万引き 家族 松岡 茉優 仕事。 まんびきかぞく家族構成 松岡茉優(亜紀)の仕事 バイト画像

まんびきかぞく家族構成 松岡茉優(亜紀)の仕事 バイト画像

万引き 家族 松岡 茉優 仕事

松岡茉優のプロフィール!身長・体重は?• 生年月日 1995年2月16日(24歳)• 出身地 東京都• 血液型 B型• 身長 160cm• 体重 未公開(推定48kg)• 職業 女優 タレント• 所属事務所 ヒラタインターナショナル 芸能界デビューのきっかけとなったのは、妹がスカウトされ母親と面接に同行したときに面接担当者から「お姉ちゃんもやってみる?」と誘われて事務所に所属したことがきっかだったそうです。 2008年にテレビ番組「おはスタ」におはガールとして出演し、2年間おはガールを務めました。 2013年に連続テレビ小説「あまちゃん」に入間しおり役で出演し、女優としてブレイクするきっかけになりました。 2019年には「第42回 日本アカデミー賞」にて「勝手にふるえてろ」と「万引き家族」の2本の出演作品にて優秀主演女優賞と優秀助演女優賞を獲得し、「第43回 エランドール賞」では新人賞も受賞されました。 噂の真相を詳しく調べてみました。 映画「万引き家族」で水着姿を披露し話題に! 映画「万引き家族」にて松岡茉優さんが、主人公の妻の妹役である柴田亜紀役を演じた際に水着姿を披露していたことがわかりました。 海へ出かけるシーンだったそうですが、水着姿を披露した松岡茉優さんの胸がデカい、隠れ巨乳だと鑑賞した方からのコメントが多く寄せられていたそうです。 役の為に風俗店に訪れ見学をしていたことも明らかに 松岡茉優さんが万引き家族で演じた柴田亜紀役はJK風俗嬢という設定でJK見学店で働いているという設定があったそうです。 演技力にも定評がある松岡茉優さんは、監督と一緒に風俗店を見学されたそうで、真剣に質問したり積極的に知ろうとする姿勢だったことから店長からも「真面目で礼儀正しい女性」との印象をもたれたそうです。 「万引き家族」のメイキングシーンでもビキニ姿が動画で見られる YouTubeにて公開されている万引き家族のメイキング動画内で、松岡茉優さんのビキニ姿が動画で見られることがわかりました。 黒いビキニを着用している松岡茉優さんですが、イメージしていたよりも胸が大きいことから男性の注目が集まり、着実に再生数を伸ばしているそうです。 松岡茉優の谷間と胸のサイズにはリリー・フランキーも驚き 万引き家族で松岡茉優さんと共演された主演のリリー・フランキーさんも谷間と胸のサイズに驚いているとの情報がありました。 インタビュー内でのリリー・フランキーさんは「平成の名シーンだった、意外とあるなと思った」とコメントしており、その見事な谷間と巨乳に驚きを隠せない様子でした。 松岡茉優の気になる胸のサイズは? 清純派の女優として活動されてきた松岡茉優さんの巨乳だとされる胸のサイズは、現在公表されていないことがわかりました。 セクシーさの秘訣にはスリーサイズも関係していた?! 松岡茉優さんのセクシーさの秘訣としてスタイルの良さが数値としてわかるスリーサイズが関係しているとの噂がありました。 現在カップ数同様スリーサイズも公開されていませんでしたが、これもファンの方がビキニ姿からスリーサイズを推測したそうで、バスト80cm、ウエスト58cm、ヒップ85cmとの情報が有力だとされています。 松岡茉優のおっぱいの大きさが分かる画像まとめ 松岡茉優さんのおっぱいの大きさがわかるとされている画像を集めてみました。 ボーダーが胸の大きさを表している画像です。 大きめの服を着ていても胸が強調されてしまう画像です。 モノトーンの服装がシルエットをはっきりと見せている画像です。 セーターのふくらみが最高にエロいと話題の画像です。 清涼飲料水を飲んでいるさわやかなイメージが強い一枚です。 胸元が少しゆるくなっている画像で、ネックレスがセクシーだと話題になりました。 Tシャツを着ているこちらを見つめる目が印象的な画像です。 珍しい浴衣のショットで和美人であることから人気を集めた画像です。 腕を上にあげて胸元を強調している写真です。 