僕 は 上手 に しゃべれ ない。 僕は上手にしゃべれない|絵本ナビ : 椎野直弥 みんなの声・通販

『僕は上手にしゃべれない』椎野直弥 吃音者が書いた小説はリアルで心の叫び。そして吃音者の気持ちを表現してみました。|本の紹介サイト「本を46」今まで読んだフィクション、ノンフィクション、絵本の紹介をしています

僕 は 上手 に しゃべれ ない

中学校入学後の自己紹介も仮病で逃げるほど吃音で悩む悠太は、その帰りに部活紹介のチラシを受け取る。 その中の放送部のチラシが気になり、翌日見学に行くが、きちんと喋れないことが恥ずかしく、逃げ出してしまう。 そんな悠太に部長の立花孝四郎と隣席の美人女子古部は、温かく接し、彼は吃音を克服する努力を始める。 吃音に悩む思春期男子の葛藤を、自ら吃音を持つ著者が温かく描く。 英語教師が授業中生徒を当てない 特に中学校1年でありえないでしょ とか、演劇コンクールで主役を務めた姉が、その芝居の脚本に意義があるからと言って本番でそれを無視した演技をするとか、それが元で演劇部でいじめられたけれども教師からも1年間無視されながらも部活にただ通い続けたとか、美人クラスメートが吃音の彼を友達にしたいがために他の友だちを排除しようと思っていたとか、現実的に考えにくい点は多々見受けられる。 また、周囲の人物が優しすぎることと、その外側の生徒たちが意地悪過ぎることが、不自然に感じられる。 それでも、悩みを持った人の心理描写には納得させられる。 読み物として、というよりも、悩みを持つ少年の気持ちを理解するためにおススメしたい。 中学生向きとなっているが、内容は平易。 高学年からイケます。 勤務している学校の図書館に入っていたため、読んだ。 あっという間に読めた。 しかし内容としては、とても考えさせられた。 小学校中学年程度でも読めると思ったので、勤務先の小学生にも紹介。 他人には分かってもらえない、そう思うことは自分もよくある。 吃音でなくても、そういうことがある人には、共感できる本である。 P.30より引用 「つっかえたって気にするな。 それはまわりの大人たちに何度も言われてきた言葉だった。 でもそれをきくたびに僕は思う。 気にしないなんて、できるわけないじゃないか。 『ね、だからたくさんしゃべりなよ。 家でも学校でも。 相手の反応なんて気にせずに。 笑われたって関係ないっていうぐらいの気持ちでさ。 』 わかってもらえない。 そばにいる家族にさえ自分の気持ちを、苦しみを全然分かってもらえない。 しょせん、なんでもすらすらと気持ちよくしゃべれる人たちには理解できないんだ。 そういう人たちとは、住んでいる世界がちがうんだ。 」 この僕の孤独をわかる人なんかいない。 主人公・柏崎悠太は吃音の症状を抱えている。 中学生になって初めての日、自己紹介が上手にできない不安で保健室に逃げ込んだ。 人の優しさを素直に受け取れないこともある。 自分の苦しみを他人と比べてしまうこともある。 吃音は、確かにこの社会で生きる上でハンデになるだろう。 だからといって、がんばれ、とか、治るようにしよう、というのも、何か違う。 主人公の抱える悩みは「吃音症」だが、誰にでもハンデだと感じることや、生きていくうえで困っていることがあるだろう。 