仮面 ライダー ジオウ 最終 回。 仮面ライダージオウ 最終回/見逃し配信動画無料視聴50話スピンオフも|VOD鑑賞館

奥野壮、仮面ライダージオウ最終回間近 “先輩ライダー”西銘駿&飯島寛騎がアドバイス 「男劇団 青山表参道X」第2回公演会見

仮面 ライダー ジオウ 最終 回

しかし、ツクヨミは兄・スウォルツ(兼崎健太郎)を王にしようと、ソウゴらを裏切ってしまう。 ツクヨミの裏切りにより、士(井上正大)のスウォルツとツクヨミの世界に人々を避難させる計画は白紙に。 2019年の世界には次々と過去のライダーが戦った敵が現れ、破滅への道を突き進む。 今は破滅を少しでも食い止めるしかない。 戦う道を選んだソウゴの前に、順一郎(生瀬勝久)が壊れたはずのライダーウォッチを差し出した。 時計職人の順一郎はソウゴを思い、密かに修理していたのだった。 完全に主役級の活躍を見せる門矢士の作戦に合わせてスウォルツの野望を防ぐために動き出します。 その作戦の肝であり今回最大の見せ場であったジオウ対オーマジオウはやはり見ごたえがありました。 特にジオウトリニティに変身してからがカッコ良かった。 オーマジオウが自分にはこんな力は無かったと言い、ソウゴが仲間がいるからだと応えるのは感動しました。 1年かけてソウゴが運命に抗い続けてきた結果がこのシーンであり、彼がオーマジオウとは別の人間だということをはっきりと示してくれるものでした。 歳強を誇ったオーマジオウにも一撃を喰らわせることに成功しましたし、良いバトルでした。 願わくば1話かけてじっくり見たい対決で、オーマジオウが最後に何かアシストをしてくれたようですがそれを解くためのヒントも足りなかったように思えます。 これから何が起きるのかと色々と頭を悩ませてしまいました。 これだけでも濃厚な内容だったのですが、現代に帰ってきてさあいよいよスウォルツとの決戦となりそうなところで衝撃的すぎる展開が待っていました。 ツクヨミがこの土壇場で変身するってどういうことですか。 まさかの隠し玉が飛び出しビックリしている間に放送が終わってしまいました。 濃厚過ぎて残り1話で終わるのかと余計な心配をしてしまうくらいに最後まで予測不能で楽しませてくれます。 仮面ライダーツクヨミ 見所が多くて、感想を書くのに困ってしまいます。 門矢士が常盤ソウゴたちに、別々の世界にそれぞれ仮面ライダーがいると言った後に出てくる20個の地球を見ると、ディケイドの流れだと思いますし、士がソウゴたちのよき相談相手になっているなと感じました。 ソウゴたちに語りかける時の士の声が低かったのは、兄貴的存在でわざと低くしている演技なんでしょうか。 海東大樹の声は、相変わらず高いまんまでしたが。 次に気になったのは、順一郎が買い物に行ったが、怪人に襲われたところを、ジオウに助けられましたが、声を聞いて、ソウゴくん?と呟いたのは、さすがだと思いました。 本質を見ている感じがしましたし、行ってらっしゃいと見送る姿はいい感じに思えました。 それで、順一郎が大事そうに抱えていたダンボールの中身は各ライダーのライドウォッチで直そうとしているんですかね。 そういえば、来週の予告で、グランドジオウが出ていましたので、20個全てを直しちゃうんでしょうか。 デンライナーも直してしまいますし、なんかすごいですね、順一郎さん。 最後は、何と言っても、『仮面ライダーツクヨミ』でしょう。 変身したばかりで、どのように戦うのかわかりませんので、楽しみです。 最終回に向けて、いい足がかりとなったと思いました。 実は序盤からツクヨミは変身するのではないかと思っていました。 しかしこのタイミングでそれが実現するとは驚きです。 セー〇ー〇ーンちっくな変身シーン、女性らしいフォルムも素晴らしかったです。 ちょうど変身直後で終わりましたので、最終回で一体どんな戦い方、活躍をするのか、とても楽しみです。 今回は、三手に別れての作戦となりました。 ソウゴは未来に行きオーマジオウと対峙し、ゲイツとディケイドはスウォルツのもとへ、ウォズとツクヨミは街の人たちを救けに向かいます。 ソウゴはこのとき、未来のツクヨミにウォッチを託したようでした。 また、未来でのトリニティへの変身も成功、時空を越えることが出来ることが証明されました。 これらが最終回の決戦へどう影響してくるのか、非常に楽しみです。 また、ドライブ好きとしては魔神チェイサーの登場も外せません。 初めはツクヨミたちに襲い掛かりますが、スウォルツに狙われると助けに入ります。 仮面ライダーの存在しない世界のチェイサーにも、心は在りました。 スウォルツにやられてしまいますが、やっぱりチェイスは格好いいです。 最終回直前ということもあり盛り沢山の内容でしたが、最後の仮面ライダーツクヨミに全部持っていかれてしまいました。 いよいよ来週は最終回。 待ち遠しいです。 まとめ ここにきて、ソウゴが叔父さんにようやく自身が仮面ライダーであることを告げました。 何となくソウゴの覚悟が伝わり今までの仮面ライダーにはない、切なさと悲しさを感じました。 また、ジオウの力が時空を壊す力だったとは、これでスウォルツが何故ジオウの力を奪おうとしていたのか、すべてが繋がったような気がします。 そして、仮面ライダーはやはり仮面ライダー。 どんな時空を越えても正義の味方で人のため、友のために戦うのだと改めて感じさせられました。 