東西 線 発車 メロディー。 【地域】東西線が発車メロディーを導入−九段下駅は爆風スランプのあの曲 /東京

銀座線の駅ごとの「発車メロディ」の一覧!

東西 線 発車 メロディー

概要 [ ] 名称の通り、東京都心部を東西に貫く路線である。 路線はその西端のから東京都心部を横断し、さらに東方向へ進み、 - 間で渡る以東の浦安 - 西船橋間は内となる。 東西線は、(現:東京地下鉄株式会社)では初めての東京都外(そして以外)への路線となった。 また、東京メトロで唯一の千葉県内に延伸された路線である。 東京都外へは、後に・も内に路線が延びたが、有楽町線・副都心線唯一の都外・23区外の駅である埼玉県南端のはの管理駅であるため、都外・23区外に東京地下鉄管理駅を持つのは東西線が唯一である。 東京メトロ・都営地下鉄を合わせた東京の地下鉄の路線は東西線も含め13路線あり、そのうち東京23区外に路線が延びているのは東西線のほか前述した有楽町線・副都心線と都営地下鉄新宿線があるが、都外・23区外にある駅は有楽町線・副都心線は和光市駅、都営地下鉄新宿線は本八幡駅のみであり前者は東武東上線、後者は総武線(各駅停車)と京成本線との乗換駅であるため、都外・23区外に複数の駅や乗換路線がない単独駅があるのは東京の地下鉄全路線で東西線が唯一である。 西側で(JR東日本) 中野 - 間、東側でJR東日本 西船橋 - 間および 西船橋 - 間と直通運転を行っており、車両は3社とも20m級車両10両編成で統一されている。 なお、西船橋 - 津田沼間の直通運転は朝夕ラッシュ時のみに限定され、それ以外の区間は終日直通運転が行われている(詳細は「」の節を参照)。 東西線は以外のすべての路線との接続駅を持つ。 副都心線開業前は、全ての地下鉄路線と接続できた。 路線データ [ ]• 管轄(事業種別) : 東京地下鉄()• 路線距離() : 30. 8km• : 1067mm• 駅数 : 23駅(起終点駅含む)• 複線区間 : 全線• 電化区間 : 全線(直流1500V )• 地上区間 : 中野駅付近・南砂町 - 西船橋間 計13. 8km• 地下区間 : 中野 - 南砂町間(中野駅はJRと共用で地上にある)• 中野駅のすぐ東と南砂町駅 - 西葛西駅間(荒川鉄橋のすぐ西)に地下への入口がある。 : 速度制御式((デジタルCS-ATC ))• 方式 : IR 方式• 平均速度 : 快速49. : 快速43. 全線所要時分 : 快速42分35秒・普通49分55秒• 工場 : 地上区間 [ ] - 間の地上区間は、東西線の大きな特色をなしている。 地上区間を持つ日本国内の地下鉄路線はほかにも多数存在し、また近年の直通運転の拡大により地上区間の走行距離が地下区間よりも長くなる列車は珍しくなくなったが、自社線内だけで全線の半分弱を占める約14kmという長距離の地上区間を持つ地下鉄路線は東西線のみである。 東西線は元々のとしての役割を担って建設された。 東西線開業によって総武線沿線から都心への所要時間は大幅に短縮され、東西線沿線のみならず起点の西船橋以遠のJR線からの中・長距離通勤客の流入で大変混雑するようになっている。 さらに近年の線内利用者の増加に対応するため、以下の変化がもたらされた(各々の詳細については次章以降で詳述している)。 この地上区間を一部の駅にしか止まらない、快速運転の実施。 地下鉄路線では日本で初めて実現した優等列車である。 、、の新設。 途中駅が新設された路線は他の地下鉄にも存在するが、3駅も新設されたのは東西線のみである。 東西線西船橋開通の3年後にに乗り入れたJRと共に、千葉県北西部と東京都心を短絡する大動脈となり、競合するの最混雑区間が、 - 間から - 間に後退した。 そのほか、平均乗車距離の長さ、朝と昼のの差、利用客率の高さのいずれもが、東京メトロの路線ではトップクラスにある。 都心部を走る地下鉄でありながら、郊外へ延びる通勤路線の一つとしての側面もある。 が良い地上区間は軌道改良も行われており、現在では60kgのが採用されている。 これはJR線ではや主要幹線クラスに採用されるレールであり(一般的には50kgが主流)、大量高密度輸送と高速運転を支える要となっている。 地上区間の沿線風景 [ ] A線(西船橋方面行き)を基準とすると、を出た列車は35の勾配を上って地上に出て、左にカーブしながら一気に高架へ駆け上がる。 左右のやなどの建造物群を抜けると、という長いトラス橋を渡る。 なお、でを横断する路線は東西線とだけである。 橋の右隣(下流側)にはという歩道を備えた道路橋がかかる。 また橋を渡る最中、西船橋方面行き(A線)の列車の右手にはのを、中野方面行き(B線)の列車は、晴天時にはを見ることができる。 をくぐった後に橋を渡り終え、直線で進みとなる。 南砂町から西葛西までは東京地下鉄で最も駅間距離が長い区間 2. 7km である。 西葛西を出ると、途中に左カーブを挟みつつマンション群の中を直線で進み、変電所の脇を通ると最寄のとなる。 葛西駅は中央2線を通過線とするやのような構内を持ち、快速の通過待ちが行われている。 葛西を出ると、徐々に一軒家が目立ち始める中を直線で進み、左カーブのあと旧江戸川を鉄橋で越え、東京都から千葉県に入る。 右手(下流側)にはを、左手(上流側)には浦安橋とを見ることができる。 そのあと再び左にカーブしに入る。 浦安を出ると再び左カーブがあり、そのあと妙典手前まで長い直線となる。 この直線区間には途中とがあり、左カーブの後は2駅を見通すことができる。 列車は一軒家とマンションが混在する中を直線で進みに至る。 妙典は2面4線のホームとへの連絡線を持ち、葛西と同じく快速の通過待ちが行われている。 妙典を出ると深川検車区行徳分室への連絡線を乗り越え、B線との間隔が元に戻ると同時にを橋で渡り、とを越える。 そのあと勾配を下った後左にカーブしてとなる。 原木中山は葛西と同じ配線を持つ。 原木中山を出るとを乗り越えて右カーブとなり、林立するマンションや住宅地の中を抜け、迫ってくる総武本線の線路を左手に見ながら徐々に地平に降りてとなる。 沿革 [ ] 開業までの沿革 [ ] 現在の東西線の原型となる計画は、(大正6年)にに設置された「東京市内外交通調査委員会」の答申で示されたうちの一つで、「 - - - - 」としていた。 (大正9年)には東京鉄道 に特許が下付されたが、(大正12年)のの後に他の路線とともに工事未着手を理由に特許が抹消され、(大正14年)にに基づいてが特許を取得したもののこちらも建設には至らぬまま、(昭和16年)に発足したへと引き継がれた。 一方、東陽町 - 西船橋に相当する区間には、戦前にによる免許申請がなされ、(昭和2年)に交付されていた(起点の東陽町は「東平井」として記載、船橋市内は中山を経由)が、(昭和15年)に失効となった。 (昭和21年)1月よりでの復興計画案の一つとして地下鉄建設を計画。 12月にとして5路線を告示した。 このうちの 5号線が「 - - - - 」とされた。 その後、(昭和31年)のにおいて現在の路線と同じ「中野 - 高田馬場 - 飯田橋 - 大手町 - 茅場町 - 東陽町」となった。 (昭和37年)のにおいて、 東京5号線は「 中野方面より高田馬場、飯田橋、大手町、茅場町及び東陽町の各方面を経て船橋方面へ向かう路線」として示された。 (昭和39年)には、経由地を浦安・行徳とし、西船橋で総武線と接続するよう答申が改訂された。 その後1968年(昭和43年)のでは、西船橋以東について 方面に至る路線とされたが、1972年(昭和47年)のにて、終点が 勝田台に改められた。 このうち、中野 - 西船橋間は東西線として順次開業した。 西船橋 - 東葉勝田台間はとして開業している。 なお、東陽町・西船橋間の建設にあたり、(成田財特法)による補助金のかさ上げの適用を受けている。 年表 [ ]• (昭和39年)• :5号線を東西線と呼称決定。 :高田馬場 - 九段下間 4. 8km 開業。 営業運転開始。 (昭和41年)• :中野 - 高田馬場間 3. 9km ・九段下 - 竹橋間 1. 0km 開業。 :まで直通運転開始(当初は営団からの片乗り入れ)。 :竹橋 - 大手町間 1. 0km 開業。 国鉄が投入され相互直通運転開始。 :東陽町 - 西船橋間 15. 0km 起工式。 (昭和42年):大手町 - 東陽町間 5. 1km 開業。 (昭和44年)• :東陽町 - 西船橋間 15. 0km 開業(全線開業)、快速運転開始。 :中央本線への乗り入れ区間をまで延長、国鉄まで乗り入れ開始。 なお、1972年7月の総武快速線開業までは夏期臨時ダイヤ(いわゆる「房総夏ダイヤ」)期間中は乗り入れを中止していた。 (昭和46年):国鉄営業運転開始。 (昭和47年)4月8日:国鉄総武線津田沼駅まで相互直通運転(ラッシュ時限定)開始。 (昭和53年):葛西 - 南砂町間(当時西葛西駅は建設中)にあるに架かる上でに伴う突風(後にによるものと判明)を受け、通過中の中野行列車(5000系10両編成)3両が脱線(うち2両は転覆)。 20数名が負傷した()。 (昭和54年)10月1日:西葛西駅開業。 (昭和56年):南行徳駅開業。 (昭和62年)• :に伴い直通先が(JR東日本)となる。 :半蔵門線用のを05系投入まで暫定的に運用開始。 (昭和63年)• :乗り入れ車両による冷房車を運用開始。 :営業運転開始。 (平成元年):千代田線直通用国鉄が転属。 (平成3年)• :05系第14編成を使用したワイドドア車両を運用開始。 :JR東日本に合わせたダイヤ改正で、最後まで一部で7両編成を組んでいたJR東日本からの乗り入れ車をすべて10両編成に組み替え。 これにより全列車の10両編成化が完了する。 (平成7年):のため午前の営業運転を休止、午後から再開。 (平成8年)• 3月16日:JR総武本線津田沼駅乗り入れが平日のみになる。 :(西船橋 - 間)が開業し、営団との相互直通運転開始。 東葉高速営業運転開始。 (平成11年):前々日のダイヤ改正により、が運行を開始。 (平成12年)• :下妙典信号所を昇格して妙典駅開業。 :05系8次車(新05系)車両営業運転開始。 (平成15年)• :JR東日本営業運転開始。 同月中に103系1000・1200番台の運用が終了。 :JR東日本301系の運用が終了し、翌日からJR東日本からの直通運用を担当する車両がすべてE231系になる。 (平成16年)• 4月1日:帝都高速度交通営団の民営化による東京地下鉄(東京メトロ)発足で、営団地下鉄東西線から東京メトロ東西線になる。 :東葉高速が営業運転開始。 (平成18年)• :有楽町線から転属したが営業運転開始。 :平日朝ラッシュ時、中野方面行の全電車10号車(先頭車両)にを導入。 JR総武線・東葉高速線からの直通列車も始発駅(津田沼駅・)から対象。 中央線内となる中野以西(中野 - 三鷹間)では設定はない。 :女性専用車の運行区間を西船橋(妙典始発を含む) - 大手町間に縮小。 :東葉高速1000形が同2000系に完全に置き換えられた。 (平成19年)• :5000系の営業運転を終了。 :保安装置システムを新CS-ATC(デジタルCS-ATC)に更新。 (平成21年):午前4時10分頃、東陽町駅に留置されていた営業用電車(05系第1編成)に保線用の車両が正面衝突し、走行不能になる。 そのため、高田馬場 - 葛西間で始発から区間運休となり、全線で運転を再開するまで約5時間を要した。 この事故は朝の通勤・通学ラッシュを直撃し、約29万人の足に影響が出た。 この事故の影響を重く見たは東京地下鉄に対して早期の原因究明と再発防止を求める警告文書を発出した。 (平成22年):営業運転開始。 (平成23年)• :同月11日に発生したによる発電所の停止に伴う電力供給逼迫のため、がを実施。 これに伴い、この日からJR中央線・JR総武線・東葉高速線との相互直通運転および快速・通勤快速・東葉快速の運転が休止される。 この日は震災後初めての平日であり、通常より運行本数も少なかったため、ラッシュ時は過去最高の混雑率を記録した。 :JR中央線・JR総武線・東葉高速線との相互直通運転および快速・通勤快速の運転が平日の朝・夕ラッシュ時のみ再開される。 :土休日のダイヤが平常に戻り、快速運転が全面的に再開される。 :平日のダイヤが平常に戻り、快速運転が全面的に再開される。 ただし、駅構内および車内の一部消灯は継続される。 (平成27年) - :各駅にを導入。 運行形態 [ ] 直通運転 [ ] 以下の路線と相互を行っている。 JR東日本:: - 間(深夜を除く終日)、 - 間(平日の朝夕ラッシュ時のみ)• 東葉高速鉄道::西船橋駅 - 間 本節の解説では区間の区別のため中野駅 - 三鷹駅間を「中央線」、西船橋駅 - 津田沼駅間を「総武線」と記述する。 の末尾アルファベットは東京地下鉄保有車両が「S」、JR東日本保有車両が「K」、東葉高速鉄道保有車両は「T」となっている。 ただし、搭載している保安装置の関係上、JR東日本保有車両は東葉高速線、東葉高速鉄道保有車両はJR線への乗り入れを行うことができない。 そのため、三鷹駅-東葉勝田台駅を直通する列車はメトロ車に限定される。 また、(平成28年)改正ダイヤでは、東京地下鉄保有車両の7本が東葉高速線内で、東葉高速鉄道保有車両の3本が東京地下鉄線内でそれぞれ運用終了・となる「外泊運用」が組まれている。 平日のラッシュ時は総武線 - 東西線 - 中央線(津田沼駅 - 東西線経由 - 三鷹駅間)という運行も行われる。 東西線経由の方が距離が短い。 なお、両端の駅から同一会社の、それも同一の運転系統との直通という例は極めて稀である。 この経路によるの設定もある。 東京メトロ車については、中央・総武線、東葉高速線ともに直通可能だが、総武線津田沼駅から中野駅または中央線三鷹駅まで直通してきた列車が折り返し東葉高速線東葉勝田台行となる運用もあり、またその逆で東葉勝田台駅・八千代緑が丘駅発の列車が折り返し津田沼行となる運用も存在する。 総武線 - 東西線 - 総武線の順で再び総武線に戻る運用もある(東京メトロ車両の35S運用は東陽町出庫で朝ラッシュ時の総武線津田沼駅折り返しの後、三鷹車両センターで留置のち、夕方ラッシュ時に再び津田沼駅に乗り入れる)。 平日の朝夕の直通のみ津田沼発三鷹行きと三鷹発津田沼行きには中央・総武線御茶ノ水経由と東西線経由の列車がある。 列車種別 [ ] 東西線では以下の種別の列車が運転されている。 停車駅は「」を参照。 快速 [ ] 日本では架線集電のとして初のである。 東西線はJR東日本(当時は旧国鉄)中央・総武線(各駅停車)の混雑緩和を目的に建設され、乗客の移行を促すために地上区間である - 西船橋駅間の途中駅(通過駅のうち南砂町駅は地下駅)を通過する 快速を登場させた。 東陽町駅 - 西船橋駅間で速達運転を行い、中野駅 - 東陽町駅間は各駅に停車する。 また、する路線内では各駅に停車する。 全列車が運行区間に東西線全区間を含んでおり、東西線の途中駅で折り返す快速列車は設定されていない。 また、西船橋駅発着の列車も数少ない。 日中は中野駅 - 東葉勝田台駅間で1時間に4本(15分間隔)で運転されている。 このため、この時間帯の運用は東京メトロ車と東葉高速車に限られる。 また、日中の時間帯の東葉高速線はすべて快速となっているため、東葉高速線内の各駅から東西線の快速通過駅を利用する場合は、西船橋駅または浦安駅で各駅停車に乗り換える必要がある。 また、平日朝・夕方以降については東西線内のみ運転の快速や中央・総武線(各駅停車)直通の三鷹駅・津田沼駅発着の快速も運転されており、この場合はJR車も運用されている。 土休日は東葉高速線区間 - 中央線区間にのみ乗り入れる(総武線区間には乗り入れず、西船橋駅 - 三鷹駅間の設定もない)ため、JR車の三鷹駅直通運用はなく、東京メトロ車のみ三鷹駅まで直通する。 なお、平日夕方と土休日朝において西船橋駅 - 中野駅間のJR車運用が少ないながら設定されている。 津田沼直通運転時間帯は通勤快速と共に津田沼直通列車が優先される。 基本的に昼間帯は葛西駅で先を走る各駅停車を追い抜くが、朝、夕の一部は原木中山駅・妙典駅でも追い抜きを行っている。 かつては各駅停車の追い抜きは最高で2本までだったが、2017年3月の改正で中野発津田沼行の1本のみ、葛西駅・妙典駅・原木中山駅の3駅で各駅停車を追い抜く快速が設定された。 列車種別は基本的に赤色で表記される。 1969年に東西線で快速列車が導入された際には、停車パターンによって以下の3種類の呼称で区別された。 ただし、これは内部の呼称とされ、公式には用いられていなかった。 A快速:東陽町駅 - 間ノンストップの快速(1975年より旅客案内上では「浦安通過の快速」)。 1969年運用開始、1996年終了。 B快速:上記区間でにのみ停車する快速(同「浦安停車の快速」)。 1975年運用開始。 C快速:上記区間で、東陽町駅 - 浦安駅間は各駅に停車し、浦安駅 - 西船橋駅間ノンストップの快速。 1986年運用開始。 1996年のダイヤ改正でA快速が廃止され、B快速が「快速」、C快速が「通勤快速」として正式に列車種別を分離した。 運行の変遷 [ ]• (昭和44年)の東陽町駅 - 西船橋駅間開業と同時に登場。 当初は東陽町駅 - 西船橋駅間の途中駅はすべて通過だった(これは当時通過駅の周辺が農漁村地帯で人口が少なく、集客が見込めなかったためである)。 (昭和50年)より、平日の日中と休日についてにも停車させるようになった。 (昭和61年)のダイヤ改正で浦安駅 - 中野駅間の各駅に停車する快速列車を設定。 これは「 C快速」と称される。 東陽町駅 - 西船橋駅間ノンストップの快速は「 A快速」(平日ラッシュ時のみの運転)、その通過駅のうち浦安駅に停車する快速は「 B快速」と呼ばれていた。 (平成8年)• :ダイヤ改正によりすべての快速が浦安駅に停車するようになり、東陽町駅 - 西船橋駅間ノンストップのA快速は消滅した。 同時に浦安駅 - 中野駅間の各駅に停車するC快速に「 通勤快速」の名称を与え、東陽町駅・浦安駅・西船橋駅の順に停車するB快速は「 快速」として列車種別を分離する。 ただし、種別分離後も通勤快速は平日朝ラッシュ時の片道のみの運転を現在に至るまで踏襲している。 1996年(平成8年):の開通により 、昼間時間帯の運転区間が中野駅 - 間になる。 (平成11年):東葉高速線内まで快速運転する列車として「 」の運行を開始。 (平成17年):ダイヤ改正により平日・土曜・休日ともに快速の運転時間が拡大し、平日については西船橋方面は24時00分発が最終の快速になった(それまでは東陽町駅21時42分発が最終の快速であった)。 また、平日の朝方に通勤快速を2本増発した。 (平成19年):平日朝の最混雑時間帯(約30分間)で中野方面の快速が通勤快速に変更された。 (平成21年)3月16日:平日朝の西船橋発6時 - 9時10分発までの中野方面行きのすべての速達列車が通勤快速となった。 (平成26年):東葉快速が廃止された。 通勤快速 [ ] 平日朝西行(中野方面)のみの運転で、西船橋駅 - 浦安駅間で速達運転を行い、浦安駅 - 中野駅間は各駅に停車する。 また、直通運転する路線内では各駅に停車する。 快速と同様に全列車が運行区間に東西線全区間を含んでおり、東西線の途中駅で折り返す列車は設定されていない。 1986年(昭和61年)11月1日に快速の停車パターンの一つ(浦安駅から各駅に停車の快速)として登場したが、1996年(平成8年)3月16日より 通勤快速という名称になる。 C快速時代には専用の種別幕はなく、始発駅から南行徳駅を通過するまで快速、南行徳駅 - 浦安駅間を走行中に各駅停車(種別無表示)に変更していた。 前述の通り、2007年以降はダイヤ改正の度に運転時間帯が拡大しており、2007年3月19日から平日朝の最混雑時間帯に運行されていた快速がすべて通勤快速に変更され、2009年3月16日からは西船橋発朝6時半 - 9時までのすべての速達列車が通勤快速となった。 中野方面行き快速と同様、通過駅がなくなる - 中野駅間では車両の表示はE231系と07系以外の車両は浦安駅到着時点で各駅停車表示となる。 車両や駅によっては「通快」と略して表示される。 「通勤快速」を英語で表記する際、その表現方法は統一されておらず、" Commuter Rapid"、" Commutation Rapid"、" Rapid Commuter"、" Com. Rapid"、と車両や駅ごとに異なる。 使用色も統一されていない。 各駅停車 [ ] 一部の時間帯をのぞき、快速1本(朝のみ2本・通快含む)に対して2本であり、朝と夕方は3 - 5分間隔、日中は約5 - 8分間隔で運行されている。 日中は1時間に8本のうち4本がに乗り入れて三鷹駅 - 西船橋駅間で運転、残りの4本が中野駅 - 西船橋駅間での運転となる。 ラッシュ時には東葉高速線や総武線津田沼駅発着の列車も運行されるほか、九段下駅(着のみ)・東陽町駅・浦安駅(2019年3月18日以降発のみ新設)・妙典駅発着の列車もある。 日中は快速に抜かれない列車もある反面、夕方に1本、葛西と原木中山の2駅で快速に抜かれる列車もある。 