毎日 新聞 将棋。 新聞に毎日将棋の棋譜?が載せてありますが何のために載せてあるので...

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第7期名人戦の様子 棋戦の分類 タイトル戦 開催概要 開催時期 予選():6月 - 翌年3月 タイトル戦:4月 - 7月 初回開催 1935年~1937年(第1期名人決定大棋戦は2年間) 持ち時間 予選():6時間 タイトル戦:9時間(2日制) 番勝負 七番勝負 主催 公式サイト 記録 現名人 (第77期) (十四世名人) (十五世名人) (十六世名人) (十七世名人資格) (十八世名人資格) (十九世名人資格) 最多優勝 大山康晴(18期) 最長連覇 大山康晴(13連覇) 名人戦(めいじんせん)は、と共催のので、タイトル戦(・名人戦・・・・・・)のひとつ。 の近代化にあたり、以来の終身位名人制を廃し、短期実力制によって名人を選ぶべく、に第1期が開始された(第1期リーグ戦はからにかけての二年間)。 タイトル戦の中で一番長い歴史を有し、の勝者は のタイトル称号を得る。 名人位は竜王位とともにの頂点とされている。 概要 [ ] 名人と挑戦者とで行われる対局()のこと。 名人戦七番勝負の勝者には、で最も格式と歴史のある(として江戸時代初期の1612年以来、実力制タイトルとして1937年以来である)「」のタイトル称号が与えられ、次期の七番勝負終了まで、そのタイトル保持者となる。 ととが共催(2007年度から)し、から協賛を受けている(2005年度から)。 江戸時代以来、近代までは制(ただし血縁絶対ではない、家元制・推挙制)であった。 1929年、読売新聞社による「第一回」開始にあたり、読売新聞社が行ったアンケートに、時の名人が「古来、名人の位は一生涯のものだが、私は時勢に鑑み適当な時期に退隠したいと思う」と回答。 なお、この頃の関根は「名人」ではなく「九段制」を考えていた。 その後、顧問の中島富治の発案を受け、1934年(昭和9年)、学芸部長のが囲碁及び将棋の「実力名人戦」を企画し 、会長のが1935年3月に「昭和12年(1937年)に300年続いた一世名人を廃する」と発表。 同年、名人戦(当初は八段9名のリーグ戦)が開始。 2年にわたる「第1期名人決定大棋戦」の結果、1937年の12月6日にがに勝ち、翌年に予定されていた決勝六番勝負をへることはなく、初代の実力制名人に決定。 1938年2月11日 、十三世名人のは1935年に提出した声明書に基づき名人位を返上し、木村が実力制名人位についた。 これにより以来続いた一世名人制が廃止され、短期実力制名人位制度が開始された。 なお、囲碁は名人戦ではなく戦とされ1939年に開始した。 方式 [ ] 名人戦の予選はと呼ばれ、A級順位戦の優勝者が挑戦者となる。 名人と挑戦者が名人戦七番勝負を戦う。 A級順位戦 [ ] 詳しくはの項を参照のこと。 は各6時間。 名人戦七番勝負 [ ] 名人とA級順位戦の優勝者が七番勝負を戦う。 七番勝負は全国各地の旅館や料亭、あるいは文化的施設など格調高い場所で行われる。 第66期(2008年)以降は第1局を東京都文京区ので行い、第2局~第5局は全国の自治体からの公募により開催地が決定されるのが恒例となっている。 持ち時間は各9時間(将棋界で最長)で、2日制で実施される。 1日目の終わりにはを行い、2日目の開始まで次の手を考えて有利になることがないようにする。 なお、2日目に夕食休憩の時間があるのは、2018年現在タイトル戦の中では名人戦だけ(1日制のタイトル戦ではとがある)。 賞金 [ ] 名人戦の賞金額は通常非公開だが、過去に『』誌上でその一端が公開されたことがある。 同記事によれば、1991年当時の名人及び挑戦者の賞金額は以下のとおり。 対局料 - 名人は1,050万円、挑戦者は450万円。 賞金 - 勝者(名人)は1200万円、敗者は300万円。 名人手当 - 月に約100万円(名人は順位戦の対局がない(=対局料が発生しない)代わりに手当が上乗せされる)。 従って名人位を防衛すると合計で約3,500万円ほどとなり、当時の竜王戦の賞金とほぼ並ぶ計算となる。 変遷 [ ] 当初は1期2年であり、2年間かけて挑戦者を決め、偶数年に番勝負を開催していた。 ただし、1938年、1944年、1946年は挑戦者不在などの理由により番勝負が開催されず、このうち1938年と1946年は、前年である奇数年のうちに名人が決まった。 各期ごとに試行錯誤が重ねられ、挑戦者決定リーグの開催方式が変更された。 1946年に順位戦が始まったことで、1947年以降は1期1年となり、挑戦者決定方法も固定された。 第1期名人戦 [ ] 第1期(番勝負:1938年(開催されず)) 最初の実力制名人は、当時の最高段位であった八段の全棋士が名人候補者決定リーグに参加し、リーグを勝ち抜いた名人候補者2名による六番勝負(3勝3敗の場合は候補者決定リーグ1位の者が名人)で争うことになった。 当初は、1935年から2年間のリーグを行い、1937年に番勝負を開催する予定だったが、神田事件(後述)によってリーグが半年間中断され、番勝負は1938年に変更された。 名人候補者決定リーグは、八段全棋士が総当たりで2局ずつを指す特別リーグ戦の結果と、通常の棋戦における対八段・七段戦(普通戦)の結果をそれぞれ点数に換算して合算することで順位を決した(普通戦では、勝敗だけでなく、相手の段位や手合によって点数が定められた)。 ただし、候補者決定リーグにおける1位と2位の点差が8点を越える大差となった場合には、2位の者の候補者資格を認めず、番勝負は行わずに1位の者が名人になることとしていた。 また、第1期のリーグによる点数が40点を下回った棋士は、次期(第2期)の挑戦者決定リーグ参加権が停止されることとなっていた(第3期から復帰が可能)。 名人候補者決定リーグの当初の参加者(八段)は、、、、、、、(八段昇段日順)の7名だった。 しかし、の八段昇段(すなわちリーグ参加権)の是非を巡って紛糾し、神田の昇段を主張する棋士らが一時連盟から脱退する騒ぎとなった( )。 結果的に連盟は神田の八段昇段を追認して決着。 神田と の新八段2名が加わり、9名でリーグを行うこととなった。 リーグ戦の結果、1937年12月5日から 12月6日の最終局で木村が花田に勝利したため、リーグ戦の成績は木村と花田が13勝2敗で並んだが、点数が1位の木村が103. 7点、2位の花田が95. 6となり、8. 1点差という大差が付いたため、規定により番勝負は実施されず、木村が名人につくことなった。 翌1938年2月11日に、木村の名人就位式が実施された。 また、木見と大崎が規定の40点を下回り、第2期の挑戦者決定リーグ参加資格がなくなった(なお、大崎は病気による途中棄権であり、第2期リーグの途中で死去したが 、木見は規定により第3期からリーグに復帰した)。 