最後にまさか、ツクヨミが仮面ライダーに変身するとは思いもよりませんでした。 やや見た目は仮面ライダーと言うよりセーラームーンといった感じがしました。 ソウゴが未来でツクヨミにライドウォッチを渡したときは、初めに話が戻り、ツクヨミが様々な時空のソウゴに働きかけて、様々な時空のジオウが集まるのではと勝手に推測していたため、まさか女性の仮面ライダーになるとは思いもよりませんでした。 物語の一番最初でソウゴがツクヨミにジクウドライバーを渡され変身したことを考えると、確かに誰でもジクウドライバーとライドウォッチが有れば変身できる理屈が通ります。 次回予告では、結局ソウゴはオーマジオウになりそうな感じであったため、ツクヨミの仮面ライダーは負けてしまうのでしょうか?負けるにせよ必殺技が有れば楽しみです。 ライダー達の世界が一つに統合され、各世界に存在していた怪人達が人々を襲っています。 次回の見所は、士の計画は?そのリスクとは?そして、ソウゴから真実を告げられた順一郎おじさんの反応は?といったところでしょうか。 世界の崩壊を止める為の士の作戦ですが、穴があることも分かっています。 一筋縄ではいかないことでしょう。 また、ソウゴは最後のタイムスリップを行うにあたり、今まで一緒に暮らしてきた大叔父の順一郎に全てを話します。 自分が仮面ライダーであること、怪人達と戦ってきたこと。 それらを聞いた順一郎は、どんな反応を示すのでしょうか。 器が大きいのか、天然なのか、大らかなのか、順一郎はこれまで、ソウゴが急に家を飛び出したり、変わった客人を招いてきても、何も聞かず、料理を振る舞ったり笑顔で彼を見守ってきました。 そんな順一郎が初めてソウゴから真実を告げられた時、何を想うのか。 個人的には、次回の一番の見所はここにつきます。 出来る事なら、順一郎はソウゴの良き理解者のままラストを迎えて欲しい。 そう思わずにはいられません。 仮面ライダージオウ最終回動画の予想 1年間見続けた仮面ライダージオウもついに最終回を迎え、とても感慨深いです。 しかし、予告を見るとどうやらツクヨミはソウゴやゲイツを裏切り、スウォルツ側に付くようです。 正直何故このタイミングで裏切るのか、予告を見る限り全くわからないので本編を視聴するのが楽しみです。 もしかすると、ソウゴ達を裏切ったあとにスウォルツのことも裏切るのか?など、疑問は尽きません。 世界がどんどん破滅へ向かっていくなか、オーマジオウとソウゴの関係性に終止符が打たれるわけですが、最後はどういった着地点になるのかも気になります。 最高最善の王になるため邁進してきたソウゴは、オーマジオウに対してどういう形でケリをつけるのでしょうか。 オーマジオウはあくまでソウゴ自信であり、ただの悪い敵といった立ち位置ではないので難しそうだなぁと思っています。 予告の最後ではゲイツが目を閉じ横たわっていました。 そしてその横には激怒するソウゴ。 ゲイツは死んでしまうのでしょうか。 常に良きライバルとして良き同志として敵に立ち向かってきたゲイツの行方も気になるところです。 仮面ライダージオウのラストは、2つの時間軸で形成されると思います。 それはまるで、ドラゴン〇ールのセ〇編のような終わりを予想しています。 まず、ソウゴのいる現代ですが、ライダーウォッチが次々と壊れていく中、そのウォッチ達 各ライダー意思 のようなものが発動し、ウォッチが復活。 その力により、ソウゴはオウマジオウとなる。 その力を使いスウォルツを撃退。 しかし、ウォッチは力を使い果たしたようにすべて消滅。 その消滅したウォッチ達は、各ライダーたちの手元に戻り、各ライダー達の力も復活。 何もなかった。 今までと同じ世界が続いているだけ。 1つ1つの歴史は、融合するものではなく、独立したもの。 このようなメッセージの元にソウゴ側は終了。 一方、スウォルツとの戦いを終えた、ゲイツ、ツクヨミ、ウォズは、自分たちの時代に戻り、オウマジオウと対峙。 パワーアップしたゲイツ、ウォズ。 能力が覚醒したツクヨミの連携により、オウマジオウは倒される。 ゲイツとウォズのパワーアップは、平成ライダーたちのウォッチを使うわけではないので、平成ライダーたちのウォッチが持ち主に帰っても影響はない。 悲願を果たした後、もう会うこともない、ソウゴが良い王様になってくれることを願う。 こんな形で結末を迎えるのではないでしょうか。 最後にまとめ 『仮面ライダージオウ』のこれまでの話の感想としては平成最後のライダーとしての特撮だったため、色々な思い入れがあり、昔ながらの仮面ライダーの要素とかストーリー構成をしっかりと交えながらストーリーが進んでいく感じであったため、楽しめる作品であったことは確かであります。 過去のライダーの敵とかも出てきたりするのでなんだかこういった部分にもしっかりとこだわりをもっているんだなと感じながら作品を見ていた感じであります。 話に登場するライダーの数も増えてしていって、昔のようにライダーが単体で戦うというのがなくなってきておりますが、次世代のライダーであるので致し方ないことかなと思いつつ『仮面ライダージオウ』を見てきた感じであります。 25日の日曜日に最終回を迎えることになった『仮面ライダージオウ』は果たしてどういった結末を迎えエンドを迎えるのか気になるところとなっています。 