異 世界 ブック カフェ。 特典まとめ

異世界もふもふカフェ(MFブックス)

異 世界 ブック カフェ

ここ最近、一日に何回もドアを開けて店の前の道を確認する癖が出来てしまった。 討伐に向かったイルが一週間たっても来店してこない。 大好きな読書の時間も内容が全く頭に入ってこないし、一人の時間が好きなのは相変わらずなのに店にイルがいない事が妙に物足りない。 最悪の状況が頭に浮かぶのを振り払いながら根拠のない「大丈夫だよね。 」を頭の中で繰り返している。 結界玉があるから大丈夫だよね…でも私が作った物だし何かあっても発動しなかったかも知れない。 こんな感じで大丈夫だよね、の後にずっと不安が付いて回る。 無意味にガチャガチャとドアを開け続ける日々。 以前だってほぼ毎日来ていただけで、来ない日ももちろんあったのに。 最後別れた時の状況が状況なので不安で仕方ない。 情報収集方法がない引きこもり生活がこんなに辛く感じる日が来るとは…町の方に行ってみようかな。 何かわかるかもしれない。 そんな事を考えている内に、ついに十日経ってしまった。 明日、町に行って騎士団の討伐について調べてみようと決め、町までの移動魔法のやり方を調べておいた。 媒介になる特殊な宝石が必要らしく、ペンダントで検索して出して移動魔法を完成させておく。 もしかしたら今日イルが店に来る可能性もあるかもしれないので、店を開けて入り口側の植木鉢に水をやる。 直後来客を告げるチャイムが頭の中に鳴り響いた。 イルが来るのはいつも午後、こんな早くは来ない。 それでも待ち焦がれていた音に入り口を振り返る。 いつものようにドアを鳴らして見慣れた人が店へと足を踏み入れてくる。 「あ、その、しばらく来れなくてすまなかった。 」 私の驚いたような顔を見て、苦笑したイルは全身包帯だらけだった。 ヘナヘナと足から力が抜けてその場に座り込む。 慌てたようなイルが多少足を引きずりながら近寄って来た。 「お、おい、大丈夫か?」 「…良かった。 怪我は凄そうだけど無事みたいで。 心配してたから安心しちゃった。 イルこそその怪我大丈夫なの?」 「ああ、ようやく動けるくらいには回復した。 早くここに来たくてな、医者を急かして外出許可をもぎ取って来たんだ。 」 そう言ってまた苦笑したイルが、私が立ち上がったのを見てカウンターの席へ腰掛ける。 ふう、と大きなため息を吐いて少し辛そうだ。 「無事なのがわかってすごく嬉しいしホッとしたけど、動いて大丈夫なの?」 「ああ、多少痛む個所はあるが動かすことに問題はない。 ここへも馬で来たしな。 」 窓の外にある運動場を見ると、新しい種類の餌を入れた餌箱にご機嫌に顔を突っ込むイルの馬が見える。 あの子も無事のようでホッとした。 「新しい餌を入れてくれたんだな、ありがとう。 」 「喜んでもらえるなら良かった。 イルもあの子も無事で安心したよ。 」 カウンター内のイルの前に移動して、改めてイルの姿を正面から見る。 腕やら足やら包帯だらけだ。 動きづらそうだし、服で見えない所も怪我だらけなんだろう。 顔にも大きなガーゼが張り付けられている。 「痛そう…普通に物は食べられるの?」 「もうほとんど平気だ。 ただ硬いものは医者から止められてる。 パンとシチューをお願いできるか?」 「かしこまりました。 ちょっと待ってね。 」 シチューを煮込みながら、やわらかめのパンを出してくる。 話すのに痛みはないようだがやっぱりまだ全然本調子ではないんだろう。 「イルが欲しいって言ってた新刊手に入ったから入れておいたよ。 でもその手じゃ…読むの厳しそう?」 左手が包帯で指先までグルグル巻きになっている。 本を捲るのもむずかしそうだ。 「ああ、聞き手じゃない分そこまで生活に不便はないんだが…本は読み辛いな。 気を抜くと力も抜けて本が閉じてしまう。 」 「うわ、本読むのに一番嫌なやつだね。 」 「ある程度回復魔法もかけてもらったんだが。 ここまで大怪我だと一日一か所が限界らしい。 今回は俺以外の騎士団メンバーの怪我人も多くてな。 他にもまだ怪我の重いメンバーが数人いる。 城で回復魔法を使える人間は限られているから、俺はここまで回復したし昨日から他のメンバーの方に回ってもらったんだ。 」 「そんなに大変な討伐だったの?」 「そうだな、魔物自体は今まで戦った事のある相手だったんだが…今回は別の要因もあって壊滅寸前になった。 俺も君がくれた結界玉が発動したから生きているようなものだ。 ああ、そういえば結界玉助かった。 砕けて無くなってしまったがあれのおかげで今生きていられる。 」 そう言って苦笑するイルだが、私は体の芯まで一気に冷えたような感覚を味わった。 この人は本当に死に近い場所にいるんだ。 そっと手を伸ばして包帯だらけの左手を取る。 「ツキナ?」 「騎士団の団長に言うべきじゃないのはわかってるんだけど、あんまり無茶しないでね。 二、三日どころか一週間たっても貴方が来ないからずっと心配してたんだから。 」 そう言いながら、イルの左手に回復魔法をかける。 勉強していて本当に良かった。 「本好きとしては手を使えないもどかしさはわかるからね。 これで手は大丈夫だと思うけど。 外からかける魔法と内側から摂取する魔法は別でしょう?飲み物にも回復魔法かけておくから。 」 魔法が終わって、手を放そうとした瞬間、たった今治ったばかりの左手でガシリと手を握られる。 「イル?」 「心配してくれたのか?」 「そりゃそうでしょう。 今までほぼ毎日来てくれてたのに。 貴方が店にいないのが落ち着かなくて毎日店のドア開けて外を確認してたよ。 」 笑い話のつもりで言ったのに、視線を上げれば真剣な表情のイルと目が合う。 真剣すぎて目が離せない。 「え、え?どうかしたの?」 「ツキナ、俺は…」 イルが口を開こうとした瞬間、横でシチューの鍋が沸騰しジュージューと音を立てて水があふれだす。 「うわ!大変!」 慌てて駆け寄り火を弱める。 イルも驚いたのか手はするりと抜けた。 「ごめんごめん、何だった?」 「…いや、何でもない。 大丈夫だ。 魔法もありがとう、これでストレスなく本が読める。 」 「治ったなら良かった。 一日一か所かけられるなら私がかけてあげようか?」 「ツキナが良いなら頼みたいが。 」 「私は全然大丈夫だよ。 潜在魔力高い方だし、魔法の勉強は好きだから覚えられそうなやつ片っ端から修得してるしね。 」 「…本当に、君が救世主なら良かったのに。 」 苦い顔でそう言ったイルに良心がチクチクと痛む。 ごめんね、救世主ではあるんだ。 「お城にいる救世主様の事?」 「知ってるのか?」 「評判を少し聞いた事があるだけ。 」 「そうか、今回の討伐だって彼女さえ居なければ…」 そう言って押し黙るイルの顔は苦々しげに引きつっている。 え、今回の討伐で騎士団が壊滅寸前までいったのって救世主の女の子のせいなの?イルの怪我も? 聞き返しはしなかったがそういう事なんだろうか。 なんだかすごく嫌な気分だ。 完成したシチューとパンをイルの前に出し、回復魔法をかけたお茶も出しておく。 ついでに自分も食べる事にしてカウンターを挟んでイルの正面に座った。 イルが通って来てしばらくたってからはこうやって私も一緒に食べる事が増えていたので、イルも何も言わずに食事を始める。 「今日は閉店までいても良いか?」 「私は構わないけど、イルは大丈夫なの?」 「この怪我だから騎士団の仕事は免除、というか治るまで来るなと言われている。 俺は普段は城の部屋を借りて生活しているんだが、正直今城の空気が悪い。 なるべく城から離れていたいんだ。 」 「そんなに?」 「今回の騎士団が壊滅寸前までいった理由に救世主がかかわっている。 騎士団には昔からずっと働いていたやつも多い。 元々救世主は魔法を覚えようとしない上に、我が儘し放題でピリピリしていた所にそれだ。 古参の騎士団を壊滅寸前に追いやった人間を救世主として崇めるのかと議論になっている。 あの空気の中にいると治るものも治らなくなりそうだ。 」 ボロボロとこぼれる愚痴のような発言によっぽど耐えかねていたのかと驚いた。 今までイルが仕事の愚痴を漏らした事なんて無かったからだ。 騎士団長としての責任もあったのだろう。 そういう愚痴を言うくらいには信頼してくれていたのかと嬉しくなった。 食べ終わったイルはその後夕飯まで本を読んだり、私と会話したりして過ごしていた。 今までで一番イルと話をした気がする。 