ス フォルツァ ンド の 残響。 スフォルツァンド

演奏解説 エチュード10

ス フォルツァ ンド の 残響

先日、アップした革命のは今回の演奏解説に際しての副生成物となる。 普段と逆になるのだけど、革命のは是非演奏解説を書きたいというのが第一にあり、次いで古い録音が聞くに堪えないので録音もついでにし直したかった。 録音すればイヤでも拙い点に気が行き、再録に際して練習することとなり、また演奏解説にもその点を反映させることができる。 つまり、気が済むまでリテイクを繰り返すことで演奏そのものも解説もより高レベルのものになるわけ。 録音について の大人気曲ということで世の中無数の録音が存在する。 お薦めの録音は。 の演奏するは轟音をとどろかせるのではなく、あくまで高貴で美しい。 ユはのピアニストの中で最も粒が揃っている。 というか本当にユで弾いてるのか、実は右手しか弾いてないのではないか、とさえ思う。 それに加えてペダルワークが神がかっている。 以上の2点がずば抜けていることで 1972 を一押しとする。 2番目は演奏者の個性で好き嫌いがでると思うところなのでどれとは決めない。 候補を上げるとすると、、、、あたりかなと思う。 楽譜について 普段、のはをメインに使っている。 まさか、アマゾンに出品しているとは思わんかった。 それにしても4935円は高い。 自分の楽譜を調べてみたら3700円と値札が貼ってあった。 たしかので買ったと思う。 今回、演奏解説に当たって、も参考にした。 は版とちょっと違うところもあるんだけど大差はなさそうなので参考にはしてない。 あと、僕が最初に譜読みしたも参考にしようとしたけど、改めて読むのが面倒だったのでこれはスルーした。 版のアマゾンレビューでの叩かれ方は笑えるけど、僕は結構好きだよ。 印刷はきれいだし解説は日本語だし作曲者の指示とかあんまり見ないしペダルも運指も好き勝手やるから。 そして何よりも値段が安い。 それならでもいいやんか、となるのだけど、春秋社版はね、函が邪魔なのよ。 棚から楽譜を出すのも億劫で練習中の楽譜はピアノの上に置きっぱという不精者には中々ツライです。 具体的に各譜の特徴ですが、次の通り。 ナショナルエディション:演奏解釈が長い研究に裏打ちされている。 小節番号が書いてある。 者がへーこらする。 アクセント記号をデクレッシェンドと見間違えるのは自筆譜をリスペクトしているからなのかも知れないが、そんなことよりも見やすい楽譜を作ってくれよ。 ナショナルエディションには「Perfomance Commentary Source Commentary abridged 」という冊子が付いているのだけど、10-12についてだけ読んだところあんまり役に立ちそうなことは書いてないので参考にはしない。 ナショナルエディションを作る上で底本がどうのとか、どうでもいいでしょ。 版:値段が安い。 解説が日本語。 日本人向けの運指で書かれているらしい。 版:細かい解説、練習方法が付いている。 ペダルの指示がある。 ナショナルエディションと版は曲によってペダルの指示があったりなかったりする。 10-12に関してはペダルの指示はない。 一方版では細かくペダル指示がある。 とは言っても、通常の記譜法ではペダルを踏む深さを表記することはできない。 頑張ったところでせいぜいハーフペダル止まり。 ペダル記号を濃淡で表現したり、ペダル記号の横にC. 64の値を併記したりとかいった表記法は確立していないし、今後も進展があるようには思えない。 何を言っているかというと、版の細かいペダル指示でも全然足りてないって言うこと。 ならばいっそ、なくてもいいじゃん、というのが他の版。 ペダルの扱いについてはという古い本に書いてあることが参考になる。 このペダルを研究するに先立ってわれわれはまず、低い音よりも高い音の方をより重要なものと感じ、又より明瞭に聞きうるものであるという人間の耳の特性を思い出さなければならない。 音の列がメロディーを構成している場合には、ことにこの現象が顕著となってくる。 すなわちある一つの音の次にそれより高い音が来るときには、このあとの音は前の音よりも明瞭に耳に入ってくるという事実を指すのである。 したがって上行の形をとる和音に属する音は、同じペダルを用いて弾いても差し支えない。 和音の音が下降して続いている場合には決して同じペダルで弾いてはならない。 なぜならば、高い音は後に出てくる低い音に寄って印象を消し去られることがなく、すなわち低い音が出てきてもなお重要な音として我々の耳に残っており、なおその上に第二の音は最初の音と一緒になってしまい、旋律としてではなく和音としての印象に変えられて聞こえてしまう。 この練習曲を演奏する上でとても重要なことをである。 下降の音列ではできるだけペダルを踏むのを避けるべきであり、版はどうしてもペダルが必要なところでは細かく踏み変えることで実現している。 革命のはの練習曲の中では割と容易な方だと言われている。 実際の所、オタマジャクシを追っかけるだけなら実はそんなに難しくなくて、楽譜に書き込まれている指示を1つ1つ守ろうとするたびに つまり、きれいに演奏しようとすると 難易度は上がっていく。 結局、としては難しい部類に入る。 それでは最初から順に解説していこう。 1~2小節 読みずれー。 上段に書けよ。 1~8小節を前奏と見るか、第1主題と見るか。 偉い人のアナリーゼ本とかに書いてあるかも知れないのだけど、そういうのは読んだことがないので何とも分からない。 取り敢えず、第1主題と表記しておく。 まず登場するレガーティシモ。 レガートに「シモ」をつけて強調している。 のはこういうところが難しい。 基礎的な練習を怠っているとレガートが弾けず、所々飛び跳ねてしまうから。 6小節まで共通しているのが左手の各拍頭がアクセントとなっていること。 また、これらの音は全て2指で弾くことになっている。 版では2指をこの拍頭のアクセント以外には使わないという徹底ぶり。 版、では2小節3,4拍ではCGCGを2515で取っている。 版では出だしのAsにもアクセントが付いており、結果2指には全てアクセントが付いている。 ナショナルエディションでは譜例の通りにしか書かれていないけど、2525で取るように読める。 そんなわけで、このアクセントの都合上、2小節の2拍目まではこれ以外の運指は推奨できない。 実際の鍵盤上での指の動きについてナショナルエディションに書き込んでいるのだけど、左手始めから2小節の2拍目までは4音で区切ったA,B2種類の音型で1オクターブ下がり、ABを繰り替えす構造になっている。 このA、Bの第2音と第3音の距離がAだと2度、Bだと3度となっている。 