瞬く間に落っこちた 歌詞。 まちがいさがし

菅田将暉「まちがいさがし」の歌詞!米津玄師が歌詞に込めた想いを徹底調査!

瞬く間に落っこちた 歌詞

さん「」、米津さん作詞作曲、の感想です。 菅田さんの声はいいですよね。 「正義が乗って、そこに真実がこもる声」という感じがします。 「」でファンになって、「民王」「女城主直虎」「dele」「」は見ました。 ので「自分はまだ何者でもない」とおっしゃっていて、若いのにそう言えるところが何者かだよな、と更にファンになりました。 米津さんの歌は、私にはたいてい何か引っかかりワードがあるのですが、今回は「起きがけ」です。 最初に聞いた時、この言葉を自分は発語したことがないかも?と思いました。 米津さんの言葉には私の中の何かを目覚めさせる作用があって、深い意味を持つ言葉ではないけれど「えっ、今のなに?」と新鮮な刺激を受けるものが多いです。 自分の語彙のデータベースと照合して、意味や使い方を再検討、再構築したくなるというか。 私は米津さんの語彙の成り立ちが知りたいのですが、今のところ、目にしたインタビューからは得られません。 残念です。 この歌の中で好きなフレーズは「瞬く間に落っこちた」です。 米津さんは言葉の跳躍力に秀でているということを「パプリカ」について書きましたが、今回はその力を逆のベクトルに作用させていると思います。 の間違いの方に 生まれてきたような気でいたけど の正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う まず、この歌い出しで世界観に引き込まれますよね。 線引きがされた世界で自分は間違いの方にいるような気がする。 君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 「君」は正解の方にいると「僕」は思っているのだと思いますが、「君」によって何もかもが変わってしまった。 これはあれです、ギルバート・が、石板で頭を叩かれた時から君のことが好きだったよ、アン、ってやつです。 少女漫画、の大原則「男の子は女の子によって運命が変わる」。 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 君と僕をわけていた正誤の世界が、ふたりが指を重ね合わせることで崩れて、マーブルのように混ざり合っていき、気がつくとふたりは落っこちていっている。 アリスのウサギ穴へ、手をつないで、笑ってるかな、わくわくして。 で、落ちたところは花園なんだと思います。 のする「深い春の隅」。 どこまでも幸せな方へ落ちて、落ちて、落ちていくイメージ。 「パプリカ」では、えらく高いところまで飛んだなあ、と思っていましたが、今回は、体の力を抜いて、ほの明るい幸せの淵に落ちていったのね、と思いました。 米津さんの歌は、「聞いたことがないけれど、ずっと聞きたかった歌」という感じがします。 私はこういう歌詞をずっと求めていたのだな、としみじみ思います。 新曲が出るのが毎回楽しみです。 higekuro.

