月31日 旭川市民文化会館 11月4日 11月8日 11月9日 桑名市民会館 11月11日 千葉県文化会館 11月14日 広島郵便貯金会館 11月15日 防府市公会堂 11月17日 島根県民会館 11月19日 鹿児島県文化センター 11月21日 大分文化会館 11月22日 宮崎市民会館 11月24日 熊本市民会館 11月25日 長崎市公会堂 11月29日 12月1日 富山市公会堂 12月2日 福井市文化会館 12月3日 金沢市観光会館 12月8日 福島県文化センター 12月9日 山形県県民会館 12月11日 秋田県民会館 12月12日 岩手県民会館 12月13日 12月15日 群馬県民会館 12月16日 宇都宮市文化会館 12月19日 松山市民会館 12月20日 高松市民会館 12月21日 高知県立県民文化ホール 12月24日 京都会館 12月25日 神戸国際会館 1984年 1月9日 福岡サンパレス 1月10日 福岡サンパレス 1月12日 倉敷市民会館 1月13日 倉敷市民会館 1月16日 新潟県民会館 1月17日 新潟県民会館 1月19日 宮城県民会館 1月20日 宮城県民会館 1月23日 1月24日 愛知県体育館 1月27日 1月28日 大阪城ホール 1月30日 日本武道館 1月31日 日本武道館 2月1日 日本武道館 1984年 プレゼンツ 1984年 10月25日 神奈川県民ホール 10月26日 神奈川県民ホール 10月30日 宇都宮市文化会館 10月31日 群馬県民会館 11月2日 サンシティ越谷市民ホール 11月5日 北見市民会館 11月6日 旭川市民文化会館 11月8日 釧路市民文化会館 11月13日 青森市文化会館 11月14日 秋田県民会館 11月16日 岩手県民会館 11月20日 鹿児島県文化センター 11月21日 熊本市民会館 11月23日 宮崎市民会館 11月24日 大分文化会館 11月26日 島根県民会館 11月27日 倉敷市民会館 11月28日 京都会館 11月30日 静岡市民文化会館 12月1日 豊橋勤労福祉会館 12月2日 四日市市文化会館 12月4日 山形県県民会館 12月5日 郡山市民文化センター 12月8日 神戸国際会館 12月10日 松山市民会館 12月11日 高知県立県民文化ホール 12月13日 高松市民会館 12月14日 12月17日 千葉県文化会館 12月19日 八王子市民会館 12月20日 山梨県立県民文化ホール 12月21日 長野県県民文化会館 12月23日 黒部市YKK体育館 12月24日 金沢市観光会館 12月25日 福井市文化会館 1985年 1月8日 1月9日 広島郵便貯金会館 1月10日 広島郵便貯金会館 1月12日 福岡サンパレス 1月13日 福岡サンパレス 1月16日 北海道厚生年金会館 1月17日 北海道厚生年金会館 1月19日 大阪城ホール 1月20日 大阪城ホール 1月22日 愛知県体育館 1月23日 愛知県体育館 1月29日 1月31日 新潟県民会館 2月1日 新潟県民会館 2月4日 日本武道館 2月5日 日本武道館 2月6日 日本武道館 1984年 12月31日 1985年 スペシャル avec 7月26日 西武ライオンズ球場 7月27日 西武ライオンズ球場 7月28日 西武ライオンズ球場 7月30日 7月31日 長岡ニュータウン公園 8月6日 真駒内屋外競技場 8月7日 真駒内屋外競技場 8月13日 8月14日 泉パークタウンスポーツガーデン 8月21日 8月27日 海の中道海浜公園 野外劇場 8月28日 海の中道海浜公園 野外劇場 9月3日 大阪スタヂアム 9月4日 大阪スタヂアム 9月5日 大阪スタヂアム 9月10日 9月11日 小牧市総合運動場野球場 9月17日 横浜スタジアム 9月18日 横浜スタジアム 9月19日 横浜スタジアム 1989年 ハッピーニューイヤーズ'イブ いっちゃえ'89 サザンde'90 12月31日 1990年 Cheers!! 2月28日 横浜アリーナ 3月1日 横浜アリーナ 3月3日 横浜アリーナ 3月4日 横浜アリーナ 3月7日 仙台市体育館 3月8日 仙台市体育館 3月10日 3月11日 新潟市産業振興センター 3月14日 3月15日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 3月17日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 3月18日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 3月22日 大阪城ホール 3月23日 大阪城ホール 3月24日 大阪城ホール 3月31日 4月1日 