この違いを認識しながら弾くとあんまりミスタッチしなくなる。 2、4小節目後半のは回数をちゃんと数えるように。 5~8小節 1,3,5小節とそれぞれの出だしのG 7の音が1段階ずつ上がり、5小節目で出だし最高潮となる。 この、FGDFの和音を1245で掴むのは中々しんどい。 FGを1指だけで押さえてしまおうというのがの方針。 各版のアクセントの違いは右手だけ、両手とも、始めのAsもなのかという違いがある。 7~8小節の強弱も各版バラバラなので、僕の演奏法を紹介する。 版に書き込んでるのだけど、音が高くなったところにアクセントを付けてにしている。 従ってアクセントを付ける音は3音となる。 この部分、ではペダルを踏むということで示してある。 このアクセントを付ける3音は順番に強くしていく。 また、全体にわたってクレッシェンドするようにしている。 指使いは譜例のナショナルエディションに書いている通りなのだけど、このアクセントの部分は右手が5指、左手が1指になるようにしている。 指使いについて、1指が黒鍵に来るため不自然な指使いにならざるを得ない。 黒鍵はできるだけ手前を押す。 白鍵は黒鍵の隙間ではなくて前の黒鍵のない部分を押さえる。 従って手を手前に引きながら弾くことになる。 9小節 何となく、右手最初のCを力一杯叩いてる。 左手のパッセージは音階の上昇に合わせてクレッシェンド、下降に合わせてでクレッシェンドする。 1小節の中で1回、あるいは2回このように上下するタイプのパッセージは殆どがこのようになっている。 このクレッシェンド、デクレッシェンドの解釈について、クレッシェンドは音を強くすると同時に速度を速くし、デクレッシェンドはその逆というのがある。 そうやって演奏してみると確かにフィットする感がある。 あんまりやりすぎるとキモくなるけど。 10~12小節 10小節からオクターブで第2主題が入る。 オクターブは上の音を主張して弾いたほうがよい。 上段と下段の間に書かれている強弱記号は右手用のもの。 右手は高い音をフォルテで弾いた後、ピアノで低い音を弾く。 この2種類の音は別の声部と認識して弾くとよいかも知れない。 また、1音1音に強弱の設定があることを認識してしまうと意識することが膨大になり演奏するのが結構大変になる。 13~15小節 右手13小節4拍目はピアノだが、14小節頭のンドに向けてクレッシェンドする。 次いで14小節頭はンドと同時にテヌートとなっている。 オクターブで旋律を歌うのにテヌートということはペダルでそう聞こえるよう誤魔化すより他はない。 とは言っても、ペダルをべた踏みしてると音が濁ってダメダメになるのでべた踏みするのは14小節最後と15小節最初のみ。 後は優雅に薄いペダルで引き延ばすように弾く。 では上のAsを15小節にタイで繋げている。 15小節以降、更に激しくなる関係上、では14小節後半左手をクレッシェンドするようになっている。 20~24小節 2回目に登場の第2主題はsotto の指示がある。 「そっと囁くように」という意味。 1回目とは対照的に弱音で弾く。 ちなみに、sotto はナショナルエディションにしかない。 ナショナルエディション、はクレッシェンドした後に毎回ピアノと表記してあり、あまり音量は上がらない仕様となっている。 個人的には版を採用したい。 25~27小節 25から26小節にわたってクレッシェンドしていき、27小節の半ばで前半最後の山場となる。 、版ではクレッシェンドの範囲が不明だが、ナショナルエディションでは25小節半ばからクレッシェンドしていき、26小節最後でストレット、つまり緊張感を高めて段々速くした後、27小節頭でンドとなる。 その後もまだ左手がクレッシェンドする。 結局27小節半ばの左手最高音Gで最も盛り上がり、後は沈んでいく。 26小節のstrettoについて。 辞書上の意味では「緊張感を高めて、段々速く」となっているが、「段々速く」と捕えた場合これより先に速度を戻す指示が最後の最後まで存在しない。 この点を鑑みるにこのstrettoは「緊張感を高めて」だけの意味と捕えるか、あるいは「段々速く」はこのstrettoの部分のみと考えるべき。 最低限、27小節は元の速度で演奏する。 左手のアクセントについて、版にはベース音と上のB音にアクセントを書き込んでいるが、版はベース音だけにアクセントが付いており恐らくこれが推奨される演奏となる。 ナショナルエディションには何にも書いていない。 27小節の左手の一番高くなる音について、版では付点がついて溜めるように表記している。 山場に達して少し浸りたい気分の現れとも思えるが、版に「恐らくの演奏に一致させたものであろう。 」と注記してある。 27小節左手後半の2拍は拍頭にアクセントが付いているのだが、1つめのアクセントが右手に付いているものかどうか判別ができない。 左手についているんだと思うんだけど、どうなんだろ。 28小節 右手はBFDの和音として書かれているが、27小節の最後との繋がりを見るにBだけは主旋律の声部であり、FDとは別物として扱う。 左手は1234で半音下降を弾く。 手は割と奥の方に位置することになるが、そうなると黒鍵と白鍵での距離の違いが際立つ。 その上で均質な音を出すように努めなければならない。 左手の16分音符4つごとに上昇しながら下降していく動きはこの曲の出だしの左手を意識している。 この動きは29小節以降の中間部に引き継がれ、41小節で第1主題の再現に繋がる。 取り敢えずこれで前半部は終了。 次いで中間部に入る。 29小節 ここから中間部。 28小節の最後の消え入る感じに続いてピアニシモで入る人が多いが、フォルテが正しい。 ただし、後半の出だしである41小節のフォルテシモに向かって徐々に盛り上がっていかなければならない。 28小節から35小節までは第1音と第2音が離れており、インテンポで弾くのは不可能。 なので、中間部全体を通して情緒豊かに歌うようにして誤魔化すことが必須となる。 29~32小節目 左手の4音ごとの連なりは慣れないと上手く指が動かない。 逆に慣れすぎると指が勝手に動くのにまかせて漫然と脱力して弾いてたりする。 漫然と弾いていると打鍵のタイミングが酷く疎かになるので、気持ちよく演奏している分にはよいが聴いている人はあまりよい気分にはならない。 35~36小節 35~36小節は手元にある3冊とも強弱の表記がかなり異なっている。 ナショナルエディションは強弱の表記は一切ない。 版は34小節の2拍目に始まるクレッシェンドが37小節頭のフォルテシモまで続いている。 版では譜例の通り35小節フォルテシモで始まり35小節終わりでデクレッシェンドした後36小節ではクレッシェンドし、37小節頭で再びフォルテシモになる。 