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菅田将暉 まちがいさがし

瞬く間に落っこちた 歌詞

まちがいさがしの間違いの方に 生まれてきたような気でいたけど まちがいさがしの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う ふさわしく 笑いあえること 何故だろうか 涙がでること 君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 退屈なくらいに何気なく傍にいて 間違いだらけの 些細な隙間で くだらない話を くたばるまで 正しくありたい あれない 寂しさが 何を育んだでしょう 一つずつ 探し当てていこう 起きがけの 子供みたいに 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 誰にも見せない顔を見せて 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 目次• はじめに 『まちがいさがし』とは2019年5月14日にネット配信された楽曲です。 4月16日から放送されたテレビドラマ「パーフェクトワールド」で初にて音源 公開され多くの注目を集めているナンバーです。 今作のMVは未だ公開されていませんが数多くのカバー動画が投稿されそのほと んどが動画再生回数50~100万を超えています。 さらに各配信サイトにてデイリー、ウィークリー含め50冠を達成しています。 人気の理由の一つは歌い手と曲提供者にあると筆者は考えます。 カリスマと実力を兼ね備えた大注目の俳優である菅田将暉さんが今作を歌い上げ ます。 そして彼に曲提供したのは新曲を出せばオリコンランキングの頂点に立つと言わ れている平成の貴公子、米津玄師さんです。 2人の作品に対するコメントが寄せられていましたのでご紹介します。 ~菅田将暉さん コメント~ 四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」と。 米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。 きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。 その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者 がいることで自分の存在を肯定することができる。 そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。 救いでも祈りでもない集い。 「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。 REISSUE RECORDSより ~米津玄師さん コメント~ 灰色と青で出会えて以来、会えばその都度「なんかやりたいね」という話を続けてきて、出来上がったのがこの曲でした。 彼の歌を聴くたび、バーンと喉から勢いよく飛び出してくるその声に毎度震えます。 いろんな人に早く聴いてほしいですね。 僕と同じように思うはずです。 REISSUE RECORDSより まず菅田将暉さんのコメントから「生きて行く上での自分の中の不安との向き 合い方」を今作から学んだことを理解することができます。 筆者は彼のコメントから家入レオさんが松任谷由実さんとの出会いで自分の気 持ちに名前を貰ったような気持ちになったことを思い出しました。 このように人は自分では名付けられない気持ちを誰かに名付けて貰えると本当 に安心するのだと思います。 米津玄師さんのコメントにも注目してみましょう。 「会えばその都度」という部分からお二人の仲の良さが実感できますね。 彼が「バーンと喉から勢いよく飛び出してくるその声」と表現しているように 音源を聞くと「確かに!」と共感できました。 安定感に包まれた厚みのある声に筆者も震えたのを覚えています。 そして重要な点が米津玄師さんが今作を菅田将暉さんのために作ったという点 でしょう。 「菅田将暉さんの歌う姿をイメージ」して作られたようです。 歌う姿を鮮明にイメージできたのは彼が「灰色と青」以降、何度も音楽の繋がり を重ねてきて歌う姿を見てきたからに違いありません。 それではさっそくきになる歌詞の考察を始めていきたいと思います。 今回の考察はお二人のコメント内容を尊重し主人公を菅田将暉さんとして進めて いきたいと思います。 しかしながらドラマタイアップでもありますのでドラマ主人公の二人にも重ねて いく部分もありますので宜しくお願いします。 『まちがいさがし』とは コメントの中で菅田将暉さんは一人一人の「心が違う」点に言及していました。 さらに「自分は間違い探しの間違いの絵の方」と述べています。 上記を踏まえて考察すると自分の心はどこか間違っていて他者が正解の絵、だ から他者から自分が間違っている部分を探し学んでいくという意味がタイトル に含められているのだと解釈しました。 よく番組や雑誌で米津玄師さんは菅田将暉さんは自分とは「真逆の存在」だと 語っていたのを覚えています。 ですからお互いに間違い探しをしながら感化を受け研ぎ合っているのを理解で きます。 