北九州市立総合体育館 4月6日 4月7日 広島サンプラザ 4月12日 4月13日 愛媛県県民文化会館 4月21日 4月22日 真駒内屋内競技場 4月25日 日本武道館 4月26日 日本武道館 4月27日 日本武道館 4月28日 日本武道館 サザンオールスターズ 年越しライブ 歌うサザンに福来たる 12月31日 横浜アリーナ 1991年 MEETS 1992年 10月14日 10月15日 国立代々木競技場 第一体育館 10月17日 国立代々木競技場 第一体育館 10月18日 国立代々木競技場 第一体育館 10月23日 真駒内屋内競技場 10月24日 真駒内屋内競技場 10月25日 真駒内屋内競技場 10月30日 10月31日 金沢実践倫理記念会館 11月7日 大阪城ホール 11月8日 大阪城ホール 11月11日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 11月12日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 11月18日 11月19日 浜松アリーナ 11月25日 広島サンプラザ 11月26日 広島サンプラザ 12月1日 新潟市産業振興センター 12月2日 新潟市産業振興センター 12月8日 愛媛県県民文化会館 12月9日 愛媛県県民文化会館 12月10日 愛媛県県民文化会館 12月22日 12月23日 福岡国際センター 12月26日 横浜アリーナ 12月27日 横浜アリーナ 12月29日 横浜アリーナ 12月30日 横浜アリーナ 1993年 1月12日 仙台市体育館 1月13日 仙台市体育館 1月20日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月21日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月23日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月24日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月29日 大阪城ホール 1月30日 大阪城ホール 1月31日 大阪城ホール 2月3日 日本武道館 2月4日 日本武道館 2月5日 日本武道館 1993 - 94年 PRESENTS 10月13日 10月15日 愛媛県県民文化会館 10月16日 愛媛県県民文化会館 10月20日 新潟県民会館 10月21日 新潟県民会館 10月24日 青森市文化会館 10月29日 宮城県総合運動公園総合体育館 10月30日 宮城県総合運動公園総合体育館 11月12日 ナゴヤドーム 11月13日 ナゴヤドーム 11月19日 11月20日 福岡Yahoo! JAPANドーム 12月1日 東京ドーム 12月2日 東京ドーム 12月4日 東京ドーム 12月10日 大阪ドーム 12月11日 大阪ドーム 12月17日 12月18日 札幌ドーム 12月30日 横浜アリーナ 12月31日 横浜アリーナ 2008年 presents supported by WOWOW 4月11日 4月12日 愛媛県武道館 4月18日 4月19日 セキスイハイムスーパーアリーナ 4月25日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ 4月26日 広島県立総合体育館 グリーンアリーナ 5月2日 5月3日 朱鷺メッセ 5月16日 5月17日 京セラドーム大阪 5月23日 東京ドーム 5月24日 東京ドーム 5月26日 東京ドーム 6月6日 札幌ドーム 6月7日 札幌ドーム 6月13日 ナゴヤドーム 6月14日 ナゴヤドーム 7月4日 7月5日 福岡 ヤフオク! ドーム 7月19日 7月20日 沖縄コンベンションセンター 8月17日 日本武道館 8月18日 日本武道館 2018年 サザンオールスターズ キックオフライブ 2018「ちょっとエッチなラララのおじさん」 3月30日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ 3月31日 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ 4月4日 4月5日 広島サンプラザホール 4月13日 横浜アリーナ 4月14日 横浜アリーナ 4月20日 愛媛県武道館 4月21日 愛媛県武道館 4月27日 4月28日 サンドーム福井 5月11日 埼玉 5月12日 埼玉 メットライフドーム 5月18日 福岡 ヤフオク! ドーム 5月19日 福岡 ヤフオク! ドーム 