名古屋外国語大学 フランス語学科。 名古屋外国語大学/フランス語学科【スタディサプリ 進路】

外国語学部・フランス語学科

名古屋外国語大学 フランス語学科

フランスと英国の関係に目を向けてみましょう。 ノルマンディー公ロベールの庶子ウィリアムは、英国王から王位継承権を得ていましたが、王の死後 Wessex 伯 Harold が即位したので、1066年、約一万の軍を率いて英国に侵入、英国南部のヘイスティンクスの戦いに勝ち、英国王になりました。 これが有名なノルマン人の英国征服です。 この侵入軍が英国の地にもたらしたのはフランスの一方言、( ルマンディー方言)でした。 1215年にはフランス語が公用語として認められるほど、英国ではフランス語、英語の2言語が併用され,上流社会はフランス語を、中流・下流社会は英語を話されていました。 こうした約 300 年にわたるフランス語の支配は英語の各方面に大きな影響を及ぼしました。 これは語彙の面で最も著しく、 freedom-liverty などの多数の同義語を生んでいきます。 フランス語は ノルマン人の征服以前にも英語に入っていましたが、最も多く移入されたのはChaucer (チョーサー)の時代です。 文法上の影響は様々な見解があるものの、例えば、英語がドイツ語と違って名詞や形容詞の格変化を失ったのはフランス語の影響だといわれています。 その後 1731 年3月4日の法令で最後的に廃止されるまで、フランス語は法律用語として永らえました。 英語とフランス語には、綴り字が同じあるいは似ている語が、語源は同じでありながら別の意味 あるいは一部が共通の意味 になってしまっている言葉が多くあります。 これを faux amis (空似言葉)と呼びます。 少しだけ見てみましょう。 英仏両言語の大きな相違は、フランス語での所有詞は、所有される人やものの性・数と必ず一致しますが、英語ではこの一致が無いことでしょう。 ところが逆に3人称単数においては英語は所有者の性を his, her と 区別しますが、フランス語はこの区別がありません。 これは英語では所有詞は人称代名詞の属格だから、性を区別するのに対して、フランス語の所有詞はラテン語 を起源にもち、これには性・数の区別がなかったために、今のような形となったのです。 さらに複数の人称では、英語でも所有者の性の区別がなくなり、フランス語も同様に所有されるものと性の一致をしませんが、数の区別はします。 両言語について3人称を比較対照してみましょう。 [叙法]というものを説明しましょう。 私たちがことばを使う時、単なる事実を述べる場合もありますが、自らの気持ちを込めることができます。 「もっと若かったら何でもできただろうに」など現実とは違うことを言うこともできますし、初めて会う人のことを「親切な人だったらいいなあ」などと希望を込めて言うこともできます。 叙法とは、こうした話し手の気持ちの様々な変化に対応する動詞の変化のことをいいます。 直説法を含めた4つの叙法について触れておきましょう。 1.直説法: 事実をありのままに 客観的 に述べる叙法です。 2.命令法: 人に命令したり依頼したりする時に用いる叙法です。 3.条件法 :事実と異なる仮定的条件の結果として起こるはずの行為、状態を述べるとともに、推測、 語気の緩和などのニュアンスを表すこともあります。 4.接続法 :頭の中で考えられた行為、状態を 主観的 に述べます。 こういったことは日本語にも当てはまります。 次の用例を比較してみましょう。 1)時間があれば、あなたに会いに行きます。 2)時間があれば、あなたに会いに行くのに。 1)、2)はほとんど同じように見えますが、話している人の残念な気持ちが伝わってくるのは2)の方です。 1)では「時間があれば会いに行く」という単純な事実を述べるためだけに直接法が用いられているのに対して、2)では「会いに行きたいのにいけない」という気持ちを表現されています。 これをもしフランス語にするとしたら次のようになります。 例えば条件法現在は、事実と反すること「もし~だったら…なのに」の「…なのに」の部分に条件法現在が用いられているのです。 フランス語の条件法現在は、英語の仮定法過去に当たります。 次の文は両方とも、「今日お天気なら出かけるのに」という意味になります。 よく似た構造であることがわかるでしょう。 仏語 S'il faisait beau aujourd'hui, je partirais. 英語 If it were fine today, I would start. フランス語では、 Si+S(主語)+直説法、S+条件法現在 英語では、 IF+S+過去形、S+would+原形 になっています。

