歴史 上 本当に あっ た こと。 なぜ一流の人は歴史を学ぶのか――名言に学ぶ「見通す力」の作り方 (1/3)

史実とは?「史実」と言う言葉は「歴史上の事実」という意味で...

歴史 上 本当に あっ た こと

とても頭の良い人だったのですね。 若い頃はグレて放蕩生活をしていた そのエリート景晋の子として生まれた景元ですが、景晋はすでに景善という養子を迎えて跡取りに決めていました。 このような複雑な家庭環境にあったため景元はグレてしまい、 若い頃はしばらく家を出て、酒と女に明け暮れる生活をしてしまっていたようです。 しかしその後はちゃんと家に戻り、22歳のときには結婚もしました。 相手は由緒ある堀田伊勢守家の娘けいでした。 遠山家とは釣り合いの取れない家柄でしたが、この頃景晋は長崎奉行に就任しており、その息子である景元の将来性を見込んで嫁いだといわれています。 最初は跡取りになれなかった景元ですが、景善は若いうちに亡くなってしまい、結局35歳のときに遠山家の家督を継ぐことになりました。 出世後、水野忠邦と対立して庶民の支持を得る 父親がエリートへの地盤を築いてくれたおかげもあり、その後は順調に出世を重ねます。 はじめは江戸城西丸の小納戸に勤務し、将軍になる前のの世話役も務めました。 小普請奉行・作事奉行・勘定奉行と昇進し、そして1840年、48歳のときに北町奉行に就任しました。 この頃、幕府では老中・による天保の改革が始まりました。 「天保の改革」とは財政難にあった幕府を立て直すための改革で、庶民の贅沢も徹底的に取り締まるようになりました。 景元も最初の頃は幕府の命令に従っていましたが、徐々に 水野忠邦に反抗するようになります。 水野忠邦の極端な法令は娯楽にも及び、町の芝居小屋を次々に廃止にしようとしました。 景元はこれに反対し、交渉の末、なんとかして小規模な移転だけに留めることに成功しました。 この一件は瞬く間に広く知れわたり、一躍 庶民のヒーローになりました。 景元は水野忠邦との対立を深めたことで、北町奉行を罷免されてしまいますが、やがて天保の改革は失敗に終わり、水野忠邦は失脚してしまいました。 この結果、景元は南町奉行に昇進することができました。 北と南の奉行を同じ人物が務めるのは異例のことで、景元が幕府に重宝されていたことがよく分かります。 その後も庶民のために尽力し、63歳で死去しました。 東京の巣鴨にある本妙寺で永眠しています。 遠山景元のエピソード・逸話 遠山の金さんのトレードマークである「桜吹雪の刺青」は本当にあったのでしょうか? これについては、はっきりとした証拠はどうやらないようです。 残っている文献も、明治時代に中根香亭という人物が雑誌「史海」に執筆した「帰雲子伝」のみで、その中では刺青はなんと桜吹雪ではなく、口に絵巻物をくわえて髪を振り乱した女の生首だったと書かれています。 ですがこれも伝聞記事のようです。 しかしこの言い伝えから、歌舞伎界では刺青をした金さんの作品をたくさん上演するようになりました。 最初の頃は記事の通りに女の生首の刺青を取り入れていましたが、次第に観客の受けがよい桜吹雪に代わり、こちらの方が主流になっていきました。

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なぜ歴史を勉強する必要があるのか?学ぶ理由や意味は何?