順位戦創設以前(第2期から第5期まで) [ ] 第2期(番勝負:1940年) 第2期からは、現在でもお馴染みの挑戦者決定リーグで選ばれた挑戦者が七番勝負で名人に挑戦する形式となる。 挑戦者決定リーグは、前期のリーグで40点以上を獲得した名人以外の八段6名に加えて、新八段1名、八段格として特例で参加が認められた(名人僭称問題によってそれまで連盟に所属していなかった)、七段全員による予選(総当たり2局ずつ)を勝ち抜いた1名の9名に参加資格が与えられた。 挑戦者決定リーグは、第1期にあった普通戦が廃止され、総当たりのリーグ戦を2回(第1次・第2次)行い、その合計の勝敗で挑戦者を決した。 なお、第1次リーグで1勝以下の成績の者(花田が該当)は第2次リーグに参加できず、失格となった。 番勝負は持ち時間各15時間の3日制にて実施された。 土居が13勝0敗で名人挑戦を決めたものの、番勝負で木村に敗退した。 なお、特例として参加した阪田は7勝8敗であった。 第3期(番勝負:1942年) 挑戦者決定リーグは、八段の全棋士10名に、五段 - 七段の予選を通過した2名を加え、12名で行われた。 第3期は、2段階のリーグ戦によって挑戦者が決められることになった。 まず、12名を4名ずつ3組に分けてリーグ戦を行った。 各組の1位3名(土居・神田・渡辺)に加え、各組2位4名による敗者復活リーグを勝ち抜いた1名(塚田)の計4名により、決勝リーグを行った。 決勝リーグを制した神田が挑戦者となったが、番勝負で木村に破れた。 第4期(番勝負:1944年(開催されず)) 挑戦者決定戦は、八段の全棋士12名に加え、五段 - 七段の予選を通過した4名の合計16名で行われた。 これまでのリーグ戦方式を改め、半年ごと(2年間なので都合4回)に予備資格者決定トーナメントを行うことになった。 各トーナメントの勝者が予備資格者として名人(木村義雄)と半香落ち(香落ちと平手を交互に指す)ので予備手合三番勝負を戦い、これに勝ち越せば名人挑戦者として改めて名人戦七番勝負に進むことができる。 しかし、予備手合は4回とも木村の勝ちとなり、名人挑戦資格者が出ず、七番勝負を行わずに木村の防衛となった。 1943年前期 木村義雄 2-0 萩原淳• 1943年後期 木村義雄 2-1(1千日手) 大野源一• 1944年前期 木村義雄 2-0 花田長太郎• 1944年後期 木村義雄 2-0 坂口允彦 第5期(番勝負:1946年(開催されず)) 戦時下につき、トーナメントが廃止され、近年の成績により予備資格者の7名が選出された。 この7名が順に木村と予備手合三番勝負を行い、勝ち越した者が正式な挑戦者として名人戦七番勝負に進出することとなった。 しかし、戦争激化により、予備手合が中止され、特例として木村義雄の名人防衛の決定がなされた。 順位戦創設以降(第6期から) [ ] 第6期(1947年) 前年からが開始され、A級順位戦の優勝者が名人挑戦資格を得るようになった。 この年のA級順位戦は八段棋士14名によるリーグ戦(持ち時間は各7時間)で、順位が決定していなかったため、同率首位となった塚田正夫・大野源一・萩原淳の3者によるプレーオフが行われ、塚田が挑戦資格を得た。 この期より番勝負のシステムが、それまでの3日制から「持ち時間各8時間の1日制」に変更された(は行われない)。 第7期(1948年) - 第9期(1950年) 順位戦A級の上位3名と、B級の優勝者による4名がパラマス式トーナメントを行い(A級3位とB級優勝者が対局し、勝者がA級2位と、その勝者がA級1位と対局する)、トーナメント優勝者が名人挑戦資格を得る。 第7期では、第2期順位戦でB級七段だったがパラマス式トーナメントを勝ち抜いて挑戦資格を得ており、名人戦唯一の七段の挑戦者となっている。 1949年の順位戦実行中に、日本将棋連盟と毎日新聞との交渉が決裂し、第9期からの名人戦の主催者は朝日新聞となった。 なお第9期から、番勝負のシステムが「持ち時間各10時間の2日制」に再度変更されている。 第10期(1951年) - 第26期(1967年) A級順位戦の優勝者が挑戦資格を得るように改められた。 第27期(1968年) - 持ち時間を「順位戦は各6時間、番勝負は各9時間」に短縮。 以後現在までほぼ同じ形式を踏襲している。 永世名人 [ ] 詳細は「」を参照 名人位を 通算5期以上獲得した棋士は、原則として後に、である 永世名人を名乗ることができる。 これは、江戸時代から続く終世名人制を引き継ぐためであり、最初の永世名人であるは、十三世名人の次であるから十四世名人を名乗った。 永世名人の資格は、1949年に、名人戦主催者が翌年から朝日新聞に変更となったのを機に制定された。 当時の規約は、名人5期以上の棋士が失冠した際に、連盟がその棋士の人格等を審査し、永世名人に相応しい人物であれば永世名人の称号を贈るというものであった。 規約制定以前の1945年に木村義雄は既に規定の名人5期を達成していたため、当然この資格を獲得し、1952年に名人を失冠すると永世名人を襲位した。 なお、「木村の名人獲得期数5期は1949年に達成したものであり、戦前の獲得期数は実際は4期である」とか「永世名人の規約ができたのは1952年である」などといった誤解がある。 しかし、木村の名人獲得期数と規約制定年と襲位との関係を理解しないことから起きた誤りである。 この規定による永世名人の資格獲得者は、(十四世名人)、(十五世名人)、(十六世名人)、(十七世名人)、(十八世名人)、(十九世名人)の6名である。 このうち、谷川、森内、羽生は現役なので未だ襲位していない。 木村は1952年の名人陥落後に引退して十四世名人を名乗った。 大山は名人13連覇など数々の偉業を称えて、特例で現役でありながら「十五世名人」を名乗ることを許されていた。 2007年11月、中原も名人15期をはじめとする実績を称えて現役中に十六世名人に推戴された。 2017年現在、規定通り引退後に永世名人を名乗ったのは木村のみである。 名人戦と段位 [ ] 上述の通り、第10期以降は名人戦挑戦のために、順位戦A級在位という前提を要する関係上、名人戦挑戦者の段位は必然的に八段以上となる。 八段の挑戦者が名人位を獲得した場合、段位は九段となる。 1973年11月3日に当規定が施行されて以降、名人位獲得に伴い九段に昇段した棋士は、・・・・・の6名である。 尚、谷川と丸山は、五段から八段までの全ての段位を順位戦の昇級に伴い昇段したので、名人位獲得をA級から名人への昇級と考えると五段から九段まで全て順位戦の昇級で昇段したことになる。 歴代七番勝負・A級順位戦 [ ]• 名人戦七番勝負について• 勝敗は名人から見た勝敗。 千は、持は。 " 赤色"は七番勝負の勝者。 " 濃い赤色"は七番勝負の勝者・永世位獲得。 順位戦A級リーグについて• 順位は当期の成績ではなく前期の成績によって決定したリーグ順位。 着色は名人獲得経験者。 1位木村と2位花田が大差となったため、1938年の番勝負は行わずに1937年に名人決定。 