5月25日 京セラドーム大阪 5月26日 京セラドーム大阪 6月1日 ナゴヤドーム 6月2日 ナゴヤドーム 6月8日 札幌ドーム 6月9日 札幌ドーム 6月15日 東京ドーム 6月16日 東京ドーム 2020年 サザンオールスターズ 特別ライブ 2020「Keep Smilin' ~皆さん、ありがとうございます!! ~」 8月16日 横浜スタジアム 8月17日 横浜スタジアム 1982年 ALL THAT サザンオールスターズ 3月5日 大阪厚生年金会館 開局記念コンサート 10月上旬 長崎市公会堂 1983年 ALL NIGHT NIPPON SUPER FES. '83 7月24日 西武ライオンズ球場 NAGOYA SUMMER JAM '83 7月29日 ナゴヤ球場 '83 JAM JAM スーパーロック・フェス 7月30日 北海道スーパー・ジャム '83 8月6日 真駒内屋外競技場 年越しライブ「俺たち今年も縁起者! 」 12月31日 渋谷ライブ・イン 1985年 6月15日 1997年 SOUTHERN ALL STARS SUMMER SPECIAL 01MESSAGE 8月24日 ビクタースタジオ 1998年 FINAL COUNTDOWN SESSION 「来ればわかる!! 」 ~NISSIN POWER STATION~ 6月6日 2003年 6月28日 2005年 8月7日 2006年 8月26日 浜名湖ガーデンパーク 8月27日 浜名湖ガーデンパーク 2018年 8月12日 国営ひたち海浜公園 本表ではサザンオールスターズが出演した公演日のみを記載してあり、それ以外の公演日は記載していない。 出演 CM• メンバーが複数人出演のみ記載。 メンバーが単独出演の場合、各個人のページを参照。 JAL! JAL! '04 Spring、FLY! JAL! 紅白歌合戦では、特別出演の場合、通常出場回数はカウントされないが、第69回で『究極の大トリ』として出場した際は5回目の出場としてカウントされている。 タイアップ楽曲 グループのソロ曲やカバー曲などは含まない。 アルバムCMのために使用された曲など、サザン関連のCMで使用された楽曲は除く。 同一楽曲の別時期に渡る仕様の場合、1曲として使用順に掲載する。 放送の『』で使用された楽曲は、当該項目を参照。 楽曲 タイアップ 勝手にシンドバッド 「」()「三ツ矢andサザン2018」『まっすぐな青春編』CMソング() 系「」第1話() アブダ・カ・ダブラ 「」CMソング Let It Boogie 「ザクトライオン」CMソング 公演「満天星大夜総会」 C調言葉に御用心 「チップスター」CMソング 青い空の心 No me? More no! アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング ジャズマン JAZZ MAN 系「」エンディングテーマ ふたりだけのパーティ ナビスコ「チップスター」CMソング いなせなロコモーション アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング Big Star Blues(ビッグスターの悲劇) 「」主題歌 朝方ムーンライト アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」 恋の女のストーリー アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌 Let's Take a Chance アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌 ステレオ太陽族 アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌() 映画「」挿入歌() 栞のテーマ アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年) 「・ダウンジャケット」CMソング 系バラエティ「」内『栞と博のテーマ』劇中歌 () 素顔で踊らせて 「アンネナプキン」CMソング MY FOREPLAY MUSIC 「」CMソング 走れ!! 