『まちがいさがし』歌詞の意味 不完全さからの教訓 まちがいさがしの間違いの方に 生まれてきたような気でいたけど まちがいさがしの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う ふさわしく 笑いあえること 何故だろうか 涙がでること 歌詞冒頭では菅田将暉さんのコメントでも述べられていた 点に触れています。 「間違い探し」には「見本」と「見本にはない間違った絵」 の2種類が存在します。 彼は自分が間違った絵であることを実感しているようです。 そして歌詞の趣旨は「誰かの見本となる完璧な人であった としたらそれ以上、大事な何かに気づくことは出来なかった」 と実感しているという点です。 「ふさわしく笑い合えて 涙が出る」こうした感情に出逢えた のは友人であり心の支えとなってた米津玄師さんのお蔭なので しょう。 違ったタイプの人物を見て、お互いに相手を「見本」とし合う ことで不足やそれが満たされていく充足感を味わうことができ たに違いありません。 心の海底を見つめる瞳 君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 退屈なくらいに何気なく傍にいて 間違いだらけの 些細な隙間で くだらない話を くたばるまで 正しくありたい あれない 寂しさが 何を育んだでしょう 水中ゴーグルは肉眼でみるよりもはっきりと海底を 映し出すことができます。 同じように米津玄師さんの瞳は他者には見えなかった 菅田将暉さんの心の奥底を見つめることができました。 友人、いや親友ならではの観察眼に彼も驚愕したこと でしょう。 それと同時に湧き上がる嬉しさを感じたと思います。 お二人はプライベートでもお酒を呑んで会話すること があるようです。 そんなときにするのが「くだらない話」と表現されて いるように筆者は思いました。 「くたばるまで」つまり死んで人生を終えるまで二人 で話していたいという願いが表れています。 そしてこの楽しい至福のひと時の中で菅田将暉さんは これまでの自分の生き方を回想していきます。 誰かと自分を比較してきた人生が何を生んで何を育ん だのだろうかと考えました。 歌詞には語られていませんが、そうした過程の中で彼 と米津玄師さんとの友情関係が生まれそれを育んだの は間違いありませんね。 ドラマのメインの二人である川奈つぐみと鮎川樹にも この部分は当てはまると思います。 つぐみが樹と久々に再会した時、車椅子に座る彼を見 て驚きを隠せずにいました。 樹からすれば彼女の眼は自分の胸を貫くように見えた ことでしょう。 そして彼が向けるつぐみへの視線もさまざまなことを 物語る瞳に見えたに違いありません。 ドラマでは健常者と障害を持たれる方との恋愛をテーマ にしています。 健康な人が決して見本になるわけではなく、どちらも互 いに触れ合うことで自分の不足を感じていました。 とても考えさせられる部分であると同時に教訓的でした。 正や誤よりも玄 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ ここで出てくる「君の手」とは米津玄師さんの ことでしょう。 よくお二人が手を合わせたり肩を並べている構 図を拝見しますね。 「指を重ね合わせ」とは音楽の面でもプライベ ートでも助け合ってという意味なのでしょう。 お互いそうして協力しあっている内に自分がこ れまで考えてきた「自分の正誤を見極めるまち がいさがし」がどうでもよくなっていたようで す。 見出しに「玄」という語を用いたのは米津玄師 さんのネーミングでとりわけ印象深い漢字だっ たからです。 「玄」には「奥深い」という意味があります。 菅田将暉さんは米津玄師さんの瞳に映る奥深さ に魅了されたのではないかと筆者は感じました。 そしてそれは米津玄師さんも同じであり奥深い 彼の歌声、そしてバイタリティに溢れながらも 繊細な部分を持ち合わせる心に惹かれたのだと 思います。 米津玄師さんは今作の詩を書きながら「自分の ことをこうやって思っていてくれるかな、彼は 歌でどうやってその点に応えてくれるだろうか」 と考えたかもしれません。 筆者の黙想はどうあれ今作を通して断言できる ことが一つだけあります。 それはお二人が唯一無二の親友のように感じて いることに「間違いはない」という点です。 まとめ いかがだったでしょうか。 ビッグアーティスト同士がこんなに思い合う作品があったでしょうか。 本記事のサムネイルでは米津玄師さんの髪がショートに対して菅田将暉 さんがロングになっています。 これはドラマの樹とつぐみを演じているのかなと筆者は思いました。 勿論お二人に恋愛感情はないと思いますが、そうした感情を超える家族 の絆のような関係なのかもしれませんね(その場合、どちらが兄なのか) 日々の生活の中で自分と誰かを比較して不足を発見していくものですが そんなことどうでもよくなるくらいの友人に出逢えたら最高ですね。 「友達100人できるかな」という有名なフレーズがありますが、「一握り の親友」を見つけることの方が困難を極めるでしょう。 長い人生の中で一人でも自分の心の奥底を見つめてくれる人物に皆さんも 会えるように筆者は願っています。 今作を力強く(ファルセット予定の部分までも 笑)歌い上げて下さった 菅田将暉さんと熱い思い入れある作品を提供して下さった米津玄師さんに 感謝したいと思います。 素敵な作品を有難うございました! お二人の今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。