4拍目の4音。 版のペダルワークは既に人間業ではないが、ペダルを連打できる程度まで速度を落とすと考えると納得できる。 この4音は速度を落とすことに加えて、完全にペダルを離してしまうことにしている。 というのは、このあたりの音域ではフォルテで弾くとペダルを踏まなくてもダンパーが弦の振動に負けて弦を押さえきれず少し音が響いてしまうため、ペダルを踏む必要がない。 それに、37小節に向けて1音1音濁らせずにはっきりと聴かせたい。 37小節 左手4拍目、2313で取ろうとすると、3指が忙しいことになる。 漫然と弾いていると、変だなぁと思っても意識に残らずにスルーしてしまう。 41~44小節 ここから後半部に入る。 1小節目とは微妙に違う。 右手の音が1段階上がってより劇的になっていたり、フォルテシモになってたり、レガーティシモじゃなくなってたりする。 45~48小節 各社とも表現が違ってて、最早何が何だか。 :フォルテで始まる。 最初の音にスタッカートが付いている以外はスラーが付いているだけ。 スラーは次のように切ってある。 45小節の第2音~46小節最後 47小節1,2拍 47小節3,4拍 48小節 46小節のスラーの繋げ方が好かない。 版:譜例。 音量の指示はない。 第2音にアクセントがある以外47~48小節は版と同じ。 47小節2音目から47小節始めまでスラーが続き、次いで48小節始めまでアクセントの位置でスラーが切れるようになっている。 48小節は右手高くなる音にアクセントが付いている。 :全体的に版と似ている。 スラーは完全に版と一致している。 第1音にンドとスタッカートがあり、続く第2音からはフォルテシモとなっている。 45小節2泊目から47小節最初までスラーが続く。 46小節までは譜例と同様に拍を刻むようにして両手共にアクセントが付いている。 47小節は右手スラーの開始音にアクセントがある。 48小節は右手の高くなった音4箇所のアクセントがある。 47~48小節のアクセントは7~8小節ではペダル表示指定あるポイントとなる。 49~64小節 第2主題の再現となる。 基本的に左手は前半部と同じで右手を変奏させる。 この際、右手の打鍵のタイミングはあまり正確である必要はない。 一方左手は一定のリズムを保って弾く。 テンポを揺らさないということではなく、寧ろ小節内に於いてテンポは揺らすが各小節にかかる時間を一定に保つよう心がけて弾く。 変奏はちょ~っとずつ複雑になりつつ65小節の後半山場フォルテシモに向かってピアノとかを交えつつクレッシェンドする。 54~55小節 55小節頭のの弾き方は版に脚注で次のように示してある。 の録音と違うやん、っていうのは言いっこなしだ。 主旋律に当たる上のDだけ音符の位置で弾きそれよりしたは前打音としてを作る。 また、では54小節の一番上のAから55小節のAにタイで繋がっている。 版はこの部分、指使いの指定が酷いので参考にしない方がいいです。 65~68小節 この当りが後半部の山場。 66~68小節の左手は黒鍵と白鍵が半端に入り乱れて凄く弾きにくい。 各譜共に指使いを工夫し合ってるんだけど、結局版の指使いが最も弾きやすかった。 とはいえ、完璧にレガートで弾こうとするには人間離れした柔軟性と敏捷性を要求されるので、効果的にペダルを使って誤魔化すところ。 幸いにして弾きにくい部分はペダルを踏み始めてから間もない部分なので誤魔化しやすい。 69~80小節 そろそろコーダかな、という辺り。 68小節のデクレッシェンドをここのピアノまで引っ張ってきている。 最初にンドは右手にかかってくる。 ここから音量の細かい増減はあるが、次第に抑えられていく。 69小節のピアノで始まり、ではウナコルダで左のペダルを踏んで叩く元を減らし音を柔らかくする、75小節では消え入るようなスモルツァンド、77小節ではsoto 、78小節でピアニシモ、ではpoco rallentとちょっとゆっくりになる。 80小節はだけは左手がピアニシモで右手がピアノという指示になっている。 以上のように手を変え品を変え様々な表現で静かに静かにと指示が入っている。 81~84小節 最後。 まず、a tempoで80小節のpoco rallentをキャンセルする。 81小節のフォルテシモの位置が最初の譜と2音目の譜が存在する。 CDの演奏を聴くと圧倒的に2音目の方が多い。 多数決、とういうわけでもないが僕は2音目からフォルテシモとしている。 appassionatoは「情熱的に」という意味。 edはandと同じような意味、"ff ed appassionato"で「激強で情熱的」というような意味合いになる。 81~82小節はこれまでに2回出てきた似た音型のユとは音が違うことに注意。 どこがどう違うかしっかり頭に入れておくこと。 また、拍を示すアクセントが存在しない。 譜例に示した指使いで弾くと、右手3指で叩く音が鍵の位置的に弱くなりやすいので意識して強く叩くと音が均質になる。 ナショナルエディション:譜例。 スラーが付いていない、ということはノンレガートでも構わないということかな。 最後の4音は括弧付きで fff となっている。 には割と珍しいフォルテシシモ。 グランドピアノだとなるんだけど、最後の4音を力一杯叩くと予想外にデカイ音がでてびっくりすることがある。 最後の最後で羽目を外さないように。 :相変わらずご丁寧にペダルの指示がある。 あまり参考にしないが、最後の2小節だけはこの通りにペダルを踏む。 べた踏みです。 フォルテシモは81小節の最初にある。 a tempoではなく"Tempo"とだけ書いてある。 意味が通らない。 "Tempo I"とでも書いてくれればいいのに。 83小節は"ff pesante"となっている。 ペザンテは「重厚に」という意味。 :まぁいいや。 革命のは僕の中でもそれなりに歴史をもっている曲だから、こだわりというか注意すべき点を多く見いだしている。 それらを書き出していったところ結構な量となってしまった。 実際に演奏する際はこれらの注意点を逐一注意しているわけではなく、半分以上は日々の練習により的にクリアできるようになっている。 そこから漏れる注意点を演奏中「次はココがポイントだ」みたいに気をつけながら弾いている。 ときどき、演奏中に曲の背景とか、昨日見たアニメのこととかに思いを巡らせて感涙にむせびつつも演奏する、とか言う話を聞く。 あるいは、「何を考えながら演奏してますか?」とか訊かれたりする。 でも、演奏中に演奏以外のことを考えると往々にしてトチって止まったりする。 なので、そういった感傷的な部分は練習中にでも考えておいて、演奏中には演奏だけに集中するようにしている。 20100514 takami446.