「ロングラン」CMソング 忘れられた Big Wave 「B-ing」CMソング 東宝映画「」挿入歌 YOU NISSAY 企業CMソング 真夏の果実 東宝映画「稲村ジェーン」主題歌 「 Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング 希望の轍 東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌() フジテレビ系「」内『ワールドキャラバン』テーマソング() テレビ朝日系アニメ「」劇中歌() フジテレビ系「」テーマソング() ホーム() ネオ・ブラボー!! JAL! '03」キャンペーンソング 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 フジテレビ系ドラマ「」主題歌 経験II TBS系音楽バラエティ「」オープニングテーマ 彩 〜Aja〜 JAL「FLY! JAL! '04 Spring」キャンペーンソング FRIENDS 「クラウディア」主題歌 夢見るアニバーサリー JAL「FLY! JAL! 銀婚旅行編」キャンペーンソング 君こそスターだ TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング 夢に消えたジュリア JAL「FLY! JAL! '04 Summer」キャンペーンソング 愛と欲望の日々 フジテレビ系ドラマ「」主題歌 LONELY WOMAN TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング 神の島遥か国 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング BOHBO No. 5 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜 フジテレビ「」テーマソング I AM YOUR SINGER au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング アサヒ飲料「三ツ矢andサザン2018」『照りつける太陽編』 CMソング(2018年) OH!! SUMMER QUEEN 〜夏の女王様〜 「サマーキャンペーン」CMソング ピースとハイライト 「」CMソング 栄光の男 「NEVER STOP CHANGING」キャンペーンソング 蛍 東宝映画「」主題歌 パリの痴話喧嘩 「プレミアムアルコールフリー」CMソング 東京VICTORY 三井住友銀行「Lady, Fight! 映画用にアレンジされたもの バージョン違いの楽曲 サザンの楽曲の中には、タイトルに表記がされていなくとも、シングルとアルバムでバージョンやテイクの異なる曲がいくつか存在する。 また、シリーズものや、メドレー形式で構成される歌詞やテイクの異なった楽曲も多い。 曲名 オリジナル収録作品 バージョン違い収録作品 アルバムバージョンでの違い オリジナル版のアルバム収録 気分しだいで責めないで 気分しだいで責めないで 10ナンバーズ・からっと 唯一完全にテイク違いの楽曲。 、の展開の変更、間奏のフェイクや歌いまわしの変更など。 アルバムからのシングルカットであるため、シングルバージョンが後出。 Ryudo! 涙のアベニュー タイニイ・バブルス 演奏部分は同一だが、シングル版のラストにあった桑田と関口の掛け合い及びそれに続くアウトロが省略されている。 同アルバムに『tiny Bubbles type-B 』が存在し、こちらはテイク違い。 後者は曲。 単なるカラオケバージョンではなく、演奏時間やイントロが変更されている。 アルバムの収録曲順では『夕陽に〜』の方が先であるため、『メリーゴーランド』部分がフルバージョンで収録された形とも言える。 - 真夏の果実 真夏の果実 稲村ジェーン 楽曲部分には一切手が加えられていないが、楽曲終了後にサウンドトラックの特性上、カップルの会話がそのまま収録されている。 忘れられた Big Wave Southern All Stars - 恋のジャック・ナイフ 愛の言霊 〜Spiritual Message Young Love イントロ部分のラップのみテイク違い。 『海のYeah!! 』収録版もアルバムバージョン。 それ以外はシングル版と全く同一であり、上記の理由でイントロに手が加えられている事情もあり、『海のYeah!! 』にはオリジナル版が収録された。 MIX自体はシングル版と同じ。 『 The Return of 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 』と改題されテイク及びアレンジが異なる。 それ以外は完全に同一。 ギター追加。 5 BOHBO No. 5/神の島遥か国 ボーカル及びホーンセクションの音量が上がりより派手に。 それ以外は同一。 それ以外は同一。 - 書籍 写真集• 『たいした夏 -Big Deal summer-』(、)• 『Mr. EVERYBODY』(、ビクターブックス)• 『LIVE at CHIGASAKI CITY』(茅ヶ崎ライブ写真集)(、) 関連書籍• 『勝手にシンドブック』(ベップ出版、)• 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん』(桑田佳祐著、エッセイつき歌詞集、、)• 『ケースケランド』(桑田佳祐著、、1984年)• 『ロックの子』(桑田佳祐著、インタビュー構成、、)• 『ブルーノート・スケール』(桑田佳祐著、、)• 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん'84-'90』(桑田佳祐著、上の同名作品の続編、新潮社、)• 『娘心にブルースを』(原由子著、、)• 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ』(萩原健太・大畑幸子・太田綾子・佐伯明・前田祥丈著、株式会社アミューズ監修、、)• 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ 改訂版』(株式会社アミューズ監修、、TOKYO FM出版、上記に新作などを追加した新装版)• 『クワタを聴け! 』(著、、)• 『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん 桑田佳祐 言の葉大全集』(上の同名作品の続編、2012年、新潮社)• 『サザンオールスターズ公式データブック 1978-2019』(株式会社出版、) 脚注 [] 注釈• 春では「」「(桑田ソロ曲)」。 秋では「」。 冬では「」「」「(桑田ソロ曲)」「」などがある。 また「」「」のように一曲の中に全ての季節を想起させるフレーズを入れた楽曲も存在する。 桑田は度々著書やインタビューで「僕の中にあるのは、当然、日本人の情緒そのもの 」「みんな日本人であることをもっと懐かしむべきだよ 」「やはり僕は日本人 」といった事を発言している。 「」の四番などのように歌詞カードが伏字にされたケースもある。 なお、大森が語ったところによると、野沢が大森に「このバンドでパーマネントでやりたいと真剣に考えてる」と告げ、後日この旨を聞かされた桑田はそれに対して「ああそう?」と述べ、良いとも悪いとも言わなかったという。 当初、野沢は「オレはセミプロだからアマチュア・バンドに付き合ってる暇はないんだよ」と言って断った。 茅ヶ崎でのライブ実施に伴う署名にが参加した。 には、が発売する「」のCMソングとして「いとしのエリー」をカヴァーしている。 ただし、その一方で竹内は桑田の人柄を「とても純粋な人」とも評しており、エロティックな発言やジョークなどについても「照れ隠し」と認識している旨も述べている。 サザンオールスターズ名義ではなく、名義で発売された作品。 男性アーティスト別で集計すると歴代4位となる。 2003年盤である。 オリジナル版(1978年発売)は3位である。 、、、などが同じく歴代5位である。 桑田佳祐(1980年代 - 2010年代)もソロとして同記録を保持している。 グループとしては、(1990年代 - 2020年代)も同記録を保持している。 スペシャルゲストとして参加し、「」などを演奏したほか、当時未発表の曲も披露された。 関口和之以外のメンバー5人で出演。 アーバン ライフ メトロ 2020年5月24日配信, 2020年7月15日閲覧• 2020年6月20日閲覧。 Real Sound 2015年3月28日配信, 2020年6月27日閲覧• アミューズ 2019年7月7日閲覧. 「 」2017年7月22日 『みちのものがたり』 「 茅ヶ崎ミュージックの系譜」より。 音人千一夜• SOUTHERN ALL STARS OFFICIAL SITE 2020年2月28日閲覧• 2015年12月13日閲覧• 、 2016年4月15日閲覧。 エンタメステーション 2018年8月9日• 岡村詩野 2011年2月16日. 2018年8月22日閲覧。 リアルサウンド• 桑田佳祐『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん』P8、新潮社、2012年• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P94より。 角川書店 2011年• 『葡萄』初回生産限定盤A・B特典「葡萄白書」p. 18より。 原由子『あじわい夕日新聞〜夢をアリガトウ〜』31頁、、2013年• Vol. 31 No. 8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p46 - 53より。 2005年。 『葡萄』初回生産限定盤A・B特典「葡萄白書」p. 25より。 