味方の裏切りによって窮地にたたされた主人公であるけど、周囲の仲間の協力により再び戦う意思と人々を助けるために立ち上がる力をもらったため、いよいよ最終決戦を迎えることになります。 『仮面ライダージオウ』が終わればほんとに平成最後のライダーとしての出番が終わり令和の新ライダーにバトンがつながるため、最終話もしっかりと見たいと思います。 仮面ライダーツクヨミへの変身が衝撃的 仮面ライダーツクヨミへの変身が衝撃的でしたが、それも束の間、ツクヨミは何故かソウゴ達を裏切り、兄スウォルツを王にするべく行動するようで、ツクヨミに何があったのか?(オーマジオウが放った力の影響でしょうか・・・??)これにより士が建てていたツクヨミとスウォルツのいた世界に人々を非難させるという作戦も台無しになってしまう訳ですが(日頃の態度のせいで士が人の事を考えて動くのがなんとも珍しく思えてしまう笑)、破滅を少しでも食い止めるため、ソウゴは戦い続ける道を選ぶなか、順一郎おじさんが平成ライダーのライドウォッチを直していた(!!)ようで、これが最終回において大きな鍵を握りそうな気がします。 ソウゴとゲイツ、ウォズ、そして仲間を裏切ってしまったツクヨミはどうなってしまうのか?士と海東の旅はここで終点なのか?(同じお祭り作品で10年前最終話でこの続きは冬映画で!!という形で非難殺到になったディケイド本編のトラウマが未だ残ってるので笑そのあたりも気になります)。 ただ、ソウゴの前向きなキャラクターから悲惨な終わり方にはならないと思いますが、平成ライダー最後にあたる次回、平成ライダーファンには毎回驚きと楽しみを提供し続けた本作の終了で久々にジオウロスを覚悟しそうですが 笑 、結末をしっかり見届けたいと思います。 すべての平成ライダーが集結は必然でしょう。 平成最後の仮面ライダーシリーズということで、すべての平成ライダーが集結は必然でしょう。 この点はそうあってほしいと思います。 そして、物語の最終回は、前話の予告からわかることは、敵ボスのスウォルツの狙いはすべての世界を1つにし破壊することであり、その野望を実現させるため、スウォルツは歴代ライダーが戦ってきた怪人を次々と世界に送り込む。 そこで、世界を破壊すると言い出す仮面ライダーディケイドの言葉に戸惑う主人公仮面ライダージオウ。 逃げ惑う人々を救うため、仮面ライダーディケイドの作戦にのることを決意し、この作戦は成功する。 しかし、世界を破壊した結果、人類は救われたが、仮面ライダーが存在できる世界は存在しないのではないか。 ゲイツとウォズと共に、大量に出現した怪人たちと戦い、且つアナザーディケイドとなったスウォルツとも激闘を繰り広げる。 目的を完遂しようとするスウォルツでしたが、時空を破壊もしくは暴走させてしてしまう。 ここで、ツクヨミが覚醒し、スウォルツをはるかにしのぐ力に目覚めるが、時空のゆがみを修復するためにその命を捧げる。 それとともに平成ライダーすべてが人類存続の為に時空のゆがみに身を投じ、平成仮面ライダーは消滅する。 ジオウとしての未来はどうなるのだろう。 前回、そうごが、スウォルツから迫られた選択、どう答えを出すのでしょう。 ツクヨミも自分も…みんなの世界を選んで欲しいなぁ。 おじさんに仮面ライダーだと話して、理解あるおじさんが密かに造り出した、最強の武器を手にスウォルツを打つ!そして、世界は平和へと導かれた。 もしくは、スウォルツも何故か若い頃に戻って、憎しみは消え去る…なんて、結末も悪くないかな。 全てが上手くいく、そんな未来は、考えが甘いかな…。 ゲイツやオズ、ツクヨミ、元は、別の場所に居たわけだから、戦いが終わると別れなければならない…そんな気がします。 時間を行き来できるから永遠の別れには、ならないはずだけど、淋しいですね。 オズは、オズだけは、残って欲しいですね。 『わが君の側を離れるなんて、そんな未来は私にはないよ。 』なんて、ひょうひょうと言って貰いたいですね。 そうごが、オオマジオウに勝ち、オオマジオウの力をも手にして、新しい未来を勝ち取るか、オオマジオウを味方にして勝ち進むのか、どちらにしてもゲイツやツクヨミにとっても良い未来への道を切り開く、そこだけは変わらない選択であって欲しいと、期待します。 仮面ライダージオウ最終回までの思い出 ライドウォッチ やはり仮面ライダーの過去の作品をフューチャーしていた回などではないでしょうか。 仮面ライダージオウは平成の仮面ライダーシリーズとしては最後の作品でもあり、集大成的な仮面ライダー作品になっています。 そのため、過去の平成仮面ライダーたちが登場し、しかも一部はオリジナルキャラクターのゲストが当時のキャラクターとして登場するのはかなり嬉しいところではないでしょうか。 そして平成仮面ライダーの中では伏線を回収することなく終わる作品もありましたが、それを仮面ライダージオウにて伏線を回収することもあるのでかなり見どころの作品になったのではないでしょうか。 しかも仮面ライダージオウでは平成仮面ライダーの力を受け継いでライドウォッチによって、その仮面ライダーの能力を手にして戦う事も出来るのです。 これは以前登場していた仮面ライダーディケイドに似てるところもありますが、召喚するのと変身するのではやはり違うのではないでしょうか。 これが以外としっかりしているので、見どころの1つになっていたのではないかと思います。 