タンクトップ姿で横から見たときの胸のシルエットが大きいと話題になった画像です。 あまり見ることのできないメガネ姿の画像で、密かに人気を集めています。 笑顔が印象的な天真爛漫な姿が伺える人気の1枚です。 太いボーダーが歪んでしまっていることから胸元に目がいってしまう男性人気の高い画像です。 わずかに見える胸の膨らみが最高にエロいとされる画像です。 大人っぽいロングスカートと赤のタートルネックを着用した画像です。 スタイルの良さと伏し目がちな目がそそると話題の1枚です。 水着姿をあまり公開されないなかでの珍しい水辺での写真です。 こちらをまっすぐと見つめる真剣な目が印象的な画像です。 濡れ髪にニットと巨乳という最高の組み合わせだとされる1枚です。 スヌーピーの大きなぬいぐるみに顔を近づける画像です。 ももいろクローバーZのかなこさんとの2ショット写真です。 少しだぼついた男性のセーターを着用しているなんともセクシーな画像です。 手で日陰をつくりこちらを覗き込む画像です。 透け感のある黒のレースが大人っぽいと話題の1枚です。 納豆が大好きなことで有名な松岡茉優さんですが、納豆連でのイベントに参加されたときの画像です。 松岡茉優のデビュー当時の胸は? 松岡茉優さんのデビュー当時の胸はかなり小さいとされていることがわかりました。 それもそのはずで、デビュー当時は13歳だったためまだ体も女性らしくなりきる前なので小さくて当たり前だとされている声が多いそうです。 松岡茉優の中学時代の画像はある? 松岡茉優さんの中学生時代とされる写真がネット上に投稿されていたことがわかりました。 しかし、この画像は映画「鈴木先生」に出演していたときの画像で、実際に通っていた中学校の制服とは異なるそうですが似合いすぎていると、ネット上でも話題になりました。 おはスタでおはガールをしていた時の松岡茉優 松岡茉優さんはテレビ番組「おはスタ」の番組アシスタントを務めるおはガールをされていたこともありました。 2008年から約2年間努めており、MCの声優である山寺宏一さんや、ファッションモデルでタレントの久住小春さんとも共演されていました。 成長するにつれ隠れ巨乳が露わになっていく 松岡茉優さんはデビュー時がまだ10代前半だったこともあり、当時は巨乳ではなかったそうです。 しかし、デビュー後も女優やタレントとして活動していくうちに、年齢を重ねて女性らしさが増してきたため、胸も大きくなって隠れ巨乳が露わになってきたとされています.

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映画「万引き家族 」ネタバレあらすじと結末・みんなの感想

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高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。 彼らの目当ては、この家の持ち主である祖母の初枝の年金だ。 それで足りないものは、万引きでまかなっていた。 社会という海の、底を這うように暮らす家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、口は悪いが仲よく暮らしていた。 そんな冬のある日、治と祥太は、近隣の団地の廊下で震えていた幼いゆりを見かねて家に連れ帰る。 体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。 C 2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro. 正直、どこがおもしろいのか、わからない。 もっと普通の人々の生活を描いた小津安二郎作品やらが評価されていたのに、こんなにスキャンダラスな題材を持っていかないと海外で評価されないのかと思うと残念でならない。 ノンフィクションでないのなら、こんな題材を勝手に「創作」して「賞」を獲るための道具にしているのでは?と勘ぐってしまいます。 しかもあえて「ドキュメント風」の演出を施すことが必要なのでしょうか? アプローチの方法から疑問を持ってしまいます。 