ちょっと嬉しい。 そして夕食を食べ、閉店時間が近づくたび溜息を吐くようになっていた。 相当戻るのが嫌らしい。 何度目か、とりあえず二桁目には突入したであろう溜息を吐くイルを見て思案する。 「(このカフェ、個室あるんだよね。 )」 しかも本格的なやつだ。 正直私が二階の生活空間に戻るのが面倒な時や、読みたい本がなかなか終わらない時に泊まり込んでいた部屋が二つくらいある。 どうせ使うお客さんなんて来ないからベッドも入ってるし普通に風呂までつけて宿屋のような部屋になっている。 でも一応女の一人暮らしに男の人を泊めるのは問題ではないだろうか…でも。 「(あーまずいなこれ、いや、まずくはないんだろうけど。 )」 イルが来なかったこの十日間で否応なしに自覚し始めた自分の気持ち。 本に集中してるイルの横顔を見ながら、やっちゃったなあ、と思う。 「(ああーイケメンだなあ、なんでこう好みのど真ん中な顔立ちなんだろう。 性格もすごくいいし、好感持つなっていう方が無理でしょうこれ。 )」 もう認めよう、好きになりかけてる。 というか、好きに片足突っ込んでるよこれ。 個室を思いついた時点で泊まっていってくれないかなあとか考えちゃってるし。 朝から晩まで一緒とか良いな、とか思っちゃってるし。 「(いや、イルが断ってくるかもしれない…提案だけしてみるかな。 )」 帰宅時間が近づき心なしかどんよりしたオーラを纏うイルにドキドキしながら声をかける。 こんな事でドキドキするとか学生の恋愛じゃあるまいし…。 「イル、戻るの憂鬱ならしばらくそこに泊まる?」 個室を指さしながらそう言うと驚いたようにイルがこちらを見る。 「(お、珍しい表情。 じゃなくて!)怪我も痛むだろうし通うの大変でしょう?もしイルが良かったらだけど。 馬も運動場に馬小屋があるし。 」 もっともらしい理由を並べているが、内心冷や汗がダラダラだ。 言わなきゃ良かったかな、とか嫌そうに断られたらどうしようとか無駄にグルグルしている。 少し迷ったイルが戸惑いがちに口を開く。 「その…君が、良いなら、俺には願ってもない話だが。 」 「え、ああ、もちろん、提案して駄目だなんて言わないよ。 」 「そ、そうか…なら明日からお願いしても良いか?今日は一度戻って準備してくる。 言伝もしてこなければならないしな。 」 「わかった、じゃあ明日からしばらくよろしくね。 一応あの部屋ベッドと机とお風呂はあるから。 」 「ああ、ありがとう。 」 お互いぎこちなかった気もするが、明日からイルが泊まっていくことに決定した。 嬉しいがどうしたらいいのかわからない感情が渦巻いている気がする。 若干ふらつきながら馬に乗ったイルが店を後にし、本日の営業は終了。 ドアとカーテンを閉めて、ハアーっと大きく息を吐き出す。 顔が熱い気がして片手で抑えつつ、静まり返った店内で否応なしに自分の感情と向き合う事になった。 「…まいったなあ。 」 明日が楽しみなような、自分で言っておいて若干後悔してるような複雑な気持ちだ。 とりあえず来ることは確定してるから、個室の掃除して来よう…。 [newpage] ソウェイルサイド________ 思いがけない発言だった。 馬を小屋へつないで部屋へ戻りながら、明日からの生活を思う。 こちらとしてはかなりありがたい。 堂々と彼女の店に入り浸れる上に、この城へ戻らなくて済む。 城の中に入れば、以前はピリピリして少し居心地の悪かった城内にギスギスとした空気まで加わって気が全く休まらない。 速足で歩いて部屋のドアに手をかけて包帯の取れた左手が視界に映った。 両手を目線の高さまで上げる。 うっすら傷の残る右手と、ケガをしていたなんて信じられないくらいの左手。 回復魔法の回復量は術師の魔力量によって決まる。 彼女は城の術師よりも魔力が高いという事になる。 あの手に包まれて、あっという間に手の怪我は治ってしまった。 あの、小さな手で。 (「あの子が欲しいなら口説いてみるといい。 彼女がここに執着してくれる要因が増えるなら大歓迎だ。 」) あの男が呟いた言葉が脳内に蘇る。 「(ああ、欲しいさ。 欲しい。 )」 彼女の泊まっていくかという発言には酷く驚かされたが、願ってもないチャンスだ。 彼女の手の温度を思い出すように左手を握りこむ。 とはいえどうしたものか。 女性を口説いた事なんて無いというのに。 悩みながら部屋のドアを開ければ、見知った顔が待っていた。 「よお、戻ったかイル。 」 「ベオークか。 」 「居心地が悪いのはわかるが、医者を脅して城を出ていくのはどうかと思うぞ。 お前らしくもない。 」 「動けるくらいには回復している。 この城にいては治るものも治らん。 」 「気持ちはわかるがな、いっそ実家に一度戻ったらどうだ?どうせ療養中で任務には出れんだろう。 」 「言われなくても明日からはしばらく外に出るつもりだ。 怪我が治るまではな。 悪いがしばらく騎士団は任せた。 」 「ああ任せろ。 あの救世主サマは自分が今軟禁状態なのが気にくわないと大騒ぎらしいからな。 更に鬱陶しい事になるぞ。 」 「っ、誰のせいでこんな事になっていると…」 「全くだぜ。 ただ第二王子が異常なくらい大人しくなっちまった。 心境の変化でもあったならいいんだが。 」 「……」 _____ 今回の討伐任務は確かに強力な魔物相手だが、ここまでダメージを受ける事になるとは想定外だった。 あの日、討伐の要請を受けて彼女の店から城へ向かい現場の森へ張られたキャンプへ着いた時。 王子二人が討伐に参加するのは何時もの事だったが、まさか現場に救世主の少女が付いて来ているとは思わなかった。 第二王子の活躍する所を見たいと言う救世主とデレデレした顔の王子。 兄である第一王子が申し訳なさそうに、悔しそうに俯いていたのが印象に残っている。 何とか城へ帰そうと説得しても意味は無く、気が付いた時には大型のモンスターが至近距離まで近づいて来ていた。 おまけに小型、中型のモンスターを従えた群れとして。 騎士団メンバーが周りのモンスターを蹴散らし、俺とベオークでボスを仕留める。 それがいつものやり方で、今回もそうする予定だった。 第二王子が前線に飛び出してくるまでは。 気が付いた時には遅かった。 ボスの巨大な前足に弾き飛ばされた王子とその先で震えて動く事も出来ない救世主。 正直見捨ててしまえば、という空気もあった。 見捨てられなったのは王子がいたからだ。 王子が幼い頃から剣を教えてきたのは俺たち騎士団で。 救世主が来る前の努力家でまじめだった王子の事を幼少からずっと見守って来た。 命令があったわけではない、けれど騎士団全員が王子をかばって前線へと走ったのは事実だ。 結局初めに飛び掛かった騎士団数名が弾き飛ばされ、一気に意識を持っていかれ。 多少回復魔法が使えるベオークが本当に危ないメンバーを少しずつ回復しながら魔物を王子から引き離しつつ、俺の方に誘導していた時だった。 悲鳴を上げて救世主が逃げ出した。 せっかくこちらへと向いていた魔物の意識が大声を出したことで彼女の方へと向く。 あっという間に救世主の少女との距離を詰めた魔物が手を振りかぶった瞬間、王子が間に割り込み血しぶきが舞った。 倒れていく王子とその血からすら逃れようと体を引きずりながら後退する少女。 呆然とした兄王子の口から小さくどうして、と声が漏れたのを覚えている。 とどめになるであろう一撃を王子に向けて放とうとする魔物が妙にスローモーションに見えた。 気が付いた時には、王子を抱えていた。 背中が、顔が、手足が熱い。 腹から何かが溢れだしていく感覚。 驚いたような目でこちらを見る王子の瞳が救世主が来る前の王子に戻っているような気がして口角が上がった。 「…全く、幼い頃よりも世話がかかるようになりましたね。 」 喉の奥から何かがせりあがってきて、口の中に血の味が広がる。 「イルーッ!!!」 ベオークの今まで聞いた事のないくらいの大声が聞こえて、後ろからの風でボスからの攻撃が来る事を察する。 体が動かない、ぼたぼたと血が落ちる音、視界がチカチカと点滅してだんだん暗くなっていく。 終わりなのか、ここで俺は終わるのか。 やっと、やっと…気が付いたのに。 「ツ、キナ…」 魔物の攻撃が届いた瞬間、胸元に入れていた結界玉が熱を持ち破裂する。 今まで見た事のない強力な結界が広がり、フッと体が軽くなった。 腹に開いていた穴が塞がっている。 