前期リーグで規定の点数を満たさなかった八段は出場資格なし。 予選を通過した七段1名が出場。 名人挑戦権獲得者が現れず番勝負なしで木村の名人防衛。 5 1945 木村義雄 - - 木村雄 花田 金子 萩原 坂口 塚田正 大野源 1946 近年の成績で選抜された7名が予備資格者となったが、予備手合が戦争で中止となり、番勝負は開催されなかった。 特例として木村の防衛扱い。 通算成績 [ ]• 記載は名人獲得・挑戦者またはA級在籍10期以上に限る。 太字は永世位獲得者または最多記録。 A級在籍は名人在位も含む。 は休場・戦争中止を除いた年数。 名人戦七番勝負(七番勝負も同様)の模様は、2015年まで(2010年までは)で「将棋名人戦」という番組名で放送されていた。 各局の1日目は17:00-18:00に、2日目は16:00-18:00に生放送されることが多い。 結果はダイジェストとして2日目の夜遅く(翌日の0時台-1時台)に10分程度放送される。 司会をの男性が、解説を棋士が、が解説の聞き手を務めるという3人体制が長く続いているが、2011年は女流棋士が出演せず、第1局で磯辺真季(将棋普及指導員 )が聞き手を務めた後、第2局からは男性アナウンサーが聞き手を兼ねる2人体制となった。 2010年度からは、番組の始めと終わりに初めてテーマ音楽が流されるようになった。 付きのに模したである。 「将棋竜王戦」、囲碁のタイトル戦番組でも同じ曲が使用されている。 また、この名人戦の挑戦権をかけた「A級順位戦」最終戦の実況中継も 「」と題して、2012年までBSプレミアムで時間を区切っての長時間実況中継が行われていたが、2013年は放送チャンネルをと、に移譲(囲碁・将棋チャンネル提供)して行われた。 ネット配信 [ ] (2012年 - )・(2017年 - )による七番勝負の完全生中継が行われている。 名人戦の主催者 [ ] 当初の主催は及びで、のち二社が合併して主催だったが、第9期(1950年)から第35期(1976年)はの主催に変わった。 第36期(1977年)から毎日新聞社の主催に復し、第66期(2008年)より毎日新聞社・朝日新聞社の共催となる。 も参照。 1950年 [ ] この年、名人戦の契約が毎日新聞から朝日新聞に移っている(正確には、1949年の順位戦の中断中の、毎日新聞社と日本将棋連盟との交渉が決裂し、その以降の順位戦、および、翌1950年に開催される名人戦の主催者が朝日新聞になった )。 名人戦を失った毎日はを創設し、再び名人戦の主催社となった後も、王将戦の主催社(新聞社と共催)として現在に至っている。 この節のが望まれています。 参考資料 『名人に香車を引いた男』(中央公論社、2003年、) 1976年 [ ] この年、日本将棋連盟が名人戦の契約金として、前年の1億1000万円から3億円(名人戦2億円、順位戦1億円)の大幅な増額を要求している。 大幅な値上げの背景には、囲碁の序列1位の棋戦であるの契約金が1億6000万円であったため、囲碁に対抗する意味でそれ以上の金額での契約を成立させたいという思惑があったといわれる。 朝日新聞社はこれを拒否し、前年と同じ1億1000万円と一時金1000万円の合計1億2000万円の案を提示した。 連盟は要求額を1億6000万円に引き下げたものの、双方の溝は埋まらず、同年7月に契約は打ち切られた。 その後毎日新聞社が交渉に参加し、9月には契約金2億円で翌1977年度からの名人戦の主催を行うことが決定した(1976年度の順位戦、1977年の名人戦は中止された)。 直後に行われた臨時ので、毎日への移籍の賛否を問う投票が行われ、2票差という僅差でありながらも移籍が認められることとなった。 反対票が当初の予想を大きく上回ったが、これは、この投票の前に順位戦(この年は中止されている)に代わる臨時の昇級棋戦を要求した若手陣が、臨時棋戦の実施を否決されてしまったために反発したためとされている。 名人戦を失った朝日新聞は、1977年から「」を、1982年から「全日本プロトーナメント」(2000年以降は、2006年で終了)を主催している。 なお1991年11月ごろ、日本将棋連盟の理事会で、名人戦を朝日新聞に移そうという動きが表面化していたという記録があるが、この時点では実現しなかった。 1991年8月、日本将棋連盟渉外担当理事のが、朝日新聞社に名人戦主催に復帰する考えがあるか打診した。 日本将棋連盟の8人の理事のうちでも、朝日へ移す案に賛成派は大内、、の3名のみで、のこり5名は反対だった。 その後、91年9月、92年3月、92年5月の棋士会でも、反対意見が多く、廃案となった。 参考資料 「」1976年12月号 2006年 [ ] 2006年3月、理事会は第66期(2008年)以降の主催を朝日新聞社に移管するとの方針を示し、この時点での主催社である毎日新聞社に対し、契約を更新しない旨の通知書を送付した。 事前に何の相談もなく下された理事会の決定に、長年名人戦を通じ棋界を盛り立ててきた毎日新聞社は激怒し、大きな問題となった。 問題が大きくなった要因のひとつとして、毎日新聞社との直接交渉を担当した専務理事(副会長)が「名人戦は朝日に移るが、王将戦を盛り上げて欲しい」との不手際な発言があった。 その後、会長が中原交渉担当の失言の可能性を認めつつも、双方誤解があったという苦しい釈明をしている。 また米長会長は、紙上の連載コラムにおいて「毎日新聞社に通知書を送ったのは、現状の契約条件を変更したい場合にも通知書を送る必要があったためであり、朝日新聞社への移管ありきの話というわけではない」と説明した。 また米長は同コラムで「日本将棋連盟の予算は現在毎年約1億円ほどの赤字が出ており、財務体質の改善のためにも契約の見直しが必要だった」とも述べているが、毎日新聞社側はこの主張に対し「将棋連盟は長年、十分な契約料を貰いながら財務改善の努力を一切しておらず、金に困ったから信義を捨て、伝統を売るのか」と社説で批判した。 2006年度の名人戦の契約額は3億3400万円であったのに対し、朝日は3億5100万円、ほかに臨時棋戦4000万円、普及協力金1億5000万円での5年契約を提示していたという。 通知の撤回を求める毎日に対し、連盟は一時、毎日・朝日の共催を提案するなどの妥協案を提示したが、5月になって補充説明書を毎日に送り、毎日はこれを通知の撤回と見なして契約見直しの協議に応じると発表。 7月10日、毎日が単独での主催による7年契約(1年目は3億3500万円、2年目以降は毎年協議、その他将棋振興金として年3000万円)を提示。 棋戦の契約は通常3年契約で行われており、異例の長期の提案となった。 (当時王位・王座・王将)が対局終了後のインタビューで、(当時名人・棋王)が名人就位式の席上で、(当時竜王)が自身のブログで、それぞれ毎日案を支持することを表明した。 8月1日に臨時の棋士総会が開催され、毎日案の採決が行われた。 結果は賛成90票、反対101票となり、毎日案を受諾しないことが決定したが、賛否の差が少数であったため、朝日は毎日との共催を提案した。 