肝心のところをきちんと説明してくれないストーリー。 松岡なぜ樹木の家に住むことになったのか?出来たばかりの恋人との話は?散文的な話でもいいが、何一つ解決がないのが、本当に 「作家的」なのか?演出法の独特なのはともあれ、一応「脚本」としても自分をクレジットしている以上 キチンと反省してほしい。 観た人で「おもしろい」という感想を言っていた人が周りに全くいないのが、物語っています。 UHDBlu-rayで欲しかったけどしょうがない。 是枝監督の願いが観る者の胸に突き刺さる。 出演者たちの名演はすでに多数のメディアに語られている通り。 これほどの傑作を観もせずにタイトルだけで国辱と叩いた奴ら。 普段どれだけ恵まれた、もしくは鬱屈した生活を送っているんだろうか。 どこかから金でも出ていたか。 現代社会の病巣に鋭く切り込みつつ、全く難解さのないヒューマニズム溢れるタッチで淡々と紡がれるある一家族の描写は、観る者の感情を強く揺さぶる。 様々な問題提起をしつつも、この作品は単純な答えを用意していない。 そりゃそうだ。 現実がそうなんだから。 貧困、児童虐待、機能不全の司法。 そして人と人との絆の在り方に思いを馳せつつ、少しでも世界が良い方向に向かう手伝いが自分に出来ないものか、この映画を観て改めて感じた。 この映画が大ヒットした現実、世界での高評価を見るにつけ、まだまだ世の中捨てたものじゃないなと感じるのは、楽観的過ぎるだろうか。 これほどの傑作が日本から生まれたことを、日本人なら誇りに思わなければならない。 最後に、樹木希林が演じたおばあちゃん。 数年前に亡くなった自分の祖母に風貌がそっくりで、本当に驚いた。 劇中での運命と、御本人が亡くなられたことも含めて、他人事とは全く思えない作品になりました。 パルム・ドール受賞、その後の日本アカデミー賞の総舐め、犯罪性の題名や是枝監督の尖った発言からの政府自民党との感情的対立がメディアやネットで囃し立てられた事など、諸々の事情が有ったのは知っていた。 だから今回、なるべく偏見や先入観もない状況で初めて観てみた。 結論は「観るべき映画」であり、「社会の見方に揺らぎを与えてくれる映画」だと思った。 傑作とか名作と呼ぶのとは一寸違う、どちらかと言えば社会問題を散文詩的に提起した勇気ある怪作だろう。 何故ならば、普段の生活に慣れて世の安寧を享受している観客達の心を「それで良いのか」と掻きむしるのだから、説教を聞かされている気にもなる。 実態は犯罪者手記の再現ドラマなので、綺麗に纏められたエンディングは用意されず、様々なシナリオは途中でブツ切れで、登場した家族それぞれの生き方への評価や将来は観客の想像に委ねられる。 情報量が限られる映画が小説以上に不親切なのは間違いないが、観客に行間を読ませる意図であり、娯楽作品ではない警鐘型の映画はそれでも構わない。 財政難からの公的支援制度や児童虐待保護の限界。 都会では村社会が消えて久しく、世代間交流は消滅、核家族すら崩壊する現代において、我々が優先すべきは経済的成功か共生社会の確立か、その両方かと問い掛ける。 その答えを考えろと製作側から観客側が説教されるのだから、金を出して観て損したと言う感想も正解だろう。 少なくとも気持ち良くはない。 是枝監督の「海街Diary」「そして父になる」の作風は穏やかで刺激がない。 でも狙いは過激そのもので、万民からの称賛や商業的成功を狙うよりも、世を憂う知識人からの評価や権威ある賞を味方にするための確信に満ちた闘争に見える。 本作は特に犯罪が絡むので、NHKドキュメンタリーですら深く扱えない社会弱者や貧困層の実態に光を当てるには映画という手段しかなく、監督にも構想に悩む時間と勇気が必要だったのだろうと推察する。 行政のセーフティネットだけで解決できない現代社会に蔓延する精神的病理があるのは事実だ。 さて演出は、リリー・フランキー、安藤サクラ、樹木希林、松岡茉優の演技は何れも素晴らしい。 特に安藤サクラの掴み所のない女の演技は其れだけで価値がある。 女のズルさや逞しさ、優しさや深さには背筋がゾッとした程。 