血が足りないクラクラする頭を無理やり動かし振り返れば、少し離れた木にボスが叩きつけられているのが見えた。 「は、はは、まさか、反射の効果も付いていたとは…」 グラグラする視界の中で魔物にとどめを刺したベオークが何か叫びながらこちらへ向かってくるのが見える。 今にも死にそうだ、だが、助かるだろう。 彼女が硝子球に込めてくれた結界は発動と同時に魔物の攻撃を反射し、魔物に返した上に俺の致命傷になっていただろう怪我を癒してくれた。 意識が遠のいていく中、早く、早く会いに行きたいと強く思う。 結局目が覚めた時には四日が経過していて、ツキナに伝えていた二、三日を過ぎていた。 王達には泣かれ、ベオークには怒鳴られ、体の節々は痛む上に動かない場所もある。 最悪な目覚めだった。 騎士団に死者はいないが怪我人が多く任務は動けるメンバーで回しているギリギリの状態。 第二王子は部屋へ籠り、救世主は軟禁状態。 救世主が居れば平和になる、けれどそれは大魔法を覚えた場合だ。 魔法も覚えず、騎士団を壊滅寸前まで追い込み、自分を庇った王子の血が付く事にすら嫌悪を示したらしい彼女に好意的な目を向ける人間はいない。 排除すべきだという意見と、幼い少女相手に流石にそこまでは、という意見。 それらがぶつかり合って城内の空気が未だかつて無い程悪い。 目覚めた次の日には居心地の悪さが最高潮に達し、早くツキナに会いに行きたくてたまらなかった。 心配してくれているだろうか、とか。 会いに行ったら喜んでくれるだろうか、とか。 彼女の事を考えている間だけ少し安らいだ気がする。 ベオークは動ける騎士団の代表として忙しくしているし、回復魔法を使える術師にともかく動けるようにだけしてくれと頼み込んだ。 結局動けるようになったのは最後に彼女の店に行ってから十日も経ってからだった。 少し緊張して開いた扉、へたり込むくらい俺の無事を喜んでくれた彼女。 毎日俺が来るかとドアの外を確認してくれていた彼女。 欲しい欲しいと自分の心が訴えてくる。 こんな感情は初めてだ。 伝えようにも上手く言葉は出ないし、吹いた鍋に完全に言うタイミングを逃してしまう。 彼女と向かい合っての食事も、俺の為にと入れてくれていた本の新刊も。 いつも通りで安堵するのにその先が欲しい。 結局思いを伝えるチャンスのないまま一日が終わり閉店時間が近づく。 またあの空気の中に戻るのかと思うとため息が止まらない。 だから泊まっていくかと聞かれた時、自分にとって都合のいい夢の中にいるのかと思った。 明日からの宿泊を頼めば、少し照れたような表情で笑ってもらえた。 …これは彼女も少し位俺を意識してくれていると期待してもいいのだろうか。 ベオークと騎士団の任務について話しながら、頭の片隅で彼女の事を思う。 恋愛というものがここまで夢中になるものだと知った今は第二王子の気持ちもほんの少しは理解出来そうな気もする。 そんな事が頭の隅をよぎった時、部屋にノックの音が響いた。 返事をすれば静かにドアが開き、思ってもみなかった訪問者が現れる。 驚いたような顔をしているのはベオークも同じだった。 「王子…」 静かに目を伏せていた第二王子が勢いよく頭を下げる。 「すまなかった!」 いくらこの国が身分に厳しくないとはいえ、王族が一兵士に頭を下げるなどありえないことだ。 ベオークと共にともかく頭を上げてほしいと訴えるが王子は頭を垂れたままだ。 「わかっていたんだ、彼女の我が儘がどれだけお前たちを苦しめていたか。 今回の事は自分の感情すらコントロールできずに彼女を甘やかしていた俺が悪い。 」 「王子…」 「すまない、本当にすまない。 もう少しで俺は幼き頃から世話になっていた騎士団の皆を全員失うところだった。 」 「……」 「騎士団の部屋を全員回って謝って来た。 謝っても許されることじゃないのはわかっている。 なのに皆俺を責めない。 大切なものを間違えたのは俺だというのに。 」 グッと堪える様に口を結んだ王子が顔を上げ昔のようにしっかりとした瞳でこちらを見つめる。 「こんなことを言うのは間違っているのはわかっている。 だが、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか?」 「チャンス、とは?」 「来月にあるオーロラ祭りに彼女と行こうと約束した。 その祭りが終わるまでに彼女に魔法の勉強をしてもらえるように説得する。 それが出来なければ俺事処分してくれてもかまわない。 父上にも許可は貰っている。 」 王子の真剣な目にベオークと顔を見合わせる。 「…わかりました。 王子の決意が本物であるなら私から申し上げる事はありません。 」 「愛という感情が自分の思い通りにならない事は、このベオークもわかっております。 王子の選んだ道に光が指すように祈っておきますよ。 」 絞り出すような声でお礼を言って部屋から出て言った王子の背を見送る。 ふう、とベオークの溜息が部屋に響いて緊張感が引いていった。 「…驚いたな、昔の王子に戻ってる。 」 「だがあの救世主が言う事を聞くかどうか。 」 「俺は無理だと思うが。 まあ、王子たっての願いだ。 一か月くらい城の人間も我慢できるだろう。 とりあえずお前は予定通り城を出て実家に帰ってろ。 何かあれば連絡する。 」 「…ああ、そうさせてもらおう。 」 「全く、俺が言えたセリフじゃないが恋愛感情っていうのは面倒くさいな。 」 そう言って手をひらひらと振りながら部屋を出ていくベオークに心の中で同調する。 思い通りに行かない、でも捨てられない。 「(ああ、本当にやっかいだ。 )」 彼女の家に泊まるための準備を進めながら、結局は今の自分も王子と変わらないような気がして苦く笑った。

次の

異世界もふもふカフェ(MFブックス)

異 世界 ブック カフェ

ここ最近、一日に何回もドアを開けて店の前の道を確認する癖が出来てしまった。 討伐に向かったイルが一週間たっても来店してこない。 大好きな読書の時間も内容が全く頭に入ってこないし、一人の時間が好きなのは相変わらずなのに店にイルがいない事が妙に物足りない。 最悪の状況が頭に浮かぶのを振り払いながら根拠のない「大丈夫だよね。 」を頭の中で繰り返している。 結界玉があるから大丈夫だよね…でも私が作った物だし何かあっても発動しなかったかも知れない。 こんな感じで大丈夫だよね、の後にずっと不安が付いて回る。 無意味にガチャガチャとドアを開け続ける日々。 以前だってほぼ毎日来ていただけで、来ない日ももちろんあったのに。 最後別れた時の状況が状況なので不安で仕方ない。 情報収集方法がない引きこもり生活がこんなに辛く感じる日が来るとは…町の方に行ってみようかな。 何かわかるかもしれない。 そんな事を考えている内に、ついに十日経ってしまった。 明日、町に行って騎士団の討伐について調べてみようと決め、町までの移動魔法のやり方を調べておいた。 媒介になる特殊な宝石が必要らしく、ペンダントで検索して出して移動魔法を完成させておく。 もしかしたら今日イルが店に来る可能性もあるかもしれないので、店を開けて入り口側の植木鉢に水をやる。 直後来客を告げるチャイムが頭の中に鳴り響いた。 イルが来るのはいつも午後、こんな早くは来ない。 それでも待ち焦がれていた音に入り口を振り返る。 いつものようにドアを鳴らして見慣れた人が店へと足を踏み入れてくる。 「あ、その、しばらく来れなくてすまなかった。 」 私の驚いたような顔を見て、苦笑したイルは全身包帯だらけだった。 ヘナヘナと足から力が抜けてその場に座り込む。 慌てたようなイルが多少足を引きずりながら近寄って来た。 「お、おい、大丈夫か?」 「…良かった。 怪我は凄そうだけど無事みたいで。 心配してたから安心しちゃった。 イルこそその怪我大丈夫なの?」 「ああ、ようやく動けるくらいには回復した。 早くここに来たくてな、医者を急かして外出許可をもぎ取って来たんだ。 」 そう言ってまた苦笑したイルが、私が立ち上がったのを見てカウンターの席へ腰掛ける。 ふう、と大きなため息を吐いて少し辛そうだ。 「無事なのがわかってすごく嬉しいしホッとしたけど、動いて大丈夫なの?」 「ああ、多少痛む個所はあるが動かすことに問題はない。 ここへも馬で来たしな。 」 窓の外にある運動場を見ると、新しい種類の餌を入れた餌箱にご機嫌に顔を突っ込むイルの馬が見える。 あの子も無事のようでホッとした。 「新しい餌を入れてくれたんだな、ありがとう。 