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なぜ歴史を勉強する必要があるのか? 学ぶ理由や意味は何? 暗記が苦手だから歴史は苦手だ、と思っている方も多いでしょう。 確かに、学校や予備校で歴史を勉強すると、どうしても人物名や事件名が羅列されてしまい、言葉そのものを覚えなければならないと思ってしまいますよね。 もちろん、名前を覚えることでテストの点数を取ることができます。 でも、歴史を学ぶ本当の理由は、暗記して点数を取ることにあるのではありません。 もっと、深い理由があって歴史を学んでいるはずなのです。 さっそく、どうして歴史を勉強する必要があるのか、そして歴史を学んでどんな能力が身につくのか、この記事で確認してまいりましょう。 <なぜ、歴史を勉強しなければならないの? > なぜ歴史を勉強しなければならないのか、その理由を先生から聞くことはなかなかありません。 しかし、勉強する理由を知ることで、歴史の勉強は面白みを増します。 そこで、ここでは5つの理由をご紹介します。 ・過去を学ぶことは未来を知ることだから 歴史は過去の話です。 それゆえ、「どうして過去の話を今さら勉強しなければならないのだろう。 それよりも将来の話をした方が良いのではないか」と思うかもしれません。 でも、実は過去を学ぶということが、将来の方向を大きく変えることになるのです。 私は高校生の頃、単純に世界史が好きでした。 その時には、ただ勉強していて楽しいと思っているだけでしたが、大学で歴史学を専攻するようになってから、歴史を見る目がまったく変わりました。 大学の先生は、「歴史は過去の出来事だけれども、未来をつくるために過去を知るんだよ。 だから、歴史を勉強することはとても意義のあることだ」ということを教えてくれました。 この先生の言葉を聞いてから、ただ歴史という過去に目を向けるだけでなく、歴史を勉強するなかで知った人間・国家の行動パターンを見て、今と重ねあわせ、これからどうなるのだろうと推測するようになりました。 何事も過去という型を知ることで、現在どんな状況にあるのか分析し、どのように行動すれば未来を良い方向に変えられるか、段々と見えてくるのです。 良い意味で、歴史の流れを変え、型を破っていくためには、過去に繰り返された歴史のパターンを知ることが大切なのです。 ・先人の功績は人生の方位磁針になるから 歴史を勉強していると、自分が惹かれる人物が1人2人は出てくることでしょう。 好きな歴史上の人物を見つけたら、その人物について詳しく調べてみてください。 自伝や伝記はとても参考になります。 彼らが激動の時代をどのように生きて来たか、どんな発想で以って歴史の流れを変えたのかを知ることで、自分自身もありきたりな行動を取る選択肢以外の選択ができるようになります。 たとえば、インド独立の父であるマハトマ・ガンディーは非暴力・不服従という、人間の常識をくつがえすような方法でイギリスに対抗しました。 彼は、仮に臆病と暴力の2択しかないのなら、暴力の方を選ぶと主張していたため、決して暴力を否定してはいません。 しかし、暴力よりももっと良いのは慈悲である、とも言っています。 このような考えを持っていたため、イギリスに対して強く反抗する力を持ちながらも、暴力を用いることのない無言の抵抗に出たのです。 戦争を起こさない方法で、敵や世界中の人間の良心に訴えかける技。 これは、歴史の型を破ったと評せるような、精神的な戦いだったのです。 このように、歴史を勉強して気になる人物を調べてみることで、自分の人生にも役立ちそうなメッセージを受け取れるのです。 ・世界を楽しむため、文化を楽しむため 日本史でも、世界史でも、歴史を学ぶことは、自分の今住んでいる世界と全く違う世界を旅することでもあります。 つまり別の世界や文化を知る行為であるのですね。 とくに世界史を勉強していて、実際に勉強し、資料集で見かけた遺跡を自分の目で見たい、と思う人も多いでしょう。 大学生になってから、高校の頃に勉強した世界史の知識をもとに海外旅行に行くと、もっとその国の文化や歴史を知りたいと思えるようになります。 また、日本史を勉強してきた場合は、日本全国のお城やお寺を回ってみると面白いですよ。 このように、純粋に歴史を楽しむことは、自分の趣味にもなり、生活を豊かにしてくれる役割も果たすのです。 大学生や社会人になってからは、高校までとは違い、自分で国内旅行や海外旅行に行くことも多くなるので、旅行を楽しむためにも勉強しておこう、という楽しい気持ちで取り組むのもコツです。 ・他者を受け入れるため 日本の歴史であっても、世界の歴史であっても、その時代に生きた人々の価値観は今とは全く異なります。 今では常識だと思われていることが、過去には非常識だと捉えられていた例は山ほどあります。 