また長めのカットや変幻自在のカメラワーク、衣裳演出も見応え充分。 犯罪に慢性的に手を染める親の心理、契約家族と暮らす老人の幸福、社会の規定路線の息苦しさから逃れるために親への演技を止めた若者、純粋に愛されて生きたい子供達の心根が胸に刺さる。 PG12とは映倫もなかなか踏み込んだ判断だ。 確かに中・高校生なら本作から何か感じるものが有るだろう。 決して「万引きする家族」なのではなく「万引きの様に造られた家族」に語らせた監督の真意に気付く筈だ。 何かを貰える感動作や胸のすく痛快作でもないので、私もそう頻繁には観ないだろう。 でもフランシス・コッポラのベトナム戦争映画「地獄の黙示録」を観るのと同じ主旨で時々観たいと思う。 やはり人の罪深き業(ごう)を語る怪作の部類なのだ。 他の方もおっしゃっていましたが、エンドロールが流れた時に監督のドヤ顔がこれでもかと浮かんできて最後の最後で最高に不愉快でした。 りんちゃんの…なんですか?表情を読み取れって?何か見つけた?誰か迎えに来た?何?誰?なんなの?はあ?そんでオシャレにエンドロールですか?カンヌっぽさ全開ですか? 湿った空気感、雑音の中のボソボソ声、ほんとこういうのが好きですね是枝監督は。 もちろん訴えたいテーマや散りばめた繊細な社会悪、わかりますよわかりますとも。 でも不愉快、これを見た人達へ何か感じろ考えろドヤーーーッていう押し付けがましい映画の作り方に辟易しました。 深いだろう?リアルだろう?ドキっとするだろう?っていう場面をすべて冷めた目で見てしまった私は心がスレているのでしょうか?ある意味この押し付けがましい映画でズシンときて泣ける人が羨ましい。 本物のドキュメンタリーに比べたら鼻くそみたいな映画でした。 だって「ハイカット!」ってなれば当たり前だけど、俳優さん達はキレイな服を着て血の繋がった愛する家族の元へ帰りますやん、ヤケドもメイク、殴られ跡もメイク、万引きもエキストラの中で安全に嘘くさくやってますわ、全然伝わってこない、それより先日父親にイジメぬかれて殺された女の子のニュースを聞くだけでよっぽど泣けてくる。 こんな映画よりあのニュースを私達は未来永劫議論し、少女の無念さを想像すべきじゃないですか?そして「家族とは」をおのおの考えたいのなら、現実の事件を見聞きし、胸が張り裂けそうになるべきじゃないですか? 家族を本気で考察したり感じたいなら、こんな創作ではいけないと思う、所詮この映画は監督がカンヌを意識しまくってキレイにまとめたエゴの塊だから。 なんて…絶賛されている方も多数おられるのに生意気な意見を述べてしまい申し訳ありません…。 一部の低評価レビューを読んで思うこと ここでのレビューがとてもわかりやすいのでつい書き込みました。 世の中には、映画を見て、脈絡や背景が分からないから、明確な解決策が提示されないから、登場人物の心情が説明されないから、不安になり、映画を攻撃する人が一定数いるようですね。 それらが観客に与えられないのは、それらが映画の主題では無いからです。 また、あなた自身だったらどう感じ、どう行動するだろうか?という、「自分で考える自由」を与え、さらに「分からない他者を分かろうとする努力の機会」も与えてくれているものだと思います。 答えが全て提示されるビッグブラザー的な映画ではなく、このような映画が評価されるのは社会がほんの少し成熟した証だと思っています。 この映画は、あなたの心をざわざわさせたかったんです。 その意味で、説明不足で解決策を提示しないこの映画に腹が立つと言う、強い感情をあなたに起こさせたのは、ある意味、成功しているかもしれませんね。 私自身は、希望が見出せない時も人は生き続けるしかなく、さらに他者や社会との折り合いをつけることも求められる、と言う私たち自身のテーマであると感じました。 まさにこの映画で描かれる家族と社会 メディア、警察、法 の相反や矛盾をこのレビュー群に見たようで、二重で味わい深い映画となりました。

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松岡茉優『性格悪そう?』と噂される10の発言!嫌われる理由とは?