今では仮面ライダージオウの最終フォームでもあるグランドジオウがかなり強くてかっこいいので、今回の作品は成功したと言えるのではないでしょうか。 個人手にはカブトがいい 仮面ライダージオウで一番印象の回は、仮面ライダーカブトではないでしょうか。 ジオウでは以前登場していた仮面ライダーの回を物語に組み込んでおり、それが本作では要になっているところもあるます。 他の平成仮面ライダーの回でも驚きやサプライズ的な要素もありましたが、仮面ライダーカブトが一番伏線などを回収していた、素晴らしい回になっていたのではないでしょうか。 今ではかなり熱い展開になっている仮面ライダージオウで、仮面ライダーディケイドのかどやつかさがスゥオルツァに敗北したことがきっかけによって、ソウゴたちにはかなり厄介な敵として今も立ちはだかる事になっています。 スゥオルツァはその仮面ライダーディケイドの力が秘めてあるライドウォッチを使用してアナザーディケイドに変身して猛威を振るう展開になっており、この能力を使用して、過去の平成仮面ライダーシリーズの劇場版で登場したダークライダーを呼ぶ寄せています。 これはファンには嬉しい展開になっており、何体かはオリジナルキャラクターを当時のキャストがゲストとして出演してくれており、このキャラクターが本編にも影響をかなり与えています。 最終回ではオーマジオはソウゴになるのか気になる展開になっているのではないでしょうか。 初回の感想から 光ケ森高校に通う常磐ソウゴが、タイムマジーンに乗るゲイツに襲われ、同じ様に2068年から来たツクヨミがソウゴを助けてタイムマジーンで白亜紀に飛び、更に1671年の江戸時代に飛び、ココでソウゴにオーマジオウの事等を話したシーンが、過去から来た若いオーマジオウのソウゴを見て、ゲイツとツクヨミがオーマジオウを止める為に過去へ行く事に気づいた後に、この1話のシーンへと繋がったのかと改めて感じて、よく練られた物語だったなと感じました。 アナザービルドと遭遇した1話で、「王様になりたい、世界を全部良くしたい、みんな幸せに居て欲しい」そう願うソウゴにウォッチが反応し、初めて仮面ライダージオウとなったシーンが、オーマジオウはこの時一人で変身したが、ソウゴはツクヨミやウォズという、いずれ仲間と呼べる存在が見守る中で変身しましたので、思えばこの時から歴史が変わっていったんだなと感じました。 最終回目前だからこそ、この1話での不慣れな変身シーンがより感慨深くドラマチックに感じられました。 まだぎこちなく武器の剣等を使うソウゴも初々しく感じられ、ゲイツが仮面ライダーゴーストのウォッチでゴーストアーマーを装着した場面も初めて見られて、レジェンドライダーの力をこう使うのかと分かり、ワクワクしたのを覚えている印象的なシーンでした。 そんな感想も抱きました。 仮面ライダージオウといえば、平成最後のライダーということで人気を注目を集めました。 歴代ライダーの力を使うことができることや、歴代ライダーのオリジナルキャストが出演するなど、今までのまとめ的なものが主軸にあったと思います。 そもそも一話で主人公ソウゴは魔王になると言われ、それを止めにきたゲイツたちとの絡み合いも注目でしたが、ゲイツとのぶつかり合いの後からは魔王になるという点と、本当にソウゴが魔王なのかという点の対比がおもしろかったと思います。 また、本作のメインではないですが完全な脇役でもない仮面ライダーディケイドとの絡みも注目できます。 ディケイドも平成一期ライダーの総集編ということでジオウと同じようなポジションになるでしょう。 同じようなポジションのライダーがどうなるのか楽しみです。 仮面ライダージオウも残す所の話数が少なくなってきました。 「平成仮面ライダー」のまとめをどのようにして「令和ライダー」に引き継ぐのか。 仮面ライダージオウ自身はどのようなおわりになるのか。 一つの作品で2つの結末が気になるというのも仮面ライダージオウの面白そうな点だと思います。 最後に、平成ライダーの最後、つまり「お祭り状態」であること自体が面白そうだと思います。 面白そうな点は、ソウゴがオウマジオウと対峙する場面です。 ソウゴは、未来で世界を征服しているオウマジオウのような悪にならず、最善の王様になるという目的で平成仮面ライダーの力を手に入れて成長してきました。 オウマジオウを倒し未来を変えるためです。 しかしスウォルツが自身が、ソウゴの力を利用して時空を破壊させるとオウマジオウからソウゴが話をされるとあらすじに書いています。 オウマジオウがソウゴになぜスウォルツの野望を教えたのか? 対峙する中でどうゆうやり取りがあったのか? オウマジオウはソウゴにとっては味方なのか敵なのか、あらすじを見る限り創造が膨らみ非常に楽しみで面白そうなポイントだと思います。 オウマジオウは悪としていままで敵で描かれてきましたが、真の悪であるスウォルツの野望を達成するため、オウマジオウの存在はスウォルツが作り出した偽の世界でおこっていることなのか自分で色々と想像して考えてしまいます。 最終的にオウマジオウとソウゴが力を合わせてスウォルツを倒すのか、そうなるような展開はどのようにこれから描かれていくのか? そのキーポイントが対峙するシーンに現れてくると思います。 今週の放送が非常に楽しみです。