該当列車はA1899S(中野発東葉勝田台行き)である。 東葉快速(廃止) [ ] 詳細は「」を参照 東西線だけでなく、東葉高速線でも速達運転を行う種別で、東陽町駅 - 東葉勝田台駅間で速達運転を行っていた。 東西線内の停車駅は快速と同じ。 廃止時点では平日の夕方に東葉勝田台行きのみ運行されていた。 車両や駅によっては「東快」と略して表示されていた。 使用色、英語表示 TOYO Rapid、 TOYO RAP. も車両や駅ごとに異なっていた。 (平成26年)のダイヤ改正で廃止され快速に変更された。 日中の運行パターン [ ] 日中の各区間の1時間あたりの運行本数は下表のとおりである。 平日午前6時57分以降にを発車する列車ならびに途中の始発を含めて、進行方向最前部車両である10号車が女性専用車となる。 小児または、体の不自由な乗客とその介護者については性別を問わず乗車可能である。 非常時やダイヤが大幅に乱れた場合などには女性専用車の実施を中止する。 設定区間について [ ] 設定当初は、終着の中野駅まで女性専用車が設定されていたが、大手町駅での流動が影響したこともあり、導入してわずか1週間強にあたるに設定区間を大手町駅までに短縮した。 女性専用車が導入されている東京メトロの他路線においても、いわゆると同様のケースが生じているが、設定内容の変更などの対策は行われていない。 通常の閉塞信号でも進行現示 G することがない信号機が多数存在した。 減速信号は地上区間を中心に採用されていた。 列車通過後の信号現示変化で、YG現示などが連続して表示される信号機もあった。 東京地下鉄では日比谷線もこの方式であったが、両線とも現在車内信号式 に変更されている。 ATC更新工事により、05系のうち車内信号非対応で登場した車両には改造工事が行われた。 またとは共に老朽化が進んでいることから新ATC対応化はせずに、東葉1000形はに、5000系も翌にそれぞれ全車両が引退した。 さらに2006年11月より有楽町線から転属している4編成にも、東西線の保安装置への改造が行われている。 2006年10月中旬から2007年2月中旬頃までの終電後の夜間に、信号システム更新のための試運転が行われた。 これにより首都圏で現在車内信号式を採用していない地下鉄は、のみとなった。 直通先の東葉高速線はWS-ATCを使用しており、直通車はWS-ATCが搭載されている。 さらに東陽町 - 西船橋間の各停車駅では停車予告音が採用されており、ブレーキを掛けても停車するまで連続して鳴る。 東京メトロで停車予告音を使用しているのはこの区間のみである。 車両 [ ] 自社車両 [ ]• 現在、列車番号末尾アルファベットの「 S」が東京メトロ車両、「 T」が東葉高速車両、「 K」がJR車両となっている。 列車番号は『MY LINE 東京時刻表』(交通新聞社)などにより確認ができる。 快速・通勤快速はRのアルファベットが付与されているが(例えば東京メトロ車両による快速列車の場合SRという表示になる)、JR線へ直通する列車には(津田沼駅・三鷹駅発着問わず)Rのアルファベットは付与されていない。 利用状況 [ ] 2017年度の1日平均輸送人員は 1,450,000人であり、では最も輸送人員が多い。 平日朝ラッシュ時中野方面の混雑は日本国内でワーストクラスとなっており、慢性的遅延が発生している。 混雑率 [ ] 部分開業状態であったには、が「相変らずガラ空き 都心乗入れの地下鉄東西線」という見出しを掲載する時代もあったが、に路線が延伸すると混雑率の上昇は顕著となった。 2010年代においてもなお、東西線の朝ラッシュ時混雑率は、JR・私鉄も含めたの鉄道路線でもワーストクラスである。 2017年より東京地下鉄公式サイトで公開された「朝ラッシュ時間帯の混雑状況について」では、木場駅を7:50 - 8:10頃に発車する列車が最も混雑する。 車両中央部にあたる4号車と5号車は、他の車両と比較すると空いている。 1981年度から朝ラッシュ時のB線は毎時27本の高頻度運転がなされているが、これ以上の輸送力増強は困難である。 しかし、その後は輸送人員と混雑率が20年以上にわたって横ばい傾向となり、1999年度以降はで最も混雑する路線となった。 快速通過駅であるとは他路線と接続しない単独駅でありながら1日平均乗降人員が10万人を越えており、朝ラッシュ時に限り運転される通勤快速は、これらの駅にも停車することで混雑の平準化を図っている。 2007年度の一日平均通過人員は、門前仲町 - 木場間が655,312人で最も多く、茅場町 - 門前仲町間が655,307人でこれに匹敵する。 東京メトロ全線で一日平均通過人員が60万人を超える区間を有する路線は、当路線のみである。 これらの区間をピークに、両端の区間に進むに連れて通過人員が減少する。 西船橋方面は緩やかに減少し、千葉県との県境を跨ぐ葛西 - 浦安間が401,499人、原木中山 - 西船橋間が272,588人である。 一方、中野方面は日本橋 - 茅場町間が624,603人であるが大手町 - 日本橋間が518,132人、竹橋 - 大手町間が395,616人であり、竹橋 - 茅場町間で20万人以上通過人員が減少する。 その後は緩やかに減少し、高田馬場 - 早稲田間が300,010人であるが落合 - 高田馬場間が148,320人と半分程度まで減少し、中野 - 落合間が132,742人で最も少ない。 近年の輸送実績を下表に記す。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。 この結果、各停への乗客の集中が緩和され、混雑の平準化が図られた。 なお、対象の時間帯は元々ほとんどが通勤快速で、快速は1本のみであった。 なお、同じくラッシュ時の混雑で遅延が常態化していたでも「急行」( - 間の途中停車駅はのみ)を「準急」(二子玉川以東各駅停車)に変更するダイヤ改正が2007年4月に行われたが、こちらは優等列車(急行)の混雑が激しかったものを平準化するためであり、東西線とは逆の理由である。 東西線・田園都市線ともダイヤ改正が功を奏して各列車の混雑率が平準化されたため、両者とも翌3月に再びダイヤ改正を行い、東西線の通勤快速および田園都市線の準急の運行時間帯が拡大された。 さらに東西線では3月のダイヤ改正で通勤快速の運転時間帯がさらに拡大し、朝の時間帯の中野方面行きの優等列車はすべて通勤快速に統一された。 混雑緩和キャンペーン [ ] 東西線では、混雑緩和・時差通勤を促進するため、以下のようなキャンペーンが実施されてきた。 実施期間が冬期に限られていたのは、乗客が厚着することにより、ドア挟みの発生や乗降に時間が掛かりやすく、夏期に比べ遅延することが多いからである(いわゆる「着ぶくれ」)。 12月10日から2008年2月29日までの平日には「東西線 早起き通勤キャンペーン」が実施された。 対象区間は東陽町 - 浦安間で、期間中の朝の指定時間帯内に同区間を含むまたは通勤定期券(通学定期券は対象外)で対象区間内の駅に置かれた専用端末にタッチすると、1日1回の「早起き通勤回数」がカウントされ、20回以上の利用者に先着で1000円分、40回以上で2000円分が贈られるというものである。 このキャンペーンは続編として通勤定期券だけでなく通学定期券も対象とした「東西線早起きキャンペーン」として12月1日から2009年2月27日までの平日にも実施された。 この年から対象が原木中山 - 門前仲町間のいずれかの駅からの乗車で南砂町 - 茅場町間のいずれかを含むPASMOまたはSuica定期券となり、時間帯によってカウントされる早起き通勤回数が変わる(前半30分は3カウント、後半30分は1カウント)ように、賞品が贈られるカウント数が50以上に変更され、賞品も通勤者向きにTokyo Metro To Me CARDのメトロポイント、通学者向きにオリジナルグッズが追加された。 12月1日から2010年2月26日までの平日にも同様のキャンペーンが実施された。 このキャンペーンでは、通勤者向けの賞品がTokyo Metro To Me CARDのメトロポイントと三菱UFJニコスギフトカード、通学者向けの賞品が文具セットとなった。 また、50カウント未満でも20カウント以上を記録した利用者すべてに粗品がプレゼントされるようになった。 12月1日から2011年2月28日までの平日にも同様のキャンペーンが実施されるが、実施区間が西船橋 - 門前仲町間に拡大され、JRやJRから東西線へ乗り換える乗客も参加しやすくなった。 「東西線早起きキャンペーン」は以後も実施されており、2013年度から実施区間に東葉高速線が追加され、定期券以外の交通系ICカードでも参加可能になり 、2015年には初めて4月から7月までの期間にも実施された。 2017年9月25日からは土休日・年末年始をのぞく通年実施となっている。 ワイドドア車両の投入 [ ] 営団時代の1991年にを導入したが、5編成の投入に留まった。 東京メトロは2009年度の事業計画の中で、東西線の混雑緩和策としてオールワイドドア車10両編成のを導入し、ラッシュ時間帯の列車に割り当てる方針を明らかにした。 15000系は2010年から投入が開始され、同年5月7日から営業運転を開始した。 そして、2011年度までに13編成130両が投入された。 なお、同様に混雑が常態化していた東急田園都市線ではこれに先んじて対策を打ち、2009年4月から朝ラッシュ時の急行・準急に使用されるの6ドア車を10両編成中2両から3両に増加させたが、東急の6ドア車はホームドア設置のため2017年に廃止されている。 さらなる混雑緩和策 [ ] 東京メトロは2011年度事業計画の中で、上述のワイドドア車両再投入を含め、本格的に混雑緩和を行うため、ホームの拡幅や延伸、新たな線路やホームを増設することを明らかにした。 具体的な計画は以下のものがあげられている。 2012年度に門前仲町駅のホーム拡幅、度にのホーム延伸およびエスカレーターや階段の増設を行う。 列車増発を可能にし、混雑率を緩和するため、のホーム・線路を増設し、2面3線の構造に改良する。 これにより、後続列車が駅手前で待たずに交互発着できるようになる。 その後、12月2日のダイヤ改正で終電の運転区間を延長し、最終の東陽町行が妙典行に変更となった。 2015年度事業計画の中で、前記の計画に加え度を目途にのを改良し、B線の九段下止まりの列車をA線へ折り返す際にB線と平面交差せずに折り返しできるよう工事を行うことを明らかにした。 