」 「喜んでもらえるなら良かった。 イルもあの子も無事で安心したよ。 」 カウンター内のイルの前に移動して、改めてイルの姿を正面から見る。 腕やら足やら包帯だらけだ。 動きづらそうだし、服で見えない所も怪我だらけなんだろう。 顔にも大きなガーゼが張り付けられている。 「痛そう…普通に物は食べられるの?」 「もうほとんど平気だ。 ただ硬いものは医者から止められてる。 パンとシチューをお願いできるか?」 「かしこまりました。 ちょっと待ってね。 」 シチューを煮込みながら、やわらかめのパンを出してくる。 話すのに痛みはないようだがやっぱりまだ全然本調子ではないんだろう。 「イルが欲しいって言ってた新刊手に入ったから入れておいたよ。 でもその手じゃ…読むの厳しそう?」 左手が包帯で指先までグルグル巻きになっている。 本を捲るのもむずかしそうだ。 「ああ、聞き手じゃない分そこまで生活に不便はないんだが…本は読み辛いな。 気を抜くと力も抜けて本が閉じてしまう。 」 「うわ、本読むのに一番嫌なやつだね。 」 「ある程度回復魔法もかけてもらったんだが。 ここまで大怪我だと一日一か所が限界らしい。 今回は俺以外の騎士団メンバーの怪我人も多くてな。 他にもまだ怪我の重いメンバーが数人いる。 城で回復魔法を使える人間は限られているから、俺はここまで回復したし昨日から他のメンバーの方に回ってもらったんだ。 」 「そんなに大変な討伐だったの?」 「そうだな、魔物自体は今まで戦った事のある相手だったんだが…今回は別の要因もあって壊滅寸前になった。 俺も君がくれた結界玉が発動したから生きているようなものだ。 ああ、そういえば結界玉助かった。 砕けて無くなってしまったがあれのおかげで今生きていられる。 」 そう言って苦笑するイルだが、私は体の芯まで一気に冷えたような感覚を味わった。 この人は本当に死に近い場所にいるんだ。 そっと手を伸ばして包帯だらけの左手を取る。 「ツキナ?」 「騎士団の団長に言うべきじゃないのはわかってるんだけど、あんまり無茶しないでね。 二、三日どころか一週間たっても貴方が来ないからずっと心配してたんだから。 」 そう言いながら、イルの左手に回復魔法をかける。 勉強していて本当に良かった。 「本好きとしては手を使えないもどかしさはわかるからね。 これで手は大丈夫だと思うけど。 外からかける魔法と内側から摂取する魔法は別でしょう?飲み物にも回復魔法かけておくから。 」 魔法が終わって、手を放そうとした瞬間、たった今治ったばかりの左手でガシリと手を握られる。 「イル?」 「心配してくれたのか?」 「そりゃそうでしょう。 今までほぼ毎日来てくれてたのに。 貴方が店にいないのが落ち着かなくて毎日店のドア開けて外を確認してたよ。 」 笑い話のつもりで言ったのに、視線を上げれば真剣な表情のイルと目が合う。 真剣すぎて目が離せない。 「え、え?どうかしたの?」 「ツキナ、俺は…」 イルが口を開こうとした瞬間、横でシチューの鍋が沸騰しジュージューと音を立てて水があふれだす。 「うわ!大変!」 慌てて駆け寄り火を弱める。 イルも驚いたのか手はするりと抜けた。 「ごめんごめん、何だった?」 「…いや、何でもない。 大丈夫だ。 魔法もありがとう、これでストレスなく本が読める。 」 「治ったなら良かった。 一日一か所かけられるなら私がかけてあげようか?」 「ツキナが良いなら頼みたいが。 」 「私は全然大丈夫だよ。 潜在魔力高い方だし、魔法の勉強は好きだから覚えられそうなやつ片っ端から修得してるしね。 」 「…本当に、君が救世主なら良かったのに。 」 苦い顔でそう言ったイルに良心がチクチクと痛む。 ごめんね、救世主ではあるんだ。 「お城にいる救世主様の事?」 「知ってるのか?」 「評判を少し聞いた事があるだけ。 」 「そうか、今回の討伐だって彼女さえ居なければ…」 そう言って押し黙るイルの顔は苦々しげに引きつっている。 え、今回の討伐で騎士団が壊滅寸前までいったのって救世主の女の子のせいなの?イルの怪我も? 聞き返しはしなかったがそういう事なんだろうか。 なんだかすごく嫌な気分だ。 完成したシチューとパンをイルの前に出し、回復魔法をかけたお茶も出しておく。 ついでに自分も食べる事にしてカウンターを挟んでイルの正面に座った。 イルが通って来てしばらくたってからはこうやって私も一緒に食べる事が増えていたので、イルも何も言わずに食事を始める。 「今日は閉店までいても良いか?」 「私は構わないけど、イルは大丈夫なの?」 「この怪我だから騎士団の仕事は免除、というか治るまで来るなと言われている。 俺は普段は城の部屋を借りて生活しているんだが、正直今城の空気が悪い。 なるべく城から離れていたいんだ。 」 「そんなに?」 「今回の騎士団が壊滅寸前までいった理由に救世主がかかわっている。 騎士団には昔からずっと働いていたやつも多い。 元々救世主は魔法を覚えようとしない上に、我が儘し放題でピリピリしていた所にそれだ。 古参の騎士団を壊滅寸前に追いやった人間を救世主として崇めるのかと議論になっている。 あの空気の中にいると治るものも治らなくなりそうだ。 」 ボロボロとこぼれる愚痴のような発言によっぽど耐えかねていたのかと驚いた。 今までイルが仕事の愚痴を漏らした事なんて無かったからだ。 騎士団長としての責任もあったのだろう。 そういう愚痴を言うくらいには信頼してくれていたのかと嬉しくなった。 食べ終わったイルはその後夕飯まで本を読んだり、私と会話したりして過ごしていた。 今までで一番イルと話をした気がする。 ちょっと嬉しい。 そして夕食を食べ、閉店時間が近づくたび溜息を吐くようになっていた。 相当戻るのが嫌らしい。 何度目か、とりあえず二桁目には突入したであろう溜息を吐くイルを見て思案する。 「(このカフェ、個室あるんだよね。 )」 しかも本格的なやつだ。 正直私が二階の生活空間に戻るのが面倒な時や、読みたい本がなかなか終わらない時に泊まり込んでいた部屋が二つくらいある。 どうせ使うお客さんなんて来ないからベッドも入ってるし普通に風呂までつけて宿屋のような部屋になっている。 でも一応女の一人暮らしに男の人を泊めるのは問題ではないだろうか…でも。 「(あーまずいなこれ、いや、まずくはないんだろうけど。 )」 イルが来なかったこの十日間で否応なしに自覚し始めた自分の気持ち。 本に集中してるイルの横顔を見ながら、やっちゃったなあ、と思う。 「(ああーイケメンだなあ、なんでこう好みのど真ん中な顔立ちなんだろう。 性格もすごくいいし、好感持つなっていう方が無理でしょうこれ。 )」 もう認めよう、好きになりかけてる。 というか、好きに片足突っ込んでるよこれ。 個室を思いついた時点で泊まっていってくれないかなあとか考えちゃってるし。 朝から晩まで一緒とか良いな、とか思っちゃってるし。 「(いや、イルが断ってくるかもしれない…提案だけしてみるかな。 )」 帰宅時間が近づき心なしかどんよりしたオーラを纏うイルにドキドキしながら声をかける。 こんな事でドキドキするとか学生の恋愛じゃあるまいし…。 「イル、戻るの憂鬱ならしばらくそこに泊まる?」 個室を指さしながらそう言うと驚いたようにイルがこちらを見る。 「(お、珍しい表情。 じゃなくて!)怪我も痛むだろうし通うの大変でしょう?もしイルが良かったらだけど。 馬も運動場に馬小屋があるし。 」 もっともらしい理由を並べているが、内心冷や汗がダラダラだ。 言わなきゃ良かったかな、とか嫌そうに断られたらどうしようとか無駄にグルグルしている。 少し迷ったイルが戸惑いがちに口を開く。 「その…君が、良いなら、俺には願ってもない話だが。 」 「え、ああ、もちろん、提案して駄目だなんて言わないよ。 」 「そ、そうか…なら明日からお願いしても良いか?今日は一度戻って準備してくる。 言伝もしてこなければならないしな。 」 「わかった、じゃあ明日からしばらくよろしくね。 一応あの部屋ベッドと机とお風呂はあるから。 」 「ああ、ありがとう。 」 お互いぎこちなかった気もするが、明日からイルが泊まっていくことに決定した。 嬉しいがどうしたらいいのかわからない感情が渦巻いている気がする。 若干ふらつきながら馬に乗ったイルが店を後にし、本日の営業は終了。 ドアとカーテンを閉めて、ハアーっと大きく息を吐き出す。 