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仮面ライダージオウが最終回を迎えましたが感想を教えて下さい。

仮面 ライダー ジオウ 最終 回

「平成が終わった」という、令和開始からすでに4ヶ月が経過したこの時点で発せられる、耳を疑うような世迷言。 しかしそこに一定の説得力を持たせたのが、他でもない『仮面ライダージオウ』であった。 「平成ライダー20作記念はタイムトラベラーのライダー!過去作の歴史を巡り、魔王となる運命に抗います!」。 約一年前にこれを知った時、期待に胸を膨らませつつ、不安も相当に大きかったのをよく覚えている。 平成ライダーの歴史をひとつに束ねて物語ることなど、果たして本当に可能なのだろうか。 実際に番組が開始されると、ライドウォッチという歴代ライダーの歴史そのものとも言えるアイテムが登場し、それが主人公・ジオウに託されていく物語が展開された。 そして、続々と登場する歴代レジェンドキャストたち。 当時のライダー、当時の怪人。 約20年前、『クウガ』から始まった平成ライダーは、昭和ライダーのように歴史が緩やかに連続する設定を盛り込むことなく、個々が独立した作品群としてシリーズを発展させてきた。 やがて、ファンの俗称だった「平成ライダー」という呼び名が公式に取り込まれ、『ディケイド』が開始される。 それまで番組の冠としてしか連続していなかった平成ライダーを、同作は盛大にライブラリ化し、パッケージングを果たした。 しかし、『ディケイド』には決定的に避けた一点があった。 それは、「リ・イマジネーションという設定を採用することでオリジナルの歴史を扱わないこと」。 パラレル化された「クウガの世界」や「キバの世界」を描くことで、そのライダーの物語ではなく、概念やテーマを紐付けていく。 「不揃い」すぎた平成ライダーの物語をまとめ上げることに、番組コンセプトそのものが駆け出しから白旗を掲げていたのだ。 斜め上の視点から、不遜な態度で平成ライダーを総括していく。 その結果、後年の玩具バブルに繋がるほどに、平成ライダーというコンテンツは巨大に成長していった。 そこから、更に10年。 『仮面ライダージオウ』は、『ディケイド』のその先に踏み込んでいた。 「オリジナルの歴史」から逃げることなく、2017年を訪れればビルドが、2016年ではエグゼイドが、当時のまま活躍する世界を描いた。 制作する東映の公式サイトにも、第1話放送時点で、「レジェンドから逃げずに正面から向き合う」というフレーズが記されていた。 本当に、そんなことが可能なのか。 スポンサーリンク 平成ライダーの歴史は、なぜそんなにも独立性が強いのだろう。 それは、「最初から連続性を意図していない」というシンプルな答えに他ならない。 徹底的にリアルな質感を追求した『クウガ』があれば、鏡の世界とバトルロイヤルという弩級のSFを描いた『龍騎』、ティーンの成長譚としての『響鬼』や、職業ドラマとしての『ダブル』。 それぞれが、それ以前の作品を顧みることなく、毎年のように「時代をゼロから始めて」作品を作ってきた。 その有象無象の集合体が、ただ結果として「平成ライダー」と呼ばれているに過ぎない。 しかし、だからこそ、このシリーズは発達してきた。 作劇や作風を踏襲することなく、更には、仮面ライダーという固定概念に縛られることなく、常に手を変え品を変える。 そこに通底する要素を見出す者もいれば、ありもしない文脈に騒ぐ者も、変化を嘆き憂う者もいた。 しかし、「その時代が求める仮面ライダー」を常に反映させてきたこのシリーズだからこそ、色んな角度から、様々な嗜好を持つ人の琴線に触れ、今日に達してきたのだろう。 まさに「新たな個性、これが平成」。 『ジオウ』に課せられたテーマは、そんな、「不揃い」だからこそ発展してきた作品群を「揃える」という、誰の目にも無理難題なものであった。 小学生当時『クウガ』に衝撃を受け、それから約20年、同シリーズを追いかけてきた私にとって、『ジオウ』はひとつの戦争であった。 公式が持つ平成ライダーへの解釈と、我々個々のファンが持つ解釈。 正史を扱って束ねるというのなら、それは、壮大な解釈戦争が勃発することが目に見えている。 そんな戦いを記しておこうと、このブログでも、毎週感想を残すことを自分に課してきた。 ・ 感想を文字に起こすというのは不思議なもので、書いているうちに、平成ライダーへの様々な思いが溢れてきた。 この作品のあのシーンを観た時の気持ち、あの玩具を買って遊び倒した記憶、あの映画を観に行って受けた衝撃。 『ジオウ』の感想を綴ると銘打ってはいたものの、振り返ってみれば、その多くが『ビルド』以前の平成ライダーを語ってしまっていた。 『ジオウ』を通して、約20年間を走馬灯のように駆け抜ける。 そんな『ジオウ』のメッセージとしては、シンプルに、「今を懸命に・大切に生きる」というものなのだろう。 番組序盤、アナザーライダーが生まれ、歴史が歪み、過去のレジェンドライダーたちの多くが違う歴史を歩むこととなった。 しかし、ビルドにならない桐生戦兎は相棒の万丈と軽口を叩き合い、オーズにならない火野映司は国会議員として誰かの手を掴もうと奔走する。 誰もが、例え歴史が変わったとしても、「今」を生きるその歩みを止めなかった。 やがて、ライダーバトルが再び始まってしまったかと思えば、バトルファイトが終結し、師が不在でも弟子は学びを得て、カブトでない者がカブトとなる。 