9月19日、毎日は共催についての協議を開始することを受け入れ、11月1日に共催に関して基本事項で合意したと発表した。 12月27日、毎日・朝日両新聞社と日本将棋連盟の間で、契約金などについて合意された。 名人戦・順位戦は5年契約となり、契約金は両社合わせて年額3億6000万円、別枠の将棋普及協力金が年額1億1200万円となる。 また、朝日新聞社が主催しているは朝日新聞社の新棋戦扱いとなり(契約金は年8000万円)、「」に改められた。 毎日新聞社などが主催する(契約金は年7800万円)は継続して開催される。 尚観戦記については双方それぞれの独自の取材を行い、名人戦については双方から1名副立会人をだすこととなった。 参考資料 (現在はリンク切れ、) 参考文献 『新潮45』2006年7月号(通巻291号)、「棋界激震! 名人戦争奪バトルの禁じ手」() 『』2007年1月号、「名人戦の真実」 脚注 [ ]• 『昭和「将棋指し」列伝』(時事新報社)P. 『昭和「将棋指し」列伝』(時事新報社)P. 『現代囲碁大系 別巻 現代囲碁史概説』()P. 関根金次郎声明・『将棋世界「将棋名人戦」~昭和・平成 時代を映す名勝負~』(マイナビ出版刊行)P. 『現代囲碁大系 別巻 現代囲碁史概説』(林裕)P. 日本将棋連盟・2015年8月21日閲覧• 萩原は、神田を支持した花田・金子が脱退した際に欠員補充として昇段した。 なお、神田については脱退時に八段昇段したとする主張が連盟によって追認されているため、萩原の昇段日は神田よりも後である。 週刊将棋編「名局紀行」毎日コミュニケーションズ P. 101• 『将棋名人戦 ~昭和・平成 時代を映す名勝負~』(編集部編、、2014年)p. 『将棋名人戦』p. 将棋世界「巨匠が語る将棋界今昔 木村義雄vs倉島竹二郎」1985年7月。 『将棋名人戦』p. 『昭和のコマおと』(旺文社文庫)P. 161• 『将棋名人戦』p. 将棋世界2018年3月号。 八段格として特例による参加。 なお、現役当時の表記は阪田ではなく坂田。 予選ではなく近年の好成績により七段ながらリーグ参加権が認められた。 五番勝負• により途中休場。 三浦の地位保全のため、翌76期は三浦を含む11名で行われた。 磯辺真季は、1995年1月 - 3月ので佐藤康光のアシスタントを務めている。 2011年名人戦の司会兼聞き手のアナウンサーは、第2局から局順に、・・・・・長野亮( 2011年6月23日閲覧)。 (囲碁・将棋チャンネル)• 『昭和のコマおと』(旺文社文庫)P. 159-160• 編『将棋ファン読本』(毎日コミュニケーションズ)P. 15 「不死鳥・大山の将棋人生」• 『将棋名人戦秘話』(マイナビ)P. 『将棋名人戦秘話』(マイナビ)P. 『将棋名人戦秘話』(マイナビ)P. 70 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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概要 [ ]• 世界で唯一の専門の週刊新聞であった。 発行部数は20万部と称している。 毎日新聞社の社員だったが、日本将棋連盟に提案して、創刊された。 紙面は原則として判24ページ立て(年末年始合併号だけ32ページ)。 将棋の国内におけるタイトル戦をはじめ、マイナビが主催する等の棋譜や関連記事、将棋関連の技術講座、将棋ゲームソフトやインターネットの将棋ウェブサイト情報などを掲載している。 発行は毎週水曜日。 原則モノクロ(1面は青色の題字あり)だが、毎月1回程度カラー紙面を採用。 宅配は販売店にて行われている。 2012年6月13日より電子版も発行。 2015年10月20日、日本将棋連盟とマイナビ出版は、の普及による情報社会の変化などから、「メディアを取り巻く環境は著しく、その役割を終えたと判断した」として2016年3月30日号を以って休刊することを発表した。 主な編集長経験者 [ ]• 大崎千明• 柳沼正秀• 小川明久• 出戸英一郎• 日比生康弘• 雨宮知典 主な編集部出身者 [ ]• (加藤久康、遊駒スカ太郎)• 浅川浩()• 販売ルート [ ]• 販売協力団体にマイナビと関係の近いがあることから、のからの宅配を行っている他、全国主要・での即売、郵送配達が行われている。 即売定価330円、定期購読は1年コース17160円、半年コース8580円(送料いずれも込み) 著者が「週刊将棋」名義の書籍 [ ]• 穴熊ガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1988 週将ブックス. 定跡百科 ; 2• 四間飛車ガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1988 週将ブックス. 定跡百科 ; 1• 不滅の名勝負100 : 昭和の将棋史 週刊将棋編集部 編 毎日コミュニケーションズ 1988• 横歩取りガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1988 週将ブックス. 定跡百科 ; 3• 中飛車ガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1988 週将ブックス. 定跡百科 ; 5• 三間飛車ガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1989 週将ブックス. 定跡百科 ; 4• 終盤の定跡 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1989 週将ブックス• 相掛かりガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1989 週将ブックス. 定跡百科 ; 6• 角換わりガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1989 週将ブックス. 定跡百科 ; 7• 矢倉ガイド 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1989 週将ブックス. 定跡百科 ; 8• 奇襲大全 : 一撃必殺奇想天外抱腹絶倒 前人未踏温故知新の大作戦 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1989• 秘伝大道棋 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1990• 四間飛車ガイド 2 週刊将棋 編, 著 毎日コミュニケーションズ 1990 週将ブックス. 定跡百科 ; 9• 横歩取りガイド 2 週刊将棋 編, 著 毎日コミュニケーションズ 1990 週将ブックス. 