顔が熱い気がして片手で抑えつつ、静まり返った店内で否応なしに自分の感情と向き合う事になった。 「…まいったなあ。 」 明日が楽しみなような、自分で言っておいて若干後悔してるような複雑な気持ちだ。 とりあえず来ることは確定してるから、個室の掃除して来よう…。 [newpage] ソウェイルサイド________ 思いがけない発言だった。 馬を小屋へつないで部屋へ戻りながら、明日からの生活を思う。 こちらとしてはかなりありがたい。 堂々と彼女の店に入り浸れる上に、この城へ戻らなくて済む。 城の中に入れば、以前はピリピリして少し居心地の悪かった城内にギスギスとした空気まで加わって気が全く休まらない。 速足で歩いて部屋のドアに手をかけて包帯の取れた左手が視界に映った。 両手を目線の高さまで上げる。 うっすら傷の残る右手と、ケガをしていたなんて信じられないくらいの左手。 回復魔法の回復量は術師の魔力量によって決まる。 彼女は城の術師よりも魔力が高いという事になる。 あの手に包まれて、あっという間に手の怪我は治ってしまった。 あの、小さな手で。 (「あの子が欲しいなら口説いてみるといい。 彼女がここに執着してくれる要因が増えるなら大歓迎だ。 」) あの男が呟いた言葉が脳内に蘇る。 「(ああ、欲しいさ。 欲しい。 )」 彼女の泊まっていくかという発言には酷く驚かされたが、願ってもないチャンスだ。 彼女の手の温度を思い出すように左手を握りこむ。 とはいえどうしたものか。 女性を口説いた事なんて無いというのに。 悩みながら部屋のドアを開ければ、見知った顔が待っていた。 「よお、戻ったかイル。 」 「ベオークか。 」 「居心地が悪いのはわかるが、医者を脅して城を出ていくのはどうかと思うぞ。 お前らしくもない。 」 「動けるくらいには回復している。 この城にいては治るものも治らん。 」 「気持ちはわかるがな、いっそ実家に一度戻ったらどうだ?どうせ療養中で任務には出れんだろう。 」 「言われなくても明日からはしばらく外に出るつもりだ。 怪我が治るまではな。 悪いがしばらく騎士団は任せた。 」 「ああ任せろ。 あの救世主サマは自分が今軟禁状態なのが気にくわないと大騒ぎらしいからな。 更に鬱陶しい事になるぞ。 」 「っ、誰のせいでこんな事になっていると…」 「全くだぜ。 ただ第二王子が異常なくらい大人しくなっちまった。 心境の変化でもあったならいいんだが。 」 「……」 _____ 今回の討伐任務は確かに強力な魔物相手だが、ここまでダメージを受ける事になるとは想定外だった。 あの日、討伐の要請を受けて彼女の店から城へ向かい現場の森へ張られたキャンプへ着いた時。 王子二人が討伐に参加するのは何時もの事だったが、まさか現場に救世主の少女が付いて来ているとは思わなかった。 第二王子の活躍する所を見たいと言う救世主とデレデレした顔の王子。 兄である第一王子が申し訳なさそうに、悔しそうに俯いていたのが印象に残っている。 何とか城へ帰そうと説得しても意味は無く、気が付いた時には大型のモンスターが至近距離まで近づいて来ていた。 おまけに小型、中型のモンスターを従えた群れとして。 騎士団メンバーが周りのモンスターを蹴散らし、俺とベオークでボスを仕留める。 それがいつものやり方で、今回もそうする予定だった。 第二王子が前線に飛び出してくるまでは。 気が付いた時には遅かった。 ボスの巨大な前足に弾き飛ばされた王子とその先で震えて動く事も出来ない救世主。 正直見捨ててしまえば、という空気もあった。 見捨てられなったのは王子がいたからだ。 王子が幼い頃から剣を教えてきたのは俺たち騎士団で。 救世主が来る前の努力家でまじめだった王子の事を幼少からずっと見守って来た。 命令があったわけではない、けれど騎士団全員が王子をかばって前線へと走ったのは事実だ。 結局初めに飛び掛かった騎士団数名が弾き飛ばされ、一気に意識を持っていかれ。 多少回復魔法が使えるベオークが本当に危ないメンバーを少しずつ回復しながら魔物を王子から引き離しつつ、俺の方に誘導していた時だった。 悲鳴を上げて救世主が逃げ出した。 せっかくこちらへと向いていた魔物の意識が大声を出したことで彼女の方へと向く。 あっという間に救世主の少女との距離を詰めた魔物が手を振りかぶった瞬間、王子が間に割り込み血しぶきが舞った。 倒れていく王子とその血からすら逃れようと体を引きずりながら後退する少女。 呆然とした兄王子の口から小さくどうして、と声が漏れたのを覚えている。 とどめになるであろう一撃を王子に向けて放とうとする魔物が妙にスローモーションに見えた。 気が付いた時には、王子を抱えていた。 背中が、顔が、手足が熱い。 腹から何かが溢れだしていく感覚。 驚いたような目でこちらを見る王子の瞳が救世主が来る前の王子に戻っているような気がして口角が上がった。 「…全く、幼い頃よりも世話がかかるようになりましたね。 」 喉の奥から何かがせりあがってきて、口の中に血の味が広がる。 「イルーッ!!!」 ベオークの今まで聞いた事のないくらいの大声が聞こえて、後ろからの風でボスからの攻撃が来る事を察する。 体が動かない、ぼたぼたと血が落ちる音、視界がチカチカと点滅してだんだん暗くなっていく。 終わりなのか、ここで俺は終わるのか。 やっと、やっと…気が付いたのに。 「ツ、キナ…」 魔物の攻撃が届いた瞬間、胸元に入れていた結界玉が熱を持ち破裂する。 今まで見た事のない強力な結界が広がり、フッと体が軽くなった。 腹に開いていた穴が塞がっている。 血が足りないクラクラする頭を無理やり動かし振り返れば、少し離れた木にボスが叩きつけられているのが見えた。 「は、はは、まさか、反射の効果も付いていたとは…」 グラグラする視界の中で魔物にとどめを刺したベオークが何か叫びながらこちらへ向かってくるのが見える。 今にも死にそうだ、だが、助かるだろう。 彼女が硝子球に込めてくれた結界は発動と同時に魔物の攻撃を反射し、魔物に返した上に俺の致命傷になっていただろう怪我を癒してくれた。 意識が遠のいていく中、早く、早く会いに行きたいと強く思う。 結局目が覚めた時には四日が経過していて、ツキナに伝えていた二、三日を過ぎていた。 王達には泣かれ、ベオークには怒鳴られ、体の節々は痛む上に動かない場所もある。 最悪な目覚めだった。 騎士団に死者はいないが怪我人が多く任務は動けるメンバーで回しているギリギリの状態。 第二王子は部屋へ籠り、救世主は軟禁状態。 救世主が居れば平和になる、けれどそれは大魔法を覚えた場合だ。 魔法も覚えず、騎士団を壊滅寸前まで追い込み、自分を庇った王子の血が付く事にすら嫌悪を示したらしい彼女に好意的な目を向ける人間はいない。 排除すべきだという意見と、幼い少女相手に流石にそこまでは、という意見。 それらがぶつかり合って城内の空気が未だかつて無い程悪い。 目覚めた次の日には居心地の悪さが最高潮に達し、早くツキナに会いに行きたくてたまらなかった。 心配してくれているだろうか、とか。 会いに行ったら喜んでくれるだろうか、とか。 彼女の事を考えている間だけ少し安らいだ気がする。 ベオークは動ける騎士団の代表として忙しくしているし、回復魔法を使える術師にともかく動けるようにだけしてくれと頼み込んだ。 結局動けるようになったのは最後に彼女の店に行ってから十日も経ってからだった。 少し緊張して開いた扉、へたり込むくらい俺の無事を喜んでくれた彼女。 毎日俺が来るかとドアの外を確認してくれていた彼女。 欲しい欲しいと自分の心が訴えてくる。 こんな感情は初めてだ。 伝えようにも上手く言葉は出ないし、吹いた鍋に完全に言うタイミングを逃してしまう。 彼女と向かい合っての食事も、俺の為にと入れてくれていた本の新刊も。 いつも通りで安堵するのにその先が欲しい。 結局思いを伝えるチャンスのないまま一日が終わり閉店時間が近づく。 またあの空気の中に戻るのかと思うとため息が止まらない。 だから泊まっていくかと聞かれた時、自分にとって都合のいい夢の中にいるのかと思った。 明日からの宿泊を頼めば、少し照れたような表情で笑ってもらえた。 …これは彼女も少し位俺を意識してくれていると期待してもいいのだろうか。 ベオークと騎士団の任務について話しながら、頭の片隅で彼女の事を思う。 恋愛というものがここまで夢中になるものだと知った今は第二王子の気持ちもほんの少しは理解出来そうな気もする。 