また、東京メトロが2016年3月28日に発表した、2016年度から2018年度までの3年間の中期経営計画『東京メトロプラン2018〜「安心の提供」と「成長への挑戦」〜』の中では、増発目的で2016年度にワイドドア車両が3編成増備されることが発表された。 15000系増備車は2017年に導入されている。 2020年2月、東京メトロでは茅場町駅のホーム延伸など大規模改良に総額約1200億円を使った輸送改善プロジェクトやオフピーク通勤通学の推進に取り組んでいる事などが伝えられている。 駅一覧 [ ]• 駅番号はA線方向(中野から西船橋の方向)に増加。 普通(各駅停車)はすべての駅に停車するため省略する。 駅番号 駅名 駅間キロ 累計キロ 通勤快速 快速 接続路線・備考 地上/地下 所在地 T-01 - 0. 0 2. 9 3. 7 5. 2 6. 2 8. 7 8. 0 9. 0 10. 8 11. 5 12. 8 13. 1 14. 9 15. 2 17. 7 19. 2 20. 9 22. 2 24. 5 25. 3 26. 1 28. 9 30. なお、JRの車両の停車駅案内には大手町駅とJR東京駅との乗り換えは記載されていない。 改札内乗り継ぎが可能な駅は()・()・大手町駅()、九段下駅(半蔵門線、都営新宿線)の4駅である。 中野駅は他社接続の共同使用駅で、東日本旅客鉄道の管轄駅である。 改札内乗り換えが可能である。 西船橋駅は他社接続の共同使用駅で、東京地下鉄の管轄駅である。 発車メロディ [ ] 2015年5月から6月にかけて、従来のブザーに代わり作曲・編曲の(発車サイン音)を導入した(JR管轄の中野駅を除く)。 九段下駅ではの「」、日本橋駅では「」、それ以外の各駅では、A線(西船橋方面)で「A Day in the METRO」、B線(中野方面)で「Beyond the Metropolis」(いずれもオリジナル曲)を使用している。 各駅のメロディは全て異なり、原曲をもつ九段下駅・日本橋駅を含め、進行方向につなぐと1つの曲になるように制作されている。 また、これに合わせてより、実際に使用されているメロディのオリジナル音源や、ら国内のトップミュージシャンの演奏によるアレンジバージョンなどが収録された『』が同年に発売されている。 なお、これとは別にから、放送装置が更新された車両より順次、制作のの使用を開始している。 曲はA線が「スカイブルー」(作曲)、B線は「アゲハ蝶のワルツ」(作曲)である。 その他 [ ]• 営団地下鉄時代に車内に掲出していた路線図(メトロネットワーク)では、東西線は中央部を貫くように一直線で描かれていた。 東京地下鉄となってからの自社車両では使われていないが、東葉高速鉄道の車両ではほぼ営団当時のものと同様の路線図(末端の西船橋駅からさらに東葉勝田台駅まで直線で延長したもの、かつ営団から東京地下鉄に改組後に開業した路線()や直通運転先()などを含めたもの)を掲出している。 車体帯のブルーは東義胤運転部・車両部分掌理事(当時)の指示によりの「」の色から取られたという。 そのため、当時の営団内ではラインカラーは「ハイライトブルー」と呼ばれていた。 南砂町駅 - 間にあるは1,236mあり、日本の鉄道橋の長さでは上位に位置している。 これは隣接している2つの川(・)を1つので渡るためである。 両端は河川上ではないがトラスが続いている。 かつて、東西線はと直通運転をする計画があった。 上記の「」の節と「」も参照。 かつて、からへの相互直通運転が東西線建設前に検討されたこともあったが 、実現しなかった。 には西武鉄道と東京地下鉄が、西武新宿線内から東西線高田馬場駅に連絡線を新設、相互乗り入れすることについての協議を始めることで合意。 以降に対象プロジェクト化、工期7年での建設を目指していた。 その後3月時点では、西武鉄道・東京メトロの両者とも乗り入れ計画はないとしている。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 快速の表定速度の43. 直通運転先を含めれば、と、も荒川を横断する。 の前身で1906年から1911年まで東京の路面電車を経営していた東京鉄道とは別。 当答申では、5号線の終点が東陽町から船橋に変更されて国鉄線と接続することが示されたほか、 5号線の分岐線である大手町 - 間が として切り離された)。 この段階では地上から車両を入れられず、竹橋近くに搬入口を設けて大型クレーン2台で吊り下ろした。 また飯田橋 - 九段下間の側線部分に検修設備を設けて、簡易的な検修を行った。 この設備は深川検車区の開設まで用いられた。 (『鉄道ピクトリアル』、514号、22-23頁。 日本の地下鉄では他にがある。 こちらは同一路線ではないが両端とも同じの路線であるとに毎日、終日直通している。 三鷹駅 - 中野駅 -(東西線)- 西船橋駅 -(総武本線)- ・西船橋駅 - 津田沼駅 -(総武本線)- ・西船橋駅 -(二俣支線〔〕)- -(京葉線)-。 このほか、定期券のみだが三鷹駅 - 中野駅 -(東西線)- 高田馬場駅 -()- ・ -(〔〕)- -(東北本線支線〔埼京線〕)- 間の通過連絡運輸設定もある。 東京メトロとしては南砂町駅の2面3線化や九段下駅の折り返し線整備の計画を持ち、設備面の改良を行う予定であるが、改良完了は2027年度と見込まれている。 出典 [ ]• 2017年1月9日閲覧。 PHP研究所「東京メトロのひみつ」参照。 「東京圏 都市鉄道プロジェクト」、電気車研究会、2013年、。 朝日新聞社 : p. 朝刊 千葉版. 1964年2月15日• 2017年3月6日閲覧。 朝日新聞社 : p. 朝刊 千葉版. 1966年12月7日• 日本語 プレスリリース , 営団地下鉄, 2004年1月27日 , の2006年7月8日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月14日閲覧。 東京地下鉄 2006年10月26日. 2012年10月22日閲覧。 , 2020年3月11日閲覧。 , 2020年3月11日閲覧。 東京地下鉄. 2019年1月4日閲覧。 日本地下鉄協会. 2019年3月7日閲覧。 東洋経済オンライン 2019年2月19日. 2019年3月14日閲覧。 国土交通省. 3 2019年7月18日. 2019年7月20日閲覧。 東京地下鉄. 2017年8月26日閲覧。 関東交通広告協議会. 2017年9月23日閲覧。 「都市交通年報」各年度版• - 千葉県• 神奈川県 1987年9月. 2015年1月13日時点のよりアーカイブ。 2015年5月10日閲覧。 2007年11月26日• 2008年11月17日• 2009年11月16日• - 東京地下鉄、2010年11月17日• - 東京地下鉄、2013年11月1日• - 東京地下鉄、2015年3月23日• - 東京地下鉄、2017年9月19日• - 東京地下鉄、2011年3月• - 東京地下鉄、2015年7月21日閲覧• 東京地下鉄. 15 2016年3月28日. 2016年5月27日閲覧。 - 「」railf. jp鉄道ニュース 2017年1月15日• NEWSポストセブン 2020年2月22日. 2020年2月22日閲覧。 京成電鉄. 2019年12月28日閲覧。 株式会社スイッチ 2018年12月3日. 2018年12月3日閲覧。 里田啓「私の鉄道人生75年史」その10 「」2007年10月号• 『』西武鉄道特集のインタビュー記事より• 2005年7月20日『』より• 参考文献 [ ]• 「鉄道ファン」2004年9月号 特集:東京メトロ(交友社)• 「MY LINE 東京時刻表」各号(交通新聞社)• 宇田川一雄「東京地下鉄東西線 地上主体型デジタル伝送方式のATC地上装置概要」、『鉄道と電気技術』16巻10号、日本鉄道電気技術協会 pp. 29-32• 首藤浩敏「東京地下鉄東西線のCS-ATC化工事」、『鉄道と電気技術』19巻3号、日本鉄道電気技術協会 pp. 14-18 関連項目 [ ]• (過去にから中山を経由し、洲崎まで、現在の東西線に近いルートを計画していた) 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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吉祥寺

東西 線 発車 メロディー

京王井の頭線の乗換駅でもあり、ラッシュ時の混雑は凄まじいです。 駅は2面4線の構造です。 発車メロディーは、テイチク製の曲を使用しております。 2011年12月2日には、自動放送が改良型ATOS放送に更新されました。 2018年10月15日からは快速線ホームのみ発車メロディーが必ず最後まで流れるようになりました。 なお、発車ベルスイッチを切ったところから戸閉め放送が被ります。 2019年1月30日には、自動放送の男声が津田英治氏から田中一永氏に変更され、 同時に女声の到着放送の言い回しと全番線の接近放送の言い回しが「黄色い点字ブロック」に変更されました。 ありがとうございました。 ラッシュ時でも基本的に降車客しかいないため、途中切り連発です。 当駅では最も難易度の高いホームと言えます。 接近放送は「各駅停車 三鷹行」です。 平日の朝でも余韻切りが多く、2コーラス目にはなかなか入りません。 なお、1、2番線は自動放送・発車メロディー共に音量が非常に小さいです。 接近放送は「各駅停車 千葉行」です。 3、4番線は必ずフルコーラス流れます。 平日夕方の通勤快速なら混雑しているので2コーラス目も狙えます。 接近放送は「各駅停車 青梅行」です。 混雑している平日の朝かダイヤに余裕のある土休日が狙い目です。 ただ到着放送の鳴動が遅いため、発車メロディーに被りやすいのが難点です。 接近放送は「快速 東京行」です。 接近放送は「各駅停車 三鷹行」です。 津田英治氏の自動放送でした。 接近放送は「地下鉄東西線直通 各駅停車 西船橋行」です。 発車メロディーが途中切り可能でした。 また、接近放送と到着放送の言い回しが違いました。 接近放送は「通勤快速 大月行」です。 発車メロディーが途中切り可能でした。 また、津田英治氏の自動放送でした。 接近放送は「快速 東京行」です。 旧型のATOS放送でした。 接近放送は「各駅停車 三鷹行」です。 旧型のATOS放送でした。 接近放送は「地下鉄東西線直通 各駅停車 西船橋行」です。 旧型のATOS放送でした。 接近放送は「各駅停車 高麗川行・武蔵五日市行」です。 旧型のATOS放送でした。 接近放送は「快速 東京行(土休日ダイヤ)」です。 旧駅名標及び旧スピーカー(現在は撤去されております) 吉祥寺駅1、2番線ホーム 吉祥寺駅3、4番線ホーム.

