あはれなりの意味。 中学生の古文 「をかし(おかし)」と「あはれ」の違い|極上の受験勉強法

【百人一首 45番】あはれとも…歌の現代語訳と解説!謙徳公はどんな人物なのか|百人一首解説サイト

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明治時代の末期から昭和 10年代までを活躍した「北原白秋」。 白秋は感傷的・ロマンチシズムあふれる作風で、 100年以上前の作とは思えない瑞々しい輝きを今も放ち続ける名歌の数々を詠んだ歌人です。 今回はそんな北原白秋の名歌 「しみじみと物のあはれを知るほどの少女となりし君とわかれぬ」をご紹介します。 珈琲と和菓子と日本酒の店 喫茶狐菴 しみじみと物のあはれを知るほどの 少女となりし君とわかれぬ 優しい小雨が匂う日に。 本日も黄昏から夜更けまで、皆様のお越しを心よりお待ちしております。 「しみじみと、物事の情趣や心の陰翳を知る少女に成長した君と、別れるのだ。 」 となります。 春の愁いにふさわしい感傷的な恋の気分を詠み上げており、作者北原白秋の理想とする美の世界を表現する一首であるとも言えます。 文法と語の解説• 「しみじみと」 「しみじみと」は副詞です。 物事の様子をそれらしく表現する擬態語 オノマトペ でもあります。 擬態語については後の項で詳しく説明します。 「物のあはれを」 「物のあはれ」は、しみじみとした物事の情緒、無常観に裏打ちされた哀愁のことを言います。 平安時代の王朝文学の時代から言われてきた、美的な観念です。 「少女となりし」 「少女」は「をとめ」とフリガナがあります。 「おとめ」と読みます。 「と」は格助詞です。 「君と別れぬ」 「と」は格助詞です。 「しみじみと物のあはれを知るほどの少女となりし君とわかれぬ」の句切れと表現技法 句切れ 句切れとは、 歌の中の大きな意味の切れ目のことを言います。 この歌に句切れはありませんので、 「句切れなし」となります。 長いため息をつくように、別れのかなしさ、一つの恋の終わりを嘆いて切れ目なく詠まれた歌です。 擬態語 オノマトペ 擬態語とは、 直接に音響とは関係のない状態を描写するのに用いられる言葉です。 「ぐんぐんと成長する」の「ぐんぐんと」、「にっこりと笑う」の「にっこりと」などがそれにあたります。 この歌には 「しみじみと」という擬態語が使われています。 「物のあはれ」、物事の情趣や哀愁・繊細な心の動きや陰りといったようなものを、心の深いところで理解するさまを「しみじみと」という言葉で表現しています。 「しみじみと物のあはれを知るほどの少女となりし君とわかれぬ」が詠まれた背景 この歌の収められている歌集『桐の花』には、 明治 39 年 1906 年 から大正 2 年 1913 年 までの歌がおさめられています。 「しみじみと…」の歌は、この章の冒頭「春」という連作の中の一首です。 エッセイ「桐の花とカステラ」は、北原白秋自身が短歌をどうとらえて詠んでいるのかについて書かれた、歌論風のものです。 このエッセイには、「悲哀」「悲しみ」「寥しさ」「哀調」といった言葉が繰り返し出てきます。 北原白秋は、生きてあることへの哀しみや苦悩を語り、その感傷的情緒を短歌で表現しようとしているのです。 「しみじみと…」の歌には「もののあはれ」という言葉が出てきます。 