定跡百科 ; 10• 詰棋カクテル : 気ままにひとくち 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1990 週将ブックス• 詰将棋ミステリーツアー : 脳細胞と遊ぶ 伊藤果 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1990 週将ブックス• 手筋の達人 1 矢倉基本編 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1990 週将ブックス• 手筋の達人 2 矢倉応用編 武者野勝巳 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1990 週将ブックス• 世紀末四間飛車 急戦之巻 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1990• 将棋news 1990-1991 週刊将棋編集部 企画・編集 毎日コミュニケーションズ 1991• 終盤の定跡 4 必勝編 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991 週将ブックス• 終盤の定跡 : デラックス 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 雁木伝説 : 秘法巻之壱 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 左美濃伝説 : 秘法巻之弍 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 大覇道伝説 : 秘法巻之参 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• おもしろゲーム将棋 : 異次元で遊べ! 湯川博士 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 右玉伝説 : 秘法巻之四 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 振り飛車破り 1 徹底棒銀 所司和晴 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 振り飛車破り 2 徹底左4六銀 所司和晴 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 世紀末四間飛車 持久戦之巻 櫛田陽一 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991• 相掛かりガイド 2 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1991 週将ブックス. 定跡百科 ; 11• やじ馬観戦日記 立浪健一 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週刊将棋特選好プレー・珍プレー集 ; 1• 穴熊マスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 2• 振り飛車破り 3 徹底右4六銀 所司和晴 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992• 横歩取りマスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 3• 三間飛車マスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 4• 四間飛車の基礎演習 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス• 相掛かりマスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 6• 基本定跡マスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 1• 真・石田伝説 : 秘法巻之五 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992• 角換わりマスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 7• 振り飛車破り 5 徹底腰掛け銀 所司和晴 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992• 中飛車マスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 5• 矢倉マスター 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992 週将ブックス. 定跡百科ワークブック ; 8• 手筋術 1 振り飛車編 武者野勝巳 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992• 振り飛車破り 4 4五歩早仕掛け 所司和晴 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1992• 手筋術 2 居飛車編 武者野勝巳 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 将棋ザ・ハプニング 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993 週刊将棋特選好プレー・珍プレー集 ; 2• 将棋ファン読本 2 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 名局コレクション 1 現代矢倉 [ほか]著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 名局コレクション 2 角換わり 中原誠 [ほか]著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 詰パラ傑作選 , 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 詰棋ドリンク : 初心者向け詰将棋問題集 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 振り飛車党宣言! 1 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 将棋ファン倶楽部 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 定跡外伝 : 将棋の裏ワザ教えます。 