そんな事が頭の隅をよぎった時、部屋にノックの音が響いた。 返事をすれば静かにドアが開き、思ってもみなかった訪問者が現れる。 驚いたような顔をしているのはベオークも同じだった。 「王子…」 静かに目を伏せていた第二王子が勢いよく頭を下げる。 「すまなかった!」 いくらこの国が身分に厳しくないとはいえ、王族が一兵士に頭を下げるなどありえないことだ。 ベオークと共にともかく頭を上げてほしいと訴えるが王子は頭を垂れたままだ。 「わかっていたんだ、彼女の我が儘がどれだけお前たちを苦しめていたか。 今回の事は自分の感情すらコントロールできずに彼女を甘やかしていた俺が悪い。 」 「王子…」 「すまない、本当にすまない。 もう少しで俺は幼き頃から世話になっていた騎士団の皆を全員失うところだった。 」 「……」 「騎士団の部屋を全員回って謝って来た。 謝っても許されることじゃないのはわかっている。 なのに皆俺を責めない。 大切なものを間違えたのは俺だというのに。 」 グッと堪える様に口を結んだ王子が顔を上げ昔のようにしっかりとした瞳でこちらを見つめる。 「こんなことを言うのは間違っているのはわかっている。 だが、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか?」 「チャンス、とは?」 「来月にあるオーロラ祭りに彼女と行こうと約束した。 その祭りが終わるまでに彼女に魔法の勉強をしてもらえるように説得する。 それが出来なければ俺事処分してくれてもかまわない。 父上にも許可は貰っている。 」 王子の真剣な目にベオークと顔を見合わせる。 「…わかりました。 王子の決意が本物であるなら私から申し上げる事はありません。 」 「愛という感情が自分の思い通りにならない事は、このベオークもわかっております。 王子の選んだ道に光が指すように祈っておきますよ。 」 絞り出すような声でお礼を言って部屋から出て言った王子の背を見送る。 ふう、とベオークの溜息が部屋に響いて緊張感が引いていった。 「…驚いたな、昔の王子に戻ってる。 」 「だがあの救世主が言う事を聞くかどうか。 」 「俺は無理だと思うが。 まあ、王子たっての願いだ。 一か月くらい城の人間も我慢できるだろう。 とりあえずお前は予定通り城を出て実家に帰ってろ。 何かあれば連絡する。 」 「…ああ、そうさせてもらおう。 」 「全く、俺が言えたセリフじゃないが恋愛感情っていうのは面倒くさいな。 」 そう言って手をひらひらと振りながら部屋を出ていくベオークに心の中で同調する。 思い通りに行かない、でも捨てられない。 「(ああ、本当にやっかいだ。 )」 彼女の家に泊まるための準備を進めながら、結局は今の自分も王子と変わらないような気がして苦く笑った。

次の

特典まとめ

異 世界 ブック カフェ

ここ最近、一日に何回もドアを開けて店の前の道を確認する癖が出来てしまった。 討伐に向かったイルが一週間たっても来店してこない。 大好きな読書の時間も内容が全く頭に入ってこないし、一人の時間が好きなのは相変わらずなのに店にイルがいない事が妙に物足りない。 最悪の状況が頭に浮かぶのを振り払いながら根拠のない「大丈夫だよね。 」を頭の中で繰り返している。 結界玉があるから大丈夫だよね…でも私が作った物だし何かあっても発動しなかったかも知れない。 こんな感じで大丈夫だよね、の後にずっと不安が付いて回る。 無意味にガチャガチャとドアを開け続ける日々。 以前だってほぼ毎日来ていただけで、来ない日ももちろんあったのに。 最後別れた時の状況が状況なので不安で仕方ない。 情報収集方法がない引きこもり生活がこんなに辛く感じる日が来るとは…町の方に行ってみようかな。 何かわかるかもしれない。 そんな事を考えている内に、ついに十日経ってしまった。 明日、町に行って騎士団の討伐について調べてみようと決め、町までの移動魔法のやり方を調べておいた。 媒介になる特殊な宝石が必要らしく、ペンダントで検索して出して移動魔法を完成させておく。 もしかしたら今日イルが店に来る可能性もあるかもしれないので、店を開けて入り口側の植木鉢に水をやる。 直後来客を告げるチャイムが頭の中に鳴り響いた。 イルが来るのはいつも午後、こんな早くは来ない。 それでも待ち焦がれていた音に入り口を振り返る。 いつものようにドアを鳴らして見慣れた人が店へと足を踏み入れてくる。 「あ、その、しばらく来れなくてすまなかった。 」 私の驚いたような顔を見て、苦笑したイルは全身包帯だらけだった。 ヘナヘナと足から力が抜けてその場に座り込む。 慌てたようなイルが多少足を引きずりながら近寄って来た。 「お、おい、大丈夫か?」 「…良かった。 怪我は凄そうだけど無事みたいで。 心配してたから安心しちゃった。 イルこそその怪我大丈夫なの?」 「ああ、ようやく動けるくらいには回復した。 早くここに来たくてな、医者を急かして外出許可をもぎ取って来たんだ。 」 そう言ってまた苦笑したイルが、私が立ち上がったのを見てカウンターの席へ腰掛ける。 ふう、と大きなため息を吐いて少し辛そうだ。 「無事なのがわかってすごく嬉しいしホッとしたけど、動いて大丈夫なの?」 「ああ、多少痛む個所はあるが動かすことに問題はない。 ここへも馬で来たしな。 」 窓の外にある運動場を見ると、新しい種類の餌を入れた餌箱にご機嫌に顔を突っ込むイルの馬が見える。 あの子も無事のようでホッとした。 「新しい餌を入れてくれたんだな、ありがとう。 」 「喜んでもらえるなら良かった。 イルもあの子も無事で安心したよ。 」 カウンター内のイルの前に移動して、改めてイルの姿を正面から見る。 腕やら足やら包帯だらけだ。 動きづらそうだし、服で見えない所も怪我だらけなんだろう。 顔にも大きなガーゼが張り付けられている。 「痛そう…普通に物は食べられるの?」 「もうほとんど平気だ。 ただ硬いものは医者から止められてる。 パンとシチューをお願いできるか?」 「かしこまりました。 ちょっと待ってね。 」 シチューを煮込みながら、やわらかめのパンを出してくる。 話すのに痛みはないようだがやっぱりまだ全然本調子ではないんだろう。 「イルが欲しいって言ってた新刊手に入ったから入れておいたよ。 でもその手じゃ…読むの厳しそう?」 左手が包帯で指先までグルグル巻きになっている。 本を捲るのもむずかしそうだ。 「ああ、聞き手じゃない分そこまで生活に不便はないんだが…本は読み辛いな。 気を抜くと力も抜けて本が閉じてしまう。 」 「うわ、本読むのに一番嫌なやつだね。 」 「ある程度回復魔法もかけてもらったんだが。 ここまで大怪我だと一日一か所が限界らしい。 今回は俺以外の騎士団メンバーの怪我人も多くてな。 他にもまだ怪我の重いメンバーが数人いる。 城で回復魔法を使える人間は限られているから、俺はここまで回復したし昨日から他のメンバーの方に回ってもらったんだ。 」 「そんなに大変な討伐だったの?」 「そうだな、魔物自体は今まで戦った事のある相手だったんだが…今回は別の要因もあって壊滅寸前になった。 俺も君がくれた結界玉が発動したから生きているようなものだ。 ああ、そういえば結界玉助かった。 砕けて無くなってしまったがあれのおかげで今生きていられる。 」 そう言って苦笑するイルだが、私は体の芯まで一気に冷えたような感覚を味わった。 この人は本当に死に近い場所にいるんだ。 そっと手を伸ばして包帯だらけの左手を取る。 「ツキナ?」 「騎士団の団長に言うべきじゃないのはわかってるんだけど、あんまり無茶しないでね。 二、三日どころか一週間たっても貴方が来ないからずっと心配してたんだから。 」 そう言いながら、イルの左手に回復魔法をかける。 勉強していて本当に良かった。 「本好きとしては手を使えないもどかしさはわかるからね。 これで手は大丈夫だと思うけど。 外からかける魔法と内側から摂取する魔法は別でしょう?飲み物にも回復魔法かけておくから。 」 魔法が終わって、手を放そうとした瞬間、たった今治ったばかりの左手でガシリと手を握られる。 「イル?」 「心配してくれたのか?」 「そりゃそうでしょう。 今までほぼ毎日来てくれてたのに。 貴方が店にいないのが落ち着かなくて毎日店のドア開けて外を確認してたよ。 」 笑い話のつもりで言ったのに、視線を上げれば真剣な表情のイルと目が合う。 