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沿革|法人概要|学校法人中西学園

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以来、同大学で教育研究活動に専心しています。 言語学やフランス文学はもとより、対照言語学、語彙意味論の専門家でもあります。 伊藤氏は教授就任以来、フランスやフランス語圏のさまざまな大学機関や学術機関との交流を促進し、名古屋外国語大学フランス語学科の活動発展に多大な貢献を果たしました。 伊藤氏のイニシアティブのもとで、フランス語圏の数多くの著名な大学教員、研究者、作家が近年、同大学に招へいされました。 他方、伊藤氏はアリアンス・フランセーズ愛知フランス協会と極めて強いつながりを保っています。 特にアンスティチュ・フランセ日本が主催し、同協会を通して名古屋市でも開催されるフランス文学とバンドデシネの祭典「読書の秋」をはじめ、さまざまな機会を通して、フランスやフランス語圏の作家の来日を実現させるべく、長年にわたって定期的に協力しています。 その継続的かつ献身的な活動のおかげで、名古屋外国語大学はこの地方でフランス語とフランス文化の普及を促進する、アリアンス・フランセーズ愛知フランス協会の特に重要なパートナーの一つになりました。 伊藤氏は日本フランス語学会の会員として、言語科学、言語学、フランス文学の研究に関する多数のシンポジウムやセミナーに参加しています。 さらに『名古屋外国語大学外国語学部紀要』や日本フランス語学会の『フランス語学研究』などの学術誌に多数の論文を発表し、日本の学会においてフランス語の知識の深化に貢献しています。 2017年発行の大学教科書『パザパ 話せて書けるフランス語入門』の共著者でもあります。 今般の叙勲は、フランコフォニーの価値観の擁護に対する熱意、フランス語とフランス文学に対する探究心、それらを惜しみなく日本に伝える寛容さを通して、伊藤氏が日仏関係の発展に果たした顕著な功績を顕彰するものです。

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愛知県の語学(英語)を学べる大学・短期大学(短大)一覧(18校)【スタディサプリ 進路】