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東京メトロ東西線 発車メロディ全集

東西 線 発車 メロディー

概要 [ ] 名称の通り、東京都心部を東西に貫く路線である。 路線はその西端のから東京都心部を横断し、さらに東方向へ進み、 - 間で渡る以東の浦安 - 西船橋間は内となる。 東西線は、(現:東京地下鉄株式会社)では初めての東京都外(そして以外)への路線となった。 また、東京メトロで唯一の千葉県内に延伸された路線である。 東京都外へは、後に・も内に路線が延びたが、有楽町線・副都心線唯一の都外・23区外の駅である埼玉県南端のはの管理駅であるため、都外・23区外に東京地下鉄管理駅を持つのは東西線が唯一である。 東京メトロ・都営地下鉄を合わせた東京の地下鉄の路線は東西線も含め13路線あり、そのうち東京23区外に路線が延びているのは東西線のほか前述した有楽町線・副都心線と都営地下鉄新宿線があるが、都外・23区外にある駅は有楽町線・副都心線は和光市駅、都営地下鉄新宿線は本八幡駅のみであり前者は東武東上線、後者は総武線(各駅停車)と京成本線との乗換駅であるため、都外・23区外に複数の駅や乗換路線がない単独駅があるのは東京の地下鉄全路線で東西線が唯一である。 西側で(JR東日本) 中野 - 間、東側でJR東日本 西船橋 - 間および 西船橋 - 間と直通運転を行っており、車両は3社とも20m級車両10両編成で統一されている。 なお、西船橋 - 津田沼間の直通運転は朝夕ラッシュ時のみに限定され、それ以外の区間は終日直通運転が行われている(詳細は「」の節を参照)。 東西線は以外のすべての路線との接続駅を持つ。 副都心線開業前は、全ての地下鉄路線と接続できた。 路線データ [ ]• 管轄(事業種別) : 東京地下鉄()• 路線距離() : 30. 8km• : 1067mm• 駅数 : 23駅(起終点駅含む)• 複線区間 : 全線• 電化区間 : 全線(直流1500V )• 地上区間 : 中野駅付近・南砂町 - 西船橋間 計13. 8km• 地下区間 : 中野 - 南砂町間(中野駅はJRと共用で地上にある)• 中野駅のすぐ東と南砂町駅 - 西葛西駅間(荒川鉄橋のすぐ西)に地下への入口がある。 : 速度制御式((デジタルCS-ATC ))• 方式 : IR 方式• 平均速度 : 快速49. : 快速43. 全線所要時分 : 快速42分35秒・普通49分55秒• 工場 : 地上区間 [ ] - 間の地上区間は、東西線の大きな特色をなしている。 地上区間を持つ日本国内の地下鉄路線はほかにも多数存在し、また近年の直通運転の拡大により地上区間の走行距離が地下区間よりも長くなる列車は珍しくなくなったが、自社線内だけで全線の半分弱を占める約14kmという長距離の地上区間を持つ地下鉄路線は東西線のみである。 東西線は元々のとしての役割を担って建設された。 東西線開業によって総武線沿線から都心への所要時間は大幅に短縮され、東西線沿線のみならず起点の西船橋以遠のJR線からの中・長距離通勤客の流入で大変混雑するようになっている。 さらに近年の線内利用者の増加に対応するため、以下の変化がもたらされた(各々の詳細については次章以降で詳述している)。 この地上区間を一部の駅にしか止まらない、快速運転の実施。 地下鉄路線では日本で初めて実現した優等列車である。 、、の新設。 途中駅が新設された路線は他の地下鉄にも存在するが、3駅も新設されたのは東西線のみである。 東西線西船橋開通の3年後にに乗り入れたJRと共に、千葉県北西部と東京都心を短絡する大動脈となり、競合するの最混雑区間が、 - 間から - 間に後退した。 そのほか、平均乗車距離の長さ、朝と昼のの差、利用客率の高さのいずれもが、東京メトロの路線ではトップクラスにある。 都心部を走る地下鉄でありながら、郊外へ延びる通勤路線の一つとしての側面もある。 が良い地上区間は軌道改良も行われており、現在では60kgのが採用されている。 これはJR線ではや主要幹線クラスに採用されるレールであり(一般的には50kgが主流)、大量高密度輸送と高速運転を支える要となっている。 地上区間の沿線風景 [ ] A線(西船橋方面行き)を基準とすると、を出た列車は35の勾配を上って地上に出て、左にカーブしながら一気に高架へ駆け上がる。 左右のやなどの建造物群を抜けると、という長いトラス橋を渡る。 なお、でを横断する路線は東西線とだけである。 橋の右隣(下流側)にはという歩道を備えた道路橋がかかる。 また橋を渡る最中、西船橋方面行き(A線)の列車の右手にはのを、中野方面行き(B線)の列車は、晴天時にはを見ることができる。 をくぐった後に橋を渡り終え、直線で進みとなる。 南砂町から西葛西までは東京地下鉄で最も駅間距離が長い区間 2. 7km である。 西葛西を出ると、途中に左カーブを挟みつつマンション群の中を直線で進み、変電所の脇を通ると最寄のとなる。 葛西駅は中央2線を通過線とするやのような構内を持ち、快速の通過待ちが行われている。 葛西を出ると、徐々に一軒家が目立ち始める中を直線で進み、左カーブのあと旧江戸川を鉄橋で越え、東京都から千葉県に入る。 右手(下流側)にはを、左手(上流側)には浦安橋とを見ることができる。 そのあと再び左にカーブしに入る。 浦安を出ると再び左カーブがあり、そのあと妙典手前まで長い直線となる。 この直線区間には途中とがあり、左カーブの後は2駅を見通すことができる。 列車は一軒家とマンションが混在する中を直線で進みに至る。 妙典は2面4線のホームとへの連絡線を持ち、葛西と同じく快速の通過待ちが行われている。 妙典を出ると深川検車区行徳分室への連絡線を乗り越え、B線との間隔が元に戻ると同時にを橋で渡り、とを越える。 そのあと勾配を下った後左にカーブしてとなる。 原木中山は葛西と同じ配線を持つ。 原木中山を出るとを乗り越えて右カーブとなり、林立するマンションや住宅地の中を抜け、迫ってくる総武本線の線路を左手に見ながら徐々に地平に降りてとなる。 沿革 [ ] 開業までの沿革 [ ] 現在の東西線の原型となる計画は、(大正6年)にに設置された「東京市内外交通調査委員会」の答申で示されたうちの一つで、「 - - - - 」としていた。 (大正9年)には東京鉄道 に特許が下付されたが、(大正12年)のの後に他の路線とともに工事未着手を理由に特許が抹消され、(大正14年)にに基づいてが特許を取得したもののこちらも建設には至らぬまま、(昭和16年)に発足したへと引き継がれた。 一方、東陽町 - 西船橋に相当する区間には、戦前にによる免許申請がなされ、(昭和2年)に交付されていた(起点の東陽町は「東平井」として記載、船橋市内は中山を経由)が、(昭和15年)に失効となった。 (昭和21年)1月よりでの復興計画案の一つとして地下鉄建設を計画。 12月にとして5路線を告示した。 このうちの 5号線が「 - - - - 」とされた。 その後、(昭和31年)のにおいて現在の路線と同じ「中野 - 高田馬場 - 飯田橋 - 大手町 - 茅場町 - 東陽町」となった。 (昭和37年)のにおいて、 東京5号線は「 中野方面より高田馬場、飯田橋、大手町、茅場町及び東陽町の各方面を経て船橋方面へ向かう路線」として示された。 (昭和39年)には、経由地を浦安・行徳とし、西船橋で総武線と接続するよう答申が改訂された。 その後1968年(昭和43年)のでは、西船橋以東について 方面に至る路線とされたが、1972年(昭和47年)のにて、終点が 勝田台に改められた。 このうち、中野 - 西船橋間は東西線として順次開業した。 西船橋 - 東葉勝田台間はとして開業している。 なお、東陽町・西船橋間の建設にあたり、(成田財特法)による補助金のかさ上げの適用を受けている。 年表 [ ]• (昭和39年)• :5号線を東西線と呼称決定。 :高田馬場 - 九段下間 4. 8km 開業。 営業運転開始。 (昭和41年)• :中野 - 高田馬場間 3. 9km ・九段下 - 竹橋間 1. 0km 開業。 :まで直通運転開始(当初は営団からの片乗り入れ)。 :竹橋 - 大手町間 1. 0km 開業。 国鉄が投入され相互直通運転開始。 :東陽町 - 西船橋間 15. 0km 起工式。 (昭和42年):大手町 - 東陽町間 5. 1km 開業。 (昭和44年)• :東陽町 - 西船橋間 15. 0km 開業(全線開業)、快速運転開始。 :中央本線への乗り入れ区間をまで延長、国鉄まで乗り入れ開始。 なお、1972年7月の総武快速線開業までは夏期臨時ダイヤ(いわゆる「房総夏ダイヤ」)期間中は乗り入れを中止していた。 (昭和46年):国鉄営業運転開始。 (昭和47年)4月8日:国鉄総武線津田沼駅まで相互直通運転(ラッシュ時限定)開始。 (昭和53年):葛西 - 南砂町間(当時西葛西駅は建設中)にあるに架かる上でに伴う突風(後にによるものと判明)を受け、通過中の中野行列車(5000系10両編成)3両が脱線(うち2両は転覆)。 20数名が負傷した()。 (昭和54年)10月1日:西葛西駅開業。 (昭和56年):南行徳駅開業。 (昭和62年)• :に伴い直通先が(JR東日本)となる。 :半蔵門線用のを05系投入まで暫定的に運用開始。 (昭和63年)• :乗り入れ車両による冷房車を運用開始。 :営業運転開始。 (平成元年):千代田線直通用国鉄が転属。 (平成3年)• :05系第14編成を使用したワイドドア車両を運用開始。 :JR東日本に合わせたダイヤ改正で、最後まで一部で7両編成を組んでいたJR東日本からの乗り入れ車をすべて10両編成に組み替え。 これにより全列車の10両編成化が完了する。 (平成7年):のため午前の営業運転を休止、午後から再開。 (平成8年)• 3月16日:JR総武本線津田沼駅乗り入れが平日のみになる。 :(西船橋 - 間)が開業し、営団との相互直通運転開始。 東葉高速営業運転開始。 (平成11年):前々日のダイヤ改正により、が運行を開始。 (平成12年)• :下妙典信号所を昇格して妙典駅開業。 :05系8次車(新05系)車両営業運転開始。 (平成15年)• :JR東日本営業運転開始。 同月中に103系1000・1200番台の運用が終了。 :JR東日本301系の運用が終了し、翌日からJR東日本からの直通運用を担当する車両がすべてE231系になる。 (平成16年)• 4月1日:帝都高速度交通営団の民営化による東京地下鉄(東京メトロ)発足で、営団地下鉄東西線から東京メトロ東西線になる。 :東葉高速が営業運転開始。 (平成18年)• :有楽町線から転属したが営業運転開始。 :平日朝ラッシュ時、中野方面行の全電車10号車(先頭車両)にを導入。 JR総武線・東葉高速線からの直通列車も始発駅(津田沼駅・)から対象。 中央線内となる中野以西(中野 - 三鷹間)では設定はない。 :女性専用車の運行区間を西船橋(妙典始発を含む) - 大手町間に縮小。 :東葉高速1000形が同2000系に完全に置き換えられた。 (平成19年)• :5000系の営業運転を終了。 :保安装置システムを新CS-ATC(デジタルCS-ATC)に更新。 (平成21年):午前4時10分頃、東陽町駅に留置されていた営業用電車(05系第1編成)に保線用の車両が正面衝突し、走行不能になる。 そのため、高田馬場 - 葛西間で始発から区間運休となり、全線で運転を再開するまで約5時間を要した。 この事故は朝の通勤・通学ラッシュを直撃し、約29万人の足に影響が出た。 この事故の影響を重く見たは東京地下鉄に対して早期の原因究明と再発防止を求める警告文書を発出した。 (平成22年):営業運転開始。 (平成23年)• :同月11日に発生したによる発電所の停止に伴う電力供給逼迫のため、がを実施。 これに伴い、この日からJR中央線・JR総武線・東葉高速線との相互直通運転および快速・通勤快速・東葉快速の運転が休止される。 この日は震災後初めての平日であり、通常より運行本数も少なかったため、ラッシュ時は過去最高の混雑率を記録した。 :JR中央線・JR総武線・東葉高速線との相互直通運転および快速・通勤快速の運転が平日の朝・夕ラッシュ時のみ再開される。 :土休日のダイヤが平常に戻り、快速運転が全面的に再開される。 :平日のダイヤが平常に戻り、快速運転が全面的に再開される。 ただし、駅構内および車内の一部消灯は継続される。 (平成27年) - :各駅にを導入。 運行形態 [ ] 直通運転 [ ] 以下の路線と相互を行っている。 JR東日本:: - 間(深夜を除く終日)、 - 間(平日の朝夕ラッシュ時のみ)• 東葉高速鉄道::西船橋駅 - 間 本節の解説では区間の区別のため中野駅 - 三鷹駅間を「中央線」、西船橋駅 - 津田沼駅間を「総武線」と記述する。 の末尾アルファベットは東京地下鉄保有車両が「S」、JR東日本保有車両が「K」、東葉高速鉄道保有車両は「T」となっている。 ただし、搭載している保安装置の関係上、JR東日本保有車両は東葉高速線、東葉高速鉄道保有車両はJR線への乗り入れを行うことができない。 そのため、三鷹駅-東葉勝田台駅を直通する列車はメトロ車に限定される。 また、(平成28年)改正ダイヤでは、東京地下鉄保有車両の7本が東葉高速線内で、東葉高速鉄道保有車両の3本が東京地下鉄線内でそれぞれ運用終了・となる「外泊運用」が組まれている。 平日のラッシュ時は総武線 - 東西線 - 中央線(津田沼駅 - 東西線経由 - 三鷹駅間)という運行も行われる。 東西線経由の方が距離が短い。 なお、両端の駅から同一会社の、それも同一の運転系統との直通という例は極めて稀である。 この経路によるの設定もある。 東京メトロ車については、中央・総武線、東葉高速線ともに直通可能だが、総武線津田沼駅から中野駅または中央線三鷹駅まで直通してきた列車が折り返し東葉高速線東葉勝田台行となる運用もあり、またその逆で東葉勝田台駅・八千代緑が丘駅発の列車が折り返し津田沼行となる運用も存在する。 総武線 - 東西線 - 総武線の順で再び総武線に戻る運用もある(東京メトロ車両の35S運用は東陽町出庫で朝ラッシュ時の総武線津田沼駅折り返しの後、三鷹車両センターで留置のち、夕方ラッシュ時に再び津田沼駅に乗り入れる)。 平日の朝夕の直通のみ津田沼発三鷹行きと三鷹発津田沼行きには中央・総武線御茶ノ水経由と東西線経由の列車がある。 列車種別 [ ] 東西線では以下の種別の列車が運転されている。 停車駅は「」を参照。 快速 [ ] 日本では架線集電のとして初のである。 東西線はJR東日本(当時は旧国鉄)中央・総武線(各駅停車)の混雑緩和を目的に建設され、乗客の移行を促すために地上区間である - 西船橋駅間の途中駅(通過駅のうち南砂町駅は地下駅)を通過する 快速を登場させた。 東陽町駅 - 西船橋駅間で速達運転を行い、中野駅 - 東陽町駅間は各駅に停車する。 また、する路線内では各駅に停車する。 全列車が運行区間に東西線全区間を含んでおり、東西線の途中駅で折り返す快速列車は設定されていない。 また、西船橋駅発着の列車も数少ない。 日中は中野駅 - 東葉勝田台駅間で1時間に4本(15分間隔)で運転されている。 このため、この時間帯の運用は東京メトロ車と東葉高速車に限られる。 また、日中の時間帯の東葉高速線はすべて快速となっているため、東葉高速線内の各駅から東西線の快速通過駅を利用する場合は、西船橋駅または浦安駅で各駅停車に乗り換える必要がある。 また、平日朝・夕方以降については東西線内のみ運転の快速や中央・総武線(各駅停車)直通の三鷹駅・津田沼駅発着の快速も運転されており、この場合はJR車も運用されている。 土休日は東葉高速線区間 - 中央線区間にのみ乗り入れる(総武線区間には乗り入れず、西船橋駅 - 三鷹駅間の設定もない)ため、JR車の三鷹駅直通運用はなく、東京メトロ車のみ三鷹駅まで直通する。 なお、平日夕方と土休日朝において西船橋駅 - 中野駅間のJR車運用が少ないながら設定されている。 津田沼直通運転時間帯は通勤快速と共に津田沼直通列車が優先される。 基本的に昼間帯は葛西駅で先を走る各駅停車を追い抜くが、朝、夕の一部は原木中山駅・妙典駅でも追い抜きを行っている。 かつては各駅停車の追い抜きは最高で2本までだったが、2017年3月の改正で中野発津田沼行の1本のみ、葛西駅・妙典駅・原木中山駅の3駅で各駅停車を追い抜く快速が設定された。 列車種別は基本的に赤色で表記される。 1969年に東西線で快速列車が導入された際には、停車パターンによって以下の3種類の呼称で区別された。 ただし、これは内部の呼称とされ、公式には用いられていなかった。 A快速:東陽町駅 - 間ノンストップの快速(1975年より旅客案内上では「浦安通過の快速」)。 1969年運用開始、1996年終了。 B快速:上記区間でにのみ停車する快速(同「浦安停車の快速」)。 1975年運用開始。 C快速:上記区間で、東陽町駅 - 浦安駅間は各駅に停車し、浦安駅 - 西船橋駅間ノンストップの快速。 1986年運用開始。 1996年のダイヤ改正でA快速が廃止され、B快速が「快速」、C快速が「通勤快速」として正式に列車種別を分離した。 運行の変遷 [ ]• (昭和44年)の東陽町駅 - 西船橋駅間開業と同時に登場。 当初は東陽町駅 - 西船橋駅間の途中駅はすべて通過だった(これは当時通過駅の周辺が農漁村地帯で人口が少なく、集客が見込めなかったためである)。 (昭和50年)より、平日の日中と休日についてにも停車させるようになった。 (昭和61年)のダイヤ改正で浦安駅 - 中野駅間の各駅に停車する快速列車を設定。 これは「 C快速」と称される。 東陽町駅 - 西船橋駅間ノンストップの快速は「 A快速」(平日ラッシュ時のみの運転)、その通過駅のうち浦安駅に停車する快速は「 B快速」と呼ばれていた。 (平成8年)• :ダイヤ改正によりすべての快速が浦安駅に停車するようになり、東陽町駅 - 西船橋駅間ノンストップのA快速は消滅した。 同時に浦安駅 - 中野駅間の各駅に停車するC快速に「 通勤快速」の名称を与え、東陽町駅・浦安駅・西船橋駅の順に停車するB快速は「 快速」として列車種別を分離する。 ただし、種別分離後も通勤快速は平日朝ラッシュ時の片道のみの運転を現在に至るまで踏襲している。 1996年(平成8年):の開通により 、昼間時間帯の運転区間が中野駅 - 間になる。 (平成11年):東葉高速線内まで快速運転する列車として「 」の運行を開始。 (平成17年):ダイヤ改正により平日・土曜・休日ともに快速の運転時間が拡大し、平日については西船橋方面は24時00分発が最終の快速になった(それまでは東陽町駅21時42分発が最終の快速であった)。 また、平日の朝方に通勤快速を2本増発した。 (平成19年):平日朝の最混雑時間帯(約30分間)で中野方面の快速が通勤快速に変更された。 (平成21年)3月16日:平日朝の西船橋発6時 - 9時10分発までの中野方面行きのすべての速達列車が通勤快速となった。 (平成26年):東葉快速が廃止された。 通勤快速 [ ] 平日朝西行(中野方面)のみの運転で、西船橋駅 - 浦安駅間で速達運転を行い、浦安駅 - 中野駅間は各駅に停車する。 また、直通運転する路線内では各駅に停車する。 快速と同様に全列車が運行区間に東西線全区間を含んでおり、東西線の途中駅で折り返す列車は設定されていない。 1986年(昭和61年)11月1日に快速の停車パターンの一つ(浦安駅から各駅に停車の快速)として登場したが、1996年(平成8年)3月16日より 通勤快速という名称になる。 C快速時代には専用の種別幕はなく、始発駅から南行徳駅を通過するまで快速、南行徳駅 - 浦安駅間を走行中に各駅停車(種別無表示)に変更していた。 前述の通り、2007年以降はダイヤ改正の度に運転時間帯が拡大しており、2007年3月19日から平日朝の最混雑時間帯に運行されていた快速がすべて通勤快速に変更され、2009年3月16日からは西船橋発朝6時半 - 9時までのすべての速達列車が通勤快速となった。 