真剣すぎて目が離せない。 「え、え?どうかしたの?」 「ツキナ、俺は…」 イルが口を開こうとした瞬間、横でシチューの鍋が沸騰しジュージューと音を立てて水があふれだす。 「うわ!大変!」 慌てて駆け寄り火を弱める。 イルも驚いたのか手はするりと抜けた。 「ごめんごめん、何だった?」 「…いや、何でもない。 大丈夫だ。 魔法もありがとう、これでストレスなく本が読める。 」 「治ったなら良かった。 一日一か所かけられるなら私がかけてあげようか?」 「ツキナが良いなら頼みたいが。 」 「私は全然大丈夫だよ。 潜在魔力高い方だし、魔法の勉強は好きだから覚えられそうなやつ片っ端から修得してるしね。 」 「…本当に、君が救世主なら良かったのに。 」 苦い顔でそう言ったイルに良心がチクチクと痛む。 ごめんね、救世主ではあるんだ。 「お城にいる救世主様の事?」 「知ってるのか?」 「評判を少し聞いた事があるだけ。 」 「そうか、今回の討伐だって彼女さえ居なければ…」 そう言って押し黙るイルの顔は苦々しげに引きつっている。 え、今回の討伐で騎士団が壊滅寸前までいったのって救世主の女の子のせいなの?イルの怪我も? 聞き返しはしなかったがそういう事なんだろうか。 なんだかすごく嫌な気分だ。 完成したシチューとパンをイルの前に出し、回復魔法をかけたお茶も出しておく。 ついでに自分も食べる事にしてカウンターを挟んでイルの正面に座った。 イルが通って来てしばらくたってからはこうやって私も一緒に食べる事が増えていたので、イルも何も言わずに食事を始める。 「今日は閉店までいても良いか?」 「私は構わないけど、イルは大丈夫なの?」 「この怪我だから騎士団の仕事は免除、というか治るまで来るなと言われている。 俺は普段は城の部屋を借りて生活しているんだが、正直今城の空気が悪い。 なるべく城から離れていたいんだ。 」 「そんなに?」 「今回の騎士団が壊滅寸前までいった理由に救世主がかかわっている。 騎士団には昔からずっと働いていたやつも多い。 元々救世主は魔法を覚えようとしない上に、我が儘し放題でピリピリしていた所にそれだ。 古参の騎士団を壊滅寸前に追いやった人間を救世主として崇めるのかと議論になっている。 あの空気の中にいると治るものも治らなくなりそうだ。 」 ボロボロとこぼれる愚痴のような発言によっぽど耐えかねていたのかと驚いた。 今までイルが仕事の愚痴を漏らした事なんて無かったからだ。 騎士団長としての責任もあったのだろう。 そういう愚痴を言うくらいには信頼してくれていたのかと嬉しくなった。 食べ終わったイルはその後夕飯まで本を読んだり、私と会話したりして過ごしていた。 今までで一番イルと話をした気がする。 ちょっと嬉しい。 そして夕食を食べ、閉店時間が近づくたび溜息を吐くようになっていた。 相当戻るのが嫌らしい。 何度目か、とりあえず二桁目には突入したであろう溜息を吐くイルを見て思案する。 「(このカフェ、個室あるんだよね。 )」 しかも本格的なやつだ。 正直私が二階の生活空間に戻るのが面倒な時や、読みたい本がなかなか終わらない時に泊まり込んでいた部屋が二つくらいある。 どうせ使うお客さんなんて来ないからベッドも入ってるし普通に風呂までつけて宿屋のような部屋になっている。 でも一応女の一人暮らしに男の人を泊めるのは問題ではないだろうか…でも。 「(あーまずいなこれ、いや、まずくはないんだろうけど。 )」 イルが来なかったこの十日間で否応なしに自覚し始めた自分の気持ち。 本に集中してるイルの横顔を見ながら、やっちゃったなあ、と思う。 「(ああーイケメンだなあ、なんでこう好みのど真ん中な顔立ちなんだろう。 性格もすごくいいし、好感持つなっていう方が無理でしょうこれ。 )」 もう認めよう、好きになりかけてる。 というか、好きに片足突っ込んでるよこれ。 個室を思いついた時点で泊まっていってくれないかなあとか考えちゃってるし。 朝から晩まで一緒とか良いな、とか思っちゃってるし。 「(いや、イルが断ってくるかもしれない…提案だけしてみるかな。 )」 帰宅時間が近づき心なしかどんよりしたオーラを纏うイルにドキドキしながら声をかける。 こんな事でドキドキするとか学生の恋愛じゃあるまいし…。 「イル、戻るの憂鬱ならしばらくそこに泊まる?」 個室を指さしながらそう言うと驚いたようにイルがこちらを見る。 「(お、珍しい表情。 じゃなくて!)怪我も痛むだろうし通うの大変でしょう?もしイルが良かったらだけど。 馬も運動場に馬小屋があるし。 」 もっともらしい理由を並べているが、内心冷や汗がダラダラだ。 言わなきゃ良かったかな、とか嫌そうに断られたらどうしようとか無駄にグルグルしている。 少し迷ったイルが戸惑いがちに口を開く。 「その…君が、良いなら、俺には願ってもない話だが。 」 「え、ああ、もちろん、提案して駄目だなんて言わないよ。 」 「そ、そうか…なら明日からお願いしても良いか?今日は一度戻って準備してくる。 言伝もしてこなければならないしな。 」 「わかった、じゃあ明日からしばらくよろしくね。 一応あの部屋ベッドと机とお風呂はあるから。 」 「ああ、ありがとう。 」 お互いぎこちなかった気もするが、明日からイルが泊まっていくことに決定した。 嬉しいがどうしたらいいのかわからない感情が渦巻いている気がする。 若干ふらつきながら馬に乗ったイルが店を後にし、本日の営業は終了。 ドアとカーテンを閉めて、ハアーっと大きく息を吐き出す。 顔が熱い気がして片手で抑えつつ、静まり返った店内で否応なしに自分の感情と向き合う事になった。 「…まいったなあ。 」 明日が楽しみなような、自分で言っておいて若干後悔してるような複雑な気持ちだ。 とりあえず来ることは確定してるから、個室の掃除して来よう…。 [newpage] ソウェイルサイド________ 思いがけない発言だった。 馬を小屋へつないで部屋へ戻りながら、明日からの生活を思う。 こちらとしてはかなりありがたい。 堂々と彼女の店に入り浸れる上に、この城へ戻らなくて済む。 城の中に入れば、以前はピリピリして少し居心地の悪かった城内にギスギスとした空気まで加わって気が全く休まらない。 速足で歩いて部屋のドアに手をかけて包帯の取れた左手が視界に映った。 両手を目線の高さまで上げる。 うっすら傷の残る右手と、ケガをしていたなんて信じられないくらいの左手。 回復魔法の回復量は術師の魔力量によって決まる。 彼女は城の術師よりも魔力が高いという事になる。 あの手に包まれて、あっという間に手の怪我は治ってしまった。 あの、小さな手で。 (「あの子が欲しいなら口説いてみるといい。 彼女がここに執着してくれる要因が増えるなら大歓迎だ。 」) あの男が呟いた言葉が脳内に蘇る。 「(ああ、欲しいさ。 欲しい。 )」 彼女の泊まっていくかという発言には酷く驚かされたが、願ってもないチャンスだ。 彼女の手の温度を思い出すように左手を握りこむ。 とはいえどうしたものか。 女性を口説いた事なんて無いというのに。 悩みながら部屋のドアを開ければ、見知った顔が待っていた。 「よお、戻ったかイル。 」 「ベオークか。 」 「居心地が悪いのはわかるが、医者を脅して城を出ていくのはどうかと思うぞ。 お前らしくもない。 」 「動けるくらいには回復している。 この城にいては治るものも治らん。 」 「気持ちはわかるがな、いっそ実家に一度戻ったらどうだ?どうせ療養中で任務には出れんだろう。 」 「言われなくても明日からはしばらく外に出るつもりだ。 怪我が治るまではな。 悪いがしばらく騎士団は任せた。 」 「ああ任せろ。 あの救世主サマは自分が今軟禁状態なのが気にくわないと大騒ぎらしいからな。 更に鬱陶しい事になるぞ。 」 「っ、誰のせいでこんな事になっていると…」 「全くだぜ。 ただ第二王子が異常なくらい大人しくなっちまった。 心境の変化でもあったならいいんだが。 」 「……」 _____ 今回の討伐任務は確かに強力な魔物相手だが、ここまでダメージを受ける事になるとは想定外だった。 あの日、討伐の要請を受けて彼女の店から城へ向かい現場の森へ張られたキャンプへ着いた時。 王子二人が討伐に参加するのは何時もの事だったが、まさか現場に救世主の少女が付いて来ているとは思わなかった。 