これは、本来は平安時代の王朝文学の中でいわれ始めた言葉で、 しみじみとした物事の情緒、無常観に裏打ちされた哀愁のことを指します。 「もののあはれ」は、白秋がエッセイ「桐の花とカステラ」で繰り返し語る「悲哀」とも通じるものがあります。 また、北原白秋はこのエッセイの中でこのようにも述べています。 葉がくれに青き果 み を見るかなしみか花ちりし日のわが思ひ出か (現代語訳:葉に隠れるようにして実る桜の実をみると悲しみがこみあげてくる。 花が散ったあの日の思い出がよみがえるから。 ) こうして連作短歌を詠んでいくと、 悲しくも美しい恋物語が展開するようなドラマチックな歌が並んでいることが分かります。 「しみじみと物のあはれを知るほどの少女となりし君とわかれぬ」の鑑賞 「しみじみと物のあはれ…」は、 青春時代のひとつの恋の終わりを素直な言葉でため息をつくように詠んだ切なくも優しい一首です。 平明な言葉で歌の言わんとするところが読み手の心にもすっと入ってくる歌であり、一度聞いたら覚えてしまえそうです。 「少女」に「もののあはれ」を教えたのは、恋だったのでしょう。 若く・幼い恋が一人の少女を成長させ、しかし二人は別れを選ぶ。 この別れもまた彼女を一つ大人にさせていくのでしょう。 二人がどのように関係を育み成長し、そして別れることにしたのか、 いろいろと想像したくなるようなドラマチックな雰囲気を持った抒情的な歌です。 作者「北原白秋」を簡単にご紹介! (北原白秋 出典:Wikipedia) 北原 白秋(きたはら はくしゅう)は、福岡県生まれの詩人、歌人です。 本名は北原 隆吉(きたはら りゅうきち)です。 北原白秋は、 10代半ばに文学に興味をもつようになりました。 与謝野鉄幹が創設し、与謝野晶子らも活躍した雑誌『明星』を好んで読みふけったといいます。 明治 37年 1904年 中学を退学して、早稲田大学英文科予科に入学、上京しました。 早稲田大学では、同郷であることもあって、歌人の若山牧水とも親交をむすびました。 雑誌『明星』を発行していた新詩社に明治 39年 1906年 に参加、同じく『明星』に短歌を寄せていた石川啄木らとも知り合いました。 20代のころは、象徴主義、西洋的な思想、異国情緒あふれる趣味に親しみました。 明治 41年 1908年 、耽美主義的な芸術家と懇談する「パンの会」の中心メンバーとなりました。 処女歌集『桐の花』を大正 2年 1902年 に発行。 抒情的でロマンチシズムあふれる歌風が話題となります。 私生活においては、結婚と離婚を繰り返しました。 最初の妻、松下俊子は、出会ったときにはすでに人妻であり、姦通罪で収監されるというスキャンダルを経て大正 2年 1913年 に結ばれましたが、ほどなく離婚しました。 このスキャンダルの渦中の心情を生々しく伝える歌が、歌集『桐の花』の後半に収められています。 二番目の妻は詩人の江口章子で、大正 5年 1916年 に結婚しましたが、大正 9年 1920年 には離婚します。 翌年、佐藤菊子と結婚、子供にも恵まれ、菊子とは生涯添い遂げました。 詩集、歌集を発表するのみならず、作詞家として、今でも歌い継がれる童謡の作詞をしました。 昭和 17年 1942年 糖尿病と腎臓病が悪化して逝去。 享年 57歳でした。 「北原白秋」のそのほかの作品 (北原白秋生家 出典:).