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菅田将暉 『まちがいさがし』【歌詞】間違いがあるからこそ人は出会い、幸せになれる。

瞬く間に落っこちた 歌詞

2017年にリリースされた米津玄師さんのアルバム『BOOTLEG』に収録の『灰色と青』で初めてコラボをした2人。 米津玄師さんから菅田将暉さんへの熱烈なラブコールによって実現したそうです。 しかも初対面の時米津玄師さんは緊張のあまり酒を飲みすぎてしまったのだとか 笑 それを機に親交が深まった2人の約1年半ぶりのコラボという事もあって、注目が集まっています! 「まちがいさがし」は菅田将暉の為に書いた曲? 米津玄師さんから菅田将暉さんへの熱烈オファーにより実現した『灰色と青』 そのコラボをきっかけに親交が深まった2人ですが、今回の楽曲『まちがいさがし』は、米津玄師さんが、 菅田将暉さんが歌う姿をイメージして作られた楽曲とのこと。 つまり、ドラマのために書き下ろされた楽曲では無いというわけです。 「この曲を主題歌として起用したい」と提案し、ドラマ「パーフェクトワールド」主題歌として決定したんだそうです。 菅田将暉 コメント 四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」と。 米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。 きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。 その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者がいることで自分の存在を肯定することができる。 そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。 救いでも祈りでもない集い。 「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。 彼の歌を聴くたび、バーンと喉から勢いよく飛び出してくるその声に毎度震えます。 いろんな人に早く聴いてほしいですね。 僕と同じように思うはずです。 事故で脊髄を損傷し車椅子生活を送ることになった建築士・鮎川樹が、高校の同級生・川奈つぐみと再会し心を通わせ合っていくさまが描かれています。 2018年には映画化もされ話題になりましたね! 映画では主演の鮎川役を 岩田剛典さん。 ヒロインの川奈つぐみ役を 杉咲花さんが演じています。 ドラマもいいのですが、個人的には映画での二人の印象が強いですね。 岩田さんの爽やかさに、杉咲花さんの素朴な演技がとても良かったです!胸が苦しくなります 笑 今回のドラマでは、主人公「樹役」の松坂桃李さん、ヒロイン「つぐみ役」山本美月さんの他、瀬戸康史、中村ゆり、松村北斗(SixTONES、ジャニーズJr. )、木村祐一、水沢エレナ、堀内敬子、とよた真帆、麻生祐未、松重豊などの豪華キャストが名を連ねました。 確かに、ドラマ『パーフェクトワールド』の主人公である鮎川くんの境遇に当てはまる部分もありますが、 あくまでドラマと関係なく作られている曲ですので、ここではドラマとは切り離して解釈していきたいと思います。 それではさっそく「まちがいさがし」の歌詞の内容をひも解いてみたいと思います。 この歌詞の主人公は、人と違うことへの劣等感や、たくさんの葛藤を抱えてきたのでしょう。 性格の違い、能力の違い、見た目の違い、境遇の違い・・。 人は皆違って当たり前なのですが、 一般的と呼ばれるモノに対して、自分との違いをふと実感してしまったとき、それは劣等感として心を苦しめることがあります。 でも、違うからこそ独自の感性を持ち、それに共感しあえる人間どうしが出会えた。 「類友の法則」とはよく言いますが、ある意味では、 間違いの方だったからこそ出会いが生まれたのだと言うこと。 そう考えることが出来たとき、はじめて自分自身を肯定することができるようになります。 