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ス フォルツァ ンド の 残響

先日、アップした革命のは今回の演奏解説に際しての副生成物となる。 普段と逆になるのだけど、革命のは是非演奏解説を書きたいというのが第一にあり、次いで古い録音が聞くに堪えないので録音もついでにし直したかった。 録音すればイヤでも拙い点に気が行き、再録に際して練習することとなり、また演奏解説にもその点を反映させることができる。 つまり、気が済むまでリテイクを繰り返すことで演奏そのものも解説もより高レベルのものになるわけ。 録音について の大人気曲ということで世の中無数の録音が存在する。 お薦めの録音は。 の演奏するは轟音をとどろかせるのではなく、あくまで高貴で美しい。 ユはのピアニストの中で最も粒が揃っている。 というか本当にユで弾いてるのか、実は右手しか弾いてないのではないか、とさえ思う。 それに加えてペダルワークが神がかっている。 以上の2点がずば抜けていることで 1972 を一押しとする。 2番目は演奏者の個性で好き嫌いがでると思うところなのでどれとは決めない。 候補を上げるとすると、、、、あたりかなと思う。 楽譜について 普段、のはをメインに使っている。 まさか、アマゾンに出品しているとは思わんかった。 それにしても4935円は高い。 自分の楽譜を調べてみたら3700円と値札が貼ってあった。 たしかので買ったと思う。 今回、演奏解説に当たって、も参考にした。 は版とちょっと違うところもあるんだけど大差はなさそうなので参考にはしてない。 あと、僕が最初に譜読みしたも参考にしようとしたけど、改めて読むのが面倒だったのでこれはスルーした。 版のアマゾンレビューでの叩かれ方は笑えるけど、僕は結構好きだよ。 印刷はきれいだし解説は日本語だし作曲者の指示とかあんまり見ないしペダルも運指も好き勝手やるから。 そして何よりも値段が安い。 それならでもいいやんか、となるのだけど、春秋社版はね、函が邪魔なのよ。 棚から楽譜を出すのも億劫で練習中の楽譜はピアノの上に置きっぱという不精者には中々ツライです。 具体的に各譜の特徴ですが、次の通り。 ナショナルエディション:演奏解釈が長い研究に裏打ちされている。 小節番号が書いてある。 者がへーこらする。 アクセント記号をデクレッシェンドと見間違えるのは自筆譜をリスペクトしているからなのかも知れないが、そんなことよりも見やすい楽譜を作ってくれよ。 ナショナルエディションには「Perfomance Commentary Source Commentary abridged 」という冊子が付いているのだけど、10-12についてだけ読んだところあんまり役に立ちそうなことは書いてないので参考にはしない。 ナショナルエディションを作る上で底本がどうのとか、どうでもいいでしょ。 版:値段が安い。 解説が日本語。 日本人向けの運指で書かれているらしい。 版:細かい解説、練習方法が付いている。 ペダルの指示がある。 ナショナルエディションと版は曲によってペダルの指示があったりなかったりする。 10-12に関してはペダルの指示はない。 一方版では細かくペダル指示がある。 とは言っても、通常の記譜法ではペダルを踏む深さを表記することはできない。 頑張ったところでせいぜいハーフペダル止まり。 ペダル記号を濃淡で表現したり、ペダル記号の横にC. 64の値を併記したりとかいった表記法は確立していないし、今後も進展があるようには思えない。 何を言っているかというと、版の細かいペダル指示でも全然足りてないって言うこと。 ならばいっそ、なくてもいいじゃん、というのが他の版。 ペダルの扱いについてはという古い本に書いてあることが参考になる。 このペダルを研究するに先立ってわれわれはまず、低い音よりも高い音の方をより重要なものと感じ、又より明瞭に聞きうるものであるという人間の耳の特性を思い出さなければならない。 音の列がメロディーを構成している場合には、ことにこの現象が顕著となってくる。 すなわちある一つの音の次にそれより高い音が来るときには、このあとの音は前の音よりも明瞭に耳に入ってくるという事実を指すのである。 したがって上行の形をとる和音に属する音は、同じペダルを用いて弾いても差し支えない。 和音の音が下降して続いている場合には決して同じペダルで弾いてはならない。 なぜならば、高い音は後に出てくる低い音に寄って印象を消し去られることがなく、すなわち低い音が出てきてもなお重要な音として我々の耳に残っており、なおその上に第二の音は最初の音と一緒になってしまい、旋律としてではなく和音としての印象に変えられて聞こえてしまう。 この練習曲を演奏する上でとても重要なことをである。 下降の音列ではできるだけペダルを踏むのを避けるべきであり、版はどうしてもペダルが必要なところでは細かく踏み変えることで実現している。 革命のはの練習曲の中では割と容易な方だと言われている。 実際の所、オタマジャクシを追っかけるだけなら実はそんなに難しくなくて、楽譜に書き込まれている指示を1つ1つ守ろうとするたびに つまり、きれいに演奏しようとすると 難易度は上がっていく。 結局、としては難しい部類に入る。 それでは最初から順に解説していこう。 1~2小節 読みずれー。 上段に書けよ。 1~8小節を前奏と見るか、第1主題と見るか。 偉い人のアナリーゼ本とかに書いてあるかも知れないのだけど、そういうのは読んだことがないので何とも分からない。 取り敢えず、第1主題と表記しておく。 まず登場するレガーティシモ。 レガートに「シモ」をつけて強調している。 のはこういうところが難しい。 基礎的な練習を怠っているとレガートが弾けず、所々飛び跳ねてしまうから。 6小節まで共通しているのが左手の各拍頭がアクセントとなっていること。 また、これらの音は全て2指で弾くことになっている。 版では2指をこの拍頭のアクセント以外には使わないという徹底ぶり。 版、では2小節3,4拍ではCGCGを2515で取っている。 版では出だしのAsにもアクセントが付いており、結果2指には全てアクセントが付いている。 ナショナルエディションでは譜例の通りにしか書かれていないけど、2525で取るように読める。 そんなわけで、このアクセントの都合上、2小節の2拍目まではこれ以外の運指は推奨できない。 実際の鍵盤上での指の動きについてナショナルエディションに書き込んでいるのだけど、左手始めから2小節の2拍目までは4音で区切ったA,B2種類の音型で1オクターブ下がり、ABを繰り替えす構造になっている。 このA、Bの第2音と第3音の距離がAだと2度、Bだと3度となっている。 