その悩みの大小や重い軽いを、他人がとやかく言うことはできないが、少なくともこの本を読んで、何か新しい考えを得ることができればいいのでは、と思った。 中学での初めての自己紹介を仮病で逃げ出してしまった吃音症の悠太。 そんな悠太だが自分を変えるため、放送部の「練習すればはっきり声を出せる」といううたい文句に惹かれ放送部への入部を決める。 立花先輩やクラスメート古部さんは吃音であっても構わないと悠太を受け入れてくれた。 受験勉強で立花先輩は不在になり、古部さんと2人で発声練習をすることに。 声優を目指している古部さんは「悪魔剣士カヤ」の台本を悠太に一緒に読んで欲しいと言うが、自分の台詞をうまく言えないことに悠太はだんだん嫌になり…。 自分だけが苦しいのではないことや、自分の周りの人間の優しさに気づき成長していく話。 第47回・児童文芸新人賞(日本児童文芸家協会) 中学1年生になった柏崎悠太には吃音があり、うまく喋る事ができない。 このため、小学校では友達も出来ず、寂しい思いをしてきた。 けれど、家族(母と姉)はそれを責める事もなく見守ってくれて、学校でも大きなイジメもなく過ごしてきた。 けれど、普通にしゃべることが出来ないから、中学最初にある自己紹介は気が重い。 初日から笑われるなんて辛い。 具合が悪い振りをして、自分の自己紹介前に保健室に行き、自己嫌悪になる。 また、逃げてしまった、と。 部活の勧誘チラシをいくつかもらった中に「放送部」があった。 「しゃべることが苦手な人でも大歓迎。 発声の方法など丁寧に教えます。 練習すれば、あなたも必ず上手にはっきりと声をだせるようになります」と書かれている。 無理だ、自分にはできないと思いながらも、姉が「いつまでも逃げずに」「自分からしゃべる機会をつくろう」「部活に入ったら」と勧められ、放送部の見学に行ってみることにした。 部活見学で放送部まで行きはしたけど、自分の名前が言えず、また逃げてしまった悠太。 やはり自分には部活なんて無理だと思うのだが、先輩は3年生の立花先輩だけで、1年生が2人入らないと廃部になってしまう。 ぜひ放送部に入って欲しいと言われた。 同じクラスの女子、古部加耶(こべかや)さんも入部希望だと知る。 悠太は普通にしゃべれないから、2人に迷惑をかけてしまうと心配したが、立花先輩も、古部さんも、悠太の話をきちんと聞いてくれて、出来ないことはフォローする、と言ってくれた。 中学生活は思いのほか順調に進み出したのだが、国語の授業で音読があり、クラスメイトに吃音のことがわかってしまう。 古部さんは普段は無表情で、クラスでも誰かとつるもうとしないかんじだけど、悠太がはじめてクラスで吃音と知られて辛い思いをしているのを助けだすように、お弁当を一緒に食べようと誘ってくれた。 立花先輩は3年生で、受験勉強もあるので、早めに引退しなくてはならないけど、古部さんはそれも了解して、悠太の発声の練習を一緒にする。 古部さんは、他に人にはアニメが好きなのを隠したがっていたけど、アニメの台本を読んで悠太にしゃべる練習をすればいいと勧めてくれた。 吃音に悩む主人公が、まわりの人の優しさに助けられながら、成長していく物語。