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カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『万引き家族』を見た。 是枝裕和監督。 僕はとっても面白かったですね。 見てよかった。 実は映画を見たのは公開後間もない頃だったのに、あれこれ考えて感想書くのをずっと先延ばしにしてきた。 タイトルの『万引き家族』というのはインターネットスラングでいうところの釣りタイトルだろう。 映画のなかでは本物の釣竿を万引きするシーンもあるけれど、もちろんそういう意味ではない。 あえて強烈な拒否反応や嫌悪感を与えそうなインパクトあるタイトルをつけることによって、本来のテーマを事前知識として、あるいは鑑賞の途中まで観客に意識させないようにしたのだ。 そしてそれは見事に成功している。 つまり万引きという題材はあくまで映画の道具立てで、それを借りてべつの何か、貧困とか福祉切り捨てとかネグレクト(育児放棄)などという社会問題と真摯に向き合っていく、いってみればいつもの是枝イズムに溢れた傑作だと思った。 冒頭にこそ父親のリリー・フランキーさんと城桧吏さん(11歳)演じる息子・祥太との華麗な(という言い方は語弊があるが)連携プレイによる万引きシーンがあるが、それ以降は万引きという行為そのものがクローズアップされるシーンは実はそれほど多くない。 だいいちリリーさんは建設現場で日雇いの仕事をしているし(あまり真面目じゃないが)、母親役の安藤サクラさんはクリーニング工場でパートをしている(客の忘れ物をこっそりネコババするけどね)。 ちなみに祥太は「小学校は家で勉強できないやつが行くところ」というリリーさんがうそぶく言葉を信じて学校には行っていない。 一家が住むボロ家の持ち主であるおばあちゃんの樹木希林さんは、月に6万の年金を貰って昼間はパチンコをして暮らしている(ときどき他人の出玉をくすねて)。 要するにふだんの生活で不足する物資、シャンプーとかカップラーメンとかのこまごましたものを万引きで補う暮らしには違いないが、それでもって「万引き家族」とまで表現するのはちょっとオーバーかなあという気が僕はしました。 ただ彼らの生活信条の根底には、「店の売り場にあるものはまだ誰のものでもないから盗んでいい」というリリーお父さんの理屈や、「店がつぶれない程度になら(万引きするのは)いいんじゃない」というサクラお母さんの言い分があり、どちらもそうとう自分勝手で誤った無茶苦茶な理屈だけど、当人たちはそれを免罪符のようにしているのは確かだ。 「万引きは立派な犯罪です」というより、自分たちのような社会からこぼれ落ちた人間が、その社会からのほんのちょっとおこぼれを頂戴するだけの行為のいったいどこかいけないのか、という憤りとも開き直りともつかない気持ちが彼らのなかにはあれど、なにか社会に復讐してやろうとかいう壮大な覚悟はおそらくないし、スリルを求めてとかいうゲーム性も感じられない。 でまあ、そんなふうにそれなりにしあわせに暮らしていた家族に、親に虐待されアパートのベランダで隠れるように身を潜めていた佐々木みゆさん扮する女の子を不憫に思ったリリーさんが家に連れてきて、一緒に暮らすようになる。 そこから、この一家のありようが微妙に変化してくるという話だ。 映画的には、この出来事で一家の隠された秘密が徐々に明らかになってくるという仕掛けだった。 万引きという行為、誘拐まがいの行為を除けば(そういうのを除くというのもアレなんですけどね)、おんぼろで小さな平屋建ての家で共同生活を送っている一見どこにでもいそうな貧乏だけど明るく楽しい家族(サザエさん一家みたいな)の、ありふれた日常が淡々と綴られる映画なのだった。 そこのところを退屈と感じるかどうかがひとつ、映画をどうこう判断する分かれ目になるだろうなあ。 『万引き家族』の骨子は、僕は祥太の成長の物語だと思っている。 