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1993• 振り飛車党宣言! 2 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 現代矢倉の基礎知識 上 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994 将棋の定跡 ; 1• 清水市代の囲いのエッセンス 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 角換わりの基礎知識 所司和晴 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994 将棋の定跡 ; 3• 初段にチャレンジ : これ1冊で免状獲得 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• さわやかな詰将棋105 : 楽しみながら強くなる 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 振り飛車党宣言! 3 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 風車の美学 : 伊藤果直伝! 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 二段にチャレンジ : これ一冊で免状獲得 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 勝つための詰将棋81 : 1問ごとに強くなる 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 棒銀一直線 : 将棋がもっと楽しくなる! 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 史上最強の穴熊 1 急戦編 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 史上最強の穴熊 2 持久戦編 大内延介 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 世紀末四間飛車 先手必勝編 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 単純明快矢倉・脇システム 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• ひねり飛車の基礎知識 所司和晴 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994 将棋の定跡 ; 4• 奇襲虎の巻 : 明日からすぐ勝てる 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 内藤九段の妙手探し 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 新終盤の定跡 1 ザ必死! 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994• 現代矢倉の基礎知識 下 中村修 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1994 将棋の定跡 ; 2• 勝つための詰将棋81 続 桑原辰雄 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 振り飛車党宣言! 4 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 新終盤の定跡 2 ザ決め手! 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• すぐ勝てる将棋入門 週刊将棋編集部 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 後手無理矢理矢倉 : 矢倉はエジソンに聞け! 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 歩の玉手箱 : 手筋の集大成 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 詰将棋・作意を探せ : 配置駒で推理する , 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 金言玉言新角言 : 知って得する将棋サバイバル術 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 不滅の名勝負100 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 消えた戦法の謎 : あの流行形はどこに!? 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 詰将棋探検隊 : 妙技すべてみせます 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 秘伝穴熊王 : 堅い・攻めてる・切れない・勝ち! 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1995• 名局紀行 : 初代宗桂から将棋四〇〇年 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 投了の真相 : プロの実戦即詰み100題 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 大逆転! : させる技、させないテクニック 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 詰みより必死 : 終盤の超発想法 金子タカシ 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 詰将棋特訓コース 1 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 詰将棋特訓コース 2 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 入玉大作戦 : 逃げるが勝ち! 