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僕は上手にしゃべれない (teens’ best selections)

僕 は 上手 に しゃべれ ない

柏崎悠太(ゆうた)は、小1のころからの吃音があり、みんなの前で話すようなときには、仮病をつかったりする。 中学へ入学した悠太は、自己紹介もそれで通り抜ける。 入学式で手にした放送部のチラシに惹かれていた悠太は、放送部の部室で同じクラスの古部加耶(こべかや)とすれ違う。 廃部寸前の放送部を助けるということで、二人は入部。 3年生の立花先輩はなにかと優しいが、受験を控えている身で、部活動は二人での発声練習になる。 吃音はまだわからないことだらけであり、治らないらしい・・・ 悠太の辛さはなかなか理解できないかもしれないが、幸せそうに見える人にもそれぞれに辛さを抱えて生きているということを想像できたらいいかな、と。 お姉さんの演劇部のくだりも辛い。 作者も吃音者であり、大人となった今はずいぶん通り過ぎる術を覚えたようだが、やはり子ども時代には苦労したとのこと。 吃音への理解が深まることを望んで書いたとのこと。 あっという間に読めた。 しかし内容としては、とても考えさせられた。 小学校中学年程度でも読めると思ったので、勤務先の小学生にも紹介。 他人には分かってもらえない、そう思うことは自分もよくある。 吃音でなくても、そういうことがある人には、共感できる本である。 P.30より引用 「つっかえたって気にするな。 それはまわりの大人たちに何度も言われてきた言葉だった。 でもそれをきくたびに僕は思う。 気にしないなんて、できるわけないじゃないか。 『ね、だからたくさんしゃべりなよ。 家でも学校でも。 相手の反応なんて気にせずに。 笑われたって関係ないっていうぐらいの気持ちでさ。 』 わかってもらえない。 そばにいる家族にさえ自分の気持ちを、苦しみを全然分かってもらえない。 しょせん、なんでもすらすらと気持ちよくしゃべれる人たちには理解できないんだ。 そういう人たちとは、住んでいる世界がちがうんだ。 このため、小学校では友達も出来ず、寂しい思いをしてきた。 けれど、家族(母と姉)はそれを責める事もなく見守ってくれて、学校でも大きなイジメもなく過ごしてきた。 けれど、普通にしゃべることが出来ないから、中学最初にある自己紹介は気が重い。 初日から笑われるなんて辛い。 具合が悪い振りをして、自分の自己紹介前に保健室に行き、自己嫌悪になる。 また、逃げてしまった、と。 部活の勧誘チラシをいくつかもらった中に「放送部」があった。 「しゃべることが苦手な人でも大歓迎。 発声の方法など丁寧に教えます。 練習すれば、あなたも必ず上手にはっきりと声をだせるようになります」と書かれている。 無理だ、自分にはできないと思いながらも、姉が「いつまでも逃げずに」「自分からしゃべる機会をつくろう」「部活に入ったら」と勧められ、放送部の見学に行ってみることにした。 部活見学で放送部まで行きはしたけど、自分の名前が言えず、また逃げてしまった悠太。 やはり自分には部活なんて無理だと思うのだが、先輩は3年生の立花先輩だけで、1年生が2人入らないと廃部になってしまう。 ぜひ放送部に入って欲しいと言われた。 同じクラスの女子、古部加耶(こべかや)さんも入部希望だと知る。 悠太は普通にしゃべれないから、2人に迷惑をかけてしまうと心配したが、立花先輩も、古部さんも、悠太の話をきちんと聞いてくれて、出来ないことはフォローする、と言ってくれた。 中学生活は思いのほか順調に進み出したのだが、国語の授業で音読があり、クラスメイトに吃音のことがわかってしまう。 古部さんは普段は無表情で、クラスでも誰かとつるもうとしないかんじだけど、悠太がはじめてクラスで吃音と知られて辛い思いをしているのを助けだすように、お弁当を一緒に食べようと誘ってくれた。 立花先輩は3年生で、受験勉強もあるので、早めに引退しなくてはならないけど、古部さんはそれも了解して、悠太の発声の練習を一緒にする。 古部さんは、他に人にはアニメが好きなのを隠したがっていたけど、アニメの台本を読んで悠太にしゃべる練習をすればいいと勧めてくれた。 吃音に悩む主人公が、まわりの人の優しさに助けられながら、成長していく物語。 あとがきによれば、著者自身がもう20年以上の吃音症とあり、言葉が出なくて焦る気持ちや、からかわれたり相手の態度が変わるのを見る気持ちが、詳細に描かれている。 まれに治ったり軽減する人もいるそうですが、治療法や原因は解明されていないようです。 フリーアナウンサーの小倉智昭氏も、家族の前ではとても吃ると語っていますね。 他にも著名人は国内外に沢山いますし、そんなに気にしなくて良いのでは?と思うのは、喋れるからで、喋れない苦しさはとても大きいと思います。 小学生は兎角苦しむ人達の気持ちがわからず、笑ってしまいがちですが、それはとても酷いことだとわかりますし、他にも様々な問題を抱えた人への想像力を広げるキッカケになるかもしれません。 久しぶりに、本を読みながら涙が止まらない一冊でした。 夏休みの読書感想文にも良いかもしれません。 主人公・柏崎悠太は吃音の症状を抱えている。 中学生になって初めての日、自己紹介が上手にできない不安で保健室に逃げ込んだ。 人の優しさを素直に受け取れないこともある。 自分の苦しみを他人と比べてしまうこともある。 