そうして、我々が知る平成ライダーの物語は、ひとたび歪んだかと思えば、望まない「未来」までもが与えられていった。 「龍騎のテーマ的にもう一度戦いが始まってしまうのは駄目なのではないか」「剣崎と始は再会しないからこそあのエンディングが素晴らしいのではないか」。 そういったオタクたちの拗らせたこだわりを鼻で笑うかのように、『ジオウ』は、容赦なく「過去」に「未来」を付与してきた。 2068年の「未来」で因縁があったゲイツとウォズも、2019年という「過去」なら新しい未来を築くことができる。 未来が過去になり、過去は当然、未来になる。 もうひとつの可能性を象徴していた白ウォズは、「今」を生きる男たちの前に敗北し、消失。 未来で仕込まれたライドウォッチが、仮面ライダーツクヨミとして過去である「今」に発現する。 時計の針のように、未来と過去は紙一重なのだ。 針が指した時刻は、過去の時刻でもあり、未来の時刻でもあり、今の時刻でもある。 混濁する、幾重にも繰り返される時間。 だからこそ大切なのは、「今」を大切に、必死に生きることにある。 スポンサーリンク 主人公である常磐ソウゴは、自身に最低最悪の未来が待っていると知りながら、それを覆そうと懸命に「今」を生きる。 未来から過去を変えようとやってきたゲイツは「今」にほだされ、未来を知るはずのウォズは「今」を前にその書物を破り捨てる。 そして何より、「今」を懸命に生きてきたのは、他ならぬ平成ライダーというシリーズそのものなのだ。 「今」の群れこそが、「不揃い」を意味する。 先に公開された『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』は、これこそをテーマとして、大いなる開き直りを見せた。 露悪的で、卑怯な、しかし絶対的に力強い主張。 平成ライダーにしか作れない、稀有な一作であった。 また、昨年の冬には、『平成仮面ライダー20作記念 仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER』が公開された。 二重にも三重にもメタ構造を重ねることで、平成ライダーを観てきた視聴者への感謝を放つ。 もはやアートの域に達したかのような一作だったが、私のように長年同シリーズを追いかけてきた人にとって、その半生を銀幕の向こうから肯定される感覚を味わえたのは、貴重な体験であった。 『ジオウ』の作品に「あーでもない・こーでもない」と理解や解釈を重ねてきた一年間だったが、その多くが、言葉足らずや明かされぬままに終わってしまった。 「2068年でなぜウォズはゲイツたちを裏切ったのか」「劇場版との整合性はどう解釈するべきなのか」「時間を移動していたと思しきタイムトラベルは実は世界移動だったのか」「そもそもライドウォッチやジクウドライバーとは何なのか」。 そういった意味では、真剣に観ていた人ほどに匙を投げたくなるのが、『ジオウ』だと言えるだろう。 しかし、ここにアクロバティックな「一本筋」を設けるとするならば、「でも、こういうのが平成ライダーでしょ?」という、憤慨を加速させるかのような開き直りだ。 例え整合性がボロボロでも、繋がっていなくても、理路整然でなくとも、その時その時、つまるところの「今」を懸命に生きてきたじゃないか。 レジェンドキャストを大量に出演させ、当時のライダーだけでなく、怪人も武器もエフェクトも、その時に出来るサービスは可能な限り披露してきた。 奇しくも、『ジオウ』が作り上げたこの輪郭こそが、個々で「不揃い」に群れを成してきた平成ライダーそのものなんだ、と。 『ディケイド』のその先。 「平成ライダーをシリーズとして仕立てる」からもう一歩踏み込んだ、「シリーズを通したテーマを見出す」。 ここに挑んだ『ジオウ』は、笑顔で敗北宣言を打ち出したと言える。 「平成ライダーをまとめようと思ったけれど、まとめきれませんでした」。 意気揚々と掲げられる白旗。 そんな、番組が当初打ち出したテーマを自ら反証するかのような、けろりとした笑顔。 しかし、ただ負けて終わりなのではない。 「まときれなかった」結果そのものが、『ジオウ』が辿り着いた答えであった。 だからこそ、この敗北宣言は、開き直った末の勝利宣言でもあるのだ。 「平成ライダーの歴史は束ねることができない。 だがそれがいい」。 「不揃い」で「豊潤」な歴史を、シリーズとしてライブラリ化することはできても、物語としてひとつにまとめることはできなかった。 だからこそ、それこそがテーマである、と。 スポンサーリンク 最終回、平成ライダー全ての歴史を束ねた存在・オーマジオウに、常磐ソウゴが変身を遂げた。 圧倒的なパワーで歴代の敵をなぎ倒すその姿は、「オーマジオウ」ではなく、『仮面ライダージオウ』という番組そのものだ。 全てのライドウォッチを束ねたその存在には、何者も敵わない。 約20年分の、作風・物語・作劇・コンセプト・キャスト・スタッフ・視聴者の、血と汗と涙の融合体なのだ。 そりゃあ、「負ける」はずがない。 そんな『仮面ライダージオウ』こと「オーマジオウ」は、世界を創造するために破壊を行う。 新たに創造された世界は、スウォルツあるいはクォーツァーの画策に反した、「それぞれが独立性を保った20の世界」。 