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百人一首の意味と文法解説(45)あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな┃謙徳公

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050] 小倉山荘では、2000年~2002年にかけて、『ちょっと差がつく百人一首講座』と題したメールマガジンを発行しておりました。 『小倉百人一首』の中から毎回一首ずつ、100回完結の形式で発行いたし、たくさんの方々に愛読いただいておりました。 この度愛読者様からのご要望にお答えし、バックナンバーを作成いたしましたのでおせんべいを召し上がりながらゆったりくつろいでご覧ください。 尚、マガジンの記載内容につきましては発行時点(2000年~2002年)のものであること、お問い合せ等にはお答えできかねますことを重ねてご了承くださいませ。 「とも」の「も」は強調の係助詞です。 【いふべき人は】 全体で「言ってくれそうな最愛の人は」という意味です。 「べき」は当然の意味の助動詞「べし」の連体形で、「人」は「最愛の人」のことを意味します。 【思ほえで】 「思ほえ」は下二段活用動詞「思ほゆ」の未然形で「思い浮かぶ」の意味、「で」は打消の接続助詞で「思い浮かばず」という意味になります。 しかもむなしい死に方です。 【なりぬべきかな】 「ぬ」は完了の助動詞で、「べき」は推量の助動詞「べし」の連体形であり、「ぬべし」で強調の意味です。 全体で「なってしまうのだろうなあ」という意味になります。 あなたに恋いこがれ続けても、そんな私のことを哀れだと言ってくれそうな女性は他に誰も見あたらないまま、むなしく無駄に死んでいくのでしょうか。 江角マキコや米倉涼子などを代表として、今は女性が強くてかっこいい時代です。 男より颯爽としてさっぱりする、過去を振り返らない魅力に溢れていますが、じゃあ男はそんな女性に振り回されてさめざめと泣いているのでしょうか?「拾遺集」の詞書には「もの言ひはべりける女の、つれなくはべりて、さらに逢はずはべりけれ」とあり、言い寄った女性がだんだん冷たくなって逢ってもくれなくなったから詠んだんだそうです。 言い寄った女性に嫌われたから、誰も私を可哀想だと言ってくれない、ああ、このままむなしく死んでしまうのだよ、と嘆いているようですね。 失恋の痛手に嘆く優男の風情で、ひょっとしたら母性本能をくすぐられる男なのかもしれません。 実はこの歌の作者、謙徳公は才色兼備の相当な風流貴公子だったようです。 この人が「ああ、このまま嘆き悲しんで私は死んでしまうのだろうか」なんて言ったら、周りの女性が「ああ、なんてことでしょう」とわっと騒ぎたてたことでしょう。 母性本能をかき立てるどころか、美男特有のパフォーマンスだったのかもしれませんね。 でも今の世の中、本当にちょっとしたことで世の中に絶望して犯罪に走るとか、閉じこもってしまうことも多いですね。 確かにストレスの多い世の中ですが、男性も女性も一度くらいの失恋でくよくよせずに、独り身のイイ男イイ女はいっぱい世の中に余っているのですから。 明るくいきましょう。 この歌には特に名所が詠み込まれていませんが、「拾遺集」には同じ作者の 暮ればとく 行きてかたらむ 逢ふことの とをちの里の 住みうかりしも という歌が収められています。 「とをち」は「十市」と書き、現在の奈良県橿原市十市町にあたります。 橿原市北部にあり、壬申の乱のただ中を生きた大海人皇子と額田王の娘、十市皇女の生まれ故郷だとされています。 最寄り駅は近鉄田原本線新の口駅下車。 橿原市には橿原神宮、昆虫館をはじめ、江戸時代の町並みを残す今井町など、見所が本当に多くあります。 古歌のファンなら、この万葉の里をぜひ訪れてみたいものですね。