ある日突然りん(先刻の女の子のこの家族内での名前)という妹が出来、彼女に兄として慕われるようになるにつれ祥太は自分でも気づかないうちに変わっていく。 ひとつ転換点となる象徴的なシークエンスが、りんと駄菓子屋で万引きをしようとしたところを柄本明演じる店のおじさんに見つかり、「妹には、これ(万引き)やらせるなよ」と駄菓子をくれて見逃してもらうくだりだ。 サザエさんの例でいえば、伊佐坂先生みたいな懐かしい感じの町内会のおじさんが出てくるあたりに是枝監督の真骨頂があると僕は密かに思っているんだけどもね、この社会というのはもはやどこにも救いがないように見えるけれど、案外柄本明さんのような大人が(数は少なくなったが)まだまだいて、ルールを外れた行為をときには見過ごしてくれたり思いやりある忠告を与えてくれることによって、懐の深い社会を形成しているのだというふうなね。 ちょっとあそこいいシーンでしたよね。 祥太も柄本明さんの言葉で、自分がこれまでなにも考えずくり返してきた行為を、妹であるりんにまではやらせちゃいけないのではないかと思いはじめる。 あるいは「店のもはまだ誰のものでもないから(万引きしても)いいんだ」と言っていた父親が、工事現場で怪我をして働けなくなり皮算用していた労災も下りず、万引きもままならない身体になった途端、再び車上荒らしを始めるのを見て、それもどこか腑に落ちないものを感じてくる。 手垢のついた表現でアレなんですけど、ちょっとエディプスコンプレックスのような、「父親殺し」というほど過激なことまではいかないまでも、父親越えのような。 これまでずっと盲信してきたリリーさんに対する信頼が揺らぎ始めるようになるのだった。 小さな家の縁側から家族で花火を見上げるシーン。 このシーンはいつまでも心に残る……。 クライマックスはある夏の日。 リリーさん一家は電車に乗って日帰りで海へ遊びに行く。 そこで祥太は、母親サクラさんの妹の亜紀の水着からこぼれおちるおっぱいに思わず見惚れてしまうのだった。 祥太の成長がもはや飽和点に到達したことを強く印象づける面白いシーンだった。 この海水浴のシークエンスは全編、ことに海ではしゃぐ家族の様子を砂浜から静かに見つめる樹木希林さんの見事な演技もあいまって、奇跡のように素晴らしいシーンの連続だった。 あたかも家族の最期の晩餐みたいな。 ついさっき亜紀のおっぱいなんていきなり説明もなしに書いたけど、映画見てない人には亜紀って誰? ってことだよね。 亜紀は安藤サクラさんの妹でこの役は松岡茉優さんが演じている。 祥太からすれば叔母さんに当たることになるのか。 亜紀は女子高生がエッチな行為を見せてくれるという風俗店で働きながらリリーさん一家と同居しているのだ。 話は逸れるが(でも重要なこと)、僕が気になったのは家族のなかで亜紀だけがちょっと独特のポジションにいるというか、彼女は風俗で稼いだお金を一家の生活費に入れなくていいことになっていて、それになにより亜紀だけがなぜか万引き家族のなかにあって唯一万引き(およびそれに類する盗みのたぐい)をしないのだ。 『万引き家族』なのに万引きしない。 それはなぜなんだろうと、僕は映画を見てる最中も見終わった後もずっとそのことを考えていた。 父親がいて母親がいておばあちゃんがいて子どもが二人いて、家族と名乗るにはもうそれだけでも十分過ぎる構成なのに、わざわざお母さんの妹の亜紀まで同居させる理由はいったいどこにあるのだろうと。 話をこれ以上ややこしくする必要があったのかと。 結論から書くと、ひとつは先ほどの祥太やリリーさんの「性」の問題を浮き上がらせるためのアイコンとして。 家の中でリリーさんと亜紀がふたりきりになるシーンがあって、あそこちょっとドキドキしたもの。 で、そのあとのソーメンからの例のくだりに繋がるわけだからね。 それとこっちが本意だろうけど、亜紀がある意味「傍観者」の立場にいるからなんだと思ったんですね。 あるいは観察者と言い換えてもいい。 