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえかこんなもん'84-'90」 1990年、、p196 - 197• 26より。 64より。 31 No. 8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] P37より。 31 No. Vol. 33 No. 4 Southern All Stars [我が名はサザン] p20より。 日刊スポーツ 2020年7月4日配信, 2020年7月7日閲覧• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P176より。 角川書店 2011年• マキタスポーツ 「すべてのJ-POPはパクリである〜現代ポップス論考」(扶桑社)p150 - 153• 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P125より。 角川書店 2011年• 24より。 31 No. 8 Southern All Stars [僕らのサザン、みんなのサザン] p33より。 otoCoto• 桑田佳祐「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」 1984年、新潮社、p214• 『週刊文春』2014年9月18日号でのインタビュー特集 p17• 音楽ナタリー• CINRA. 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Video Clip Show ベストヒットUSAS(ウルトラ・サザンオールスターズ) : サザンオールスターズ

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曲名 歌手名 作詞者名 作曲者名 歌い出し I am your singer. 僕の生きがい 馴れ合いのおしゃべりで時間が 昨日までの喜びが悲しみに 夜毎彼女のTelephon Number Do you wanna hold me so tight? Going up to狸穴天国 今僕は闇を逃がれ階段で雲に 生まれく叙情詩とは蒼き星の とりとめのない夢ひとり寝の Para vivir un gran amor あの娘を感じさせてる 割りとまわりのオンナ妙に君を レモネードのCOKE交わす つれない思いがアナタにわかる いの一番に飛んでいきましょ 眉目麗しく愛しい人よ 泣かないで溢れ出す涙を拭いて 熱い吐息の中であたしゃなすすべ 燃える夏の太陽が眩し過ぎた 或る日雨の間に間に虹を見つけ だから勝負勝負勝負出ろ 生き抜くことだけでやっと People People under the sky 泣かした事もある冷たくしても ラーメンラーメン昨日は いなせなロコモーションなんて When I hold you tight you 月はおぼろ花麗し春は霞か 移り気なアナタに Oh Oh ハンカチを振り振りあの人が 曲名 歌手名 作詞者名 作曲者名 歌い出し やがて夜しらむ鳥たちも 夢の中身は風まかせ魚眼レンズ 愛しの誰かは風まかせ ただ一度だけ恋にlay me down たまんないね真夜中のしじま たまに会ってる様じゃ Oh my baby 横浜の姐や 君がルーズな Rainy Day 女呼んでもんで抱いて 君は帰らぬ男性を待ってる 恋をしていたのは去年の 青い海遠く揺れる夢人島 さぁ並んでチョイトおもろいで 我の名はCannon Ballの Watchin' the mirror 誰かの声がする真白き夢の中 空の端見上げれば目頭もかすむ 砂まじりの茅ヶ崎人も波も あんな冷酷遊戯の彼方に 鎌倉よ何故夢のような Island beach 僕と居て頂戴 亀が泳ぐ街未来の神保町 曖昧疚しい茫洋我が身の不透明 Baby baby 夜毎夢の中で 春は水辺に艶やかさ求めて 気分しだいで責めないで 夢を乗せて走る車道 稲村ヶ崎は今日も雨海啼く南風 冷たいシャツは夢の跡 何もしてあげられないよ 曲名 歌手名 作詞者名 作曲者名 歌い出し Everyone wants to play 嗚呼可愛いベビーよ 雅 白たへの霧らふ天霞 見上げる夜空は悲しみあふれて 遠い夜空の彼方に面影揺れる はめて Woo, woo はめて 何となく変なユウコさん 愛倫メンバーとRock all night ちょいとマーレイさん 恋の歌を唄いましょう 恋をしてる女のStory 軽やかな 宵待ちの波に乗ってみるなり ひとりで渚に立って寄せる波に 恋人は南風戯れる海カモメ 夢追う無邪気な子供の頃に 古戦場で濡れん坊は昭和の 愛なき世界に影呼ぶ いつも目にしむおなごの群れ あなたは何も言わずにタバコ 幼い顔に浮かぶ Plastic-smile ごめんねチャーリーほんの冗談 Don't keep on crying and feel don gene don gene sa wai Hi! life は絶頂ね Hi! 