この違いを認識しながら弾くとあんまりミスタッチしなくなる。 2、4小節目後半のは回数をちゃんと数えるように。 5~8小節 1,3,5小節とそれぞれの出だしのG 7の音が1段階ずつ上がり、5小節目で出だし最高潮となる。 この、FGDFの和音を1245で掴むのは中々しんどい。 FGを1指だけで押さえてしまおうというのがの方針。 各版のアクセントの違いは右手だけ、両手とも、始めのAsもなのかという違いがある。 7~8小節の強弱も各版バラバラなので、僕の演奏法を紹介する。 版に書き込んでるのだけど、音が高くなったところにアクセントを付けてにしている。 従ってアクセントを付ける音は3音となる。 この部分、ではペダルを踏むということで示してある。 このアクセントを付ける3音は順番に強くしていく。 また、全体にわたってクレッシェンドするようにしている。 指使いは譜例のナショナルエディションに書いている通りなのだけど、このアクセントの部分は右手が5指、左手が1指になるようにしている。 指使いについて、1指が黒鍵に来るため不自然な指使いにならざるを得ない。 黒鍵はできるだけ手前を押す。 白鍵は黒鍵の隙間ではなくて前の黒鍵のない部分を押さえる。 従って手を手前に引きながら弾くことになる。 9小節 何となく、右手最初のCを力一杯叩いてる。 左手のパッセージは音階の上昇に合わせてクレッシェンド、下降に合わせてでクレッシェンドする。 1小節の中で1回、あるいは2回このように上下するタイプのパッセージは殆どがこのようになっている。 このクレッシェンド、デクレッシェンドの解釈について、クレッシェンドは音を強くすると同時に速度を速くし、デクレッシェンドはその逆というのがある。 そうやって演奏してみると確かにフィットする感がある。 あんまりやりすぎるとキモくなるけど。 10~12小節 10小節からオクターブで第2主題が入る。 オクターブは上の音を主張して弾いたほうがよい。 上段と下段の間に書かれている強弱記号は右手用のもの。 右手は高い音をフォルテで弾いた後、ピアノで低い音を弾く。 この2種類の音は別の声部と認識して弾くとよいかも知れない。 また、1音1音に強弱の設定があることを認識してしまうと意識することが膨大になり演奏するのが結構大変になる。 13~15小節 右手13小節4拍目はピアノだが、14小節頭のンドに向けてクレッシェンドする。 次いで14小節頭はンドと同時にテヌートとなっている。 オクターブで旋律を歌うのにテヌートということはペダルでそう聞こえるよう誤魔化すより他はない。 とは言っても、ペダルをべた踏みしてると音が濁ってダメダメになるのでべた踏みするのは14小節最後と15小節最初のみ。 後は優雅に薄いペダルで引き延ばすように弾く。 では上のAsを15小節にタイで繋げている。 15小節以降、更に激しくなる関係上、では14小節後半左手をクレッシェンドするようになっている。 20~24小節 2回目に登場の第2主題はsotto の指示がある。 「そっと囁くように」という意味。 1回目とは対照的に弱音で弾く。 ちなみに、sotto はナショナルエディションにしかない。 ナショナルエディション、はクレッシェンドした後に毎回ピアノと表記してあり、あまり音量は上がらない仕様となっている。 個人的には版を採用したい。 25~27小節 25から26小節にわたってクレッシェンドしていき、27小節の半ばで前半最後の山場となる。 、版ではクレッシェンドの範囲が不明だが、ナショナルエディションでは25小節半ばからクレッシェンドしていき、26小節最後でストレット、つまり緊張感を高めて段々速くした後、27小節頭でンドとなる。 その後もまだ左手がクレッシェンドする。 結局27小節半ばの左手最高音Gで最も盛り上がり、後は沈んでいく。 26小節のstrettoについて。 辞書上の意味では「緊張感を高めて、段々速く」となっているが、「段々速く」と捕えた場合これより先に速度を戻す指示が最後の最後まで存在しない。 この点を鑑みるにこのstrettoは「緊張感を高めて」だけの意味と捕えるか、あるいは「段々速く」はこのstrettoの部分のみと考えるべき。 最低限、27小節は元の速度で演奏する。 左手のアクセントについて、版にはベース音と上のB音にアクセントを書き込んでいるが、版はベース音だけにアクセントが付いており恐らくこれが推奨される演奏となる。 ナショナルエディションには何にも書いていない。 27小節の左手の一番高くなる音について、版では付点がついて溜めるように表記している。 山場に達して少し浸りたい気分の現れとも思えるが、版に「恐らくの演奏に一致させたものであろう。 」と注記してある。 27小節左手後半の2拍は拍頭にアクセントが付いているのだが、1つめのアクセントが右手に付いているものかどうか判別ができない。 左手についているんだと思うんだけど、どうなんだろ。 28小節 右手はBFDの和音として書かれているが、27小節の最後との繋がりを見るにBだけは主旋律の声部であり、FDとは別物として扱う。 左手は1234で半音下降を弾く。 手は割と奥の方に位置することになるが、そうなると黒鍵と白鍵での距離の違いが際立つ。 その上で均質な音を出すように努めなければならない。 左手の16分音符4つごとに上昇しながら下降していく動きはこの曲の出だしの左手を意識している。 この動きは29小節以降の中間部に引き継がれ、41小節で第1主題の再現に繋がる。 取り敢えずこれで前半部は終了。 次いで中間部に入る。 29小節 ここから中間部。 28小節の最後の消え入る感じに続いてピアニシモで入る人が多いが、フォルテが正しい。 ただし、後半の出だしである41小節のフォルテシモに向かって徐々に盛り上がっていかなければならない。 28小節から35小節までは第1音と第2音が離れており、インテンポで弾くのは不可能。 なので、中間部全体を通して情緒豊かに歌うようにして誤魔化すことが必須となる。 29~32小節目 左手の4音ごとの連なりは慣れないと上手く指が動かない。 逆に慣れすぎると指が勝手に動くのにまかせて漫然と脱力して弾いてたりする。 漫然と弾いていると打鍵のタイミングが酷く疎かになるので、気持ちよく演奏している分にはよいが聴いている人はあまりよい気分にはならない。 35~36小節 35~36小節は手元にある3冊とも強弱の表記がかなり異なっている。 ナショナルエディションは強弱の表記は一切ない。 版は34小節の2拍目に始まるクレッシェンドが37小節頭のフォルテシモまで続いている。 版では譜例の通り35小節フォルテシモで始まり35小節終わりでデクレッシェンドした後36小節ではクレッシェンドし、37小節頭で再びフォルテシモになる。 