また、歴史を勉強することで、その国が何千年も前から持っている思想やスタンスを知ることができます。 長い時間かけて形成された考え方は、新しい時代になったとしても、根強く残っているものです。 そのことを理解しておけば、異なる国の人と話すときに、相手の気に障るような発言をうっかりしてしまうこともなくなります。 また、自分としてはちょっと受け付けられない、と思うようなことを言われたとしても、その国で育った人のバックグラウンドを良く知っていれば、相手の考え方にも寛容になれるのですね。 もちろん、日本人同士で意思疎通を図るときにも、同じことが言えます。 やはり、相手にも相手の歴史・バックグラウンドがあるのだという考え方ができれば、相手の生き方そのものを尊重できます。 このように、歴史を学ぶことで、他者を深く洞察でき、ぶつかり合いも少なくなると言えます。 ・「当たり前だ」と思われてきたことを良い意味で疑う力を養うため 歴史から連想することは、多くの場合「教訓」や「過去から学ぶ」という言葉かもしれません。 でも、歴史を学ぶ本当の意義は、「当たり前だ」と認識されてきたことを良い意味で疑ってみることにあります。 大学で専門的に歴史を学ぶと、今までの歴史研究で「定説」とされてきたものをくつがえすような研究が、価値のある研究だと評価されます。 たとえば、江戸時代に鎖国していた日本は、幕末に列強欧米諸国からの不平等条約を結ばされたといわれていましたが、最近ではこのような見方を変えるような研究が発表されています。 不平等条約では、日本にいる外国人が日本で犯罪を起こした場合、日本の法に則って裁くことはできませんでした。 しかし、日本人が加害者である場合は、日本の法に則って裁くことが認められていました。 そのため、日本が自国民を保護することができなかったというわけではなかったのです。 ただ、日本人が列強諸国で加害者になった場合には、日本の法で加害者を保護することができないため、不平等だと言われていたのです。 しかし、当時列強諸国に住んでいた日本人はほんのわずかです。 そのため、このような不平等な法が実際に適用されることさえなかったのですね。 したがって、条約を結んだ当時の日本からすれば、この条約はそれほど不平等ではなかったのです。 あくまでも、今の私たちの視点に立てば、不平等に見えるということなのです。 このように、歴史とは、定説を疑って、歴史の真実を洗い出していく点に面白みがあるのですね。 ここから、歴史を勉強することで、ものごとが本当に言われている通りなのか、真実を見ようとする目を養えるようになるのです。 歴史を学ぶ一番の意義は、「定説・常識を疑って何が本当なのか探る」ことにありますが、この点はなかなか知られていません。 このことを知った上で、歴史を勉強してみると、歴史以外の物事も自分の目で見て何が本当なのか考える習慣がつくようになります。 <歴史の勉強は、一体どんな場面で役立つの? > 歴史を学ぶ理由は分かったけれど、どんな場面で役に立つのか疑問に思いますよね。 歴史を学ぶことで何かテクニカルな能力を養うことができる、というわけではありません。 しかし、歴史を通して得られるのは、言われたことをそのまま鵜呑みにせず、本当のところどうなんだろう、と自力で探る力です。 洞察力と言っても良いでしょう。 さらに、過去を知ることで今、そして未来を分析できるようになります。 これは、自分の人生設計をする上でも、仕事やサークル活動、学校などで人とうまく協力していく上でも役に立つマルチな能力です。 たとえば、自分たちの学年がサークルの中枢を担う番が来たときに、「組織とはこうあるべきものだ」という定説を覆して活動を成功させることもできます。 組織を変えることはなかなか難しいものですが、方向性を変えなければならないと判断したときに、常識を疑ってみる視点忘れなければ、本当のところ何が一番良いのか冷静に選択できるのです。 このように、歴史の勉強から養った洞察力・分析力は、数えきれないほど多くの場面で発揮できることは確かです。 【まとめ】 歴史で身につく能力は、目に見える技術的な能力ではありません。 しかし、何をするにしても役に立つ能力です。 もちろん、歴史から身に付けられる能力は、国語をはじめとした他の教科でも得られます。 しかし、一番その能力を身につけやすいのが歴史なのですね。 実は、何よりも実用的な教科は、意外にも歴史なのかもしれません。 最後に、今回の記事が役に立ったと思ったら、ぜひSNSなどでシェアしてみてください。 また、記事のこの部分が面白かった、ここが意外だったなどのご感想があれば、お気軽にコメントくださいね。 みなさんからのコメントをもとに、何のために勉強するのか、その意義が分かり、勉強が楽しくなるような記事を執筆してまいります。 関連記事: 関連記事: 関連記事:.