彼女は一家と共に暮らしながらも、つねに客観的にこの家族を見ていた。 後述するが事件がすべて明るみになったあと、亜紀ただ一人があの一家の住んでいた元の家に舞い戻り、懐かしそうに家の隅々まで見て回るのが亜紀だった。 こういう考え方はどうだろう。 誰からも見つからないように世間と隔離するようにひっそり暮らしているリリーさん家族と、反対に誰かに見つかりたがっている、というか実は特定の誰かに自分の存在を見つけてほしい(認めてほしい)と願望している存在の亜紀、という構図を監督は意図して作りだしたのではないかと。 観察者を内部に抱えることによって、この万引き家族の特異さがよりいっそう際立ったのは間違いない。 言ってみれば亜紀は観察者であり物語の語り手のような存在だったのだ。 世間から目立たないように暮らす特異な家族の物語の(ちょっと信用できない)語り手。 あるいはこの物語のすべてが亜紀の妄想であり、彼女が作りだしたファンタジーだったといってもいいかもしれないとさえ僕は思う。 映画を見た人はすぐわかると思うけど、あの「4番さん」を膝枕しながらそっと話して聞かせたようなファンタジーなのかもしれない。 祥太が劇中でリリーさんに話して聞かせる『スイミー』という小学校の国語の教科書にも出てくる物語がある。 小さな魚たちが群れを作り大きな魚のふりをして巨大なマグロから身を守ろうとする話。 振り返ってみるとリリーさん一家を象徴するとっても重要なメタファーなんだけど、亜紀はあのスイミーの群れには含まれない。 なんとなれば彼女には、群れを作ってでも生き延びてやろうという逞しさも熱量もないからだ。 亜紀はそれほど儚い存在なのだった。 自分よりかよわいりんと出会うまでは完全に亜紀はそんなふうだった。 でも彼女だって変わりはじめる。 自分よりうんとかよわいりんと出会ってから。 そして少し残酷な言い方になるが、自分の思いを声に出して誰かに伝えることが物理的に叶わない「4番さん」と出会うことによって。 まあ総じてこの物語の登場人物たちは、老い先短いおばあちゃんと絶賛能天気なリリーさん以外(リリーさん本人じゃなくて役柄)、みんな成長するのだ。 祥太は言うに及ばず幼いりんも、母親のサクラさんも母性に目覚め、もちろん亜紀にもそんな兆しが見える。 話を元に戻します(どこに戻せばいいのやら)。 樹木希林さん演じるおばあちゃんが海への日帰り旅行のあと唐突に死ぬ。 それから妹みたいに祥太に懐いていたりんが、祥太の真似をしてスーパーでお菓子を盗もうとして見つかりそうになる。 それを庇ってわざと見つかるようなヘタな万引きを打った祥太が、店員に追いかけられ、道路から下のアンダーパスへ飛び降りて怪我してしまう。 たんたんと進んできて物語はここにきて急展開を迎えるのだった。 祥太は警察に補導され、そこからリリーさん一家の意外な真実が次々と明らかになる。 実は彼らは誰一人として血縁関係にない、寄せ集めの家族だった。 そんな家族に警察や司法や福祉の手が、ある意味形式的に、ある意味無造作に、無遠慮に入ることによって貧乏ながらあれほど幸せに暮らしていた家族が、皮肉なことにバラバラになってしまうのだ。 世間の目から逃れるように生きていた「誰も知らない」家族が、ゆえに社会のどこからも誰からも救いの手が差し伸べられること適わなかった家族が、一夜にして今度は世間の誰もが知るところとなった途端、無残に解体されてしまうというこの矛盾。 このつらい現実を僕らは容赦なく見せつけられる。 是枝監督が映画をとおして伝えたかったことは、つまりこのことだったと思う。 人間として社会のルールから若干逸脱した人たちであっても、彼らを受け入れる社会の温かさ懐の深さがもう少しあってもいいのではないかということ。 そして家族として必要なことは血縁なのか、それとも愛情なのかというテーゼも同時に僕らはつきつけられたわけだ。 この問いに対する解がもちろん映画のなかで明確にもたらされることはないが、それは観客ひとりひとりが考えていくべきことだろう。 