中野方面行き快速と同様、通過駅がなくなる - 中野駅間では車両の表示はE231系と07系以外の車両は浦安駅到着時点で各駅停車表示となる。 車両や駅によっては「通快」と略して表示される。 「通勤快速」を英語で表記する際、その表現方法は統一されておらず、" Commuter Rapid"、" Commutation Rapid"、" Rapid Commuter"、" Com. Rapid"、と車両や駅ごとに異なる。 使用色も統一されていない。 各駅停車 [ ] 一部の時間帯をのぞき、快速1本(朝のみ2本・通快含む)に対して2本であり、朝と夕方は3 - 5分間隔、日中は約5 - 8分間隔で運行されている。 日中は1時間に8本のうち4本がに乗り入れて三鷹駅 - 西船橋駅間で運転、残りの4本が中野駅 - 西船橋駅間での運転となる。 ラッシュ時には東葉高速線や総武線津田沼駅発着の列車も運行されるほか、九段下駅(着のみ)・東陽町駅・浦安駅(2019年3月18日以降発のみ新設)・妙典駅発着の列車もある。 日中は快速に抜かれない列車もある反面、夕方に1本、葛西と原木中山の2駅で快速に抜かれる列車もある。 該当列車はA1899S(中野発東葉勝田台行き)である。 東葉快速(廃止) [ ] 詳細は「」を参照 東西線だけでなく、東葉高速線でも速達運転を行う種別で、東陽町駅 - 東葉勝田台駅間で速達運転を行っていた。 東西線内の停車駅は快速と同じ。 廃止時点では平日の夕方に東葉勝田台行きのみ運行されていた。 車両や駅によっては「東快」と略して表示されていた。 使用色、英語表示 TOYO Rapid、 TOYO RAP. も車両や駅ごとに異なっていた。 (平成26年)のダイヤ改正で廃止され快速に変更された。 日中の運行パターン [ ] 日中の各区間の1時間あたりの運行本数は下表のとおりである。 平日午前6時57分以降にを発車する列車ならびに途中の始発を含めて、進行方向最前部車両である10号車が女性専用車となる。 小児または、体の不自由な乗客とその介護者については性別を問わず乗車可能である。 非常時やダイヤが大幅に乱れた場合などには女性専用車の実施を中止する。 設定区間について [ ] 設定当初は、終着の中野駅まで女性専用車が設定されていたが、大手町駅での流動が影響したこともあり、導入してわずか1週間強にあたるに設定区間を大手町駅までに短縮した。 女性専用車が導入されている東京メトロの他路線においても、いわゆると同様のケースが生じているが、設定内容の変更などの対策は行われていない。 通常の閉塞信号でも進行現示 G することがない信号機が多数存在した。 減速信号は地上区間を中心に採用されていた。 列車通過後の信号現示変化で、YG現示などが連続して表示される信号機もあった。 東京地下鉄では日比谷線もこの方式であったが、両線とも現在車内信号式 に変更されている。 ATC更新工事により、05系のうち車内信号非対応で登場した車両には改造工事が行われた。 またとは共に老朽化が進んでいることから新ATC対応化はせずに、東葉1000形はに、5000系も翌にそれぞれ全車両が引退した。 さらに2006年11月より有楽町線から転属している4編成にも、東西線の保安装置への改造が行われている。 2006年10月中旬から2007年2月中旬頃までの終電後の夜間に、信号システム更新のための試運転が行われた。 これにより首都圏で現在車内信号式を採用していない地下鉄は、のみとなった。 直通先の東葉高速線はWS-ATCを使用しており、直通車はWS-ATCが搭載されている。 さらに東陽町 - 西船橋間の各停車駅では停車予告音が採用されており、ブレーキを掛けても停車するまで連続して鳴る。 東京メトロで停車予告音を使用しているのはこの区間のみである。 車両 [ ] 自社車両 [ ]• 現在、列車番号末尾アルファベットの「 S」が東京メトロ車両、「 T」が東葉高速車両、「 K」がJR車両となっている。 列車番号は『MY LINE 東京時刻表』(交通新聞社)などにより確認ができる。 快速・通勤快速はRのアルファベットが付与されているが(例えば東京メトロ車両による快速列車の場合SRという表示になる)、JR線へ直通する列車には(津田沼駅・三鷹駅発着問わず)Rのアルファベットは付与されていない。 利用状況 [ ] 2017年度の1日平均輸送人員は 1,450,000人であり、では最も輸送人員が多い。 平日朝ラッシュ時中野方面の混雑は日本国内でワーストクラスとなっており、慢性的遅延が発生している。 混雑率 [ ] 部分開業状態であったには、が「相変らずガラ空き 都心乗入れの地下鉄東西線」という見出しを掲載する時代もあったが、に路線が延伸すると混雑率の上昇は顕著となった。 2010年代においてもなお、東西線の朝ラッシュ時混雑率は、JR・私鉄も含めたの鉄道路線でもワーストクラスである。 2017年より東京地下鉄公式サイトで公開された「朝ラッシュ時間帯の混雑状況について」では、木場駅を7:50 - 8:10頃に発車する列車が最も混雑する。 車両中央部にあたる4号車と5号車は、他の車両と比較すると空いている。 1981年度から朝ラッシュ時のB線は毎時27本の高頻度運転がなされているが、これ以上の輸送力増強は困難である。 しかし、その後は輸送人員と混雑率が20年以上にわたって横ばい傾向となり、1999年度以降はで最も混雑する路線となった。 快速通過駅であるとは他路線と接続しない単独駅でありながら1日平均乗降人員が10万人を越えており、朝ラッシュ時に限り運転される通勤快速は、これらの駅にも停車することで混雑の平準化を図っている。 2007年度の一日平均通過人員は、門前仲町 - 木場間が655,312人で最も多く、茅場町 - 門前仲町間が655,307人でこれに匹敵する。 東京メトロ全線で一日平均通過人員が60万人を超える区間を有する路線は、当路線のみである。 これらの区間をピークに、両端の区間に進むに連れて通過人員が減少する。 西船橋方面は緩やかに減少し、千葉県との県境を跨ぐ葛西 - 浦安間が401,499人、原木中山 - 西船橋間が272,588人である。 一方、中野方面は日本橋 - 茅場町間が624,603人であるが大手町 - 日本橋間が518,132人、竹橋 - 大手町間が395,616人であり、竹橋 - 茅場町間で20万人以上通過人員が減少する。 その後は緩やかに減少し、高田馬場 - 早稲田間が300,010人であるが落合 - 高田馬場間が148,320人と半分程度まで減少し、中野 - 落合間が132,742人で最も少ない。 近年の輸送実績を下表に記す。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。 この結果、各停への乗客の集中が緩和され、混雑の平準化が図られた。 なお、対象の時間帯は元々ほとんどが通勤快速で、快速は1本のみであった。 なお、同じくラッシュ時の混雑で遅延が常態化していたでも「急行」( - 間の途中停車駅はのみ)を「準急」(二子玉川以東各駅停車)に変更するダイヤ改正が2007年4月に行われたが、こちらは優等列車(急行)の混雑が激しかったものを平準化するためであり、東西線とは逆の理由である。 東西線・田園都市線ともダイヤ改正が功を奏して各列車の混雑率が平準化されたため、両者とも翌3月に再びダイヤ改正を行い、東西線の通勤快速および田園都市線の準急の運行時間帯が拡大された。 さらに東西線では3月のダイヤ改正で通勤快速の運転時間帯がさらに拡大し、朝の時間帯の中野方面行きの優等列車はすべて通勤快速に統一された。 混雑緩和キャンペーン [ ] 東西線では、混雑緩和・時差通勤を促進するため、以下のようなキャンペーンが実施されてきた。 実施期間が冬期に限られていたのは、乗客が厚着することにより、ドア挟みの発生や乗降に時間が掛かりやすく、夏期に比べ遅延することが多いからである(いわゆる「着ぶくれ」)。 12月10日から2008年2月29日までの平日には「東西線 早起き通勤キャンペーン」が実施された。 対象区間は東陽町 - 浦安間で、期間中の朝の指定時間帯内に同区間を含むまたは通勤定期券(通学定期券は対象外)で対象区間内の駅に置かれた専用端末にタッチすると、1日1回の「早起き通勤回数」がカウントされ、20回以上の利用者に先着で1000円分、40回以上で2000円分が贈られるというものである。 このキャンペーンは続編として通勤定期券だけでなく通学定期券も対象とした「東西線早起きキャンペーン」として12月1日から2009年2月27日までの平日にも実施された。 この年から対象が原木中山 - 門前仲町間のいずれかの駅からの乗車で南砂町 - 茅場町間のいずれかを含むPASMOまたはSuica定期券となり、時間帯によってカウントされる早起き通勤回数が変わる(前半30分は3カウント、後半30分は1カウント)ように、賞品が贈られるカウント数が50以上に変更され、賞品も通勤者向きにTokyo Metro To Me CARDのメトロポイント、通学者向きにオリジナルグッズが追加された。 12月1日から2010年2月26日までの平日にも同様のキャンペーンが実施された。 このキャンペーンでは、通勤者向けの賞品がTokyo Metro To Me CARDのメトロポイントと三菱UFJニコスギフトカード、通学者向けの賞品が文具セットとなった。 また、50カウント未満でも20カウント以上を記録した利用者すべてに粗品がプレゼントされるようになった。 12月1日から2011年2月28日までの平日にも同様のキャンペーンが実施されるが、実施区間が西船橋 - 門前仲町間に拡大され、JRやJRから東西線へ乗り換える乗客も参加しやすくなった。 「東西線早起きキャンペーン」は以後も実施されており、2013年度から実施区間に東葉高速線が追加され、定期券以外の交通系ICカードでも参加可能になり 、2015年には初めて4月から7月までの期間にも実施された。 2017年9月25日からは土休日・年末年始をのぞく通年実施となっている。 