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クラスは下記の通りです。 それぞれのシラバスも選択の参考にしてください。 A: 火曜1限 Baumert先生担当 B: 金曜2限 鶴巻先生担当 言語文化II中級の履修を希望する場合は、下記の手続きを行ってください。 なお当科目は文系の学生は必修です。 また、再履修の学生も同じ手続きを行う必要があります。 4月1日から4月7日の期間中に、 ogurisu. hitoshiアットj. mbox. nagoya-u. jp まで、下記のメールを送付してください(添付書類ではなく、メール本文の送信です:アドレスのアットは に置き換えてください)。 4月8日にクラス分けを本ページに記載します。 (担当者:小栗栖) 私事で恐縮ですが、この春をもって名古屋大学を離れることになりました。 7年の間、まことにお世話になりました。 元々メディアの世界しか知らなかった自分をフランス語科の先生方をはじめ研究科の皆様は暖かく迎え、ご指導下さいました。 授業を一緒に作ってくれた学生の皆さんにも心から感謝します。 着任した当時、自分がフランス語科のHPに記事を書くようになるとは夢想だにしませんでした。 ですから飯野和夫教授から「何か書かないか」とお誘いをいただいた時は大いに迷いました。 しかし、「何事もやらないよりやった方がいいだろう」と考え、拙文を載せていただくことにしました。 お読み下さった方、貴重な感想やご教示をいただきました方々に、この場を借りて深く御礼申し上げます。 連載の内容は「メディアとフランス」というタイトルでありながら、だんだん政治や社会一般のことに広がっていってしまい、忸怩たる思いがします。 しかし私は、メディアというものはそれだけで独立し、完結した領域であるというふうには考えていません。 政治、経済、文化、歴史などあらゆることが関わってくるのがメディアです。 メディアに関する勉強も同じことでしょう。 メディアコースの学生諸君には「世の中のことは全部はつながっているんだ。 だから幅の広い好奇心を持ちなさい」と繰り返し言っております。 そのように偉そうなことを言ってはおりますが、自分自身が書いてきたものを眺めると、何十年かメディアの世界で仕事をしてきて、また多少勉強もしたつもりだけれど、形になったものはこれだけかという気がします。 書家の篠田桃紅さんは「人生、やり尽くすことはできない。 いつもなにかを残している」と言っておられます。 篠田氏に比するのはおこがましい限りですが、その言葉に深い共感を禁じ得ません。 私はメディアの編集権や言論の自由というものは、最初から確立されたものとして存在している訳ではなく、日々の葛藤や格闘の中で彫琢されていくものだと考えています。 学生諸君と話していると、彼等が編集権や言論・取材の自由といったものをどこかからか、あたかも「配給」されたもののように感じているふしがあって、「そうじゃないんだよ」と言いたくなることもあります。 また私は、メディアに関してどんなに素晴らしい制度が作ったところで、それを動かしていくのは結局人間だとも考えています。 その意味でメディアに関係する人々(それはメディアに日々接している方々ももちろん含んでのことですが)の見識と力量が常に問われているのだと思います。 マックス・ウェーバーは「一国の政治は所詮、その国の国民の民度以上に出るものではない」と喝破しましたが、メディアについても同様のことが言えるのではないかと思います。 人生を長く生きてきて、人間と人間の間には絶望的なまでに深い川が流れているのかもしれないと思うことが増えました。 しかしそこにか細い橋を架けようという試みが、表現であったりメディアの仕事であったりするのかもしれません。 最後に贅言を申しました。 皆様のますますのご発展を心よりお祈り申し上げ、御礼の言葉とさせて頂きます。 現在、日本において放送関係の規制や電波監理の業務を担当している機関は、国の行政官庁である総務省である。 我々日本人は、総務省の前身である郵政省という役所があった時代から、放送関係の業務を行政官庁が担当することを当たり前のように考えてきたところがある。 しかし実は、行政官庁が規制・監理にあたるという放送行政のあり方は、世界の先進国の中では例外的なことと言ってよい。 世界の放送界に圧倒的な影響を与えてきたのはアメリカだが、米国において放送と通信に関する行政を担当しているのは連邦通信委員会(FCC)という組織であって、この委員会は一般の行政官庁とは異なる「独立行政委員会」と呼ばれる性格を有している。 FCCは放送免許の交付と更新を決定する「裁定権」だけでなく、放送と通信に関する規則を制定する「準立法権」をも有する、きわめて強力な機関だが、通常の行政官庁がそうした権限を行使している訳ではない。 今回のテーマは、フランスの放送規制・監理機関である視聴覚高等評議会(CSA)の性格についてだが、そのためにはまず、世界の放送における規制・監理機関のプロトタイプであるFCCについての説明から始めなければならない。 この法律は近代国家の統治機構の中でユニークな性格を持つ「独立行政委員会」という機関を誕生させた。 近代の国家は言うまでもなく立法、行政、司法という三権によって構成されている。 しかし、合議制の機関である独立行政委員会はそれら三つのいずれにも属さず、「第四の権力」と呼ばれることもある存在である。 この独立行政委員会は業務遂行の責任を、国民の代表である議会を通じ、国民に対し直接負っている点に特徴がある。 現在、アメリカの独立行政委員会には他にSEC(証券取引委員会)やITC(国際貿易委員会)などがあって、それぞれ活発な活動を展開しているが、FCCは独立行政委員会のはしりのような存在だった。 では、なぜ放送行政の分野で独立行政委員会という制度が設けられたのだろうか。 その理由は明らかだろう。 ひとつは、放送という政治的中立と公正が求められる分野の行政に、権力や政党が影響を与えたり圧力をかけたりすることを極力困難にしようというねらいからだった。 もうひとつは、放送や通信に関する行政には高度な専門性が要求されるから、専門知識を備えた専門の委員会を設け、そこに規制・監理業務を任せるのが適当だと考えられたからである。 FCCを構成しているのは5人の委員 コミッショナー である。 