束ねられない平成ライダーは、そのまま個々であれ。 そんなメッセージをはらんだ、20の地球が並ぶ強烈な絵面。 そして他ならぬ「ジオウの世界」は、ソウゴの創造によって、「平成ライダーというシリーズや歴史と不可分である」という十字架から解き放たれた。 真に20番目の独立した世界として、改めて2018年から「今」を紡ぐ。 ソウゴが王様を目指す、『仮面ライダージオウ』の物語。 級友のゲイツやツクヨミらと共に、20番目の「不揃い」がここから幕を開けるのだ。 今思えば、スウォルツの「平成ライダーの歴史をジオウの世界に集約させる」という目的や、クォーツァーの「物語を綺麗にするために平成をやり直す」という作戦は、『仮面ライダージオウ』という番組が当初掲げていた番組コンセプトそのものなのだろう。 事実、物語中盤までは、個々の歴史を改変して繋げることで、そのコンセプトを全うしようとしていた痕跡があった。 しかし、「今を描く」という軸だけは保ったまま、そのコンセプトは緩やかに自壊し、最終回で遂に自らの手によって否定されてしまった。 「不揃い」すぎて「豊潤」すぎる平成ライダーの歴史は、束ねることができない。 しかし、だからこそいい。 そして『ジオウ』もまた新たに、そこに準じていく ・・・だなんて、こんなにも卑怯で小狡い、厚かましい着地もあるまい。 私も心の中に、この着地に憤慨する自分を確実に飼っている。 しかし同時に、どうしようもなく、この結論を受け入れてしまう自分もいる。 それは、他でもない自分自身が、不揃いな歴史そのものに魅了された半生を過ごしてきたからだ。 これを頭から否定してしまうことは、どこか、過去の自分に嘘をついていしまうような気がする。 平成という約30年の時代そのものも、醜く、不揃いであったが、確かに私が生きた時代なのだ。 「凸凹で何が悪い!」「それこそがいいんだ!」というマジックワードは、あまりに図々しい思考停止の呼びかけだと分かっていながら、受け入れたくなってしまう。 そんな自分を完全に殺すことは、私にはできない。 『ジオウ』にNOを突きつけることは、「平成」という時代や「不揃い」を追いかけた自らの半生にもNOを突きつけることになる ・・・などと、どうしてこんなにも荒唐無稽な理論が成り立ってしまうのだろう。 言うなれば、「平成」という元号だけでなく、視聴者の「平成ライダーへの思い入れ」をも人質に取ったのが、『仮面ライダージオウ』なのだ。 平成ライダーの物語を束ねることを諦め、白旗を掲げたと思ったら、全体構造こそが平成ライダーじみていた。 どこまでが計算されたもので、意図された作りなのかは分からない。 いや、おそらくこの凸凹な着地は、あくまで結果論なのだろう。 作り手の欺瞞すら感じられる結果論。 しかし同時に、終わってみれば恥ずかしげもなく「これぞ平成ライダーだったでしょ?」と言ってのける。 そうして、からからと笑う。 ずるい。 なんてずるい。 しかし、『ジオウ』が大好きな自分が絶対的に「今」ここにいる。 この一点だけで、パズルのピースがはまってしまう感覚がある。 最終回でオーマジオウになったソウゴは、自らウォズに祝福を催促する。 「ウォズ、祝え。 ……祝えと言っている」。 このオーマジオウこそが『仮面ライダージオウ』であり、平成ライダーという不格好なシリーズそのものもあるならば、その平成ライダーこそが自らを祝福せよとドヤ顔を決める、なんとも思い上がったシーンだ。 しかし、そこにどうしようもなくグッときてしまった視聴者は、もう決定的に、『ジオウ』の開き直りに屈していたのだろう。 ある種の根負け、諦め。 しかし平成ライダーは、そんな視聴者のうなだれる肩を抱きながら、自らを祝うように諭す。 『ジオウ』とは、一体なんだったのか。 それは、平成ライダーというシリーズへの「セルフ賛歌」であり、ファンの思い入れや元号を人質に取りながら、共犯関係を積み上げていくような、不遜で図々しい作品。 これほどまでに稀有な作品をリアルタイムで追いかけることができた、そこに達成感を覚えてしまうのも、仕掛けられた罠なのだろう。 罠、かかろうではないか。 共犯関係、上等ではないか。 血を吐き愚痴を漏らしながらも、私は『ジオウ』が好きだったと、そう声を大にして言いたい。 ソウゴの、ゲイツの、ウォズの、ツクヨミの。 そして沢山のレジェンドキャストやスタッフの。 彼らの奮闘を、平成から令和に移りゆくこの一年に目撃できた、その危うげな達成感に、まずはゆっくりと浸かりたい。 さようなら、『仮面ライダージオウ』。 ありがとう、平成仮面ライダー。

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【仮面ライダージオウ】 最終話 「2019:アポカリプス」 感想

仮面 ライダー ジオウ 最終 回