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日本史ってこんなに面白い!歴女の医師に聞く、歴史の面白い話|マナトピ

歴史 上 本当に あっ た こと

九州旅行にて 永長祥典と申します。 私は2009年に史学科を卒業後しましたが、現在は歴史学と直接関係のある仕事ではなく金融機関で勤務しています。 上智大学文学部史学科に興味を持っていらっしゃる方は在校生、卒業生、入学を検討されている方様々だと思います。 さらには史学科とかかわりのある方となると一層多くなると思います。 私の大学時代のエピソードを中心に史学科で学んだこと、現在につながっていることを中心に書いてみたいと思います。 大学時代私は日本古代史ゼミに入り、日本古代の環境思想を中心に研究してきました。 具体的には日本古代の災害時の朝廷の政策を資料などから読み解き、中国漢代に最も隆盛を見た災異説の影響、日本在来の思想の影響などがどのように影響を与えていたのかを知るというものでした。 上智大学で優秀な教授・学生に触れた4年間は大変貴重な時間であったと思います。 災害は人間生活に混乱をもたらし、被害にあった人の人生を大きく変えうるものですが、同時にその克服の過程では多くの政策がとられて、国家レベルや在地レベルでの対策が取られます。 救恤と呼ばれた支配者の恩恵としての食糧・資材援助だけでなく、多くの場合原因の分からない・人間の力では防ぐことのできない災害に理由付けを行い、それによって動揺を最小限に抑え、人心の荒廃を防ぐという目的がありました。 古代の人たちが残した文字史料、工芸品、出土資料等様々なものを見ていくと、解決が困難な問題に打ち当たった時に、自分達なりに問題の発生原因を分析し、対処をしようとしていたことがはっきりと読み取れます。 災害を君主の不徳であり天譴とみる見方は、科学技術が大いに進歩し、多くの災害の原因がかなり判明するようになり、犠牲者を減らせるようになった現代から見たら非合理的です。 ですが、災害が時の政権に求心力向上や人心掌握に利用され、同時に政権批判や、政策の見直しの道具になったのは昔も現代もまた状況は違っても同じといえるのではないでしょうか。 さて、私が史学科時代の勉強を通じて学んだことは、史料を読み解くことで学んだ多様な考え方の理解、史料批判を通じて学んだ発言や文章の表層だけではなく、その本質に踏み込んで理解しようとする力です。 書かれたものが本当に正しいのか、またどのような意図で書かれたのかを知るということは非常に新鮮で刺激的でした。 社会人になり経験を多く積むことで物事の本質をとらえて問題点をはっきり理解することの重要性だけではなく、本質を知った上でも問題を解決しないこともそれが望まれている場合には時には必要と理解できるようになりました。 接客や組織内外での折衝などの経験を少しずつ積む中で、人の心を動かす要素には不安もあるにせよ、先のビジョンを見せることができること、とりわけプラスになるものを相手に提示し魅せることが如何に大切かを知るようになりました。 その基盤を作ったのが史学科で学んだ4年間にあったと思います。 史学科の最大の面白さは、力をつけることで古い時代の生の史料を読み、そこから直接知見を得られることだと思います。 いろいろな時代の様々な史料を通じて感じることは、人間はその時代時代に合わせた問題に悩み、そして解決しようと努力してきたということです。 私たちの生きる社会は長期的な人口減少という、近代以降経験のない、江戸時代中期以降の停滞期にもない、縄文後期以来の有史以降で初めての状況に直面しています。 そして国際競争力の低下という問題は現在避けて通れないものになっています。 私は経済に興味を持っているのでこの問題を挙げましたが、興味や関心は様々だと思います。 古を知り、今の時代を考え、生かすこと、自分自身に生かすこと。 これが歴史学を学ぶことで得られる最高の財産であると思います。 コンテンツ一覧• 2016年度卒業• 2014年度卒業• 2013年度卒業• 2013年度卒業• 2013年度卒業• 2013年度卒業• 2013年度卒業• 2013年度卒業• 2012年度卒業• 2012年度卒業• 2012年度卒業• 2012年度卒業• 2012年度卒業• 2011年度卒業• 2011年度卒業• 2011年度卒業• 2010年度卒業• 2010 年度卒業• 2009年度卒業• 2008年度大学院前期課程修了卒業• 2008年度卒業• 2008年度卒業• 2008年度卒業• 2007年度卒業• 2007年度卒業• 2007年度卒業• 2006年度卒業• 2006年度卒業• 2006年度卒業• 2005年度卒業• 2004年度卒業• 2004年度卒業• 2003年度卒業• 2003年度卒業• 2003年度卒業• 2001年度卒業• 2001年度卒業• 2000年度卒業• 1999年度卒業• 1999年度卒業• 1998年度卒業• 1997年度卒業• 1997年度卒業• 1997年度卒業• 1996年度卒業• 1996 年度卒業• 1995年度卒業• 1994年度卒業• 1994年度卒業• 1992 年度卒業• 1991年度卒業• 2020年6月3日• 2020年4月23日• 2020年4月23日• 2020年4月21日• 2020年4月21日•

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