太陽は 街は今カーニバル胸躍る夜は 消えた夏灯り戻れない乙女 夢の中に舞う Sarah Jayne 彼女が髪を指で分けただけ 君と二人踊る都あこがれの香港 Oh!! 君と二人ではじけるように 曲名 歌手名 作詞者名 作曲者名 歌い出し シャボンシャボンシャボン 何するにせよそっと耳元で 修羅場穴場女子浮遊 Mama になるまで一人身の あなたに逢えたのはあの頃を 惚れてフラれた女性の名を いつもいつもアンタに迷惑かける とりとめのない Love Affair あれに見えるは程よく熟れたる 愛苦ねば世も知れずよう行かば もうニッポンにゃ有能なボスは Come walk with me but あのねキミが恋をする時も Seachin' for my honey 濃 やかな雨の後に広がる空の Hey hey darlin' どこに行くの 遠い思い出の夏は冷たい夜しか 愛することは何故にとめどなく 誰の彼女か知らぬけど One day, walking beside you 今日も酒場は酔いどれ 危機議員達のパラダイス わ!! 超素敵よ!! 大河ドリーム せつない胸に風が吹いてた 君はいったい誰なの? 色んな歌ありがとうステージで Stomach 痛みぬ俺の肉体は おまえが好きだと耳元で言った Tiny Bubbles I'm gonna hurt 思い出の海に行こうよ二人で 曲名 歌手名 作詞者名 作曲者名 歌い出し DO YOU BELIEVE ME? 悲しい噂風の中悪魔が俺に タバコロードで逢った Sexy 毎日違う顔に出逢う街から街へ I stare into the mirror 哀泣き笑い時代は流れた ほんとうに今までありがとう 海岸で若い二人が恋をする物語 風に戸惑う弱気な僕通りすがる 浜辺に咲いた紫の涙 輝く太陽あの娘に逢いたい お前らいいかい今夜は 君の声がする方へ幼い頃 Ding Dong,Ding Dong Mr. ぐっとルーズなブルーズ 俺がいなけりゃ沈みこむような 平成の怪人東京バリーチャン 恋の花咲く ロマンの都 時を駆けるよ Time goes round 名もないこの街に 一の鳥居通りゃんせ あんなに大きなドラマで 誰だ淋しげなMotion愛の学び舎 流れる雲を追いかけて けんかして水に流そうよ 冷えた小部屋に乾いた心を 波音が響けば雨雲が近づく お気に召すまま She's gone 熱い砂のステージで結ばれた 今すぐ逢って見つめる素振りを 曲名 歌手名 作詞者名 作曲者名 歌い出し 踊り明かそう酒を食らおう 少年は大志を抱き方程式を解く 愛の夏来れば皆高温万歳 何かが変わってるみたい やけに9月の風が身体をしめらす 赤いビニール繊維愛撫が巡り Drivin' through my Tokyo 今なら話しても良かろ 愛で向日葵が揺れている 海街の風に揺れながらキミは Happy Birthday 今宵大事な 時間が過ぎても忘れられない Hello my love はっと見りゃ湘南御母堂 有名な抑止兵器と条約民衆の 君の腕に抱かれ息も出来ぬ I would never,Now-or-Now, Va-t'en! allez va-t'en 波音去って季節はうつろうか あなたがいない夜はとても Lookin' a mirror 声も出ない 有名な Blueberry Boy Hey ちょっと待って下さい 何気なく観たニュースで A lot of song is beautiful What you sayあなたとならば シャレたマンボのようなステップ 私の幼い妹よ眠れるお前は 愛撫我多裸婦その顔面にも She's so tall year year year 柔かなBreeze戯る微風も 朝早よからbaby目覚めてすぐ 暖かな風に乗り君は She's the Boon Boon Boon Baby I Don't Mind見た目は 君がくれたFlower 花言葉は 踏切りの向こう側を羽の無い 恋をしたりめげてみたり 今の私を支えるものは この国が平和だと誰が決めたの? 涙の My life よくない Joke Billy 夢見るような Lady 心に 星降る夜のHarlotネオンにじむ 愛の歌が途絶えるように ギラギラ輝く太陽が 君に魔のホリデイ血塗る 夢の中で交わしたキッスは 燃える君が妙にSexyで 裸の人間同士で行こうな 夢を見るひとときが思い出に.