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 実力初段特訓コース 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 実力二段特訓コース 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1996• 実力三段特訓コース 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1997• 実力四段特訓コース 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1997• 5手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1997• 7手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1997• 9手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1997• B級戦法の達人 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1997• 実力倍増特訓コース 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1998• 実力向上特訓コース 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1998• B級四間飛車の達人 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1998• 3手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1999• 超初心詰将棋3手5手 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1999• 奇襲大全 週刊将棋 編, 執筆,森鶏二 監修 毎日コミュニケーションズ 1999• 81マスどこでも詰ませる5・7・9手 岡田敏 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 1999• 解いて楽しいあぶりだし詰将棋 岡田敏 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2000• 見えたら初段詰将棋100次の一手100 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2000• 新5手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2001• 蘇る秘伝大道棋 週刊将棋 編,湯川博士 著 毎日コミュニケーションズ 2001• 新7手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2001• 初段の終盤 : 実戦次の一手100 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2001 実力養成シリーズ• 二段の終盤 : 実戦次の一手100 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2001 実力養成シリーズ• 三段の終盤 : 実戦次の一手100 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2001 実力養成シリーズ• 四段の終盤 : 実戦次の一手100 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2001 実力養成シリーズ• 新9手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2001• B級戦法の達人プラス 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2002• 詰将棋実戦形パラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2002• 定跡外伝 : 将棋の裏ワザ伝授します 2 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2002• 初級必修次の一手105 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2002• 中級必修次の一手105 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2002• 役に立つ将棋の格言99 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2004 週将ブックス• 我が道を行く定跡の裏街道 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2004 週将ブックス• 手筋の達人 武者野勝巳 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2005 Mycom将棋文庫SP• 手筋の達人 2 武者野勝巳 著,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2005 Mycom将棋文庫SP• すぐに使える将棋の手筋 上 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2005 週将ブックス• 実戦に役立つ詰将棋3手5手 監修,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2005• すぐに使える将棋の手筋 下 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2005 週将ブックス• 詰将棋実戦形パラダイス 2 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケ-ションズ 2006• ひらめき次の一手 初級編 監修,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2006• ひらめき次の一手 中級編 山崎隆之 監修,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2006• ひらめき次の一手 初段編 山崎隆之 監修,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2006• 将棋・ひと目の手筋 渡辺明 監修,週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2006 Mycom将棋文庫SP• 手筋の裏ワザ 