第二王子の活躍する所を見たいと言う救世主とデレデレした顔の王子。 兄である第一王子が申し訳なさそうに、悔しそうに俯いていたのが印象に残っている。 何とか城へ帰そうと説得しても意味は無く、気が付いた時には大型のモンスターが至近距離まで近づいて来ていた。 おまけに小型、中型のモンスターを従えた群れとして。 騎士団メンバーが周りのモンスターを蹴散らし、俺とベオークでボスを仕留める。 それがいつものやり方で、今回もそうする予定だった。 第二王子が前線に飛び出してくるまでは。 気が付いた時には遅かった。 ボスの巨大な前足に弾き飛ばされた王子とその先で震えて動く事も出来ない救世主。 正直見捨ててしまえば、という空気もあった。 見捨てられなったのは王子がいたからだ。 王子が幼い頃から剣を教えてきたのは俺たち騎士団で。 救世主が来る前の努力家でまじめだった王子の事を幼少からずっと見守って来た。 命令があったわけではない、けれど騎士団全員が王子をかばって前線へと走ったのは事実だ。 結局初めに飛び掛かった騎士団数名が弾き飛ばされ、一気に意識を持っていかれ。 多少回復魔法が使えるベオークが本当に危ないメンバーを少しずつ回復しながら魔物を王子から引き離しつつ、俺の方に誘導していた時だった。 悲鳴を上げて救世主が逃げ出した。 せっかくこちらへと向いていた魔物の意識が大声を出したことで彼女の方へと向く。 あっという間に救世主の少女との距離を詰めた魔物が手を振りかぶった瞬間、王子が間に割り込み血しぶきが舞った。 倒れていく王子とその血からすら逃れようと体を引きずりながら後退する少女。 呆然とした兄王子の口から小さくどうして、と声が漏れたのを覚えている。 とどめになるであろう一撃を王子に向けて放とうとする魔物が妙にスローモーションに見えた。 気が付いた時には、王子を抱えていた。 背中が、顔が、手足が熱い。 腹から何かが溢れだしていく感覚。 驚いたような目でこちらを見る王子の瞳が救世主が来る前の王子に戻っているような気がして口角が上がった。 「…全く、幼い頃よりも世話がかかるようになりましたね。 」 喉の奥から何かがせりあがってきて、口の中に血の味が広がる。 「イルーッ!!!」 ベオークの今まで聞いた事のないくらいの大声が聞こえて、後ろからの風でボスからの攻撃が来る事を察する。 体が動かない、ぼたぼたと血が落ちる音、視界がチカチカと点滅してだんだん暗くなっていく。 終わりなのか、ここで俺は終わるのか。 やっと、やっと…気が付いたのに。 「ツ、キナ…」 魔物の攻撃が届いた瞬間、胸元に入れていた結界玉が熱を持ち破裂する。 今まで見た事のない強力な結界が広がり、フッと体が軽くなった。 腹に開いていた穴が塞がっている。 血が足りないクラクラする頭を無理やり動かし振り返れば、少し離れた木にボスが叩きつけられているのが見えた。 「は、はは、まさか、反射の効果も付いていたとは…」 グラグラする視界の中で魔物にとどめを刺したベオークが何か叫びながらこちらへ向かってくるのが見える。 今にも死にそうだ、だが、助かるだろう。 彼女が硝子球に込めてくれた結界は発動と同時に魔物の攻撃を反射し、魔物に返した上に俺の致命傷になっていただろう怪我を癒してくれた。 意識が遠のいていく中、早く、早く会いに行きたいと強く思う。 結局目が覚めた時には四日が経過していて、ツキナに伝えていた二、三日を過ぎていた。 王達には泣かれ、ベオークには怒鳴られ、体の節々は痛む上に動かない場所もある。 最悪な目覚めだった。 騎士団に死者はいないが怪我人が多く任務は動けるメンバーで回しているギリギリの状態。 第二王子は部屋へ籠り、救世主は軟禁状態。 救世主が居れば平和になる、けれどそれは大魔法を覚えた場合だ。 魔法も覚えず、騎士団を壊滅寸前まで追い込み、自分を庇った王子の血が付く事にすら嫌悪を示したらしい彼女に好意的な目を向ける人間はいない。 排除すべきだという意見と、幼い少女相手に流石にそこまでは、という意見。 それらがぶつかり合って城内の空気が未だかつて無い程悪い。 目覚めた次の日には居心地の悪さが最高潮に達し、早くツキナに会いに行きたくてたまらなかった。 心配してくれているだろうか、とか。 会いに行ったら喜んでくれるだろうか、とか。 彼女の事を考えている間だけ少し安らいだ気がする。 ベオークは動ける騎士団の代表として忙しくしているし、回復魔法を使える術師にともかく動けるようにだけしてくれと頼み込んだ。 結局動けるようになったのは最後に彼女の店に行ってから十日も経ってからだった。 少し緊張して開いた扉、へたり込むくらい俺の無事を喜んでくれた彼女。 毎日俺が来るかとドアの外を確認してくれていた彼女。 欲しい欲しいと自分の心が訴えてくる。 こんな感情は初めてだ。 伝えようにも上手く言葉は出ないし、吹いた鍋に完全に言うタイミングを逃してしまう。 彼女と向かい合っての食事も、俺の為にと入れてくれていた本の新刊も。 いつも通りで安堵するのにその先が欲しい。 結局思いを伝えるチャンスのないまま一日が終わり閉店時間が近づく。 またあの空気の中に戻るのかと思うとため息が止まらない。 だから泊まっていくかと聞かれた時、自分にとって都合のいい夢の中にいるのかと思った。 明日からの宿泊を頼めば、少し照れたような表情で笑ってもらえた。 …これは彼女も少し位俺を意識してくれていると期待してもいいのだろうか。 ベオークと騎士団の任務について話しながら、頭の片隅で彼女の事を思う。 恋愛というものがここまで夢中になるものだと知った今は第二王子の気持ちもほんの少しは理解出来そうな気もする。 そんな事が頭の隅をよぎった時、部屋にノックの音が響いた。 返事をすれば静かにドアが開き、思ってもみなかった訪問者が現れる。 驚いたような顔をしているのはベオークも同じだった。 「王子…」 静かに目を伏せていた第二王子が勢いよく頭を下げる。 「すまなかった!」 いくらこの国が身分に厳しくないとはいえ、王族が一兵士に頭を下げるなどありえないことだ。 ベオークと共にともかく頭を上げてほしいと訴えるが王子は頭を垂れたままだ。 「わかっていたんだ、彼女の我が儘がどれだけお前たちを苦しめていたか。 今回の事は自分の感情すらコントロールできずに彼女を甘やかしていた俺が悪い。 」 「王子…」 「すまない、本当にすまない。 もう少しで俺は幼き頃から世話になっていた騎士団の皆を全員失うところだった。 」 「……」 「騎士団の部屋を全員回って謝って来た。 謝っても許されることじゃないのはわかっている。 なのに皆俺を責めない。 大切なものを間違えたのは俺だというのに。 」 グッと堪える様に口を結んだ王子が顔を上げ昔のようにしっかりとした瞳でこちらを見つめる。 「こんなことを言うのは間違っているのはわかっている。 だが、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか?」 「チャンス、とは?」 「来月にあるオーロラ祭りに彼女と行こうと約束した。 その祭りが終わるまでに彼女に魔法の勉強をしてもらえるように説得する。 それが出来なければ俺事処分してくれてもかまわない。 父上にも許可は貰っている。 」 王子の真剣な目にベオークと顔を見合わせる。 「…わかりました。 王子の決意が本物であるなら私から申し上げる事はありません。 」 「愛という感情が自分の思い通りにならない事は、このベオークもわかっております。 王子の選んだ道に光が指すように祈っておきますよ。 」 絞り出すような声でお礼を言って部屋から出て言った王子の背を見送る。 ふう、とベオークの溜息が部屋に響いて緊張感が引いていった。 「…驚いたな、昔の王子に戻ってる。 」 「だがあの救世主が言う事を聞くかどうか。 」 「俺は無理だと思うが。 まあ、王子たっての願いだ。 一か月くらい城の人間も我慢できるだろう。 とりあえずお前は予定通り城を出て実家に帰ってろ。 何かあれば連絡する。 」 「…ああ、そうさせてもらおう。 」 「全く、俺が言えたセリフじゃないが恋愛感情っていうのは面倒くさいな。 」 そう言って手をひらひらと振りながら部屋を出ていくベオークに心の中で同調する。 思い通りに行かない、でも捨てられない。 「(ああ、本当にやっかいだ。 )」 彼女の家に泊まるための準備を進めながら、結局は今の自分も王子と変わらないような気がして苦く笑った。

次の