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ちょっと差がつく百人一首講座

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高校入試の古文で最もよく意味を問われるのが「をかし(おかし)」と「あはれ」です。 どちらも心が強く動いた時、感動した時に発する言葉ですが、意味や使い方に違いがあります。 まず「をかし」について述べます。 「をかし」は「面白い」とか「趣がある」と訳しますが、この面白いは、おかしくて笑ったときの面白いとは意味が違います。 知的な楽しさでの面白いです。 頭脳が「なるほど!ほう、これは面白い!」と判断し、心がわくわくした時に使うのが「をかし」です。 たとえば、一休さんのとんち話で「この橋、渡るべからず(この橋を渡ってはいけない)」という立札が橋のたもとに立ててあったとき、一休さんが橋の中央を堂々と渡り、それをとがめられて「端を渡ってはいけないとあったので、橋の真ん中を渡りました」と答えたときの「なるほどなあ!」と感心する面白さです。 また、をかしの代表的な文学として清少納言の「枕草子」があります。 枕草子には「いとをかし」のフレーズが随所に出てきます。 有名な「春はあけぼの」の段 夏は夜。 月の頃はさらなり。 闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。 また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。 雨など降るもをかし。 秋は夕暮れ。 夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。 まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。 日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。 この文章にも、「をかし」が何度も出てきます。 これを現代語に訳すときは「面白い」という意味よりも、「情趣がある」とか、「趣がある」と訳すのがしっくりいきます。 清少納言は、「蛍」「夏の夕立ち」「秋の雁」を、季節を象徴する風物詩的なものとして受け止めています。 季節を象徴するそれらのもと、季節に彩られた自然や風景全体とのつながりに知的な楽しさを見出し、「をかし」と表現しているのです。 次に「あはれ」について述べます。 「あはれ」は「しみじみとした趣がある」と現代語に訳すのが一般的です。 現代語では「あわれ」といえば、「かわいそう」の意味になります。 古文の「あはれ」も「かわいそう」の意味もありますが、「しみじみとした趣がある」という意味になることのほうが多いです。 「をかし」も「趣がある」と現代語に訳すのですが、「をかし」と「あはれ」で「趣がある」という心の状態は異なります。 「をかし」の「趣」は「なるほどな!」という頭脳を働かせての楽しさですが、「あはれ」の「しみじみとした趣」というのは、「心が揺さぶられ、感情が動くさま」のことです。 「心情に働きかける趣」が「あはれ」なのです。 「あはれ」について、さらに詳しく説明しましょう。 私たちは、何か予期せぬものを見たり聞いたり、あるいは経験した時、あまりの思いがけなさに感情が強く動きます。 そのとき思わず、口について出る言葉が、「あはれ」なのです。 あまりの思いがけなさに感情が強く動いたとき、その心の動きを表すのが「あはれ」であるため、「あはれ」は、実にたくさんの意味を持つことになります。 たとえばどこかに旅行に出かけたとき、思いがけず満開の桜の花が咲き誇る公園を見つけたとしましょう。 こんな時に、口をついて出ることばが「あはれ」なのです。 また、幼い子が、辛い顔をして泣いているのを見かけたとします。 私たちは、心配でいたたまれなくなり、なんとかしてあげたいという気持ちになります。 この時の感情も「あはれ」なのです。 美しい女性に偶然出会い、すぐさま恋に落ちたとします。 このときの感情も「あはれ」です。 ある人の不幸な身の上話を聞き、不憫に思い、もらい泣きをしたとします。 このときの感情もまた「あはれ」です。 このように「あはれ」は、同情であれ、美しさであれ、見事さであれ、何らかの感情が思いがけず強く動いたときに使う言葉です。 そのため、「あはれ」は、さまざまな現代語に訳すことができます。 あはれは、文脈に応じて、「感動する、かわいそうに思う、悲しく思う、素晴らしいと思う、恋をする、美しいと思う」などと訳すことができるのです。 先ほど引用した清少納言の「春はあけぼの」の段を読めば、「をかし」と「あはれ」の違いが理解できると思います。 「烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。 」は、夕暮れ時、数羽のカラスが寝どころに急いで帰っていく姿に、思いがけず心が深く動くような感動をしたということです。 清少納言は蛍や夏の雨には頭脳を働かせての情趣を感じ、夕暮れの烏には心に響くようなようなしみじみとした趣を感じたのです。 また、「あはれ」の文学で代表的なものは紫式部の「源氏物語」です。 源氏物語は一言でいうと恋愛小説です。 恋愛というのは頭脳でするものではなく、心でするものです。 心が強く動くのが恋愛です。 ですから「あはれ」という語が多いのも納得でしょう。 あはれの文学とは、感動の文学というところでしょう。 最後にまとめると、「をかし」は頭脳の働きとともに湧き起こった感動や趣で、「あはれ」は、自分でも思いがけず、感情がひとりでに動いたときの、心に湧き立った感動です。

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