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 週将ブックス• 5手7手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 マイコミ将棋文庫SP• 将棋・ひと目の定跡 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 マイコミ将棋文庫SP• 裏定跡の決め手 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 週将ブックス• 1から始める詰将棋 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 マイコミ将棋文庫SP• 手筋の力 初級編 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 マイコミ将棋文庫SP• ワンダー戦法 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 週将ブックス• 二段の力 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2007 週将ブックス• 将棋・ひと目の端攻め 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2008 マイコミ将棋文庫SP• 三段の力 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2008 週将ブックス• 将棋・ひと目の寄せ 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2008 マイコミ将棋文庫SP• 四・五段の力 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2008 週将ブックス• 初段の力 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2008 週将ブックス• 新5手7手詰めパラダイス 詰将棋パラダイス, 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2009 マイコミ将棋文庫SP• 上級者の力 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2009 週将ブックス• 将棋・ひと目のさばき : 軽さが身につく200問 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2010 マイコミ将棋文庫SP• 手筋の隠れ家 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2010 週将ブックス• 力をつける詰将棋3手5手 週刊将棋 編,渡辺明 監修 毎日コミュニケーションズ 2010 週将ブックス• 将棋・ひと目の攻防 週刊将棋 編 毎日コミュニケーションズ 2011 マイコミ将棋文庫SP• 将棋・ひと目の逆転 週刊将棋 編 マイナビ 2012 マイナビ将棋文庫SP• 将棋・ひと目の鬼手 週刊将棋 編 マイナビ 2013 マイナビ将棋文庫SP• 将棋指し57人の日常 週刊将棋 編 マイナビ 2014• 将棋・必殺の決め手 週刊将棋 編 マイナビ 2015 マイナビ将棋文庫• 将棋・逆転の決め手 週刊将棋 編 マイナビ出版 2015 マイナビ将棋文庫• 棋界に伝わる二つの秘法雁木・右玉伝説 週刊将棋 編 マイナビ出版 2016 マイナビ将棋文庫• 週刊将棋30年史 アマプロ平手戦・対コンピュータ将棋編 週刊将棋 編 マイナビ出版 2016• 将棋・B級戦法の達人 週刊将棋 編 マイナビ出版 2016 マイナビ将棋文庫• 真・石田伝説 : 知られざる振り飛車の秘法 週刊将棋 編 マイナビ出版 2016 マイナビ将棋文庫• 完全版定跡外伝 : 将棋の裏ワザ教えます 週刊将棋 編 マイナビ出版 2017 マイナビ将棋文庫• 「次の一手」で覚える将棋序・中盤の手筋436 週刊将棋 編 マイナビ出版 2017 マイナビ将棋文庫• 「次の一手」で覚える将棋・終盤の手筋436 週刊将棋 編 マイナビ出版 2017 マイナビ将棋文庫• 「次の一手」で覚える将棋序・中盤の手筋436 レベルアップ編 週刊将棋 編 マイナビ出版 2019 マイナビ将棋文庫• ポケット3手詰 週刊将棋 編,[渡辺明] [監修] マイナビ出版 2019• ポケット5手詰 週刊将棋 編,[渡辺明] [監修] マイナビ出版 2019 関連雑誌 [ ]• (囲碁の新聞) 脚注 [ ]• Sponichi Annex スポーツニッポン新聞社. 2015年10月20日. 2015年10月20日閲覧。 株式会社マイナビ出版 2015年10月20日. 2015年10月20日閲覧。 外部リンク [ ]•

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第91期棋聖戦五番勝負で史上最年少のタイトル挑戦を決め、別室の記者とオンラインで記者会見する藤井聡太七段=東京都渋谷区の将棋会館で2020年6月4日午後8時28分、玉城達郎撮影 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が解除され、公式戦から遠ざかっていた藤井聡太七段(17)が過密日程を勝ち抜き、第91期棋聖戦五番勝負で最年少のタイトル挑戦を決めた。 挑戦者決定が4日、開幕局は8日で、その間わずか4日間。 異例のスピード開幕だが、1976年以降の公式記録を調べてみると、今回と同様に、挑戦者決定から4日後に開幕したタイトル戦があった。 それは、79年3月に行われた名人戦。 初めて4人が同率首位に並んでのプレーオフに突入した。 プレーオフは3月1、6、9日と行われ、米長邦雄永世棋聖が森雞二九段を破って挑戦者となり、中原誠十六世名人との第1局が始まったのが挑戦決定から4日後の13日だった。 七番勝負は中原が4勝2敗で防衛を果たしている。 将棋ファンの中で挑戦者決定がずれ込んだタイトル戦として思い出されるのは、大みそかに挑戦者が決まった91年度の王将戦だろう。 この時も、同率首位に4人が並び、谷川浩司九段がプレーオフを制して挑戦を決めた後、開幕局は92年1月16日に行われている。 通常、タイトル戦は挑戦者決定から開幕局まで約1カ月の間隔がある。 主催者はポスター作製や立会・解説の棋士などの手配を行い、対局者は作戦をじっくり練り、タイトル戦用の和服を新調したりもする。 逆に、挑戦者を決めるトーナメントやリーグの最終結果が出てから開幕まで最も間隔が空いたタイトル戦は、今月21….

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