祥太役の城桧吏さんは『誰も知らない』の柳楽優弥さんを彷彿とさせる目力がある素晴らしい俳優さん。 松岡茉優さんはこの映画でいちばん厄介な役を見事に演じていた。 佐々木みゆさんのけなげさ。 リリー・フランキーさんはしょぼくれたおやじをやらせたらいまこの人の右に出るものがいないと思う。 僕的には田中邦衛さんの域にまで到達した印象。 リリーさんで『北の国から』の続編が撮れるなあと。 安藤サクラさん、樹木希林さんの演技が見事なのはいまさら言うまでもない。 樹木希林さんが玄関先で、やてきた老人福祉員を前に、歯のない口いっぱいにみかんかなにかを頬張るシーンの得も言われぬ凄み。 前述した海のシーンの静かな感動。 安藤サクラさんはラスト近くで取り調べの警察官に、「子供たちは、あなたのことなんて呼んでたの?」と訊かれて曖昧につぶやく。 「なんだろうね。 なんだろうね」 自分たちが盲目的に信じる正義を振りかざす警察官を前にして、怒るでもなく、黙秘を決め込むでもなく、ただあふれる涙を両手で何度も何度も目尻に擦りつけるようにして拭う。 ありとあらゆる感情が入り混じった震えるくらい感動的な演技だった。 もっともっと言いたいことがある。 言いたいことがありすぎて困る。 前述したシーンは言うに及ばず、名前(というか呼び名)にこだわった映画でもあった。 リリーさんは祥太との永遠の別れとなるかもしれない再会の夜、カップ麺にコロッケを浸しながら、「おじさんに戻るわ」とあっさり告げる。 あれほどお父さんと呼んでほしがっていたリリーさんなのにね。 せつない。 翌朝、祥太ひとりを乗せたバスが無情に走り去っていく。 祥太がなにかをつぶやく。 「お父さん」と呼んだようにも見えるけれど、その声はリリーさんにも僕ら観客にも届かない。 実の妹の名前を源氏名にして風俗で働く亜紀というのも、その感情が複雑すぎて怖いなあ。 りんも本名ではない新しい名前で家族の一員として迎え入れられる。 もちろん(たぶん)家族のみんなが、祥太も本名ではないのだろう。 新しい名前、この家族の中でだけ通用すればいい名前。 「4番さん」という風俗のお客さんの存在もそうだ。 彼にも本当の名前があるだろうが、亜紀の前では今は「4番さん」でいいのだ。 自分ひとりの世界では自分の名前などいらない。 ところが自分以外の誰かを呼ぶのにはその人の名前(呼び名)が必要になる。 他人から自分をなんと呼んでほしいかは、その人との距離感によっても違ってくるだろう。 あるいは自分が集合体のなかでどういうポジションでいたいのか。 そういうふだんあまりにも当たり前のこととして深く考えてもいないことが、ときにはとっても大事な意味をもってくることをこの映画は教えてくれる。 あと最後になるが、祥太が補導されたことを知って、リリーさんサクラさんは翔太を見捨てて逃げようとするのだけれど(酷いシーンだけどちょっと可笑しくて笑っちゃった)、あれ僕はね、見捨てたというより未来ある翔太やりんを自分たちとは違う日の当たる社会にもう一度戻してやりたいと思ったからじゃないかなあ、と僕は思いたいですね。 と思う一方で、家族は血縁か愛情かなんて白か黒かの二者択一じゃないし、どっちにしたってそんなきれい事ばかりで家族が成り立っているわけじゃないんだよ、という監督が投げかけた問いに対する監督自身のひとつの解答(メッセージ)みたいなものが示された場面でもあったのかなあと思った。 追記) Amazonプライムビデオでは7月8日より『万引き家族』を見放題独占配信中。 加えて是枝監督の『誰も知らない』('04年)『歩いても歩いても』('08年)『空気人形』('09年)も同日に見放題配信を開始した。 なお『そして父になる』('13年)『海街 Diary』('15年)『海よりもまだ遠く』('16年)『三度目の殺人』('17年)も現在配信中。 (2019. 9現在).

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