ワイドドア車両の投入 [ ] 営団時代の1991年にを導入したが、5編成の投入に留まった。 東京メトロは2009年度の事業計画の中で、東西線の混雑緩和策としてオールワイドドア車10両編成のを導入し、ラッシュ時間帯の列車に割り当てる方針を明らかにした。 15000系は2010年から投入が開始され、同年5月7日から営業運転を開始した。 そして、2011年度までに13編成130両が投入された。 なお、同様に混雑が常態化していた東急田園都市線ではこれに先んじて対策を打ち、2009年4月から朝ラッシュ時の急行・準急に使用されるの6ドア車を10両編成中2両から3両に増加させたが、東急の6ドア車はホームドア設置のため2017年に廃止されている。 さらなる混雑緩和策 [ ] 東京メトロは2011年度事業計画の中で、上述のワイドドア車両再投入を含め、本格的に混雑緩和を行うため、ホームの拡幅や延伸、新たな線路やホームを増設することを明らかにした。 具体的な計画は以下のものがあげられている。 2012年度に門前仲町駅のホーム拡幅、度にのホーム延伸およびエスカレーターや階段の増設を行う。 列車増発を可能にし、混雑率を緩和するため、のホーム・線路を増設し、2面3線の構造に改良する。 これにより、後続列車が駅手前で待たずに交互発着できるようになる。 その後、12月2日のダイヤ改正で終電の運転区間を延長し、最終の東陽町行が妙典行に変更となった。 2015年度事業計画の中で、前記の計画に加え度を目途にのを改良し、B線の九段下止まりの列車をA線へ折り返す際にB線と平面交差せずに折り返しできるよう工事を行うことを明らかにした。 また、東京メトロが2016年3月28日に発表した、2016年度から2018年度までの3年間の中期経営計画『東京メトロプラン2018〜「安心の提供」と「成長への挑戦」〜』の中では、増発目的で2016年度にワイドドア車両が3編成増備されることが発表された。 15000系増備車は2017年に導入されている。 2020年2月、東京メトロでは茅場町駅のホーム延伸など大規模改良に総額約1200億円を使った輸送改善プロジェクトやオフピーク通勤通学の推進に取り組んでいる事などが伝えられている。 駅一覧 [ ]• 駅番号はA線方向(中野から西船橋の方向)に増加。 普通(各駅停車)はすべての駅に停車するため省略する。 駅番号 駅名 駅間キロ 累計キロ 通勤快速 快速 接続路線・備考 地上/地下 所在地 T-01 - 0. 0 2. 9 3. 7 5. 2 6. 2 8. 7 8. 0 9. 0 10. 8 11. 5 12. 8 13. 1 14. 9 15. 2 17. 7 19. 2 20. 9 22. 2 24. 5 25. 3 26. 1 28. 9 30. なお、JRの車両の停車駅案内には大手町駅とJR東京駅との乗り換えは記載されていない。 改札内乗り継ぎが可能な駅は()・()・大手町駅()、九段下駅(半蔵門線、都営新宿線)の4駅である。 中野駅は他社接続の共同使用駅で、東日本旅客鉄道の管轄駅である。 改札内乗り換えが可能である。 西船橋駅は他社接続の共同使用駅で、東京地下鉄の管轄駅である。 発車メロディ [ ] 2015年5月から6月にかけて、従来のブザーに代わり作曲・編曲の(発車サイン音)を導入した(JR管轄の中野駅を除く)。 九段下駅ではの「」、日本橋駅では「」、それ以外の各駅では、A線(西船橋方面)で「A Day in the METRO」、B線(中野方面)で「Beyond the Metropolis」(いずれもオリジナル曲)を使用している。 各駅のメロディは全て異なり、原曲をもつ九段下駅・日本橋駅を含め、進行方向につなぐと1つの曲になるように制作されている。 また、これに合わせてより、実際に使用されているメロディのオリジナル音源や、ら国内のトップミュージシャンの演奏によるアレンジバージョンなどが収録された『』が同年に発売されている。 なお、これとは別にから、放送装置が更新された車両より順次、制作のの使用を開始している。 曲はA線が「スカイブルー」(作曲)、B線は「アゲハ蝶のワルツ」(作曲)である。 その他 [ ]• 営団地下鉄時代に車内に掲出していた路線図(メトロネットワーク)では、東西線は中央部を貫くように一直線で描かれていた。 東京地下鉄となってからの自社車両では使われていないが、東葉高速鉄道の車両ではほぼ営団当時のものと同様の路線図(末端の西船橋駅からさらに東葉勝田台駅まで直線で延長したもの、かつ営団から東京地下鉄に改組後に開業した路線()や直通運転先()などを含めたもの)を掲出している。 車体帯のブルーは東義胤運転部・車両部分掌理事(当時)の指示によりの「」の色から取られたという。 そのため、当時の営団内ではラインカラーは「ハイライトブルー」と呼ばれていた。 南砂町駅 - 間にあるは1,236mあり、日本の鉄道橋の長さでは上位に位置している。 これは隣接している2つの川(・)を1つので渡るためである。 両端は河川上ではないがトラスが続いている。 かつて、東西線はと直通運転をする計画があった。 上記の「」の節と「」も参照。 かつて、からへの相互直通運転が東西線建設前に検討されたこともあったが 、実現しなかった。 には西武鉄道と東京地下鉄が、西武新宿線内から東西線高田馬場駅に連絡線を新設、相互乗り入れすることについての協議を始めることで合意。 以降に対象プロジェクト化、工期7年での建設を目指していた。 その後3月時点では、西武鉄道・東京メトロの両者とも乗り入れ計画はないとしている。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 快速の表定速度の43. 直通運転先を含めれば、と、も荒川を横断する。 の前身で1906年から1911年まで東京の路面電車を経営していた東京鉄道とは別。 当答申では、5号線の終点が東陽町から船橋に変更されて国鉄線と接続することが示されたほか、 5号線の分岐線である大手町 - 間が として切り離された)。 この段階では地上から車両を入れられず、竹橋近くに搬入口を設けて大型クレーン2台で吊り下ろした。 また飯田橋 - 九段下間の側線部分に検修設備を設けて、簡易的な検修を行った。 この設備は深川検車区の開設まで用いられた。 (『鉄道ピクトリアル』、514号、22-23頁。 日本の地下鉄では他にがある。 こちらは同一路線ではないが両端とも同じの路線であるとに毎日、終日直通している。 三鷹駅 - 中野駅 -(東西線)- 西船橋駅 -(総武本線)- ・西船橋駅 - 津田沼駅 -(総武本線)- ・西船橋駅 -(二俣支線〔〕)- -(京葉線)-。 このほか、定期券のみだが三鷹駅 - 中野駅 -(東西線)- 高田馬場駅 -()- ・ -(〔〕)- -(東北本線支線〔埼京線〕)- 間の通過連絡運輸設定もある。 東京メトロとしては南砂町駅の2面3線化や九段下駅の折り返し線整備の計画を持ち、設備面の改良を行う予定であるが、改良完了は2027年度と見込まれている。 出典 [ ]• 2017年1月9日閲覧。 PHP研究所「東京メトロのひみつ」参照。 「東京圏 都市鉄道プロジェクト」、電気車研究会、2013年、。 朝日新聞社 : p. 朝刊 千葉版. 1964年2月15日• 2017年3月6日閲覧。 朝日新聞社 : p. 朝刊 千葉版. 1966年12月7日• 日本語 プレスリリース , 営団地下鉄, 2004年1月27日 , の2006年7月8日時点におけるアーカイブ。 , 2020年5月14日閲覧。 東京地下鉄 2006年10月26日. 2012年10月22日閲覧。 , 2020年3月11日閲覧。 , 2020年3月11日閲覧。 東京地下鉄. 2019年1月4日閲覧。 日本地下鉄協会. 2019年3月7日閲覧。 東洋経済オンライン 2019年2月19日. 2019年3月14日閲覧。 国土交通省. 3 2019年7月18日. 2019年7月20日閲覧。 東京地下鉄. 2017年8月26日閲覧。 関東交通広告協議会. 2017年9月23日閲覧。 「都市交通年報」各年度版• - 千葉県• 神奈川県 1987年9月. 2015年1月13日時点のよりアーカイブ。 2015年5月10日閲覧。 2007年11月26日• 2008年11月17日• 2009年11月16日• - 東京地下鉄、2010年11月17日• - 東京地下鉄、2013年11月1日• - 東京地下鉄、2015年3月23日• - 東京地下鉄、2017年9月19日• - 東京地下鉄、2011年3月• - 東京地下鉄、2015年7月21日閲覧• 東京地下鉄. 15 2016年3月28日. 2016年5月27日閲覧。 - 「」railf. jp鉄道ニュース 2017年1月15日• NEWSポストセブン 2020年2月22日. 2020年2月22日閲覧。 京成電鉄. 2019年12月28日閲覧。 株式会社スイッチ 2018年12月3日. 2018年12月3日閲覧。 里田啓「私の鉄道人生75年史」その10 「」2007年10月号• 『』西武鉄道特集のインタビュー記事より• 2005年7月20日『』より• 参考文献 [ ]• 「鉄道ファン」2004年9月号 特集:東京メトロ(交友社)• 「MY LINE 東京時刻表」各号(交通新聞社)• 宇田川一雄「東京地下鉄東西線 地上主体型デジタル伝送方式のATC地上装置概要」、『鉄道と電気技術』16巻10号、日本鉄道電気技術協会 pp. 29-32• 首藤浩敏「東京地下鉄東西線のCS-ATC化工事」、『鉄道と電気技術』19巻3号、日本鉄道電気技術協会 pp. 14-18 関連項目 [ ]• (過去にから中山を経由し、洲崎まで、現在の東西線に近いルートを計画していた) 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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