4拍目の4音。 版のペダルワークは既に人間業ではないが、ペダルを連打できる程度まで速度を落とすと考えると納得できる。 この4音は速度を落とすことに加えて、完全にペダルを離してしまうことにしている。 というのは、このあたりの音域ではフォルテで弾くとペダルを踏まなくてもダンパーが弦の振動に負けて弦を押さえきれず少し音が響いてしまうため、ペダルを踏む必要がない。 それに、37小節に向けて1音1音濁らせずにはっきりと聴かせたい。 37小節 左手4拍目、2313で取ろうとすると、3指が忙しいことになる。 漫然と弾いていると、変だなぁと思っても意識に残らずにスルーしてしまう。 41~44小節 ここから後半部に入る。 1小節目とは微妙に違う。 右手の音が1段階上がってより劇的になっていたり、フォルテシモになってたり、レガーティシモじゃなくなってたりする。 45~48小節 各社とも表現が違ってて、最早何が何だか。 :フォルテで始まる。 最初の音にスタッカートが付いている以外はスラーが付いているだけ。 スラーは次のように切ってある。 45小節の第2音~46小節最後 47小節1,2拍 47小節3,4拍 48小節 46小節のスラーの繋げ方が好かない。 版:譜例。 音量の指示はない。 第2音にアクセントがある以外47~48小節は版と同じ。 47小節2音目から47小節始めまでスラーが続き、次いで48小節始めまでアクセントの位置でスラーが切れるようになっている。 48小節は右手高くなる音にアクセントが付いている。 :全体的に版と似ている。 スラーは完全に版と一致している。 第1音にンドとスタッカートがあり、続く第2音からはフォルテシモとなっている。 45小節2泊目から47小節最初までスラーが続く。 46小節までは譜例と同様に拍を刻むようにして両手共にアクセントが付いている。 47小節は右手スラーの開始音にアクセントがある。 48小節は右手の高くなった音4箇所のアクセントがある。 47~48小節のアクセントは7~8小節ではペダル表示指定あるポイントとなる。 49~64小節 第2主題の再現となる。 基本的に左手は前半部と同じで右手を変奏させる。 この際、右手の打鍵のタイミングはあまり正確である必要はない。 一方左手は一定のリズムを保って弾く。 テンポを揺らさないということではなく、寧ろ小節内に於いてテンポは揺らすが各小節にかかる時間を一定に保つよう心がけて弾く。 変奏はちょ~っとずつ複雑になりつつ65小節の後半山場フォルテシモに向かってピアノとかを交えつつクレッシェンドする。 54~55小節 55小節頭のの弾き方は版に脚注で次のように示してある。 の録音と違うやん、っていうのは言いっこなしだ。 主旋律に当たる上のDだけ音符の位置で弾きそれよりしたは前打音としてを作る。 また、では54小節の一番上のAから55小節のAにタイで繋がっている。 版はこの部分、指使いの指定が酷いので参考にしない方がいいです。 65~68小節 この当りが後半部の山場。 66~68小節の左手は黒鍵と白鍵が半端に入り乱れて凄く弾きにくい。 各譜共に指使いを工夫し合ってるんだけど、結局版の指使いが最も弾きやすかった。 とはいえ、完璧にレガートで弾こうとするには人間離れした柔軟性と敏捷性を要求されるので、効果的にペダルを使って誤魔化すところ。 幸いにして弾きにくい部分はペダルを踏み始めてから間もない部分なので誤魔化しやすい。 69~80小節 そろそろコーダかな、という辺り。 68小節のデクレッシェンドをここのピアノまで引っ張ってきている。 最初にンドは右手にかかってくる。 ここから音量の細かい増減はあるが、次第に抑えられていく。 69小節のピアノで始まり、ではウナコルダで左のペダルを踏んで叩く元を減らし音を柔らかくする、75小節では消え入るようなスモルツァンド、77小節ではsoto 、78小節でピアニシモ、ではpoco rallentとちょっとゆっくりになる。 80小節はだけは左手がピアニシモで右手がピアノという指示になっている。 以上のように手を変え品を変え様々な表現で静かに静かにと指示が入っている。 81~84小節 最後。 まず、a tempoで80小節のpoco rallentをキャンセルする。 81小節のフォルテシモの位置が最初の譜と2音目の譜が存在する。 CDの演奏を聴くと圧倒的に2音目の方が多い。 多数決、とういうわけでもないが僕は2音目からフォルテシモとしている。 appassionatoは「情熱的に」という意味。 edはandと同じような意味、"ff ed appassionato"で「激強で情熱的」というような意味合いになる。 81~82小節はこれまでに2回出てきた似た音型のユとは音が違うことに注意。 どこがどう違うかしっかり頭に入れておくこと。 また、拍を示すアクセントが存在しない。 譜例に示した指使いで弾くと、右手3指で叩く音が鍵の位置的に弱くなりやすいので意識して強く叩くと音が均質になる。 ナショナルエディション:譜例。 スラーが付いていない、ということはノンレガートでも構わないということかな。 最後の4音は括弧付きで fff となっている。 には割と珍しいフォルテシシモ。 グランドピアノだとなるんだけど、最後の4音を力一杯叩くと予想外にデカイ音がでてびっくりすることがある。 最後の最後で羽目を外さないように。 :相変わらずご丁寧にペダルの指示がある。 あまり参考にしないが、最後の2小節だけはこの通りにペダルを踏む。 べた踏みです。 フォルテシモは81小節の最初にある。 a tempoではなく"Tempo"とだけ書いてある。 意味が通らない。 "Tempo I"とでも書いてくれればいいのに。 83小節は"ff pesante"となっている。 ペザンテは「重厚に」という意味。 :まぁいいや。 革命のは僕の中でもそれなりに歴史をもっている曲だから、こだわりというか注意すべき点を多く見いだしている。 それらを書き出していったところ結構な量となってしまった。 実際に演奏する際はこれらの注意点を逐一注意しているわけではなく、半分以上は日々の練習により的にクリアできるようになっている。 そこから漏れる注意点を演奏中「次はココがポイントだ」みたいに気をつけながら弾いている。 ときどき、演奏中に曲の背景とか、昨日見たアニメのこととかに思いを巡らせて感涙にむせびつつも演奏する、とか言う話を聞く。 あるいは、「何を考えながら演奏してますか?」とか訊かれたりする。 でも、演奏中に演奏以外のことを考えると往々にしてトチって止まったりする。 なので、そういった感傷的な部分は練習中にでも考えておいて、演奏中には演奏だけに集中するようにしている。 20100514 takami446.