変身! こんばんは、ろけねおです! お久しぶりでございます。 更新が遅れてすみません。 前回に書きました通り 『仮面ライダージオウ』も『騎士竜戦隊リュウソウジャー』も8月になってから全然観れませんでした。 そもそもストーリーもあんまり把握してない状況で(それが何よりダメなんですが・・・)何日も間が空いてしまうと、前回何があったのか思い出すのに時間を要してしまい、こんなに面倒ならもう前のことを考えるのはやめようとなってしまい、さらに内容が頭に入らないという状況でした。 実は第47話は観れませんでした。 録画予約はしていたのですが、ウチの犬がレコーダーの電源を根本から引っこ抜いていまして、録画されてませんでした。 47話のストーリーを読んでみると、なかなか重要な回だったようで、実に残念です。 これを観ていないことで、48話、49話のストーリーがイマイチ理解できず、楽しさ半減の最終回でした。 そもそも異世界で王様だったツクヨミちゃんが仮面ライダーになったらば、こりゃもう誰も太刀打ちできないだろうから、ツクヨミ無双という感じでスウォルツもいっぱい出てきた怪物や怪人たちも一網打尽にするのかと思いきや、さっそく裏切ってしまいます。 絶体絶命な上に絶望的な展開となってしまい、この回だけで話、収束するの?関西だけ9月1日になっても『ジオウ』やってるんじゃないの?と心配になりました。 ゴチャゴチャしたおす傾向のある近年のライダーですが、仮面ライダーツクヨミは実にシンプルに仕上がっています。 「ツクヨミ」を漢字で書くと「月読命」と書くそうですから、顔が月なんでしょうね。 次の『ゼロワン』でもさっそく女性ライダーが出てくるそうですし、今後女性ライダーが主人公の物語もあって良いと思うので、女性ライダーをバンバン出して欲しいですね。 さて、終盤やっぱりツクヨミちゃんは味方でしたという展開になります。 さすがにツクヨミちゃんがソウゴを裏切ったまま終わるのはないだろうと思ったので、スウォルツにひざまずいた時にはこりゃ油断を誘うためブラフだなとよぎったんですが、ここまで用意周到に裏で暗躍してきたスウォルツがコロッと騙されるとは・・・。 スウォルツが急にアホに見えました。 なんだかんだ言っても妹だからと言えるのかも知れませんが、王位を奪われて(ツクヨミちゃんが奪ったわけではなく選ばれただけなんだけど)かっち〜んと来て、別の時空に放り投げちゃう兄貴に妹への愛情があるとは思えません。 やっぱりスウォルツはアホが有力です。 短い時間に2回も裏切るツクヨミちゃんも信用できません。 ゲイツ死す 『ジオウ』が始まった時、ゲイツを演じている押田岳くんが、かつて『仮面ライダー龍騎』に仮面ライダーナイトこと秋山蓮を演じた松田悟志さんに似ていると話題でした。 それが急に最終回というタイミングで思い出しました。 こりゃゲイツは死ぬぞ、と。 なぜなら『龍騎』では最終回を前にして主人公の仮面ライダー龍騎こと城戸真司が死ぬのです。 未だこの衝撃的展開を超えるライダーはないと思うくらいのビッグサプライズ。 『ジオウ』においてはさすがにゲイツより先にソウゴが死んでしまってはナンノコッチャわからなくなってしまいますし、ウォズはすでに映画で死んでます。 こりゃゲイツが死によるで〜と胸騒ぎがしたら、 第1話ではソウゴをブチ殺すために未来からやってきたのに、最終回ではソウゴのために死ぬんですから、人間変わろうと思えば変われるんだなと思いました。 ちょいと残念だったのは、敵の攻撃を受けた仮面ライダーゲイツのマスクが割れまして、ゲイツの顔が覗いていましたが、ソウゴが駆けつけた時には変身が解除されてました。 上の画像がそのシーンです。 違う、違う。 そうじゃ、そうじゃない。 つまりは仮面ライダージオウが存在しない状態に戻った、ということでしょうか。 『仮面ライダーディケイド』のときはパラレルワールドとして他のライダーの世界が存在していましたが、『ジオウ』では最終的にオリジナルのライダーの世界がそれぞれ独立してあって、ライダー同士が交わることはないという、本来の平成ライダーの形に戻ったように思いました。 昭和のライダーは客演で以前の主人公が出てくることがありましたが、平成では別の世界として描かれてきました。 ま、『クウガ』と『アギト』は微妙につながってましたけどね。 それがゴチャまぜ映画を作る当たって、新旧のライダーが顔見知りになることがいつの間にか普通になってて、僕もそれを喜んでいたわけですが、 『ジオウ』の最終回で平成ライダーのゴチャゴチャ感をリセットして、今後はすべて別の物語で関連がない作品として楽しんでくださいね、と制作側に通知されたと受け取りました。 それと同時にすべての平成ライダーをひとつなぎにしていたジオウの存在はなくなったのです。 常磐ソウゴはおろか、ソウゴと闘っていた若者たちが普通の高校生になってました。 ウォズだけウォズのままだったのはなぜでしょう。 ウォズがいるかぎり、いつでもジオウを復活させることが出来るようになっているのでしょうか。 ソウゴ以外の子たちは未来の子なんだから、現代は何かと不便なんじゃないかと心配にもなりますが、みんな『ジオウ』の世界での出来事はなかったことになってるんでしょうね。 ウールやオーラはなんて苗字になったんでしょう。 『龍騎』も最終的にはリセットされてしまいましたが、後にそれがなかったことになったかのように『ジオウ』に出てきましたから、これで『ジオウ』が何もないってことにはならないとは思いますが、『ゼロワン』からは過去のライダーと絡まずに盛り上げていきたいという意気込みが『ジオウ』の最終回にあったと思いました。 来年は最終回だけはリアルタイムで観たいです。 それではまた。 See you next time! locatedonneouni.

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