委員の人選にあたっては上院の厳しい審査が行われ、大統領は議会の審査を通過した委員の中から委員長を指名する。 アメリカの政治は民主・共和両党による二大政党制の下で動いているが、ここで興味深いのは委員5人のうち3人までは民主・共和どちらの政党に所属していてもよいとされていることである。 各委員がどの政党の党員であるかは、FCCのホームページの委員紹介欄にも明記されている。 我々日本人から見ると、独立行政委員会という制度は放送行政への政治の介入を困難にする趣旨で導入されたのに、委員が特定の政党に所属することが公認されているというのは理解しにくいことかもしれない。 しかしそもそも、FCCという組織は二大政党制というものを前提とした制度なのである。 「委員長や委員は社会全体のために奉仕すべきパブリック・サーバント(公僕)だが、そのことと委員が二大政党のどちらの政党に属しているかということとは何ら矛盾しない」と多くのアメリカ人は考えるのである。 そして現在、先進国の多くではFCCのあり方に倣うかたちで、三権から独立した放送や通信の規制機関が設けられている。 ちなみに日本にも独立行政委員会は存在している。 国家行政組織法第3条で定められた、「三条委員会」と呼ばれる機関がそれで、公正取引委員会、中央労働委員会などが代表的なものである。 しかし独立行政委員会の活動の影響力と権威はアメリカのそれに及ばないといっても過言ではないだろう。 1950年、日本では放送法、電波法、電波監理委員会設置法のいわゆる電波三法が制定されたが、その中のひとつ、電波監理委員会設置法によって設けられたのが電波監理委員会だった。 その頃、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって占領統治されており、電波監理委員会の設置はGHQの強い意向に基づくものだった。 当時の吉田内閣はGHQに対し、アメリカ型の独立行政委員会の導入は行政の責任の所在を曖昧にするものだと主張し、激しく抵抗したが、マッカーサー元帥は吉田首相に宛てて書簡を送り、日本側の反対を押し切った。 こうして生まれた電波監理委員会は、いわばFCCの日本版だった。 電波監理委員会は国会の同意を得て首相が任命した委員長と6人の委員によって構成された。 しかしこの電波監理委員会はサンフランシスコ平和条約によって日本が独立を回復するや、1952年に廃止され、放送行政は郵政省(当時)の所管へと移行した。 最初に述べたように、現在の日本のようなかたちで行政官庁が放送行政に直接関わる形態は、先進国においては例外なものとなっている。 その後、日本では「放送行政の面で独立行政委員会型の組織を復活すべきだ」という声は断続的に上がった。 2009年秋の政権交代の後、与党となった民主党からは「放送行政は行政官庁ではなく、独立行政委員会型の機関に委ねられるべきだ」という意見が出されたが、以後具体的な動きにはなっていない。 現在、日本では三条委員会の委員長など、「第四の権力」の中でも特に重要なポジションの人事を内閣が行う際には、国会の同意が条件となる場合がある。 いわゆる「国会同意人事」と呼ばれるものである。 NHK会長を任命する権限を持つNHKの経営委員も、国会の同意を得て初めて選任されることになっている。 NHKの経営委員が国会同意人事の対象となっているのは、国会を通して国民各層の意思を委員の選任に反映させよう、という意図からである。 しかし、国会による同意が形式的なものとなっているという批判は根強い。 国会同意人事とは言っても、委員長や委員の候補者を呼んで、その人物の考え方、識見を徹底的に問う、アメリカ上院のような審議はほとんど行われていない。 歴史に「もしも」は禁物だが、電波監理委員会が廃止された時、それと引き換えるかたちで、議会が経営委員の候補者の徹底的な審査を行うことを制度化すべきだった、と指摘する声もある。 ドゴール大統領の時代からずっと放送を独占していたORTF(フランス放送協会)は1974年、ジスカールデスタン大統領によって解体され、次の政権を担った社会党ミッテラン大統領は放送の民営化を進めた。 自由化に伴い、フランスでは自由化された放送を規制・監理する機関が設けられた。 いくつかの組織が生まれ、そして改組された後、1989年、視聴覚高等評議会(CSA)が誕生し、以後これが規制・監理機関として定着している。 2015年6月20日付の本欄で、「フランス語音楽割り当て制度」についての文章を書いたが、この制度に関する放送局への監視業務も視聴覚高等評議会が行っている。 創設された当時のCSAの委員の選出方法は独特で、大統領、上院議長、下院議長がそれぞれ3人の委員を指名し、委員長は大統領が指名することになっていた。 委員のこうした選任の仕方はフランス独特と言ってよいだろう。 フランスには法律が憲法に違反していないかなどを審議する憲法院(憲法評議会)という組織があるが、憲法院の裁判官もCSAの委員の場合とまったく同じように選任されているのである。 その後、CSAの委員の選出の仕方は修正され、委員の数は2人減って7人になり、また大統領が指名できるのは委員長1人だけとなった。 上下両院の議長による指名については、議会の文化委員会の議員の5分の3以上が選任に賛成することが求められるようになった。 これによって、委員の選任に野党の意向も反映されやすくなったとされている。 このように、フランスの放送規制・監理機関であるCSAについては、議会の監視機能が強化された。 しかし私の理解では、CSAはアメリカ型の独立行政委員会とはかなり性格を異にしている。 CSAは担当する業務の責任を、国民の代表である議会に対して一義的に負っている訳ではないからである。 とは言え、中央集権で「上から下へ」の性格が圧倒的に強かったフランスの行政において、こうした委員会が生まれ、今日まで定着してきたのは画期的なことだろう。 「放送や電波に国境はない」と言う。 もちろんその通りだ。 ただそれはニュースや番組などの情報が直ちに他の国に伝えられて、そこでも大きな影響を与えるということだけでなく、放送のあり方や仕組みも互いに影響しあったり反発したりするということなのである。 放送の歴史を紐解いていると、そうしたことに気がつくことが多々ある。

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