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シューベルト 未完成

ス フォルツァ ンド の 残響

オーケストラにおける音楽監督はプログラミングから人選まで、全て権力を与えられている。 音楽監督という、指揮者最高の地位には、あらゆる特権、特に人事権が与えられる。 おっかな~~い、我侭な指揮者のもとでのオケの演奏する音楽が、果たして聴衆に満足と幸福を あたえるでしょうか? 最高の地位を得るからには、最高の人格者であることが不可欠です。 きっと良い監督になれた人は、きっと最高の人間になれた人なのでしょうね。 私達はえらくなんかならなくてもいいけど、人間を高めて行くように努力しようね。 (2004年 4月16日の日記より) フレージング[phrasing] 旋律をフレーズに分ける事。 あるいは旋律におけるフレーズの作り方。 通常スラーを使って表記される。 フレーズを作るのは、作曲家の仕事で演奏家にはフレーズを 変える自由はないが、実際には何種類かのフレージングが可能な場合がある。 一息ぶんのフシ、それが「ワン・フレーズ」です。 これが丁度一息で間に合えば問題無いけれど なが~~いフレーズの場合困りますよね。 そんな時、メンバーがたくさん居る場合は「カンニングブレス」 といってコッソリ交代で息継ぎするのです。 ソロの場合は非常に技術を要しますね。 我々は、そっと息を すっても大丈夫だけど、やたら何処でも吸って良いわけではないのよね。 ちゃんと息するところを決めて演奏しようね。 (2004年 4月 6日の日記より) ピッチ[pitch] 音の高さ、音波の振動数の大小によって決定され、振動数の大きい音は高く、小さい音は低くきこえる。 皆が基準にしているA(ラ)の音は絶対的にピッチの定まった振動数でなくてはいけない。 現在では440か442のどちらかが使われている。 殆どの場合今は442が多い。 ヨーロッパでは445とも446とも言われていて高いピッチを設定して、張りのある明快なサウンドを生み出している。 アメリカは440が多いそうです。 これに対しバッハ、ハイドンモーツアルト時代のオリジナル楽器やそのオーケストラは415や430といったきわめて低いピッチを基準にしています。 先日話音倶楽部で弾いてくださった竹内さんのバロックギターは半音低く合わせていました。 バロックマンドリンもそうでした。 だからとても落ちついた、ユッタリの感じがでていたでしょう? (2004年 5月12日の日記より) レクイエム[requiem] ラテン語 死者のためのミサ曲、ミサ典礼には1~11まであり、1)入祭唱、2)キリエ、3)グローリア、4)典礼聖歌、5)クレド、6)奉納唱、7)叙唱、8)サンクトゥス、9)主の祈り、10)アニュス・デイ、11)聖体拝領唱、があり、2、3、5、8、10はミサ通常文、 それ以外のものはミサ固有文とよばれる。 ゴシック以来、ミサ曲と通常文が一貫して作曲された。 冒頭の入祭唱が「休息のレクイエム」で開始するのでこの名称がある。 レクイエムでは通常文のうちグローリアとクレドが省かれ、固有文から続唱、奉納唱、 聖体拝領唱が歌われるのが普通であるが、特に固有文の続唱「神の怒りの日」は レクイエム中最大のクライマックスを築く事が多い。 ミサ曲を何度か聴きに行きましたが1時間ぐらいかかったり、難しかったりしますが、 良く勉強して行くととても感激しますね。 私は、本当に胸いっぱいになって感激した経験があります。 シュトゥッツカルド合唱団のバッハのロ短調ミサ曲でした。 (2004年 6月 4日の日記より) 休符[rest][Pause] お休みの記号。 リズムを作る上でとても重要な要素。 それぞれの記号は演奏しない時間 の長さをしめす。 ほかの音符と異なり長さだけを示していて、音量や表情というものはない。 フォルテやカンタービレの休符なんてない。 ジョン・ケージという人は、休符だけの曲を 書いたんだって。 どうやって演奏するのでしょうね。 でも、これは私の考え:休みでも息を止めてじっとして休む時、ゆっくり息を吸って休む時、 、瞬時に音を消す時、流れの中で音が消えるだけの時、そしてどんな気持で休むか、実際に 音はなくても、その音のない時間が音楽にならないと駄目だと思うのですね。 デモね・・・オーケストラなんかで何十小節も休みなんて言う時は大変ですよね。 ヤッパリ他の 人が弾いている時流れの中に入っていないと出られませんよね。 後は指揮者の顔をじっと見ていて 合図を待つ。 これが結構失敗するのです。 指揮者が合図してくれなかったりして・・・・ (2004年 5月20日の日記より) リズム[rhythm] メロディー、ハーモニー、とともに「音楽の3要素」です。 広い意味では、自然界の波の音 、鳥の声など、すべて時間のうちに作り出されるもの、運動するものの秩序と定義されるが、音楽に おいては継起的な音の現象の秩序をさす。 リズム様式は民族や時代によって違うが、定量リズム(メトロノーム)、 拍節リズム(2拍子・3拍子など)、自由リズムの3種に大別できる。 音楽リズムそのものは「学習」する事の反復で習得できるであろうが、いわゆるリズム感はその人の 持って生まれた運動的、動物的感覚に大きく左右されるところが大きい。 「騎馬民族」と「農耕民族」という文化的背景から生まれるリズム感の違いは決定的である。 一言で言い表すならば、アップ・ビートとダウン・ビートの違いで、馬に乗ることそのものがアップ・ビート の拍節感を伴う「動物運動」であるのに対して、くわで畑を耕すのはダウンビートである。 ブラジルのサンバやジャズにおけるスウィング感などは音符に書き表せない「血の流れ」のようなものが奥深く 強く存在するような気がする。 こんなこと書くと、半分あきらめの境地になってしまいそうだけど、私達は、現在農耕しているわけでもないし いろんな場面で身体を使ってリズムを感じるように努力し様よね。 包丁で野菜を切るとき。 歩いている時、自転車こいでる時、車運転してる時、何でもアップビートでやってみようよ。 ワインヤード型とは、席が舞台を取り巻く様子が段々になったぶどう畑に似ているから。 シューボックス型は靴の箱のような長方形であることから命名された。 日本ではサントリーホールがワインヤードの代表、秋に私達が使う白寿ホールが シューボックス型ですね。 シューボックス型は大きなホールになると後ろの席ではステージが見にくくなるし 音は良く溶け合うものの明瞭さにかけてしまう。 残響が豊富すぎて大編成には向かない。 この欠点を補って大勢の客に楽しんでもらえるのが、ワインヤード型なんだけど 音響の点で伝統的なシューボックスの名ホールにより勝る所はまだ無いそうです。 今日はちょっと音楽に直接関係無かったですね。 でも面白いでしょう? ワインヤード型は第ニ次世界大戦後、できるだけ沢山のお客様に、どの席でも音が良く、 聴いてもらえるように試されるようになったのだそうですよ。 間は多様な意味を持ち、動作や言葉、音楽などの時間的 経過におかれる意図的な休止のほか、床の間、茶の間などのように空間をさしたり、「間に合わせ」など 用件や目的を示したりする。 