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サザンオールスターズの名曲ランキング

サザンオールスターズ

サザンオールスターズの歴史やメンバー遍歴 テレビCMやドラマでよく耳にするサザンオールスターズの名曲。 年齢に関係なく、幅広い方がサザンの曲を聴くと淡い思い出が蘇るんじゃないでしょうか? 私もサザンオールスターズは大好きなバンドで、夏になると無性に聴きたくなります! 海沿いをドライブしながらサザンの曲を聴くと、若い頃にタイムスリップしたような感覚になりますよね~。 意外と知られていませんが、サザンオールスターズは結成から頻繁に メンバー入れ替えをしていたんです。 結成から現在までのメンバー遍歴やサザンの歴史について詳しく調べてみました!! サザンオールスターズと名乗る前は、様々なメンバーと共に名前を変えて活動をしていました。 もともとは青山学院大学の フォークサークル AFT がきっかけで結成されたバンド。 最初は、 桑田佳祐さんと関口和之さんの二人が中心となり活動をしていたんです。 その後 大森隆志さんや原由子さんが大学に入学し合流することになります。 当時名乗っていたバンド名をご紹介します!• 温泉あんまももひきバンド• ピストン桑田とシリンダーズ• 青学ドミノス• 脳卒中• 桑田佳祐とヒッチコック劇場 桑田さんらしいインパクト大なバンド名が多いですよね~! でも不思議なことに 古臭い感じがしないのが桑田さんマジックなのかもしれません。 笑 サザンオールスターズの名前を名乗ったのは、 1976年のことでした。 しかし長くは続かずにメンバーが再び頻繁に入れ替わる事態となってしまいます。 本格的に音楽活動がしたかったメンバーの大森さんは、桑田さんと共にサザンオールスターズの結成に尽力します。 そして1977年3月 サザンオールスターズとして再結成されました。 当時のメンバーは、 桑田さん、大森さん、原さん、関口さん、松田弘さん、野沢秀行さんの6人。 本格的にサザンとしてデビューを果たした時には、すでに現在のメンバーが揃っていたんですね~! サザンオールスターズの歴史について調べていくと、結成したきっかけは大学のサークルだったことが分かりました! 紆余曲折しながら様々なメンバーと共にたどり着いたのがサザンだったんですね~!! スポンサーリンク サザンオールスターズの現在のドラム、ギター、ベース、ボーカルは誰? サザンオールスターズといえば、ボーカルの桑田さんの印象が強いと思います。 日本語なのに英語に聞こえる歌詞や、独特の歌い方も特徴的! しかし他のメンバーについては顔と名前が一致する方は少ないんじゃないでしょうか? そこで今回は現在のメンバーに注目して紹介していきます。 【ボーカル、ギター】 名前 桑田佳祐 くわたけいすけ 生年月日 1956年2月26日 出身地 神奈川県茅ヶ崎市 【ベース、コーラス】 名前 関口和之 せきぐちかずゆき 生年月日 1955年12月21日 出身地 新潟県 【ドラム、コーラス】 名前 松田弘 まつだひろし 生年月日 1956年4月4日 出身地 宮城県 【キーボード、ボーカル、コーラス】 名前 原由子 はらゆうこ 生年月日 1956年12月11日 出身地 神奈川県横浜市 【パーカッション、コーラス】 名前 野沢秀行 のざわひでゆき 生年月日 1954年10月19日 出身地 東京都 サザンオールスターズ結成時からメンバーが一人減っていることにお気づきでしょうか? 実は2001年にリードギターの大森さんが 独立のためバンドを脱退していました。 現在も精力的に活動をしているサザンオールスターズ。 メンバーが全員還暦を過ぎてもなお元気で若々しいのは、音楽の力だと思いました! スポンサーリンク サザンオールスターズのメンバーの年収が凄い サザンオールスターズといえば、デビュー当時から現在までずっと第一線で活躍をしてきたバンド。 CDの売り上げも相当な枚数で、 日本のトップクラスの売り上げを誇るバンドとっても過言ではありませんよね! そこで気になるのが、メンバーの年収について。 まず注目したのが桑田さんです! 桑田さんはバンド以外にも ソロ活動や楽曲提供やCM出演も行っています。 また作詞作曲も桑田さんが担当することがほとんどなので、 印税も桑田さんに入ることになります。 日本のミュージシャンの年収ランキングで1位と言われているのが桑田さんなんです! ズバリ桑田さんの年収は 5億円以上だと予想しました。 桑田さん以外のメンバーの皆さんはどうなのでしょうか? 個人でソロ活動をしている方も多いですが、桑田さんほど頻繁にリリースをしていません。 そのため、他のメンバーの方は主な収入源はサザンオールスターズだと言えます。 ライブやグッズ売り上げはメンバーで分配される収入ですよね。 スタジアムやドームクラスでのライブも頻繁に行っているサザンオールスターズ。 ライブ動員数だけでもかなりの人数になることを考えると… ズバリ、桑田さん以外のメンバーの 年収は2000万円ほどだと予想しました! 最後に どの世代にも思い出が詰まっているサザンの楽曲。 今後もサザンらしい音楽を続けて欲しいと願っております! あなたが好きなサザンの曲や歌詞についても、是非教えてくださいね~!! スポンサーリンク.

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