コメントでも菅田将暉さんは「生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。 」と答えています。 菅田さん本人も、俳優として上を目指してきた中で、きっといろいろな葛藤や劣等感を感じてきたことでしょう。 そしてまた米津玄師さんも同じように劣等感や葛藤を感じながら生きてきたはずです。 そんな二人がこうして出会えたということ。 まさに、菅田将暉さんと、米津玄師さんのような関係性ですね。 これは喜びの涙なのでしょう。 菅田将暉さんのコメントにもあるように「その人自身にしかわからない苦しい境遇の中で、形は違えど対象者の存在が自分を肯定できる。 」と言っています。 それって実はとても大切なことなのかもしれないですね。 以前ラジオで米津玄師さんは「菅田将暉という人物は、自分と真逆の世界に存在する人間」と言っていましたが、だからこそ惹かれあう2人なのでしょう。 違うからこそ惹かれあう・・・。 恋愛にも友情にも言えることですね。 恋人だったり、夫婦だったり。 大切な親友だったり、親や家族の存在だったり。 このサビでは聴き手の境遇によって、いろいろな相手をイメージできる部分だと思います。 「 風に飛ばされそうな深い春」の詩はとても深い表現ですね。 春という、暖かさの中に「心の脆 もろ さ」が現れている部分。 そんな時には、さりげない君の存在が必要なのですね。 何をするでもなく、声を掛けることもなく、ただそばにいてくれる。 本当に心が温かくなる歌詞ですね。 ちなみにここのサビですが、米津玄師さんが菅田将暉さんに渡したデモ音源では、サビの冒頭部分はファルセット 裏声 だったんだそうです。 でも、それを忘れていた菅田将暉さんは、そのまま地声で力強く歌ってしまったとのこと。 しかし、米津玄師さんはその歌声を聴いて「 このサビはこう歌うべきだったんだ!」と思ったそうです。 そしてこの瞬間に「まちがいさがし」は間違いなく菅田将暉の曲として成立したんだそうですよ! 作者として拭えなかった米津玄師っぽさを、いい意味で壊してくれたと語っていました。 ラジオでも菅田将暉さんは「世の中は間違いだらけ」と言っていました。 しかし、それを悲観するのではなく「その中で何を学ぶのか?」ということが大切なのかもしれませんね。 まだ起きたばかりの子供は寝ぼけた状態で、すぐには動き出せないものです。 それでも焦らずゆっくりと・・。 それくらいのペースで自分自身の答えを見つけていこうという意味なのかもしれませんね。 ここでは、どちらかというと、恋人同士を表現しているように感じます。 この部分に関しては、ドラマ『パーフェクトワールド』での2人にとてもよく当てはまる部分ですね。 触れ合う温度で感じた瞬間、過去がどうとか、境遇がどうとか、もはやどうでもよく感じたのでしょう。 辛い境遇、身体的障害もそうですが、性別の問題もそう。 所詮「まかちがい」という決めつけは、一般論が作り上げた、数の暴力でしかないと私は思います。 「瞬く間に落っこちた深い靄 もや 」は、いつ起こるかわからないこと。 でも、誰にでも起こりうる、辛い悲しみが起こったとき、初めてその存在の大きさに気づくのかもしれませんね。 事件、事故、争い。 そして、自分自身が誰かにとってそんな存在になれるように。 この歌詞は本当に深い部分だと思います。 逆境に立たされた、辛い環境の中でこそ見せる本当の顔。 上辺だけでない、人として飾ることのできない状態でこそ本当の顔だと表現している部分ですね。 それを私に見せて欲しいという、汚れた部分も、惨めな状態も受け入れる愛がそこにあるようです。 たとえ今の人生が「間違いの方」だったとしても、そうでなければ出会えなかった、君の存在。 それに気づくことの大切さも表現されている歌詞でした。 ただ、一見すると爽やかで暖かい歌詞のようで、実は人間の深い部分を表現した歌詞でもある様子・・。 聴く人の環境によって捉え方も変わってくるのではないでしょうか?.

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