時間、空間、人間、という三つの言葉に共通する「間」の文字は、それを「ま」と読ませ、「あいだ」と 読ませることで、沈黙や休止や余白という以上の有機性と積極性を暗示しています。 それは時には「魔」 とも通じる。 人間の聴覚を通じては、完全なる沈黙は無いんだって! 耳の奥で鳴る高周波の音と心臓の音、けっして 消し去ることの出来ない音があるのです。 別にこんな屁理屈は如何でもいいのです。 私達は楽譜に書かれていない「間」を大事にしたいですね。 (2004年 9月 1日の日記より) ソナタ形式[sonata form] 主題の提示部(第1主題、第2主題)、展開部、主題の再現部という構造を持つ純器楽的な楽曲形式。 第1楽章にこのソナタ形式を持つ多楽章(主に3楽章)の器楽曲をソナタとよぶ。 形が決まっているから不自由なのではなくて、形が決まっているからこそ、その中で作家がどこまで自由に 自分の音楽をやっているかが分かる。 それが形式の本来の利点ですね。 ふんふんこれが第1主題か? ちょっと変な音楽だな・・・・ でも続く第2主題はきれいでわるくないな? で、これをどうやって展開させるのかな? う~~んなるほど。 でも少し長いな・・・ おっと聴いたようなメロディーが出てきたぞ!ということは再現部にはいったな。 じゃ~もう直ぐ終りだ。 うんやっぱり終った~。 なんて聴き方が出来ると訳わかんないよりは退屈しないかもしれないね。 (2004年 4月28日の日記より) ソット・ヴォーチェ[sotto voce](伊) 「低い声」と言う意味です。 勿論音の高さの低いではなく、「声をひそめて」「小声で」の意味を 持つイタリア語。 文字通り「そっと」弾く事です。 ショパンの「死者の館の雰囲気」、「雨だれの前奏曲」、ブラームスのくら~~いイメージのインテルメツォ。 こうしてみると、ソット ヴォーチェというのは、単に音の強弱でないことがわかるでしょう。 人が声をひそめてお喋りする時はどんな時だろう? 恋の告白、ここだけの噂話、エッチな話におばけの話、いずれにしてもあまりおおっぴらに話す事ではなさそう。 晴れておテント様の前で言えない話、秘めた思い、殆ど沈黙にちか~~い音楽。 [legato]は形容詞(過分)で:結ばれた、繋がれた、音の間をなめらかに 連続させて演奏する。 スタッカート=[staccare]が他動詞で:はがす、分離する、切り離す、 [staccato]は名詞:音を切ること、断音、スタッカート、音と音の間を切って演奏する事。 ピアノの演奏の本にこんな事が書いてありました。 レガートは、バケツリレーのようなものです。 同じ量の水を一滴もこぼさずに次の人に渡す。 渡すタイミングは時代や作曲家によって異なり、古典物では、次の音を弾く時に前の音を離せば 良いが、ロマン派のあぶらぎったレガートを弾く時は、音と音が半分ぐらい重なるようにすると ちょうど良いのだそうです。 スタッカートにも、色々な種類がある。 でもマンドリンの場合ピッキングで弾くと殆どが、 スタッカートに聞こえてしまうので、まずはきちんと音の長さ分伸ばす努力の方が大切ですね。 それから、半分の長さ、超短いスタッカート、レガートに近い切り方、など曲想にあった音を 探して行ってください。 これがとっても難しいのよね。 これらは主音を中心にサブドミナントは 5度下、ドミナントは5度上という、5度近親関係を形成する。 ハ長調だとドの5度下ということはファでしょう? だからファ・ラ・ドで下属和音・サブドミナント 5度上ということはソだからソ・シ・レということで属和音・ドミナントになるのよね。 私の小学校の頃は、この和音でお辞儀をしていました。 (2004年 4月 7日の日記より) テヌート[tenuto] 伊 ステヌート[sostenuto] 伊 リテヌート[ritenuto] 伊 テヌート[Tenuto] と ソステヌート[Sostenuto] と リテヌート[Ritenuto] の違いわかりますか? どれも音を保持して、充分伸ばして、と音楽辞典に書いてあります。 テヌート Tenuto は、テネーレ tenere が語源で「逃げないように引き止める、押さえておく」という意味があるそうです。 上から押さえるのだそうです。 ある一定の状態を保つという意味なんだそうです。 ソステヌート Sosutenuto は下から支えると言う意味の ソステネーレ sostenere から派生しているそうです。 後押しがあるとか、下から支えている言う意味だそうです。 リテヌート Retenuto ソステヌートのソスは「下から」を意味していました。 リテヌートの「リ」は強調を意味しているそうです。 だから「もっともっと、再び保つ」と言うことかしらね・・・ ということで強調するのでテンポは遅くなるかもしれませんが、決して「テンポを遅くしなさい」という意味ではないのだそうで~す。 (2008年 3月12日の日記より) ポルタメント[Portamento] 伊 優雅に、しなやかに音を上げ下げすること コーラスなどでは音から音に移る時 引きずってずり落ちたり、ずり上あがる様に歌うのはとってもいけないことですね。 ハーモニーを乱す原因になるからです。 でも器楽ではちゃんとした演奏法です。 音から音へなめらかに移ることです。 語源は「運ぶ、届ける」を意味する Portare から来ています。 ポルタメントは、声楽や弦楽器など音の間を自由に行き来できる楽器に使います。 ピアノなど平均律で出来ている楽器はグリッサンドになります。 ポルタメントには音を一つ一つ丁寧に運ぶという感じ、何かを落とさずに運ぶ緊張感をイメージ・・・・ ソステヌートに近い「下から上に支える」雰囲気があります。 移り変わりの間の音はどちらのタイミングに所属するか? これはあくまでも前の音の装飾音としてとらえ次の音のタイミングにはしっかりと次の音が出るようにしてください。 (2012年10月 1日の日記より) ペザンテ[Pezsante] 伊 Che aria pesante! 重苦しい雰囲気だね! 想像以上に物が重苦しくのしかかることをペザンテと言います。 ペザンテ「重々しく、重く、重苦しく」 グラーヴェ「荘重に、重々しく」 同じような雰囲気では違いがないように思いますが・・・・ 荷物が重い、体重が重いなどと単純に物理的に重いということを表すのはグラーヴェではありません。 これはペザンテです。 このようにペザンテとグラーヴェの「重さ」には大きな違いがあります。 グラーヴェの重さが深刻で立ち上がれないほどの意味に比べれば、ペザンテの重さはそれほどの事態ではありません。 関孝弘氏の解説によると(私がいろいろ参考にしている本の著作者です。 ) 人生にはいろいろ紆余曲折がありますが、あまりグラーヴェにとらえず、ペザンテぐらいの重さにとらえて前向きに進みましょう!人生は、アンダンテ!!ですよ。 その通りですね。。。。 (2012年10月 5日の日記より).

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