吃音は、確かにこの社会で生きる上でハンデになるだろう。 だからといって、がんばれ、とか、治るようにしよう、というのも、何か違う。 主人公の抱える悩みは「吃音症」だが、誰にでもハンデだと感じることや、生きていくうえで困っていることがあるだろう。 その悩みの大小や重い軽いを、他人がとやかく言うことはできないが、少なくともこの本を読んで、何か新しい考えを得ることができればいいのでは、と思った。 アニメの台本をなりきって読むと治るという考えも一方的で、私が治すというのも不遜である。 文章も特別上手いわけではない。 しかし、この本で吃音の若者は勇気づけられ、吃音でない人は吃音の人の苦しみをある程度理解できるようになるだろう。 だから、この本の価値はある。 『ペーパーボーイ』も良かったが、あれは吃音の少年が様々な人と関わることで成長する物語で、吃音そのものがテーマになっているわけではなかったが、こちらはより吃音そのものを描いているので、その苦しみがリアルに伝わる。 また、この生々しさは、まだ書き手自身が吃音と格闘中だからだろうと思う。 『ペーパーボーイ』も重松清も大人になり、自分の中で吃音と一定のけりをつけ、客観的に見ることができるようになってから書かれた作品で、作家の心に余裕があるのだが、これには殆どない。 現実はこんなに甘くはないだろう。 でも、これくらいのことがあってほしいと、きっと悩んでいる若者は思うだろう。 物語の中なのだから。 とりあえず、それでいいと思う。 学校の図書館には置いてほしい。 自分も今ではだいぶましになったし、吃音と重ねられるものではないかもしれないけれど、中学くらいから滑舌が悪くて舌がもつれることが多くなった。 「はっきり話せ」とか頼んでもないのに忠告をしてくれる大人はいたし、同級生によるからかいもあった。 それだけに、うまくしゃべれないことにコンプレックスを抱いている主人公の思いが痛いほど伝わってきて辛かった。 本当にしゃべるのが嫌になるんだよな。 作中で描かれていたように、悩み事って人それぞれで、見えやすいものもあれば傍目には分かりにくいものもある。 それって当たり前のことなんだけれど、しんどい思いをしているときにはそこまで思いを巡らすことってできない。 やっぱり優しさって大切ですよ。 自分が中学のときにこの本に出会っていたらすごく救われただろうな。 その時から自分は上手に話せないと意識した。 舞台は良い子が集まってくる公立中学校。 悠太は入学式のクラスの自己紹介が言えなくて保健室に逃げてしまう。 悠太は吃音でずっと友達が出来ない。 自分を変えたいと放送部に入部するがー。 努力しても問題をクリアできない不甲斐ない自分に向き合い成長していく青春物語。 私も人前で話せない、恐怖すら覚えるので共感して、でも吃音っもっともっと大変なんだろうと思いながらズルズル泣きながら読んでしまった。 ただ、立花先輩や美人のクラスメイトで同じ放送部員の古部さん、担任の椎名先生の秘密というか背景があまりにもすぐに分かってしまい以外性が無くて工夫が欲しい。 それから中学校の設定の一部がこんなところある?と思って残念だった。 中学生に大いにおススメ。 その中の放送部のチラシが気になり、翌日見学に行くが、きちんと喋れないことが恥ずかしく、逃げ出してしまう。 そんな悠太に部長の立花孝四郎と隣席の美人女子古部は、温かく接し、彼は吃音を克服する努力を始める。 吃音に悩む思春期男子の葛藤を、自ら吃音を持つ著者が温かく描く。 英語教師が授業中生徒を当てない 特に中学校1年でありえないでしょ とか、演劇コンクールで主役を務めた姉が、その芝居の脚本に意義があるからと言って本番でそれを無視した演技をするとか、それが元で演劇部でいじめられたけれども教師からも1年間無視されながらも部活にただ通い続けたとか、美人クラスメートが吃音の彼を友達にしたいがために他の友だちを排除しようと思っていたとか、現実的に考えにくい点は多々見受けられる。 また、周囲の人物が優しすぎることと、その外側の生徒たちが意地悪過ぎることが、不自然に感じられる。 それでも、悩みを持った人の心理描写には納得させられる。 読み物として、というよりも、悩みを持つ少年の気持ちを理解するためにおススメしたい。 中学生向きとなっているが、内容は平易。 高学年からイケます。

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『僕は上手にしゃべれない (teens’ best selections)』(椎野直弥)の感想(33レビュー)

僕 は 上手 に しゃべれ ない

心の中で何度も唱えたけれど、名前が言えない。 中学校の入学式の日、自己紹介から逃げ出した。 この苦しみを誰も分かってくれない——。 吃音に悩む悠太は、部活勧誘の「誰でも上手に声が出せるようになります」との言葉に引かれて放送部に入部。 出会った先輩や同級生、家族の優しさに触れ、悩み、葛藤しながら吃音に立ち向かう。 吃音を隠そうとしたり、吃音を理由に物事から逃げたくなったりする心理。 笑われている感覚。 将来への不安。 そんな思いを包み隠さずに描く。 担任として学級で配慮したい事柄についても考えさせられる。 著者自身も、子供の頃に吃音に苦しみ、周囲の支えで克服した。 作品を通じて吃音者の思いを理解できるようにと、悩みを抱える若者にエールを送る。

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